第52話 冒険者RPG 中断
そして、一行はユグドラシルの奥地に足を踏み入れる。
浅層は軌道上の衛星カメラからでも見れる、ある種常識的な世界だった。地面に擬態するアリジゴクも、そこらじゅうを跋扈するウサギも訓練を受けた狩人なら踏破可能だろう。
ここからは違う。望遠カメラでは見ることの叶わない、世界樹の内側。どこまでも蒼い空が広がっていて、しかしその下では樹海が広がっている。行って、帰るだけでも大冒険だ。
「いや、俺たちはどこから入ってきたんだ?」
「「ん」」
音遠の疑問に、子供二人はぴっと指をさす。ずっと広がる草原という光景自体は変わらない、がウサギが見えないのが不気味。というか、空間がループしている。”帰り道”を見つけない限り草原のエリアには戻れない。
「いや、指差されても分からん。ラミエル、何ⅿだ?」
「え、私ですか? ええ……と50ⅿ? 100mだったり? いや、50ⅿより近いのかなあ」
じっと見つめて考える。魔法少女として魔力を感じることはできる。が、距離の見当をつけることが出来なかった。
「距離感……クラック、これ外から見えてるのか?」
「見えてないね」
さすがに音遠は樹海に突っ込むのは腰が引けている。いや、こんなことになるだろうと思っていたから来たくなかったのだが。
「ふふん。ヘカテーも魔法を使えるようになったし、何が出てこようと楽勝よ! 行くわよ」
「うん。ごーごー」
お子様二人が何の躊躇もなく森へと足を踏み入れる。
「ちょっと、二人とも……!」
ラミエルが慌てたその先でヒュっと風を切る音がした。
「くまちゃんっ!」
テディベアが守った。乗り物にしない約束は守っている、後ろからいつでもガードできるようにしていたのが幸いした。
ウサギの一件で、自分から離すのを怖がるようになっただけだが。
「なにこれ……木?」
「いや、蔦かな。食人樹……というより動物を切り殺して食ってるのか」
「あはは、大当たりだよ。そいつは――まあ名前なんてないけど。その蔦で切り裂き、殺して根で栄養を吸う生態だ」
「そんな危ないもの、そのままにしておけない。……光よッ!」
光の玉が爆裂し、その樹が裂けた。崩れ落ちていく――が。
「ひっ」
倒れる瞬間、他の樹から襲われる。ばらばらに解体されて、無数の欠片が散らばって行った。
「ああ、全部じゃないけどほとんど同じ種類だね。探せば果実が成る樹もあるけど、おいしいものはもっと奥かな」
「……クラック。あのケーキは」
「あれは高級なケーキ屋さんで買ってきたものだけど」
「安心ですね。帰って残りをみんなで食べませんか?」
「でも、あの二人はまだやる気だよ」
「え――」
「こんなにあるなら、ヘカテー!」
「うん。私の邪眼で全滅させる!」
魔法を発動、森が枯死していく。灰色になり動きを止め、そして黒くなって砕け散る。――ゆっくりと、確実に森は死滅していく。
「すごい。ヘカテーの魔法がここまでのものだなんて」
「……まあいいか。ヘカテー、そのまま歩ける?」
「うん、歩ける……」
「ヘカテーッ! 危ない」
マルガレーテが蔦の攻撃を阻止する。樹も普通ならそんな無理はしないが、森が端から枯れてる状況だから必死だった。
「あ、ありがと」
「気にしないでいいよ。どんどん行こう!」
「いや、君たちはよくても俺は邪視に当たったら危ないんだけど」
音遠はまだぐずっていた。
そして、やはり音遠が先に気付く。いや、クラックもティアマトも言わないだけだが。
「驚いて振り向かれたら困るから言っておくけど、後ろに回り込もうとする奴がいるよ」
「音遠、それはどこですか!?」
ラミエルが真っ先に辺りを見渡すが、それらしいものは見えない。
「勘違いじゃ――」
「マルガレーテ、来るよ!」
何かがすさまじいスピードで背後から強襲する。森を枯らすヘカテーを狙っている。
「くっ。このっ!」
テディベアの腕で受け止め、逆の拳を打ち込もうとするがすでにそいつは逃げていた。
「あいつ、どこに行った!?」
「探す暇があるのかい? やつらはヘカテーを狙っているようだけど」
「複数!? そんなことはさせない!」
ラミエルがテディベアの前に立つ。
「だが、ラミエル。君の魔法は発動が遅いし二つしか出ない。それじゃ守り切るなんてできないよ」
「なら――守り切れるようにすればいいんでしょうッ! 光よ!」
生み出した光の玉を握り込んだ。
