関白 【その1】
更新をさせて頂きます。
長らく出来なかった理由(言い訳)を活動報告に掲載しました。
対馬から漢城に帰ってから、数か月が過ぎようとしていた。
王世子……臨海君は人生の中で最もあわただしく半面、唯一のどかな時を過ごしていた。
「キェー」
雄叫びとも取れる掛け声と共に渾身の一撃が撃ち込まれる。
しかし、打ち込んだ、よしの思惑とは異なり一撃は相手、王世子……臨海君を捉える事は無かった。
木刀同士が打ち合う音の後、よしの一撃は王世子……臨海君の木刀の上を滑って行く。
渾身の一撃を受け止められ、横に流された。
返す刀で切り上げようとした瞬間、よしの首に王世子……臨海君の木刀が添えられる。
「そこまで」
パク・シルの声が無常に響く。
「くっ……王世子様、もう一本だ!」
「そこまでになさいませ」
よしが再び構えようとした時、王世子嬪付き尚宮の声がそれを押しとどめた。
声が聞こえた方によしが顔を向けると、そこには、件の尚宮に先導された王世子嬪達が立っている。
眉をこれ見よがし寄せている尚宮とは違い、後ろの王世子嬪の顔には苦笑が張り付いていた。
「王世子様、よし殿お楽しみのところ申し訳ありません」
王世子嬪……ソン・ヨナが軽く頭を下げる。
聞きようによっては、嫌味にしか聞こえない台詞も彼女が言うと嫌味に聞こえない。
彼女の人柄なのか、よしには判断しかねる。
初めて王宮に連れて来られた時、よしは誰かの慰み者になると覚悟をしていた。
戦国乱世の常で、負けた国主は首をはねられ妻女は相手の慰み者になる。
関白はそうでも無いが、東西の大大名は女好きで知られてもいる。
「英雄色を好む」と言うこともある。
王宮に連れて来られたよし達は、対馬では「館」と呼んで差し支え無い住まいをあてがわれた。少しばかり違和感があったが、朝鮮王宮の仕来りだろうと思い、違和感を鎮めた。
その後、身を清める風呂に案内され、下女にかしずかれて入浴を終えた辺りから「いよいよか」と思ったがそれにしては陽が高すぎる。
正装に着替えた、よしが連れていかれたのは、王世子嬪孫氏……王世子の正妻の元であった。
体型を隠す韓服の上からでも判る位に腹のせり出した女、要は子供を宿した女が上座に座っていた。
自分や恐らく王世子よりも年上であろう、その王世子嬪は柔らかい雰囲気を醸し出す女性であった。
「対馬宗家、よし姫どの。よく来て下さいました」
何を言い渡されるのか、と構えていたよしに贈られた言葉は歓待の辞だった。
それ以降、時折よしは王世子嬪の元に招かれ世間話に興じる事があった。
戦国に育ったよしと言えど、女である。女同士、話題は尽きなかった。
まあ、どちらかと言えば王世子嬪が聞き上手でありよしに上手く話題を振ってくれていたのであろう。
また、王世子嬪は慣れて来ると、話し易い。
例えるなら「庶民」の様な感覚の持ち主だった。
荒くれ者達を従えていた、よしにとっては気を張らずに話せる相手だった。
王世子嬪……ソン・ヨナにとっても、堅苦しい宮中の中で、
高貴な出自でありながら、下賤な事も厭わず話せるよしは、
格好の話し相手であった。
少なくとも、よしにとって漢城での生活は想像の真逆を行くものだった。
そんなよしの回想は、王世子嬪の言葉によって打ち切られる。
「王世子様、倭国より書状が参った様です。後ほど王様よりお呼びがかかるかと」
一堂に緊張が走った。倭国は対馬の属する国家である。
そして、王世子……臨海君には特別な思いもあった。
【壬辰倭乱】……近代史最大の国際戦争と言われた戦乱である。
倭国……日本が明国を目指して朝鮮に侵攻した。
前世では、豊臣秀吉の死と共に日本軍が引き上げた事により終戦となったが、
仮に秀吉が死ななければ、どうなっていたか。
最悪、朝鮮王国は滅亡し明国も滅亡を早めていただろう。
朝鮮半島は漁夫の利を狙った欧州諸国の植民地となっていたかも知れない。
歴史にタラればは無いが、今世ではまだ起きていない戦乱だ。
