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第42話 イエローシグナルの詰問



「ただい……ま?」


 クラックが家に帰ってきたら、妙な空気になっていた。音遠は頭を抱えているし、ヘカテーはソファと床の隙間に隠れていた。

 そしてティアマトとアリスは正座させられていた。


「あ、おかえりクーちゃん!」

「おかえりなさい、クーママ」


 ティアマトはパッと顔を輝かせてクラックに飛び掛かってきたし、アリスはそそくさとクラックの陰に隠れた。

 言動も姿も幼いがこれでも救世主と魔王、そんな二人に正座などさせることができるのは。


「来ましたか、クラック」

「ちょっと来客の相手で席を外していただけだよ。姿を見なかったけど、何をやっていたの? 政治家どもは妄想の世界から帰ってきてないみたいだけど」


 イエローシグナル、彼女しかいない。生徒会という組織を作り、3人を味方として引き込んだ。調整役を自ら任じた苦労人である。

 まあ、そういう人だからティアマトは苦手ながらも従っている。クラックはそれほど単純ではないけれど。


「彼らはそういう人間です。その生き方を捻じ曲げるよりは、あなたが聖人になる方がいくらか現実的でしょうね」

「僕はそんなものにならないよ。貧乏くじを引き受けるような殊勝な魔法少女に見える? 彼らが変わらなければ、何もかもがそのままだよ――誰もが奈落に向かって真っ逆さまさ」


「その我儘が世界を滅ぼすのだとしても?」

「そうなるとしたら、それがみんなの選択だったという訳だ。誠意が報われるだなんて、君を見れば誰もが嘘吐きの綺麗ごとだと分かるだろう」


「「――」」


 クラックとイエローシグナルが見つめ合う。一触即発の空気が張り詰めて、ティアマトとアリスが二人の顔を交互に見て不安そうにする。


「この話に意味はないわね」

「そうだよ。イエローシグナル、何をしていたのか知らないけどストレス溜まってるんじゃない?」


「それは関係ありませんよ」

「……怒ってるように見えるけど?」


「私は常に怒っていると、分からないあなたではないでしょう。それこそあなたが出現するずっと以前から――」

「そりゃそうだよ、僕は特別なことはやってない。僕は別に手を出す気なんてない。僕の出現した意味を考えることほど無意味なことはないよ? 覚醒段階Ⅲの出現なんて、特に珍しい話でもないんだから」


「珍しい話ですよ。少なくとも、両手の指には届いていない」

「すぐに超えるんじゃない? そうでなくとも『始まりの魔法少女』がすべてを滅ぼすよ。結末は決まっている」


「……」


 イエローシグナルは、額に寄った皺をもみほぐす。まあクラックがこんな奴だと知ってはいた。

 ティアマトに好意を持っているだけの、世捨て人の皮肉屋だ。奉仕精神に目覚めることを期待するほどイエローシグナルは夢見がちではない。どいつもこいつも”こんなん”で、だから怒っている。


 が――。


「危惧したとおりね。弱くなったわね、クラック」

「……へえ? 試してみるかな」


 クラックがぴくりと眉を上げる。こんなに表情は分かりやすくなかったし、もっと迂遠ないやがらせをする性格だった。


「あなたが弱くなったところで、私が強くなったわけじゃない。鎧袖一触で、傷一つ与えられないわよ。耄碌した?」

「それを自信満々に言われても困るんだけど」


「困りはしない。強さに意味はあるけれど、それはあくまで一定のもの。金で買えないものもあれば、強さでは作れないものもある。その弱体化に大して意味はないけれど、自分の足をすくわないようにね」

「……忠告のつもり? 君は青でも赤でもない黄色、どっちつかず。今の混乱を回復させるために政府と魔法少女で冷戦ないしは休戦状態を作りたいんだろう。何を企んでいるの?」


 クラックが訝しむ。そもそもクラックは別に頭が良い訳ではない。それなりの大学を出てそれなりの会社に就職して、サードに巻き込まれて死んで魔法少女になった。ただそれだけで、頭が良いなどと言えようはずがない。

 政府の人間やそういう頭のいい奴らの思惑を見抜けるのは、野望などに大別などないからだ。偉ぶりたい、良い生活がしたい、民衆どもを見下したい、そんなものを見抜くのに知恵など要らない。

 ――他人への期待を捨てれば、それで十分。冷酷な世界を冷静に見れば、答えは見えてくる。至ったところで情熱を失って不幸になる以外に結末はないのだが。


「あなたは、『ナイトメア』のことをアリスと呼ぶ。いかに弱弱しく見えようと、そいつは覚醒段階Ⅲに至った真の魔法少女よ。その矛盾を、自覚しておいた方が良い」

「――ッ!」


 クラックは痛いところを突かれて黙り込む。

 それこそが弱くなったということかもしれないけれど。だって、今のクラックはそれが論点ずらしで質問に答えていないことに気付いてもいないのだから。


「それにティアマトと恋人になっても特に何もしないでいるから、そんなこと(妊娠)になっているんじゃないの? もう少ししっかりしてほしいものね。妻と娘でしょ」

「君に口出しされることじゃないけど」


「あなたが彼女を怒らせるたびに妙なものを生み出されていては困るのだけど。まあいいわ、本題に移りましょう」

「……前置きで僕をいじめる必要はなかったんじゃないの」


 クラックは唇を尖らせる。上から正しさを押し付ける政府の人間に対しては力押しで返せても、イエローシグナルを相手にしては形無しだ。妥協点を探った上で小言を刺してくるのだから。