「何もできないのは……もうイヤなのよ!」
横から襲ってくる三つの影。そいつらに向かって、光の剣を向ける。
「――もう戦いを恐れない! はああああ!」
覚悟を決めて相手を見れば、急に動きが遅くなって見えた。それは枷を外したということ。魔法少女として肉体を変質させる、強化魔法のアクセルを踏み込んだ。
相手はサルのような化け物。枝をつかみ、空中を駆けてその強力な握力で敵の肉をちぎり取る。すばしこくて厄介な相手だが。
「動きさえ見えればお前たちなんてただのケダモノじゃない! 一つ、二つ……!」
両手の剣、一振りずつで切り殺す。相手はそのままサルなのだからためらいはない。こんなものにまで憐憫を向けるほど博愛主義ではない。
「甘いわ。奪えると思うな――三つ!」
光の玉で攻撃を撃ち出すのなら2体倒すのが精一杯で、3体目にやられていた。だが、切り殺したのならまだ残っている剣を防御に使える。
そして、その性質も失っていない。前使えていた技が使えなくなることはないのだ。
「裁きをっ!」
防御の剣を攻撃に変える。サルが腕力に任せて剣をもぎとろうとするが、逆に手から光が侵入して爆裂した。
これで3体すべてを始末した。
「――ふう」
「まだだよ、ラミエルっ」
テディベアが新手のサルを殴り殺す。森中のサルが集まってきたかのような気配、戦いはまだ終わらない。
「あなたこそ、油断しないでくださいね……!」
光の剣を生み出し、横に投げる。2体を焼いた。また光の剣を生成し、更なる増援との戦闘に備える。
「ヘカテー、周りの樹を!」
「うん……! 全部、腐っちゃえ……!」
憎んでさえいた自分の魔法。けれど、それでも魔法は自分の一部。新しい友達を得たヘカテーは、一つ階段を登った。
そして、襲い掛かるサルどもの殲滅に取り掛かるのだった。
その後ろで。
「クラック。魔法少女と言うものは、ここまで短期間で戦闘力が上がるのか? まるで漫画の主人公じゃないか」
「それはちょっと違うかなあ。いや、同じかな? 漫画の主人公は別に努力してないだろ? 修行してないんだから、そりゃちょっとの経験値で強くなるよね。レベル1とレベル60、10レベル上げるとして苦労は段違いだろうさ」
「それで説明が付くか? これほどの飛躍を。ウサギに苦戦したのが、まるで羽化だ。今のあの子達ならウサギなんてものの数じゃない」
「覚醒してないからね、アーティファクトも碌に使い方を教えてやれない。研究者どものトンチンカンを聞いて育てば、そりゃあおっかなびっくりで大したこともできなくなる」
「それでも彼女たちは強すぎる。まるで、このユグドラシルは魔法少女を育てるために作られたような――」
「考えすぎだよ。ティアマトが食糧庫を作ろうとしたら”こうなる”という典型さ。欠点、領域が広がるのも僕が抑えているし。イエローシグナルは大体この辺りを思い描いていたはずだよ」
「本当か。だがイエローシグナル、彼女も信用できるかというとな。……それにクラック、それはそれとして君は何を企んでいる? 彼女たちをレベリングして戦争でも起こすのか?」
「いや? あの子達が居なくても敵は壊せばいいだけだもの。特に考えはないよ。仲良くできる子を作ってあげればティーちゃんが喜ぶかなってだけ」
「さすがにその言葉は信用できないかな」
「ううん……もうちょっと現実を見れば? 信長君なんて、僕たちが何も考えてないからあそこまで怒ってるんじゃん。ま、自分もその先なんて考えてないけどねえ。批評するだけで何も生み出す気がないからあいつも口先だけなんだよね」
「――」
「ほら、あの子達を見ててあげれば? ちょっとコツを掴んで魔法の扱いがうまくなったところで、麒麟の相手は厳しいかもしれないぜ」
「……ッ!」
音遠は驚いて戦っている彼女たちを注視する。そして、視界の端に木々を折り倒しながら迫る化け物を見た。
ティアマトは生み出した生命に一々名前を付けない。唯一の例外が今もクラックの首に巻きついて大人しくしているクティーラだ。あれもまた、”名有り”だとしたら恐ろしい実力を持つはずだと戦慄した。
その麒麟、雷を纏うキリンが彼女たちを見下ろした。
「……ボス?」
「サルの親玉?」
「二人とも警戒して。サルより、ずっと強い。魔力が……!」
ユグドラシルの中の生命体は樹木であろうと魔法少女と同じく魔力を持っている。それはティアマトが魔法で生み出した生命だからだ。
