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第40話 激動の妊娠騒動



 遊びを終えたクラックが家に帰る。

 そこはティアマトの生家を再現したボロアパートの一室、他の部屋はすべて空き家となっている。しかし、その一室は中が異界化していて空間そのものがねじ曲がっている有様だ。

 クラックはちゃんとした家に変えたいなあ、などと考えている。


「ただいま、ティーちゃん」

「おかえり、クーちゃん。……その子、だあれ?」


 扉を開けるとティアマトが出迎える。飛び掛かりそうな姿勢でじりじりと、猫のポーズで迫ってくる。……本来なら抱きついていたが、クラックと手を握っているヘカテーを警戒している。


「この子は魔法少女『ヘカテー』、拾ったんだ。仲良くしてあげて」

「あの……よろしくお願いします」


 クラックに背中を押されて前に出たヘカテーはぺこりとお辞儀する。

 なぜ自分がここにいるのか、どころか。この人たちは何なのか。自分は何をすべきかすら分かっていない迷子だった。

 今は、異次元と化した部屋の様子と四方八方から放たれる理解が及ばない魔力に気圧されて口がポカンと開いている。


「ヘカテー……ちゃん」

「はい」


 ティアマトはおそるおそる近づいて、手を伸ばす。ヘカテーはその手を見つめ返すが、微動だにしない。

 そろそろと、頭を撫でてみる。まるで猫にでもやるような仕草だが。


「――」


 そのまま受け入れるヘカテーに、ティアマトの顔がぱあっと明るくなった。


「……」


 ヘカテーは蛇ににらまれたカエルのように止まっていた。実際、何かができるようであればとっくの昔に何かしていた。流され続けて、なぜかここに居てその理由も分かっていない。


