第45話 堕ちた魔法少女
そして、三人は更に軍人たちを2グループほど始末して奥に進む。
もう屋内にまで来ている。城と言ってもRPGゲームのそれではない、現実的に一つの家の面積はそれほど広くはない。敵の首魁はすぐそこだ。
だからこそ。
「――ノルマぁ、あと4人……」
強力な”護衛”がそこに潜んでいるのは当然のことだった。5人の少女の首を抱えた魔法少女が、彼女たちを睨みつける。
音を消す魔法はそれほど万能じゃない。そもそも4グループも始末する必要があったのがその証。他の魔法少女の襲撃が無ければ、現代技術でもすぐに居場所を特定できる程度の代物でしかない。
「あーあ。なんかスゴいのに見つかっちゃったみたい」
「ふん、施設から連れ出された魔法少女ね。何をされたんだか。歯止めを失った魔力がバカみたいに膨れ上がってる。けど、戦いは正気じゃないと勝てないわよ」
「ね、ねえ……あの子おかしいよ。逃げよ?」
ただ一人臆病に縮こまる魔法少女。それを見て、そいつは手を伸ばし――
「1,2,3……あれ? いち? に、さん。よんは? 四人目は?」
「……ッ! 避けろ!」
火花が連続して走って行った。それは壁や天井に触れると爆裂し、光と音を撒き散らす。
「これ、触れたらヤバイ!」
「きゃああっ!」
線香花火が連続して爆発して追ってくる。が、避けられないスピードではなく二人は身をかわし、しゃがみこんだフラフープの上を通り抜けていった。
「はあ? なによ、あんた。知らないやつに何で四人目なんか言われなきゃならないのよ」
ラフテルが正面切ってそいつを睨みつける。かわせない攻撃ではないが、これを喰らってみる馬鹿ではない。正気を失った魔法少女が使う魔法など、狂気に捻じ曲げられた攻撃的な性質を持つに決まっている。
「ノルマ。……今月は、20人殺さなきゃ」
そいつは、ふらふらと定かではない目線を三人に向けて指折り数える。それは明らかに話しかけてはいけない挙動のおかしい類の人間だが。
「はん。魔法少女ばかり20人も殺すなんて、お前は殺人鬼? 何を考えてそんなに殺すのよ」
ラフテルとて今日は覚悟を決めてきた。立ち塞がるなら、倒すまでだ。あの混乱がなければこうなっていただろう未来の姿だが、同情できるほど余裕はない。
「殺……す? 私が? 人を……」
「手に持ってる首は同じ魔法少女でしょうよ。人間の言いなりに同族を殺すなんて、イカれてんじゃないの」
「――違う。私は。私……は」
「何が違うの? お前は狂人で、頭のイカれた殺人鬼でしょうが……! だから、ここで倒す」
詰問に、その魔法少女はひどく怯える。
「きゃあ! なに、これ……」
持った首を取り落として、血に濡れた手で頭を抱えて取り乱す。
「なに……この子」
「ラフテル……なんかやばいよ! コイツ、殺さなきゃ!」
「ええ……!」
ラフテルが取り乱す彼女へ向けて踏み込む。触れたものを泡へ変える手で、敵が何かをする前に殺そうと迫る。
「嫌だ。ヤだ、叱らないで。私は、頑張ってるのに……!」
血が出るほどに顔をかきむしり始めた。明らかに常軌を逸した光景に三人は少し引いた。が、ラフテルはそのまま殺そうと走る。
「20。今月は20……あと一人足りない。あと一人。あと一人ィ。なんとか、なんとかするからもう叱らないで。やだよ、暗闇はもう――」
ぎょろぎょろと辺りを見渡す。捕らぬ狸の皮算用、とはいえ全員倒してもまだ足らない。心がおかしくなってお仕置きに恐怖している。
「侵入者発見! 野に下った馬鹿ども、私たちが始末してやる……え、何をッ!?」
そして、増援が来た。相手はチームを組んでいない。というか、そんな反乱されたら困るような真似を許すわけがない。