そして、中には凡百の魔法少女をはるかに超える魔力を持つケモノだって存在する。大海の一滴は井戸よりもよほど濃いのだ。
「キュオオオオオ!」
嘶いた。そして、黒焦げになったサルを咥えて噛み砕いた。
「この……!」
ラミエルが光の剣で切りかかる。
「キュルアアアア!」
蹴った。
「がは--ッ!」
すさまじい威力、さらに雷が身を焼いて動けない。回復できないほどの傷ではないが、数秒の間動けなくなってしまう。
「ラミエル。……この、くまちゃんやっちゃぇ!」
「キュガアアアア!」
テディベアが鉄拳を打ち込むが、噛んで止められてしまった。更に電撃が襲ってくるが、ぬいぐるみには効かない。
だが、テディベアの方も押し合うのが精一杯どころか限界が近い。足が、綿がつぶれて身長が縮む。
「このっ! 石になれッ!」
「キュルオ!?」
麒麟の体が石化していく。だが、その速度は遅い。自分の体の表面が砕けて削れようと構わずテディベアを地面に叩きつけた。
そして、森を枯らす元凶へと憎しみの目を向ける。
「ひっ!」
「キュガアアア!」
そいつが、ヘカテーを踏み潰そうとして。
「ふざけんな! 私の友達を、殺させてたまるか! くまちゃん!」
ボロボロになって体のそこかしこから綿のはみ出たテディベアが、懸命にそいつの足を抑える。
「キュイイイ!?」
全力を出せば潰せていた。なのに、今も全力で踏み潰そうとしているのに。麒麟の足はそこから進まない。森を壊す仇敵を、討てない。
「私も……忘れてもらっては困ります。裁きをッ!」
四つの光の雷が麒麟を打つ。
「うわわあああ!」
「おおおおおお!」
マルガレーテとラミエルの裂帛の気合が耳を打つ。ありえない力を発揮し、麒麟は地面に叩きつけられた。
そいつは怒りに身を焦がしながらも仇敵を見る。森が無ければ生きていけない、そいつだけは始末しなくてはいけなかった。だが、それで目が合った。
「――」
身体が石化していく。
「消えちゃえ!」
「死になさい!」
トドメの一撃が、体に撃ち込まれた。
「さて、あの子達はもう限界かな。ううん、中とはいえここはまだ浅いと思うけど」
「あ、終わった?」
クラックとティアマトはあくまで気楽。ただピクニックに来ているだけなのだ。目の前の麒麟だって、自分で動かしている訳でもない。
ただ、音遠にとっては衝撃だ。魔法が分からないからこそ、現状の戦力を把握していた彼女にはありえない躍進に違いない。
「ネームドを倒した? 彼女たちが?」
「ああ、音遠。ごめんね、あれはティーちゃんが名前を付けたんじゃなくて、僕が似た伝説から名前を取ってきただけ。この層の主ではあるけれど、明日には別のが納まっているさ」
「だとしても。なんだ、この成長の速さは。ここまでのことが一朝一夕に……」
「それは逆かな。魔法とはすべからく世界を新生させるもの。音遠、例えば目を閉じてコップに水を入れる時は少なく注いでしまうものだろう。あの子たちが使っているのはそんなちっぽけな魔法だよ」
「溢れたら、それがインパクトだと?」
「まあそのあたりのラインかな。手が濡れるだけならチャレンジするかもしれないけど。けれど、こっちは訳が違う。だって、万が一溢れたら怖いもの。どれくらい溜めたかなんて見えないし」
「――勇気を出して、中ほどまで水を注いだと?」
「そのあたりの肌感覚は覚醒するとよくわかるようになるのだけどね。文字通り第6感というやつさ。いや、固有魔法が6感だからセブンセンシズとか?」
「まったく、これだから魔法少女は」
「君だって魔法少女じゃないか」
音遠は苦い顔を隠せずにいた。こんなものが魔法少女であるなら、人類とバランスを保つなど不可能ではないかと。
そもそもティアマトが人類の9割を救い、そしていつでも救いを取りあげられる時点で不平等条約だ。逆らえる者が居ないほどの権力を持っている。
「クーちゃん、クーちゃん。どこでお昼ご飯食べるの? みんな疲れちゃったみたいだから、ティアはこれ以上登るのはやめた方がいいと思うの」
「ティーちゃんは優しいね。じゃあ山登りは終わりにしようか。向こうの見晴らしのいいところで食べよう」
「うん。分かった!」
不安そうな顔をしていたティアマトが顔をぱっと明るくして駆けていく。すると、すぐに戻ってきてクラックと手を繋ぐのだった。




