関白 【その2】
お待たせいたしました。投稿させていただきます。
臨海君の脳は未だに、アンボムの言った名前を理解できずにいた。
織田関白三郎平朝臣信長
なぜ、信長が生きている。なぜ……
王世子……臨海君は思わず、口をついて出そうになった言葉を飲み込む。
確かに、今世は前世とは違った形で歴史は進んでいる。
しかし、それは王世子……臨海君がいる「朝鮮」に限った話であるはずだ。
周辺国、特に、洪水のように情報が入ってくる明国については、
前世の歴史をなぞっていると言って差し支えない。
伝え聞く近隣他国の話しもそうだ。
ほとんど全て、前世をなぞっている。
それがである。隣国の倭国……日本だけは異なっていた。
前世では、この時期すでに死んでいるはずの織田信長が生きている。
それだけでは無い。
今世の信長は、天下統一を成し遂げ関白にまで上り詰めていた。
王世子……臨海君は、倭国……日本の情報を自然と避けてきた。
聞いていたとしても、聞き流していた。
理由は言わずもなが。「不安」だったのだ。
今世の時代の流れが前世のままであれば、近い将来、戦う事になる。
前世の、それもはるか未来の事とは言え、自身の生まれ育った国である。
反面、倭国……日本に負けるわけには行かない。
負けは、そのまま、自身の命の終わりを意味する。
転生した後、ただ「生きる」為にだけ、ここまでやってきた。
時には、人の命を「自らの手」で奪ってきた。
そこまでして生きて来たのに、今更死ぬ訳に行かない。
心の迷い……争う事が分かっているができれば避けたいという思い。
その想いが、現実と向き合う事を避けていた。
しかし、現実は残酷だ。
避けて来た事柄が、違った形で目の前に現れてきた。
対馬進行に始まった一連の事件は、結局のところ、
壬辰倭乱への「一本道」でしかなかった。
我に返った、王世子……臨海君に、
話しを切っていたアンボムが続けても良いかと目で尋ねる。
「すまぬ、続けてくれ」
「御意」
信長の軌跡は、ある時を境に前世のそれと大きく変わって行く。
前世では、上洛の後に浅井・朝倉に煮え湯を飲まされた信長であったが、
今世では、上洛前に徹底的に朝倉を攻めていた。
加えて、朝倉の窮地にこれ幸いと加賀一向宗も襲い掛かり、
結果、朝倉は前世より早くに滅びた。
また、浅井家の癌であった浅井久政も朝倉と運命を共にする。
織田軍と一向宗の挟み撃ちにあった朝倉へ、自身に従う家人だけを引き連れ助太刀に向かった。
結果、助太刀どころか運命を共にしたという事だった。
信長は上洛を果たすと、程なく加賀一向宗を攻めた。
加賀進行の名分は、越前武田家の再興であったが、それはあくまで名分。
しかし、その名分に信長を敵視する諸勢力は気勢をそがれてしまう。
将軍、足利義昭と共に帝からも書状を得ていたからである。
信長は、敦賀から近江を伺う位置まで進出していた加賀一向宗を撃退する。
そして、お飾りの武田家再興を果たし、実質は敦賀の港を支配下に置いた。
また、敦賀から越前で勢力を誇る気比神社をも屈服させる。
アンボムの話しはさらに続き、王世子……臨海君は混迷を深めることになる。
「関白は寺社仏閣をはじめとする神仏を祭る者に対して政への口出しを禁じました。
そして、従う者には庇護を与え逆らう者は容赦をしませんでした。」
「関白は石山本願寺を滅ぼした後、直ぐに阿波から進軍し四国の大半を押さえ土佐の長宗我部氏と和睦しました。そうして足場を固めてから大大名の羽柴秀吉に命じて西国と九州を平定させました。加えて、九州の平定が見えて来ると同じく大大名、松平に命じて上野国から東奥を平定させたのです。」
アムボムの話しでは、兵士の数よりも圧倒的な財力と近代兵器による蹂躙であったようだ。
違和感しか無い話しだった。財力もそうだが、余りにも歴史を逸脱した「軍事力」を有している。
兵器もだが、何よりもその軍略が理にかない過ぎている。近世の軍略では無い、現代に近い軍略……軍隊思想とでも言うべき戦略である。
「要警戒」今はこれしか言えないが、関白……織田信長は格段に危険な存在であると、王世子……臨海君は改めて認識した。
アンボムの話を聞き終え、程なくして王世子……臨海君は氷雨商団を後にする。
氷雨商団から王宮への道を歩む、王世子……臨海君とパク・シルの二人連れを、物陰から伺う一団。
それぞれの目には殺気とも言うべき気配を漂わせていた。
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