「四人目。ノルマぁ」
だが、心が壊れた魔法少女は仲間すらもその手にかける。溢れる魔力による身体強化、レベルが違う。ただの魔法少女に反応できるはずもなく。
「バカっ! 私は、仲間――」
「あは、17人目ぇ。これで、あなたたちを倒せば怒られないィ」
その膂力にまかせて首を捩じ切った。それで安心したと思いきや、わずかに正気が戻って更に取り乱す。
「あ。あれ……? 優香ちゃん? なんで死んでるの? なんで、私が首を持ってるの。なんで――私の手が赤いの? 私は。私が――」
「狂ってるわね。なら、その子と同じ場所に送ってやるわよ!」
正気と狂気の狭間で、戻った正気が更に狂気を生む。救いなどありはしない。いや、ラフテルがそれをくれてやろうと、移動したそいつを追いかける。
「イヤ。イヤああああああ!」
首を振り乱して魔法を乱れ撃つ。溢れるように無数の火花が飛び出した。助けを求めるように手を広げ、しかし発動するのは人を殺す魔法。
「……チ、なんて数。厄介な」
避けようもないその数から逃れるために、床を泡化して逃れた。
「ラフテル……!」
「そっちも注意しな!」
二人は逃げる。発生源から離れれば、まだ対処は可能な密度だ。
「あ……!」
だが、戦闘経験など碌にないという事実。怯えて地面に伏せたフラフープはともかく、コーンヴェールはその火花の一つにかすってしまう。
「ギ――アアアアア!」
凄まじい音が骨から響いてくる。そして、遅れるように火の手が腕を走る。それが魔法の真髄、人に”躾けられた”際にねじれて歪んだ魔法のカタチ。
「コイツ、寄生して音と熱で。うるさい! 音を消さなきゃ、狂っちまう……! いや、音は消せても!」
「コーンヴェール! コーンヴェール、大丈夫!?」
倒れて地面で這いずり回ろうとその火は消えやしない。コーンヴェールのことをどこまでも攻め苛む。
「大丈夫な訳……アアアッ!」
「コーンヴェールぅ!」
「フラフープ、そいつの腕を切り落とせ! お前の魔法ならできるだろう!」
「ええ、そんな!?」
「が……! や、やれ。フラフープ、このままじゃ、あたしが焼け死んじまう!」
「そ、そんな。そんなこと、わたしには」
「フラフープぅ! アンタ、あたしを殺したいのか!」
「……わあああああ!」
火が走るその先に手を当てて、くるりと回す。その場所がすっぽりと消失して、切り離された腕が転がった。火は、まだ燃えている。
「くそ……! だが届いた。足元がお留守だぞ」
床下に逃れたラフテルがさらに地面を泡に変えて、下から敵の足を掴もうとする。両足首をまるごともがれては、いかに彼女でも死を免れない。だが。
「やだ。やあだああああ! 私、私違う! 怒られるようなことしてない!」
喚き散らす彼女は、魔法すらも撒き散らしている。泡に変える手と火花が、衝突する――
「……ぐ。強い。このままでは――」
魔法と魔法のせめぎ合い、だがどうにも敵のバラまくだけの攻撃がラフテルの両手よりも出力が高い。
「ラフテル! くそ、イカれ魔法少女めが!」
片腕を失ったフラフープが床を蹴り砕いて散弾を放つ。火花は生物に対して火と音で攻め苛む処刑器具に似た攻撃だが、建物を破壊してはいない。ならば建材を当てれば相殺できる。
「くっ、助かった。だが、どう攻める……?」
生まれた空隙を利用してラフテルが二人の元まで戻ってきた。
先の一撃で作れたのはわずかな隙のみ。そして、一瞬が終わればまた火花の魔法が部屋を埋め尽くす。イカれているがゆえ狙いなどないが、それでも這いつくばらないと避けきれない。
「――こうなると、フラフープが頼りだな」