王世子……臨海君は瞬時に前世より記憶を掘り出し、倭国からの書状が秀吉の書状であると辺りをつける。
しかし、前世では朝鮮と日本の間で暗躍した「対馬」宋氏は、今は朝鮮の内通者である。
事実、宗義智は統一を果たした日ノ本が次は明国への侵攻を考えていると伝えて来ている。
そのタイミングで、国王付きの尚宮が言伝を伝えに来た。
「翌朝の朝議に出席せよ」との簡単な言伝。
王世子となった臨海君が朝議に出席するのは当然の事でもある。
それをわざわざ念押しに来たという事は、
それほどに重要な案件だという事。
「王世子様」
王世子嬪……ソン・ヨナが臨海君の耳元にささやきかける。
「……倭国より荷が届きました、ご確認の程を」
「わかった」
王世子……臨海君と王世子嬪……ソン・ヨナ、二人だけの丁符。
「倭国より荷が届く」とは倭国へ送った間者から、報告が届いたとの知らせ。
「確認」とは即ち、氷雨商団に待たせてあるとの事だ。
その夜、王世子……臨海君はパク・シルだけを連れて氷雨商団へ向かう。
氷雨商団には、はたして一人の男が臨海君を待っていた。
寺党の首領、アンボムであった。
「……王世子様に於かれましては……」
「堅苦しい礼儀は不要だ。今日はただのソン・ジンとして来ている」
王世子……臨海君は地面にひれ伏して、挨拶をしようとするアンボムを止め、
さらに地面に座ろうとしたアンボムを椅子に座らせた。
「……王世子になられても、お変わりになりませんな」
「王世子になったからと言って、中身が変わったわけでは無い。」
「なるほど……」
初めて出会った時と比べてアムボムは、首領としての貫禄が備わって来た。
王世子……臨海君にとっては力強い仲間の一人である。
「倭国の様子はどうであった」
王世子……臨海君は、率直に問いただした。
アムボムは王世子……臨海君の命を受けて、
一党を率いて倭国……日本まで朝鮮流れの芸人として情報収集に向かっていた。
「国を纏めた「関白」と言う男、すさまじいの一言かと」
「それほどか」
「はい、倭国において「権力」、「金の流れ」この二つを完全に掌握しております」
「具体的には」
「さすれば……」
アムボムは王世子……臨海君に現在の倭国の状況を説明する。
戦国の世にあって、倭国の尾張と言う地から現れた「関白」はある一戦を皮切りに瞬く間に周辺諸国を平らげる。
「関白」は西進を続け、日ノ本の王都「京の都」を手中にする。
「関白」は、やがて全国に信徒を持つ強大な仏教教団と対立する。
仏教教団を中心とする反対勢力を退け、教団を滅ぼした関白は、
その勢いのまま、「京の都」以西から九州までを配下に加えた。
また、大勢の部下の中から頭角を現した二人の武将に命じて、
東の諸国と九州を平らげて行く。
やがて「関白」は群雄割拠する倭国を一つにまとめる事に成功した。
アンボムの報告は大方は前世の歴史をたどっている。
だが、途中から大きな違和感があった。
ようは、織田信長が世に出てやがて日本統一に乗り出し、
本能寺で横死した後に羽柴秀吉、後の関白「豊臣秀吉」によって統一が成し遂げられる、と言う内容だ。
しかし、アンボムの話しでは初めから「関白」が「尾張から現れている」し、
頭角を現した二人の大名とは前田利家と徳川家康辺りの事だろうが、北関東や東北を制したのは秀吉自身だ。
何より、大事件であるはずの「本能寺の変」が語られていない。
王世子……臨海君はその点を問いただしたかったが、「歴史」を知っている事を悟られないために、遠回しに問いただす事にする。
「……アンボムよ、倭国の権力者。その「関白」と如何なる男だ」
「は。ああ、言いそびれておりました。「関白」とは倭国の官職の名でございまして、その男は名を」
「名を……」
アンボムは記憶を頼るように、一呼吸をおいた。
「……名を 織田関白三郎平朝臣信長でございます」
ここまでお読みいただき、感謝いたします。
少しづつでも、更新をしてまいります。
よろしくお願いいたします。




