揀擇(カンテク)【その6】
本日、一話の投稿となります。
ヨナの六人轎が襲われた……
俺は頭が白くなった途端に血が登って行くのを感じている。
部屋に戻って脇差を取ると、大声でパク・シルを呼んでいた。
「パク・シル!パク・シルはいるか!」
「ここに」
「出るぞ」
「どちらへ行かれます」
「決まっている、ヨナの元へだ」
「なりません」
「何!」
俺は冷静さを欠いていた。
思わず、パク・シルに詰め寄っていた。
「ヨナの元に行かねばならん!」
「お待ち下さい、詳細が入っておりません。すでに義禁府が動いているとも思われます」
「構わぬ、余は王世子じゃ、口出しは無用」
俺は前に立ち塞がるパク・シルを押し退けようとした。
しかし、パク・シルはびくともしない。
「お鎮まり下さい!王世子様!」
普段は殆ど声を出さないパク・シルが俺の両肩を掴んで大声を出した。
一瞬で俺の頭が冷える。
「すまぬ、取り乱した」
「いえ…」
俺が落ち着いたと分かったのか、パク・シルは両肩の手を離してくれた。
俺は部屋へ戻ると腰を下ろした。
パク・シルも側に控えてくれる。
その時だった、音も無く扉が開くとキム・ゲシが入ってくる。
キム・ゲシはパク・シルを一瞥すると俺の前にひざまづく。
「王世子様、ご同行願えますでしょうか」
「後にしろ」
キム・ゲシが呼びに来る時は親父……宣祖の呼び出しに決まっている。
しかし、今はそれどころじゃ無い。
「……密陽孫氏様……ヨナを保護しております」
「何!」
パク・シルが一瞬にして殺気を纏う。
聞き捨てならない。
なぜ、キム・ゲシがヨナを保護している。
「ご説明は後ほど。ご同行願えますでしょうか」
「分かった、案内をしてくれ」
まずはついて行くしか無い。パク・シルも殺気を消した。
王宮内は兵士や役人が走り回っている。
それはそうだろう。国王の顔に泥を塗る事件だ。
騒然とする王宮を抜け出すのは簡単だった。
俺とキム・ゲシ、パク・シルの三人は誰何される事も無く王宮を出た。
キム・ゲシの足は何気に早い。
俺たちは小走りで街の中を抜けて行く。
キム・ゲシが向かったのは北東の方角、成均館のある方角だ。
かなりの距離があるが、この時の俺は疲れを感じなかった。
成均館が見えて来た。
しかし、キム・ゲシは成均館を通り過ぎる。
成均館の向こうは泮村と呼ばれる地域。
泮村はその成り立ちから独特の地域だ。
泮村に近づくにつれ、辻々に鋭い目付きの男達が立っているのが分かった。
庶民の格好をしているが、只者では無い。纏う雰囲気や目つきが違う。
状況からして敵では無いだろうが気にはなる。
そんな俺の懸念に気付いたのか、キム・ゲシが声を掛けてきた。
「あの者達は心配ございません、主上様の配下でございます」
「殿下様の??」
親父……宣祖の配下?
そう言う事か。連中はキム・ゲシと同じ、体探人と言う事だな。
しかし……ヨナは泮村に匿われていると言うことか?
体探人とは泮村に人を匿う事のできる者なのか。
どれ程の人脈を持っているのか、想像もつかない。
やがて俺達は泮村の入り口に到着した。
門番と言う訳では無いだろうが、数人の男がたむろしている。
男達はキム・ゲシを見ると道を開けるように立ち位置を変えた。
俺とパク・シルもキム・ゲシに続く。
泮村の中は細い道が入り組んでいるが、キム・ゲシは迷う事なく進んで行く。
やがて、少し開けた所に立つ一軒の小屋の前に出た。
他の建物と代わり映えのしない小屋だが漂う雰囲気が違った。
小屋の周りに人は居ないが少し離れた所に男が立っている。
少し広い範囲で小屋を囲むように立つ男達もまた、先程の男達と同じ気配を纏っている。
キム・ゲシは扉に近づくと扉を軽く叩く。
叩く音の数が符丁になっているのか、程なくして扉が開いた。
扉の向こうに人の気配がするが誰も出てこない。
人一人通れる位の隙間にキム・ゲシが吸い込まれて行く。
俺とパク・シルも後に続く。
中は仄暗い室内だった。ハッキリとは見えないが数人の気配がする。
奥へ続く間口には扉は無く、布が目隠し代わりに垂れ下がっている。
その間口の傍に一人の男が立って居た。
見るからに痩せ細った男だが、言い知れぬ何か感じさせる。
その男にキム・ゲシが声を掛ける。
「御頭、王世子様をご案内して参りました」
男が小さく頷いた様に見えた。
しかし、仄暗い部屋の中で更に影の中にいるので顔が分からない。
俺の心を読んだかの様に男が立ち位置を変えて顔を見せた。
「お……お前は!」
俺は思わず大声を上げそうになった。
そこに立っているのは、死んだはずの男だったからだ。
氷雨商団が持つ畓の小作人、チョヌだ。
「中にお出でです」
声もあのチョヌの声だ。色々聞きたいが今はヨナが先だ。
俺は布をめくり上げ中へ入った。
中は明り取りの窓一つ無い部屋だ。
ロウソクの灯に照らされて、粗末な寝台の上にヨナが座っている。
「ヨナ!無事であったか」
「王世子様??」
俺は更に話しを続けようとして、声が詰まった。
ヨナの着ているチョゴリの袖がパックリと口を開けていたからだ。
何か……剣で斬りつけられた事を窺わせる後に言葉が出なかった。
「……ヨナ、その腕は…」
「あ……王世子様、大事ありません」
「しかし……」
「これを着ておりましたから」
そう言うとヨナはチョゴリの裾を少し捲り上げた。
中には鈍色の物が見えた。
「鎖帷子と言うもので御座います、父から着て置く様にと言われ着ていたのが幸いしました」
「……大事なかったのならそれで良い」
しかし、鎖帷子って……
まあ、詳しくは聞かないことにしよう。
それよりも犯人だ。
「……相手は分かっているのか」
ヨナは目線を下げ顔を伏せる。
替わりに答えたのは、後から入って来たチョヌ……体探人の頭領だった。
「分かってはおりません、数人で襲って来て輿に一太刀突き入れるとそのまま逃げました」
「そうか……ヨナが無事ならそれで良い。大義であった」
「勿体無きお言葉です」
「他の者は襲われなかったのか?」
「いえ、同じ様に襲われました」
「大事は無かったのか?」
「残念ながら、お一方はお怪我を負われた様です」
「そうか……」
怪我をしたのは在郷両班の娘だった。
許銘の娘は輿に剣を突刺されたが外れた様だ。
しかし……誰が犯人だったとしても手際が良すぎる。
50人が守る六人轎を襲い、捕まらずに逃げおおせている。
中々周到に作戦を練った様だ。
嫌な予感と共にこれは単純じゃ無い様にも感じる。
さて、チョヌの事といい、色々と謎が多い。
一つ一つ解決するしか無い。
今はヨヌを襲った犯人を黒幕ごと炙り出す。
ヨナと他の候補達を襲った償いはしっかりとさせてやる。
俺は犯人を炙り出す方法を考える事にした。
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