対馬侵攻 【その2】
本日、一話の投稿となります。
「李舜臣、李舜臣は居るか」
伝令兵の声に数人が剣に手を添えて殺気を放つ。
「止めよ」
「無礼者を咎めねば……」
「儂は無役、白衣従軍の身だ。無礼には当たらん」
「しかし」
「控えよ!」
「……御意」
引き気味だった伝令兵が胸を反らした。
こいつは……確か、李鎰の手下だったか。
「李舜臣、命令書だ。すぐに漢陽へ向かえ」
「命令書?」
それは漢陽から直接に送られて来た事を示す書状だった。
中を開けてみると、一枚の命令書が入っている。
命令書には確かに兵曹に出頭せよと書いてある。
どう言う事だ?
儂の前職は所詮、副尉。下っ端だ。
それが、兵曹へ出頭とは、面白い事もあったものだ。
まるで、将軍扱いではないか。
これでは李鎰も面白く無かろう。
自身が咎め、白衣従軍させた者が漢陽に呼ばれるなど、業腹なはずだ。
それでも、書状を握りつぶす事なく届けさせる所など、
あの男らしい。
まあ、良い。
何があったかは知らぬが、命には従うまで。
下の者に命じて、準備をさせる。
さて……折角漢陽まで向かうのだし、かの御仁に挨拶位はしておかねばな。
旅の途中、何事も起こらず儂たちは漢陽に入った。
本来なら、早々に兵曹に出頭しなくてはならぬが先に情報を集めなくては。
儂は共を数人連れて、とある屋敷を訪ねた。
その屋敷は相変わらずだった。
塀は崩れ、屋根は傾き……
大凡、両班の住まう屋敷には程遠い装いだ。
金一族の失脚で東人の権勢は地に落ちた。
それでも、東人に与する連中の屋敷の方がまだましだ。
さて、同郷の先立はお元気であらせられるか……
共の者が屋敷の家宰に来訪を告げると、屋敷に招き入れられた。
直ぐに主人が来るから、との事だった。
通された部屋で出された白湯に口をつける。
そうこうしているうちに、主人が現れた。
「……ご無沙汰をしております、柳成龍大監様には御壮健のご様子……」
「成龍で構わぬ。堅苦しい挨拶は止めよ、らしくもない」
そう言って苦笑を零す姿は相変わらずだ。
生成りのチマを纏い、質素な笠を被った姿は何も変わってはいない。
知らぬ者が見たら、何処の田舎両班だと思うだろう。
宮廷の重役だと言っても信じぬかもしれんな。
柳成龍、同郷の先立にしてこの儂を高く評価してくれる御仁だ。
「先ずは腰を下ろせ、舜臣」
「では、失礼して」
時候の挨拶などを交わしていると、下女が茶を運んで来た。
主人自ら淹れてくれた茶は、この屋敷で初めて口にする茶だった。
王宮で王族の口にするものとまでは言わなくとも、
ちょっとした両班では中々口に出来るものではない。
清貧を旨とするこの御仁に何があったのだ。
「そう不思議そうな顔をするものでは無い」
「!!これは失礼を」
「確かに驚くには値するではあろうな」
この屋敷の主人……柳成龍は苦笑を浮かべた。
「先日、とある貴人がこの屋敷にお越しになったのだ。」
「貴人?」
「今は南方にて、倭寇を打たれた方だ」
「倭寇……!!」
柳成龍は一口、茶を口に含み味わうように飲み下した。
「その方にこう言われたのだ」
『清貧は素晴らしい事だと。しかし、世の者全てが清貧になると国が滅ぶ』とな
「それは……また……」
何とも凄いことを仰る方だ。
儒者に対して喧嘩を売っているようなものだ。
「こうも言われた」
『市井の士大夫ならいざ知らず、宮廷の重役が清貧では困ると』
「……ほう、それは何とも」
清貧な士大夫は儒教の理想でもある。
民の見本たる宮廷の重役がそれでは困るとは……
何とも危ない事を仰る方だ。
「清貧では世の銭が動かぬと言われた。理想は理想として、理想では民の腹は膨れぬとな」
「はて……その「貴人」の働きで米の収穫が大いに増えたと聞き及びますが」
「米だけでは生きては行けぬと言われた。野菜や肉も口にすれば、衣も纏う。王も賎民も畓は耕さぬとな」
「!!」
何という事を口にされるのだ。
王と賎民を一列に扱うとは……
「面白い「貴人」であろう。その翌日に届けられたのがこの茶よ。大監も茶位飲むであろうとな」
「……なるほど」
「ついでに言われた事が良かった。『この茶は氷雨商団で扱っている』とな」
柳成龍が儂の目の前で笑っている。
本当に可笑しかったのだろう。
氷雨商団……確か王世子嬪が営んでいた商団であったか。
「それからは、茶だけは氷雨商団から届けさせておる」
「成る程、成龍殿はその「貴人」が大層、お気に入りのようですな」
「確かに、気に入っておる。しかし、政治は政治じゃ」
「私めの此の度の呼び出しは、その為ですか」
「舜臣。その目で見定めて来て欲しい、「貴人」の器量をな」
「私めは武人でしかございませんぞ」
「……その武人の目で確かめて欲しいのじゃ。件の「貴人」の武の器量をな」
「武の器量?」
「そうじゃ、武の器量……分かるな」
次の王に武の器量を求めるという事は、嵐が近いという事か。
「成龍殿、嵐は何方から参りますか」
「……嵐は何時もの方角からくるであろうな」
「何時もの方角……」
嵐は何時も南から北へ抜けて行く。
南……倭国が攻めて来るというのか。
翌日、兵曹に出頭した儂に下されたのは、
そのまま南に向かへと言うものだった。
役職は聞いたことも無い、対馬伐使。
要は対馬を攻める軍の指揮官という事だろう。
品階は従四品、世に「将軍」と呼ばれる位階でもある。
白衣従軍していた者が翌日には「将軍」とは面白い。
さてさて、新たに仕える事となる「貴人」はどんな器量の持ち主か。
楽しみになって来た。
儂は久方ぶりに胸が高鳴るのを感じていた。
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