「――めっ! イエローシグナル、めっ! クーちゃんいじめちゃダメなんだよ!」


 難しい言葉を話されてちんぷんかんぷんだったティアマトは、分かる言葉に食いついた。クラックをぎゅっと抱きしめてイエローシグナルから守ろうとする。


「ああ、はいはい。ごめんなさいね」


 まあイエローシグナルは意に介しもしないのだが。


「で、本題って? 僕としては人間どもがいくら滅びようとどうでもよいことだけど」


 クラックはティアマトの好きにさせたまま、イエローシグナルに対してはそっぽを向く。


「昔はね。今のあなたは無視できない。いいえ、無視する必要ができたと言えばよいのかしらね」

「――お前は本当に厄介だね。働くなら君一人でやればいいのに、僕を巻き込むんだから」


「力ある者の責任と言えば、あなたは馬鹿にするのでしょうけど」

「あはは、愚か者の発想だよ。弱者を餌にすれば強者を操れるという権力者の傲慢だ。君は政府に鞍替えでもしたのかな」


「初めから、どちらに付いてもいません。ええ、世界にはあなた曰く愚か者しかいないので私が調整役をするしかない。……まったく、ふざけている」

「世界に怒ってるのに、壊そうとしてないんだからご苦労なことだよ。……で、そいつらは君の仲間?」


「まさか。彼女たちは政府側ですので」


 イエローシグナルが合図を鳴らすと二人の魔法少女が姿を現す。転移をする前に気付いているのはクラックのとんでもない芸当だが、イエローシグナルは別に言及しない。

 合図だけもらって空間転移してきた魔法少女二名は、話を聞かせてもらってもいないが飄々とした顔を貼り付けている。


「おや、我々の紹介はお済みで?」

「それにしては歓迎の雰囲気がないようですけれど」


 現れたのは、匂い立つような色気の女性。魔法少女らしいような、それとは反対のような華々しくそして露出の高い恰好だ。


「歓迎されると思っていたのですか? 『キャメルクラッチ』、『ウィンターキャンディ』」

「ふふ、世界は変わっていく。男の時代は終わり、これからは魔法少女(私たち)の時代がやってくる」

「新しい時代を築いたティアマト様、そしてクリック・クラック様にナイトメア様がいる限り安泰ですもの。私たちもそのおこぼれをあずかることができますわ」


「「この場に現れても攻撃がこないことがその証。お目通りが叶ったのであれば、私たちだって”世界を支配する側”に立てる……!」」


 揃って真っ白な歯を見せて笑う。

 それはとても気持ちがいいのだ。なぜなら、政治家にとって一番の報酬が”国を背負って立つ実感”であるならば彼女たちは世界を背負っている。ならば王様より一段偉い『立場』、それほどの快楽はないだろう。


「あは。でも、それは神様を奉ずる巫女となることでもある。君たちにできるかい? その魔力に畏怖され、遠ざけられてきたティアマトと直接相対することになるんだよ」

「神であるからこそ、わざわざ蟻の一匹を踏み潰すことはありませんわ」

「私たちは弁えておりますもの。だって嵐に立ち向かうドンキホーテ達は骸となっても、そこの子ネズミは可愛がられているではありませんか」


 彼女たちはクラックに対して堂々と反論して見せる。どうせ殺されやしないと高をくくっているのだ、それは正しい見方だが。

 ドンキホーテ、先に殺した魔法少女達もクラックの側から殺そうとはしていなかった。決戦を挑んだあちら側が砕け散っただけだった。口を出すくらいなら問題ない。


「クラック、いつでも殺せるというのはそれだけでしかないのよ。すべてがうまく行くほど世界は単純じゃない」

「そんなことは知っている。――ふん、好きにするがいいさ。殺したがりではないと、看破されたようだしね」


 そして、彼女たちはティアマトの前に膝を折って語りかける。


「心配することはありません」

「私たちはあなたたちの味方です」


「「あなたとクリック・クラックとの生活をお守りしましょう」」


 何の誠意もない言葉だった。なにより彼女たち自身がでまかせでしかないことを知っている。むしろ崩せるのであれば、率先して売り込むだろう。けれど、無理ならそれを利用するだけ。

 自分自身のことしか考えない利己的な言葉である。


「うん。ありがとう」


 だがティアマトはニコリと笑う。諧謔も理解できない、建前が建前にならないティアマトだから遠ざけられていたのだから。何の意味もない言葉を信じて、いい人だなあなどと思い込む。


「いえいえ。他ならぬティアマトの頼みであれば是非もありませんよ」

「あなたは死に絶えた者達に命を与えてくださった神に等しき魔法少女なのですから」


「えへへ。照れるなあ」


 その茶番劇の横で。


「イエローシグナル、その二人を使って何をしようと? 人間どもが勝手にやってることに、僕らは手出しする気がなかったのに。……まさか」

「ええ。時代は変わりつつあるーー人の時代から魔法少女の時代へと。そこでは、人は人の力では生きていけないのですから……」


「ティーちゃんを利用する気? 中立を保つことは出来ても、利用するのは管轄外だろう」

「それでもですよ。襲撃が実行された、人間の方は動いている。人は生きあがくものですから」


「利用するにしても、それなりの頼み方があれば動いてやってもいいのだけど」

「それを傲慢と呼ぶのですよ、彼らにとっては。数日後に使者が来ますので、まあ殺してしまわないように」


「彼女たちが?」

「まさか。政治屋たちに交渉などできると思いますか? 対応をお願いします」


「君がやってよ、僕はヤだね。それに、その前に清算すべきものがあるだろう。君が声をかければすぐにでも集まってくるよ。未だ東京にとどまっている魔法少女たちはね」

「そんなものにかかわっていられないからあなたに対応をお願いしたのですよ」


「――つまり、本当は交渉は次の機会か。じゃあ、それまでに君の方で話をまとめておいてよ」

「それは無理ですね、彼らを洗脳でもしない限り」


「世界を守るのも面倒なものだね……」



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