「ええ!? わたしぃ? 無理だよぅ、ラフテルちゃあん。わたしなんかじゃどうしゆもないよう」
「いや、お前の魔法で穴を開けまくれ。あとはあたしたちでなんとかする。コーンヴェール、いけるか?」
「やらんとあたしらも死んじまうだろ。やってやるさ」
無くした腕からぼたぼたと落ちる血の雫を、丸ごと縛って立ち上がる。三人で生き残るために覚悟を決めて痛みをこらえて立ち上がる。
「ううう……し、失敗しても怒らないでね」
「あんたが転ぶのなんていつものことでしょ。こっちでフォローしてやるから、言われた通りにやりなよ」
「あう……うん。分かったよ、ラフテルちゃん」
やると決めたら行動は早い。そうでなくては火花に触れて手足の一本を失う羽目になる。この建物を倒壊させるくらいの気持ちで穴を開けていく。
「は。イカれた魔法少女なんて、いくら魔法が強力でも知恵を絞れば勝てない訳ないのよ」
「これでも、うちらは生き残ってきた魔法少女なんでね……!」
フラフープの魔法で部屋は滅茶苦茶になっていく。穴だらけのチーズみたいな壁は、魔法少女の腕力なら簡単に引っぺがせるまでに脆くなった。
一抱えもある瓦礫を投げれば、火花を抑えて彼女までの道が開く。
「えへへ。私、役に立って――」
「行くぞ……なッ!?」
「フラフープッ!?」
さあ反撃開始だ、というところでフラフープの頭がはじけ飛んだ。この部屋を穴だらけにした、それはつまり射線が通るということでもあった。
あの狂った魔法少女と共闘などできるわけがない。だが、囮にして狙撃するなら十分ということ。部屋の外から狙うスナイパーへの対抗手段などあるわけがない。
「やられた! くそ、どこから……」
「ラフテル、やばい! 火花が増え……!」
「やあああああ! 私が、私が殺さなきゃ。20人んん! 今月分が、足らなくなるからあ!」
狂乱する魔法少女が迫る。バカみたいに魔法を撒き散らしながらケダモノのように突進する。
「ぐ……この、迎え撃ってや――」
「ああああああ!」
滅茶苦茶にバラまく魔法が盾になる。攻撃は最大の防御とも言うが、魔法を魔法で相殺して近づいた。
そして腹を抉った。それこそ、人間はケモノに勝てないというそんな光景で……
「がふっ」
「あと、二人? 一人」
血を吐いた。特に痛くはない、治療できるような傷ではないのだ。迫った死を明確に感じる中、目の前で敵が残った仲間を胡乱な目で見つめているのに気付く。
「ラフテルッ!」
「ば、か……お前だけ……でも」
身体が死を認識するまでの僅かな暇に、逃げろと手を振るが――
「嫌だ、あたしは。あたしら三人いっしょに……!」
コーンヴェールはその手を取ろうと残った片手を伸ばす。手と手が触れあう、その瞬間に。
「20人ぃぃん!」
馬鹿げた力で首をもぎ取られて身体は明後日の方向へと転がって行った。
そして、織田首相はというと。
「魔法少女……総勢10名。たった10匹のはぐれにここまでしてやられたか」
怒気をみなぎらせていた。クラックを想定した厳重な警備、だが結果は施設から逃れただけのはぐれものにズタズタにされる始末だった。いつ城そのものが崩れ去ってもおかしくはない。
「は。それは、その……」
「もうよい。失敗は次に生かせばよい。次こそは、クリック・クラック本人が来ても破られない警備を敷くのだ」
「ひっ。承知しました」
「新しい施設を作らねばな。まったく、魔法少女というのはこうも邪魔ばかり……!」
何も顧みることなどない。ただ先を見て、世界を救うのに必要なことをするのだ。なぜなら自分は織田信長首相、己の名すら捧げて人類の未来に尽くす勇士なのだから。




