大同契 【その1】
更新が滞った事、改めてお詫びします。
詳細は活動報告に記載させて頂きましたので、ご一読いただければ幸いです。
本日、一話の更新となります
前世と今世では大きく変わった事がある。
当然に俺が関わった事が多い、当然だ。
静謐な湖に小石を一つ落とした様に、波紋は広がっている。
俺が歴史に名を残す事の無かった庶民だったなら、
ここまで大きくは変わらなかったかも知れない。
しかし、俺は朝鮮王国の王子だ。故に大きく歴史が変わった。
だが、歴史が大きく変わった事を知っているのは俺だけだ。
当然だ、誰も前世の歴史なんて知らない。
もしかしたら、俺と同じく転生した人間がいるかも知れないが、
全く同じ歴史を過ごして来たとも限らない。
何が言いたいか……歴史が変わったのだ。
色々変わったが、俺にとっての最大の恩恵はイ・イが未だ存命だと言う事。
俺の知っている歴史であれば、宣祖17年(1584年)にはこの世を去っている。
それが現在、宣祖19年(1586年)の今も元気で政治に励んでいる。
俺にとってはありがたい事だし、朝鮮王国にとっても悪くは無い。
だが、全てにとって良いわけでは無い。
当然に政敵は多いし、イ・イの退場を望む連中もいる。
大きく変わった歴史だが、変わっていない事も多い。
その最たる事件がチョン・ヨリプ(鄭汝立)の事件だ。
前世ではイ・イが早逝したために、東人と西人の争いが激化した。
それに関して、イ・イの弟子でありながらイ・イを批判したチョン・ヨリプが宮廷を追われた。
チョン・ヨリプは故郷へ帰り大同契を作った。
前世では東人と西人の争いの中で起こったチョン・ヨリプの事件が、
今世では直接、イ・イを批判したチョン・ヨリプが宮廷を追われた。
間違いなく、前世と同じく大同契を作っているだろう。
大同契の乱とも呼ばれる、大事件に繋がる組織だ。
俺は寺党を率いるアムボムに大同契の情報を集める様に指示した。
前世と同じなら、来年……巽竹島へ倭寇が襲撃してくる。
それが大同契の乱に繋がる。情報の収集が重要になる。
王世子になって、直ぐに世界が変わるとは思ってはいなかった。
俺はそこまで、夢を見ている訳では無い。少しは現実を知っているつもりだった。
確かに王世子になって周りからの扱いは大きく変わった。
しかし、何も変わらない事の方が多い。
俺はあくまで王世子であって王では無いからだ。
加えて成人している王子ですらない。
結果、表立って政治に参加できない。
確かに親父……宣祖は俺に意見を求めてはくれる。
しかし、それはあくまで父子としてであって、公式にでは無い。
俺は「王世子」であったとしても、それは「王世子」と言う記号でしか無い。
イ・ジンと言う人格が認められている訳でも必要とされている訳でも無いのだ。
最近は頓に自身の立場を思い知らされる様に感じる。
親父……宣祖に意見を求められ、答えた事がそのまま採用される訳でもない。
悶々とした気持ちで日々過ごす事が気持ち悪いので、俺は公務以外に精を出した。
氷雨商団の仕事であったり、各種のモノの開発であったりだ。
ただ、商団の仕事……経済活動には親父……宣祖から横槍が入った。
経済の発展をあまり望んでいないと言われた。
流石に意味が理解できなかったので、
詳しく説明を求めるとこの時代の朝鮮王国の課題の一つが浮き彫りになった。
ようは、朝鮮王国の経済が活発になると明に目をつけられると言うのだ。
朝鮮が潤うと朝貢が増えると危惧しているのだ。
言いたい事は分かるが余りにも保身に走りすぎている様に感じた。
柵封を受けているのは事実だが余りに自国民を顧みていない。
最近と言うか、俺が王世子になってから意見の違いが出て来た。
俺が口を出し過ぎているのかも知れないが親父……宣祖が保守化している。
どうも親父……宣祖を煽っている連中がいる様だ。
「父上、それでは朝鮮は、朝鮮の民は貧しいままで過ごせと言うのですか」
「……どう言う意味だ」
「言葉のままの意味です」
親父……宣祖の顔付が変わった、流石に言い過ぎたか。
しかし、このままでは本当に朝鮮王国は衰退の一途を辿る。
明国が弱体している以上、日本の侵略を跳ね返す力が無くなってしまう。
「……出て行け、顔も見たく無い」
「……御意」
俺は便殿を後にした。
数日しても、親父……宣祖から咎め立ては無かった。
俺は気分転換も兼ねて、準備をしていた仕事に集中する事にした。
……俺は火薬を作っていた。
この時代、朝鮮王国でも火薬の存在は知られているが、製法は明国に秘匿されている。
しかし、有効な武器と言う認識は親父……宣祖も持っているので黙認されている。
黒色火薬は素材と配合比が判っていれば、簡単に作る事ができる。
その為に俺は早い段階から準備を進めて来た。
硝石の製造だ。加えて朝鮮では入手の難しい硫黄も確保している。
黒色火薬は既に配合手前で少量だが準備出来ている。
硫黄の精製も俺は知っているので準備出来た。
前世では壬辰倭乱を経て鉄砲の優位を悟った
光海君が準備した火器都監を俺が作った様なものだ。
ただし、俺が造ったのは、武器では無い。火薬、工具、工作器具だ。
中でも俺が今進めているのは、無煙火薬の製造だ。
安定した工業施設が無い中でも、何とかなりそうでもある。
無煙火薬を作る事が出来れば火力の優位は揺るがない。
兵力……兵数や練度で数段劣る朝鮮が日本の侵略を防ぐには火力を高めるしか無い。
この辺は親父……宣祖から横槍が入らず上手くやれている。
この時代では先駆すぎるが、ホイットワースの技術を利用させて貰った。
工業化の進んでいない、この時代の朝鮮王国ではここまでが限界だ。
それでも上手く行けば、100年程度先取りした火器が製造できる。
その為にも強力な火薬の製造が急務でもあった。
俺は密かに、しかし大胆に製造を進めている。
このままでは、侵略を開始する日本に間違いなく敗れる。
前世でも日本軍が撤退したのは明国、朝鮮連合軍に敗れた訳では無い。
秀吉の死去と言う、国内事情によるものだ。
今世では頼みの明国は既に衰退が始まっている。
朝鮮王国が国を維持する為には戦争を回避するのが最善だ。
次善は初期で勝つ事。上陸を許せば国内が荒れる。
逆風が吹き始めた中で俺は生き残る為に戦って行かざるを得ない様だ。
ここまでお読みいただけたことを感謝致します。
今後とも宜しくお願い致します。




