揀擇(カンテク)【その7】
本日一話の投稿となります。
更新が滞ってしまった事、お詫び申し上げます。
お楽しみいただければ幸いです。
後二日で再揀擇と言う大事な時に父の元に来客が来ています。
身につけた服装からこの国の者ではなく、明国の者だと分かりました。
数人の護衛らしき男を連れてやって来る所を見てもそれなりの人物の様です。
父の雰囲気が気になった事もあって、私は父達の話を立ち聞きしていました。
「……様、わざわざお越し頂きありがとうございます」
「館では朝鮮人は目立つ。こちらで話すほかあるまい」
「申し訳ございません……様」
相手はやはり明国人のようです。しかしこの父の気の使いようはなんなのでしょう。
普段は威厳を持った話し方に拘る父なのに。
「許銘よ、その方の望みは叶う事になる」
「!!では」
「朝鮮の妃選びはその方の娘で決まるだろう」
「しかし……王世子は王世子嬪を決めたと言ったそうですが」
「……儂を疑うのか?」
「い、いえ。そう言う訳では御座いませんが」
王世子嬪が既に決まっていると言う話は、先日も父から聞かされた。
もし王世子嬪が決まっていても、私は再揀擇まで残ったのだし、
父の話では王妃様のお付きの女官の方にも話は通っているとの事。
三揀擇まで残る事は間違い無いとは言われている。
ここまで行けば、王世子嬪は無理でも側室にはなれる。
しかし、父の得た情報では王世子様は側室を望んでいないとか。
何とも言えない無力感にとらわれていた時に父が急に明るい顔で帰ってきたのが先日の事だった。
それから、二日に空けず出かけている様だった。
そして今日の来客。一体どう言う事だろう。
「許銘よ、朝鮮の妃候補は身体に傷一つあってもいけないのだったな?」
「はい、その様に伺っております」
「……許銘、そう言う事だ」
「??まさか……」
「その”まさか”だ。何、安心しろ、殺す訳では無い」
「……様、もし、主上様に知られる事になれば」
「気にする事は無い、儂がついている。それとも儂では不足か?」
「そう言う訳では……分かりました……」
「まあ、その方の娘が妃になったならお互い、良い関係になる」
「承知しております」
私はそれ以上、聞くことが出来ずに震える足を何とか動かして部屋に戻った。
父は何を考えているのだろうか……恐ろしさに震えが止まらない。
反面、私が王世子嬪になると考えると、どんな事でも出来る気もする。
王世子嬪になり王妃となる。やがて国母となって大妃となる。
幼い頃から父に言われ続けた、私の目的だ。
どれくらいの時間が過ぎたのでしょう、下女が私を呼びに来た。
父が呼んでいると言う。
私は立ち聞きした事を悟られないように、自身に言い聞かせて父の部屋へ向かった。
先程の客は帰ったようだ、靴が無い。
「父上、お呼びとの事ですが」
「入れ」
部屋の上座に座る父は何と無く上機嫌のようだ。
あんな恐ろしい話をしてよく上機嫌になれるものだ。
「父上、お話しと言うのは何でしょうか」
「……お前は王世子嬪になる。但し、少しばかり怖い思いをしてもらう」
「怖い思い??」
「そうだ、しかし大した事は無い」
父の話しはとんでも無い物です。
再揀擇の帰りの六人轎を襲うと言う話です。
「そんな事をすれば、どれ程の罰を受ける事になるのか……」
「襲うのは我らでは無い、明国が雇った刺客だ」
「しかし……」
「お前は国母にならなくてはいけないのだ!」
父の目は血走っていました。
その話を聞きながら、私も覚悟が決まって来るのが分かりました。
考えてみれば、田舎両班の娘や、まして両班と言いながら賤しい商売などに手を染めている娘が王世子嬪になってはいけないのです。
再揀擇に残るであろう二人の事は聞いています。
王妃様の女官から情報が流れて来ているのです。
「お話しを下さったのは、明国の止ん事無きお方だ、心配無い」
「分かりました」
そして、再揀擇で私は他の二人と共に候補に残りました。
