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第41話 政府の交渉役



 そして1週間、ティアマトは妊娠というものに飽きていないらしくまだお腹は大きいままだった。色々とクラックに気遣ってもらえるのでそれを満喫している。

 そんな歪つな幸せの日々の横で……世界は、地獄へと一直線に向かっていた。先進国に残っていた理性が、溶け落ちつつある。文明崩壊の足音が響いていた。


 なにせ、”魔法少女は世界を壊せる”認識が疫病のように広がっている。人は災害のことを忘れる生き物としても、限度がある。

 セカンド・インパクト――9割が命を奪われ、ティアマトが回復した事件のことを記憶の蓋の下に封じ込めていた。そんな事実は、ティアマトが人類の”上”ということになってしまうため政府も共犯として情報の隠滅に全力を出した。

 忌まわしき記憶の封じ込めは成果を結び始めていた……その折りに、フォースとフィフスが襲ってきた。完遂こそ妨害されたが、再びの滅びを人々は目撃してしまった。


 ――だから、もう終わりだった。一人の魔法少女がその気になるだけで終わる世界で、”まともに”生きようとする者などいない。汗水たらして一生懸命働くことは徒労に他ならないのだから。そんな〈無駄な努力〉に耐えられる人間はいない。

 以前の世界でも変わらない真実ではあるが、その真実は隠匿のベールに覆われニヒリストの悲観と馬鹿にされていた。秘されていたそれが、誰も目をそらせない形で晒された。


 それでも諦めずに前を向く者がいるとしたら、その”まともに生きる者達”から吸い上げる立場の人間だ。汗水をたらすのではなく、そいつらに上から命令する世界で生きる政治家である。

 爆心地となった学園近郊から人々は逃げ出し、東京はゴーストタウンとなった。彼らは真っ先に逃げ出し、そして京都に新たな自分たちの居城を築き上げた。彼らは精力的だった、旗下の魔法少女を使いすぐに日本全土を監視下に納めた。


 撤退作戦は終わった。ならば、次は反攻するのだ。跪きはしない、なぜならティアマトなど上に立つべき者ではないからだ。そんな理不尽を許すことなどできないから。


「聞こえていますか? クリック・クラック……あなたに政府からの書状を持ってきました」


 日本政府は、ティアマトを手中に収めたクラックと交渉することを決めた。作戦が失敗し学園が壊滅まで追い込まれても、残った者達をかき集めて戦力を再編成した。

 与えられた命を盾に膝を屈しはしても、頭を垂れた覚えはない。心はまだ屈していない。魔法少女を派遣し、交渉に臨む。


「――」


 もっとも、クラックは相手の思惑まで分かっているから出迎えもしない訳だが。どうせ高慢ちきの政治家どもに、お仲間以外に払う敬意など存在しないと知っている。

 そんなものがあったら始めからティアマトと政府の間に溝はなかったのだから。こいつが言語に尽くせぬ馬鹿だから聞かないのかと、そんな心の声が漏れ聞こえるから相手にされないだけなのに。


「……『クリック・クラック』!」


 その魔法少女はクラックの名を叫ぶ。そいつは強気な女性――魔法少女でも妙齢の姿になる者はいる。そして魔法少女は例外なく美しい。


「――ッ!」


 とはいえ、どこぞのアイドルなどかすむような美女でも悔し気に地団太を踏む姿を見れば幻滅するだろう。

 彼女も覚醒などしていない。というか、政府傘下の魔法少女はほとんどがそのレベルで、学園所属でも強力な魔法少女は廃墟に潜伏して逃れている。魔法少女としては、たかが知れている。


「クリック・クラック……もはやあなたの勝手は許されません。ティアマトを手中に納め、くだらない野望を果たした気になっていても」


 虚空を睨みつける。自分が怒っていることにすら怒って際限なくキーキーわめき続けるタイプだ。そして、権威を傘に着るタイプ。自分の弱さをこれっぽっちも自覚しちゃいない。


「お前は日本人として戸籍を登録され、その自由を制限する法が国会で成立した。もう他者を攻撃することなどできない! 手は出していないなどという言い訳だって通用しないぞ。その言動すら制限されると決まったんだ! どうだ、ぐうの音も出まい!」


 ビッと指をさす。その背後にクラックが現れる。


「身重の妻が居るから、馬鹿の相手をするほど暇ではないんだけどな」


 やれやれと肩をすくめる。ビクリと反応した彼女は、尻もちをつきながらも身体を反転してクラックにやっと向き直る。


「ば――馬鹿だと!? 誰のことを言っている! そういう他者を貶める言動も禁止だ。禁止……! ここに書いてある!」

「……んん?」


 尻もちをついたまま突き出したその書類をクラックは眺める。指差した部分は他者を貶めると認められうる言動だのなんだのと難しい言葉が書いてあるが。


「くくく。他者を攻撃する言動の禁止! さらにはティアマトへの接触には政府の許可が必要! どうだ、大人を舐めるなよ――ガキが!」


 それは交換条件でもなんでもなく……日本の法律として定められたことの通告だった。今さらそんなものに従うかと言えば――それを政治家が疑うことはない。そういう世界に生きているのだ。彼らに”殻を破る”ことができようはずがない。


