揀擇(カンテク)【その8】
本日、一話の投稿となります。
ヨナ達を襲った賊は、許銘の関係者だった。
正確には許銘を使って、王世子嬪を操ろうとした男。
男は明国の地方官だった。
「……」
先程から親父……宣祖は黙ったまま空を睨んでいる。
三揀擇で一悶着を起こした許銘の娘を捕らえて尋問すると、
明の高官が絡んでいる事が分かったからだ。
明国は朝鮮王国にとっては、柵封関係を結ぶ言わば宗主国だ。
問題を起こしたからと言って、簡単に抗議する訳には行かない。
ましてや、俺の王世子柵立の許可もまだ降りてはいない。
正式に抗議をすれば、明国も態度を硬化させなくてはいけない。
しかし、間違いなく今回の事は件の地方官の独断だろう。
故に落とし所はあるはずだ。
思案に暮れていた親父……宣祖が何かを決心した様だ。
「……あの者を呼んで参れ」
「御意」
俺と親父……宣祖以外にここに居る者はキム・ゲシ一人だ。
キム・ゲシは親父の命令に一言答えて部屋を出て行った。
しばらくして、キム・ゲシは一人の武官を連れて戻って来た。
その武官の服装は将軍と呼ばれる堂上官の物だ。
正三品以上の品階を持つ者だけが着ることを許される服装だ。
この武官を俺は知っている。
そう、その武官はチョヌ……氷雨商団の畓の小作人で体探人の頭領。
そして今日は高級武官だ。
「王世子、お前はこの者を知っている様だな。この者は体探人の頭領だ」
やはり、と言うか。まあ知ってはいた。
チョヌは俺の方へ向き直ると小さく頭を下げる。
武官の挨拶に似ている。
「件の方はどうなっている」
「……」
チョヌは答えず、俺の方に視線を送る。
親父……宣祖もその視線に気づき、何を言わんとするか察した様だ。
「構わん、答えよ」
「御意。件の方は荷物を纏めておられる様です、帰国されるものかと」
「そうか、しかし普通であれば何らかの挨拶があって然りではないか?」
「……随分とお急ぎのご様子で、なりふり構わず「銀」を集めておいでとか」
「そうか……なり振り構わずか……」
親父……宣祖の口元が小さく歪んだ。
「帰国の途につかれるなら、お気を付けて……と挨拶をしたかったものだ」
挨拶がしたかった……苦情の一つでも言うつもりだったのだろうか。
親父……宣祖の真意が読み取れない、さて何を考えてチョヌを呼んだのか。
「……明国までの道のりは遠いな」
「御意、明国までの道のりは些かの距離がございます」
「さすれば……お身体を壊されることも……」
!!そう言う事か。
親父……宣祖は明の地方官を始末するつもり!
腹の中で何事かを親父……宣祖と語り合ったチョヌは話しが済むと席を外した。
俺はいつの間にか、手の中にジットリと汗をかいている事に気が付いた。
「王世子よ、意味は分かったか」
「……御意」
親父……宣祖は満足そうに頷いた。
「綺麗事だけでは国は治らん、その事は分かっておけ」
「御意」
「許銘とその娘は処分出来ぬ、分かるな」
「……処分すれば、何事かがあった事を認める事になるからでしょうか」
「そうだ。許銘達を処分すれば、その背後も裁かねばならぬ。明が黙ってはおるまい」
「……それ故に」
「その通りだ。ただし件の方を許す訳にはいかぬ。明国もその事は分かっていよう」
事の次第を表沙汰にして明国を糾弾すれば、明国も黙ってはいない。
宗主国と言う立場から必ず反発する。
しかし、闇の中で始末すれば明国も事故で済ませられる。
今回の事が表沙汰になれば、明国にしてもバツは悪い。
故に闇の中で始末する。そう言う事だろう。
当然に明国の首脳も理解はしていると言う事に違いない。
しかし、体探人が諜報組織である事は分かっていたが、
暗殺まで手掛ける組織だったとは思わなかった。
まあ、考えてみれば体探人の制度は通説では第9代国王成宗の時代に廃止されている。
それが、この時代、第14代宣祖の時代にも生き残っていた。
それだけ、必要とされた組織だと言う事だ。
そこまでの組織が単に諜報活動だけに止まる事は無い。
親父……宣祖が言う様に政治は綺麗事だけでは治らない。
俺は今回の事で親父……宣祖のもう一つの顔を見た気がした。
三揀擇から一月余が過ぎ去った頃、明国の地方官が朝鮮からの帰国の途中に病死したと言う知らせが齎された。
こんな事件が起こった時は得てして、無理難題を押し付けられるが今回は何も無かった。
そんな事件の知らせが届いてから更に数ヶ月が過ぎた頃、明国から俺の王世子柵立を認めると言う勅書が届いた。
王世子柵立、そして結婚……慶事が続く事になる。
柵立の儀と結婚は盛大に執り行われた。
そして、慶事が続く事により恩赦も行われ、仁嬪とその子供達は地位を回復した。
俺は王世子になった。
前世の臨海君とは全く違う人生を歩み始めている。
しかし、俺と朝鮮王国を取り巻く運命の渦は何も変わってはいない。
沿岸部では倭寇が猛威を振るい始めているし、北の後金も勢力を拡大している。
明国は滅びに向かって歩み始めてもいる。
内に目を向ければ、仁嬪達は勢力を盛り返し始めるだろうし、
許銘の娘は在郷両班の娘と共に女官として王宮にいる。
俺は歴史と言う渦に飲み込まれない無い様に次の闘いを始める時に来た様だ。
経済の活性化と軍事力の増強。これを成し遂げないと勝ち目は無い。
安寧の時はまだまだ来ない様だ。
さて、俺は新しい闘いに向かうとしよう。
ここからは全く新しい時代、王世子イ・ジンの闘いの始まりだ。
第三章 完
ここまでお読み頂き、感謝致します。
皆様のお陰を持ちまして、無事に第三章を書き終える事が出来ました。
本当にありがとうございました。
次、幕間のお話を挟んで第四章へ進めて行きたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。