帰りは50人のお供が付く六人轎に乗っています。
「何者だ!!」
護衛の者の誰何の声と共に金物が打ち合う様な音が周りで聞こえます。
私の乗った輿の外から男の声が聞こえて来ました。
「御免!!」
私は声を出す事も出来ません。
低い物音と共に輿が揺れました。
程なくして、刺客が逃げたのか誰何の声が遠ざかって行きました。
私は駆けつけた兵士達に守られながら屋敷に帰り着きます。
二人に下女に抱きかかえられながら、部屋に上がり倒れこんだのです。
直ぐに父がやって来ました。
「……怪我は無いか」
私は声を出す事が出来ず、頷くだけで精一杯です。
そんな私に父は何とも言えない笑みを向けて来たのです。
「他の二人の六人轎も襲われた。二人とも手傷を受けたそうだ」
私の中から何とも言えない気持ちが湧いて来ました。
私は王世子嬪になるのです。
王世子嬪になる者は身体に擦り傷一つあってもいけないのです。
しかし、今日、三揀擇に残った他の二人は傷を負ってしまった。
もう王世子嬪になる資格はありません。
先程までの恐怖感は消え失せています。
私は父に向かって笑顔を浮かべていました。
二週間ばかりの日が過ぎた後、私は六人轎に乗り王宮へ向かいました。
もう、帰ることはないでしょう。
三揀擇の後に王世子嬪に決まった者はその日から王宮に住まうのです。
私の六人轎が王宮に着くともう一台、六人轎がありました。
他の二人の内、どちらかが来ていると言うことでしょう。
図々しい……王世子嬪の資格を失った癖に。
控えの間は個々に分けられているため、どちらが来たのかは分かりません。
しかし、どちらにしても私の勝ちは決まっています。
定刻になり、大広間に入ると同じようにもう一人の娘が入って来ました。
再揀擇に臨んだ中でも一番歳を食っていた娘……孫氏でした。
なるほど……当て馬とでも言う事でしょうか?
まあ、問題ありません。
後は国王様から私の名前を読み上げて頂ければ終わりです。
三揀擇が始まり、程なくして王様が名前を記されるのが御簾の向こうに見える。
いよいよ決まりです、私が王世子嬪になるのです。
重臣の方が王様から名前を記した紙を受け取られました。
そして、その紙を掲げ読み上げます。
「……密陽孫氏」
何かの間違いです、これは……
私は思わず声を出していました。
「この者は身体に傷を負っております、間違いありません!」
「……ほう、何処に傷があるのだ。見た所何処にも傷は無いが」
若い男……子供の様な声が問い返しましたが間違いありません。
あの日、父から聞いたのです。
田舎両班の娘は顔に、そして賤しい者は左腕に傷を付けたと。
特にここにいる賤しい娘の手応えは剣の刃が欠ける程だったと。
「左腕で御座います、間違いはありません」
王様の側に重臣の方々がお集まりになった様です。
その中のお一人が御簾の向こうからお命じになりました。
「確かめてみよ、主上様の命だ」
数人の女官が賤しい娘に近寄ります、娘は慌てる事無くその場に立ち上がりました。
そして自身の手でオッコルンを解きます。
チマを脱ぎ、女官に渡します。もう一人の女官がソッチョゴリの袖を捲りました。
「……嘘……」
そこには傷一つ無い腕がありました。
父は確かに左の腕に傷を負わしたと言っていたのに……
「さて、傷はない様だが」
「……」
先程の若い男の声です、私は何も言う事が出来ません。
「口がきけないのか?しかし、次の問いには答えて貰う。なぜ、左腕に傷があると知っていた」
思わず、顔を上げて声のする方を見ました。
そこにいたのは、私の夫になるはずだった方……王世子様が冷たい目で私を見つめていました。
私はその日、屋敷に帰ることはありませんでした。
但し、私がその日から暮らす事になったのは宮殿では無く、冷たい牢屋でした。
ここまでお読み頂けた事、心より感謝いたします。
皆様より頂けます、ご感想、ご評価、ブックマークが励みになっております。
今後ともよろしくお願いいたします。