「お前は、実に馬鹿だね」


 その彼女を、クラックは蔑んだ瞳で見下ろす。


「な、なんだと――」


 魔力を感じ取れるレベルになくとも、その強大さは肌で感じ取れる。ゾワリと恐怖が背筋を撫でて、僅かに黙る。

 議論の必勝法、とにかく喚いて叫んで相手を黙らせる。まあこれは権力に黙らされるんで、彼女は何度も苦渋を飲んだものだけど。今回も、通用しない。


「政治家どもは”相手の都合”など関係ない世界で生きてきたのだろうがよ――お前は違うだろう。自分が上級になれると勘違いしたか? お前はどこまで行っても、使えない駒だよ。どうせ元は社会人だったんだろ? それで空気の読めない発言をするうちに相手されなくなったんだろ? ……社会は”上”のお気持ちで動いているんだぜ。正しい事に、価値なんかないんだよ」

「……ッ!」


 気圧された。実際、クラックの言った通り正しさなどに意味などない。この彼女が打ちのめされたのはクラックの言葉などではなく、嘲笑だ。

 もっとも、だからといって反論など何一つ思い浮かばない。魔法少女になったからと喜んで退職したら、どうにもならなくなったという挙句を歩んでいるのだから。


「そして、それ(書類)にも意味はない。国というのは一種の暴力機関、より大きな暴力を従わせることなんてできないんだよ。都合の悪いことって、それは意味の通らない暴論なんだぜ?」

「貴様……貴様は」


 彼女はクラックのことを睨みつける。幼女の姿でありながら、世界の仕組みを嘲笑する様はまるで悪魔のようだ。


「君も、人間の常識に縛られている。馬鹿とは頭の悪い事ではなく、単純な論理を認めたがらない奴のことだよ。世界は複雑じゃない、冷酷なだけだ」

「――貴様など、恐れるものか!」


 クラックの言葉などほとんど理解できていない。それこそクラックが言った通り、冷酷なだけの世界の論理を理解することを拒絶する。利己的な遺伝子を否定する。

 ゆえに、否定する手法などただ一つ。それこそ冷酷な論理だが、理解しなければ正しいと勘違いできる。言うことを聞かすのは、”暴力”それ以外にないのだと。


「うん。魔法を使う気? やめた方がいいよ、君のために言っている」

「貴様のような頭のイカれた上級気取りなど、存在するべきではなかったのだ! そのすべて、この私が使ってやる! そうだ、私の魔法は――そのためにあった!」


 彼女の魔法は『支配』。視界におさめた相手を対象に、その人物を支配する恐ろしい魔法。なんでも言うことを聞かせられるのだ。


「身の程知らず。これも簡単な話なのにね、レベルが違えば小細工などに意味はないという」

「――あ、が」


 支配の魔法を使った彼女の動きが止まる。


「……ひ」


 クラックの姿が割れた。そう思った瞬間に、視界がひび割れて中心から黒く割れ落ちていく。奈落の底に飲み込まれたような視界を自覚するのと同時に、すさまじい痛みが全身を襲ってきた。


「ぎゃ。ギ――イ。ガアアアア!」


 痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……ただそれだけが思考のすべてを侵食する。とてつもない痛みで、他の何も考えられない。

 いや、もう一つ。助けに来い、と。単身一人で向かったわけではない、バックアップの魔法少女だっている。この期に及んで何もしない彼女たちを、心の中で罵倒する。


「ああ、助けが来ないことが不思議? 別に疑問でもないだろう。君は使い捨てで、助ける価値などないだけだ。不意打ちにならないうえ、万が一うまくいって僕の頭をぶちまけたところで復活するだけだし」

「……イイイイイイ!」


「うん? 僕を睨んでる? やだなあ、いやがらせがバレた? 鉄をうまい棒で殴ってただですまないのは一方的にうまい棒。粉々になっちゃうよねえ。だからちょっと小突いて止めてあげたんだよね。死なないように」

「アアアアアアア!」


「ま、発動は止めてないからへし折れたけど。あはは、馬鹿なことをしたもので苦しんでるねえ。あいつら魔法少女は魔法への抵抗力をもつことさえ分かってないんだから、万一通じるかもと期待を抱いたのかな。それとも使い捨ての駒の性能に興味もなかったのか」

「ヴァアアアア!」


 莫大な苦痛に身を苛まされる。真っ赤に染まった視界の中で、敵を睨みつける。たとえそれが自らの悪意がもたらした結果でも、憎悪は留まることが無い。


「いい加減、うるさいよ」

「――」


 クラックが指を鳴らすと、彼女は気絶してしまった。サイコキネシスの真似事で神経系を圧迫すればあっさりと気を失わせることができる。人間と変わらない身体で、真の魔法少女の前に立つ方が間違っているのだから。


「まったく、かわいそうなことだね。都合の良い言葉に踊らされて、こんな闇バイトの主人公になる羽目になるなんて。これでは魔王に挑む一冒険者じゃないか、まるで」


 ちらりと目線を遠くにやる。そこにはヘカテーを狙撃した魔法少女グループの姿がある。彼女たちは気付かれたかと焦るが、クラックはしっしとハエでも払うような仕草をする。

 三々五々蜘蛛の子を散らすように逃げていくのを見守るわけでもなく無視した。


「しかし、くだらないよね。先生様だなんて呼ばれて、誰かに機嫌を取ってもらわなきゃ生きてもいけない有様だとは。そんなだから、滅亡するんだよ。世界を救うのを貧乏くじにするから――」


 ふう、とため息を吐いて姿を消す。ティアマトの元へ戻っていった。



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