「アリス。アリスー。おいで」

「クーママ。……あの、おかえり」


 呼ばれて近寄ってきたアリスは、ヘカテーに怯えてクラックの背中に隠れてしまった。


「ほら、なにか声をかけてあげて。お姉さんでしょ」

「おねえ……さん。えと、ようこそ」


 顔を出したかと思えば、それだけ言ってまたクラックの後ろに隠れた。


「さて。僕はまた寝ようかね……」

「クーちゃん」


 ニコニコとヘカテーの頭を撫でていたティアマトが、急に機嫌を悪くして振り向いた。

 そのヘカテーはずっとぽかんとしている。構っていたティアマトがどこかに行ってもずっと棒立ちしている。


「おや、何かな?」

「ックーちゃん!」


 ティアマトが怒っている。クラックとしてはティアマトはこのまま怒り続けるだけだと知っているので、その怒りを紐解くか意識をそらすか悩む。


「ぷくー。クーちゃん、ぷくー」


 頬を膨らませて怒りを表現する。とてもかわいらしくて笑ってしまいそうになるが、やってしまうと洒落にならないことを知っているのでクラックは我慢する。


「ええ……と。ティーちゃんは、そっか。帰ったのに抱きしめるのを忘れていたね。ぎゅー」

「……えへへ。――あ。ぷくー」


 クラックが抱きしめるとティアマトは花が咲くように笑い、けれどすぐに思い出して頬を膨らませる。


「誤魔化されないもん。クーちゃん、そんなにヘカテーちゃんに夢中?」

「いや……別にそういうことではないけど」


 ほおをかく。幼女二人が抱き合っているのだから、当然顔はキスできるほど近い。目いっぱいに相手の顔を写しながら、クラックはティアマトの機嫌を取る。


「クーちゃん、ティアと恋人になったばかりなのに他の子連れ込んだ」

「いやいや、行き場のない子を連れてきただけだよ。数が居れば生徒会もマシになるし、なにより放置するのもかわいそうだったし。……そんなつもりはないよ」


「ティア、知ってるんだよ。クーちゃんがロリコンだって」

「ぶっ! な、なななななにを――」


 クラックが焦る。さすがに素知らぬ振りなどできはしない。

 ティアマトも、ママを自称するものの自分の体型がロリであることくらいはさすがに分かっている。


「ティアのおっぱいとかお尻とかよく見てるし。アーちゃんのだって見てるよね? それ、ダメなんだよ。クーちゃんは、ティアだけじゃないとダメなんだよ」

「あう……えっと、ね。そんなことは……」


 ティアマトはクラックの頭を両手で掴んで自分の胸元に向ける。


「ヘカテーちゃんも、クーちゃんの好みでしょ」

「そんな目で見てない……よ?」


 逃げたいけどそんなことはできないクラックは目を逸らした。すぐに目線がティアマトの胸元に戻ってきた。


「クーちゃん」

「ひゃいっ!?」


 ティアマトはぷっくり膨らませた口をすぼませて、クラックの顔を上げて目線を合わせる。


「クーちゃんはティアにしたいこと、あるでしょう?」


 させてあげる、という形を取っているが実際は要求している。クラックも、こんな顔をされては何が求められているか分からないはずもなく。


「あう……う」


 顔を真っ赤にさせて、目をうろうろとさまよわせる。

 まあ、そんなことをしても相変わらずぽかんとしているヘカテーと、どうでもよさそうにソファで寝ている音遠。そして期待に目を輝かせるアリスだった。


「んー」


 ティアマトはぎゅっとクラックを抱きしめ返している。……逃げられない。


「ん」


 観念したクラックが軽くキスを落とした。


「……えへ。クーちゃんの方から、してくれた。嬉しい、クーちゃん!」

「わっ! ま、待って……」


 ティアマトがクラックを押し倒してキスを繰り返していた。




 3日後、ヘカテーがティアマトに慣れてきた。とりあえずティアマトのことをママと呼べば大抵のことは許してくれるのだ。クラックにアリスとティアマトとともにお勉強をさせられるが、一人逃げても別に怒られないし。

 そんな牧歌的な日常の中で、大事件が発生する。


「ティーちゃん……? その、お腹は?」


 朝起きた時は普通にしていた。そもそも食べすぎて太ったり逆に餓死もするようなレベルの低い魔法少女は音遠だけだ。

 だが、クラックが目を離したすきにティアマトのお腹が膨れていた。ボールを仕込んだようにも見えるが、だがそんなイタズラではない。


「えへへ。これが〈女の子の幸せ〉なんだねー」


 目を細めてうっとりと微笑んだ。幼女が妊娠する、ある種傷ましい光景であれど本人は幸せそうだった。

 アリスとヘカテーは寄っていってそのお腹を撫でる。中の仔が蹴ったと、笑い合う。

 音遠だけは、真剣な顔をしている。”そういう”問題もあると知っている、そしてその実例は往々にして人形のように自らの意思を無くした者ばかりで。笑いごとではない。


「――クラック、心当たりは?」

「……ッ!」


 顔を蒼くして、ぶんぶんと首を振る。そのための”もの”は無くしてしまったから、覚えがないのは当然なのだけど。


「クーちゃあん! 覚えてないの!」

「えっ。ティ、ティーちゃん。え。あの……でも、僕……えっと、”ない”し――」


 他の男、なんてものは疑わない。というか、疑うほど離れていない。基本ティアマトはアリスとヘカテーを構うか、クラックにべったりするかの二択だ。そんな時間の余裕はない。

 とはいえ、心当たりの方もないのだけど。クラックは恥ずかしがって未だにお風呂も一緒に入っていないくらいなのだから。


「クーちゃん、もしかして知らないの?」

「知ってるって。えっ……?」


「あのね、クーちゃん。キスをすると、子供ができるんだよ。クーちゃん、キスしてくれたでしょ?」

「キス……憶えてるけど。えっ!?」


 クラックは目を白黒させている。後ろで、音遠は興味を失ってソファに突っ伏す。最初から気付くべきだった。ティアマトは尋常ならざる魔法少女であるのだから。


「クラック、ティアマトの魔法を思い出しなよ」

「ティーちゃんの魔法。……あっ!」


 『生命』の魔法。影からモンスターを生み出すのが彼女の魔法だが、強力なものを遣うのであれば血肉を捧げる必要がある。

 その魔法を、子宮の中で使ったというだけの話。そんなものにも気付かないのは、クラックもさすがに動揺したということだろう。

 まあ、言ってしまえば単為生殖でクラックの子供でも何でもないのだが。ただ、真実などどうでもいいしわざわざティアマトに理解させようとする者もいない。クラックとの子供だと笑う彼女に異論など挟めない。


「まあ、安心しなよ。大したことにはならんさ」

「……音遠。どうして?」


「ふぅん。ティアマトのこととなったら、さすがに訳知り顔もしてられないらしい。だけどその子に、”人間”を作れるはずがないだろう」

「そっか。そうだね」


 口に出しはしない。ティアマトは、母のことにトラウマを持っている。自分が捨てられたのを自覚してなお、その思い出に縋っているのだから。ここが生家に似せたボロ家であることもその一環だ。

 だからこそ、人の子など生み出せはしない。人と変わらないモンスターを生み出す性能こそあれど、できるほど吹っ切れてはいない。


「ティーちゃん。……僕の子?」

「うん。クーちゃんとティアの子だよ。子供はね、えと――ふーふのかすがい? なんだって」


 ティアマトは不安そうな顔をしている。まあ、そもそもの発端は恋人になってもそういうことから逃げ続けているクラックのせいなのだから。


「そっか」


 クラックがティアマトの膨らんだお腹を撫でる。ここまでされてしまえばもう逃げられない。もともと憎からず思っていた、無垢な子供を騙すようで気が引けていただけで。


「……まあ、どうせ明日には飽きて産んでいるさ」


 音遠が面倒臭そうに言うと、また寝息を立て始めた。フィフス・インパクトから10日ほど。人間が回復するには短すぎる。


「うふふっ。楽しみだねえ、クーちゃん。この子に会えるのはいつになるのかな」

「そうだね。この子に会うのが楽しみだね」


 くすりと二人で笑い合った。




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