第53話 ピクニックと
ユグドラシル内の戦闘を終えて驚異的なレベルアップを果たした三人。その三人は今、おにぎりを握りしめて船を漕いでいた。
「すー。はっ。……すー」
「もぐも……zzz」
「二人とも、寝ながら食べるのは危ない……あっ」
朝にケーキを食べたことなど忘れてしまうほどお腹が空いた。だが、それはそれとしてすさまじい睡魔が襲ってくる。
緊張感さえもない。ウサギに襲われた草原ではあるが、その姿がどこにも見えないのだ。それで緊張感を保てるほど実戦慣れしていない。
「……」
音遠だけはいつもの態度の裏で警戒を解かず、しかし考え込んでいる。
「クーちゃん、おいし? おいし? ティア、がんばって手伝ったの」
「うん。おいしいよ」
ティアマトはニコニコとクラックに手ずからサンドイッチを食べさせていた。アリスは嬉しそうに見ている。
「あーちゃんもお腹空いた? こっちにおいで」
「ん」
ちょこちょこと膝立ちで歩いて行ってティアマトの膝の上に乗る。ティアマトはとても嬉しそうだ。
眠気と戦いながら味なんて気にせず口に詰め込んでいる三人と、鬱々と食事を進める一人、そしてこの三人はひたすらイチャイチャと場所ごとに明暗が別れていた。
「……ふぅ」
そして、食事が終わってまったりとした雰囲気になる。眠気に襲われている三人は本当に眠ってしまった。
「ううん~」
ティアマトがクラックの周りをくるくる歩き回りながら、しげしげと身体を見つめる。
「ええと……どうしたの、ティーちゃん」
「うん。あのね。えっと」
どう言おうかな、と首をこっくりこっくり左右に傾ける。愛らしい仕草だが、無視すると泣き出してしまうため無下には出来ない。まあ、クラックに愛しのティアマトを無下にする選択肢などないが。
「クティーラにご用事?」
「ぬおっ。母御前よ、妾を母上殿の生贄に差し出すでない……!」
じたばた暴れて逃げようとする。ティアマトのご機嫌取りはとても面倒なのだ。いや、ずっと抱きしめられていることもあるけれど。クラックの方はあまり余計な手出しをしてこないから気楽なのである。
「ん~。クティーラちゃんは、今はよくて」
「そっか」
解放されたクティーラは、今度はアリスの肩に乗った。くしくしと頭をかいている。
「クーちゃん、クーちゃん」
「なあに? ティーちゃん」
「えへ。クーちゃん」
「うん」
名前を呼んで、抱きしめてもらうことがティアマトは大好きだ。クラックもさすがに慣れてそれくらいはやってくれる。キスは、まだちょっとためらってしまうけれど。
「あ。ちがうの。ちょっと離れて」
「え……うん」
クラックは苦笑いをして離す。興味が全力投球な子供らしいところは微笑ましい。ティアマトはまたクラックの周りを回り始めた。
「ううん。えと――えい」
むんず、とクラックのお尻を掴んでしまった。クラックがあまりのことにビクリと震えて呆然とその顔を見返すけれど。
「んん……ううん。ええと」
ふにふに、と揉みながらなにごとかを考えている。
「ティーちゃん? 何してるの?」
クラックが身を硬くしているが、逃げたりはしない。ティアマトのためならなんでもやる……というのは、自分からやるのは恥ずかしいけど。まあ揉まれたりするくらいなら。
「えへへ。クーちゃんのお尻はやわらかいね。アーちゃんも揉む?」
「アリス……?」
「んー? ん……」
遠慮がちに近くに立っていたアリスまでクラックのお尻を揉み始める。
「あう……あうあうあう。二人とも、なんでこんなことを――」
逃げ出しそうなほど顔を真っ赤にするけれど、逃げられない。
「クーママのお尻……」
アリスはなんか研究しているみたいな顔でクラックのお尻を揉んでいる。さすがに逃げ出したそうな顔でもぞもぞ身体を動かすクラックだった。
「二人とも、もうやめてよお」
「うーん。でも、クーちゃん。ティアのお尻、揉みたいよね? あと、お胸も」
「あう……ッ!」
動きが、止まった。完全に図星だった。いやまあ、ティアマトのお尻もお胸もよく見ていることはとっくにバレていて、そうしないように注意はしている。それで目で追わなくて済むなら苦労はないのだが。
「それで、ティアは不思議だったの。別に触りたいなら触ればいいのにって」
「そんな……こと」
クラックが目を逸らした拍子に、ちらりとアリスのことを見てしまった。
「クーちゃあん! アーちゃんを触っちゃめっだよ!」
「ちがっ……! ただ、教育に悪いかなって……」
「でも、ちょっと触りたがるのも納得かも。クーちゃん、ビクビクしちゃっておもしろい。ね、アーちゃん」
「あ……うん。クーママ、慌ててて楽しい」
くすくすと二人で笑いあった。手は止まらない。
「アリス、僕で遊ばないでよう」
クティーラはふん、と呆れた目でクラックの痴態を見ている。
「ひう……ひゃ……あう……」
一向にやめてくれない二人の前で、クラックは顔を真っ赤にして呻いてる。
「ふふ……クーちゃん、感じてる?」
「あう……感じてなんか」
「ところで、感じてるってなあに? 揉まれてるのは別になにもなくても分かるよね。クーちゃんはどうしたってるの?」
「………………」
目を逸らした。
「じゃあ、おっぱいも」
「胸はダメっ!」
クラックは自分の胸を腕で隠してしまった。ティアマトの頬が膨れる。
「お尻はいいのに?」
「そっちも本当はダメなのっ!」
「でも、クーちゃんはティアの触りたいでしょ?」
「だから我慢してたの……」
「じゃあ触っていいから触らせて! ティアはクーちゃんだったら何されてもいいよ」
「そんな……」
胸を隠したまま、ティアマトの顔を見つめる。
こんな純真な幼女に汚い欲望を向けるわけにはいかないと思っても、すぐ欲望に負けそうになる。だって、ティアマトの方だってそれを望んでいるのだから。
心ではつながったと信じている。だけど、それでは足りない。身体も、繋がれるものならなんでも繋げてたい。恋人のすることならすべてしてほしいと、ティアマトは思っているのだから。
「クーちゃん!」
「……あの、お外は――だめ。せめて、お部屋の中で……」
クラックは顔を真っ赤にしたままうつむいた。
「むぅー」
「むぅー」
ティアマトは不満を表現して、アリスはその真似をする。クラックはぺたりと座り込んだ。まるで襲われてしまったような格好だ。
「まあ、今はこれくらいで許してあげる。夜、アーちゃんが寝たら続きをしようね♡」
「ティ、ティーちゃん……」
まるでクラックの方が狙われている初心な女の子だった。ぷるぷる震えているクラックをティアマトが思う存分愛でてから、家に帰るのだった。
「あれ、お昼ごはん食べたのにお昼ごはん?」
家に帰っても寝ていた三人は、夕食の香りで起きてくる。
「お昼ごはんの次は夕ご飯だねえ」
「今日の夕ご飯はすき焼きだよ。ティアも手伝ったの!」
「……アリスも」
騒がしい三人、しかしそれ以上に騒がしいはずの二人はまだ目をしばしばさせておとなしくしていた。
しかも、食が進んでいない。まあそれは昼ごはんを食べた後ずっと寝ていて、しかもクラックが空間転移で運んだから食後の運動さえしていないせいなのだが。
「しかし、音遠は大丈夫? いつもは肉だけ食べ尽くすのに、今日はどうもしおらしいじゃないか」
「――」
答えず、もそもそと肉だけさらって食べている。
「ううん。けっこう肉入れちゃったし、ティーちゃん食べる?」
「ティア、お豆腐が好き」
「アリス、お豆腐が好き」
なぜかアリスまで真似して答えているが、この二人は元気でも食が細いうえに油っぽいものは苦手だった。
「ま、いいか。余ったら冷蔵庫に入れとこう。……音遠、食べるなら言ってね」
そうそうにかたずけて、ケーキを持ってくる。全員に配るのだが、しかしそのケーキは半分食われてイチゴもなくなっていた。
小さくて立たないから、皿の上に倒した状態で盛ってある。
「わあ、おいしそう」
「わあ。クーママ、ありがとう」
二人は喜んでいる。クラックから贈り物をもらうのが大好きなだから。目の前に置かれた瞬間は飛び上がらんばかりに喜ぶものだから、クラックも嬉しい。
薄っぺらいケーキはすぐに二人のお腹に収まってしまった。
「おいしかったね、アーちゃん」
「うん。ティーママ」
ほんの2、3口で食べ終えてしまってニコニコしている。
これがいつもなら食べきれなくて給食で残される子供のように食べ残しを見つめているのだが。今回は人数が増えた上に半分食べられてしまったものだからちょうど良かった。
ちなみに他の3人はケーキだけは食べ切ってそのまま寝始めてしまった。一方の音遠は自分の分をクラックに押しつけて部屋にこもってしまったが。
「クーちゃん、クーちゃん。お部屋、行こ?」
「お部屋、行こ?」
ちょこちょことクラックの両脇に移動し、袖を引っ張る。
「ティーちゃん、アリス。……片づけるからちょっと待っててくれる?」
「クーちゃん、そんなもの一瞬で終わるでしょ。いつも指パッチンで済ませるのに、なんで今日はわざわざお手々でお皿持ち上げるの?」
「持ち上げるのー?」
「――年貢の納めどきじゃな、母御前よ。さっさと行ってくるがよい」
「クティーラ。……ちょっとだけ二人の相手をしてくれないかな?」
「妾は産まれたばかりで眠りが必要である」
「それは嘘だよ。ティーちゃんの魔法生物が――」
「クーちゃん! そんなのいいからお部屋!」
「おへやー」
「あああ……待って。えっと、心の準備が――」
ティアマトに引きずられるので結局魔法で一瞬で家事を済ませなければならないクラックだった。
そして、触り返すこともできずに散々いけないところまで触られまくってしまうのだった。




