干ばつ 【その6】
本日、一話の投稿となります
俺が毒を染み込ませた換を持ち込んだ人物。それは仁嬪の弟、キム・ゴンニャン(金公諒)だった。
俺が換に染み込ませた毒とは通し番号とその記録だ。
この時代、朝鮮王国では貨幣経済はまだ発達していない。
都市部では貨幣経済が成立しているが、地方では物々交換が基本だ。
そんな状態で大量の商品や金子を持って移動する事は危険でしかない。
また、多量に物資を購入する王宮では貨幣を移動させるには移動の手間がかかる。
そこで換と言う一種の為替……実質は高額貨幣が生み出された。
態様は簡単で金額と王室の証明が入っている。
換を持ってくれば、王室は貨幣と交換する。
但し、誰でも良い訳では無くある程度の身分保証がいる。
そして換は真贋が重要だと言う事だ。
俺はそれに通し番号という形で流通経路が分かる様にした。
通し番号で発行を控えさせ、米を買う時にも番号を控えさせた。
そして、その通し番号のある換をキム・ゴンニャンが持って来たと言う事。
即ち、米の出所にキム・ゴンニャンが絡んでいると言う証拠に間違いない。
しかしだ……この事件が起こった時に予想はしていた。
また、仁嬪一派が絡んでいるのでは無いかと。
反面、今回はやり口はあまりに幼稚だ。
仁嬪は恐ろしい程に狡猾だ。
俺の命を狙った刺客の事件でも自分の関与を微塵とも残さない。
それが、今回はあっさりとキム・ゴンニャン自身が換を持っていた。
あまりにも迂闊すぎる内容に、逆に何かあるのかと思い警戒をする事にした。
この度は親父……宣祖の怒りは凄まじいモノだった。
尚衣院にキム・ゴンニャンが換を持ち込んだ情報が入ると、有無を言わさずキム・ゴンニャンを捕縛した。
それを聞いた仁嬪が親父……宣祖に泣きついたが聞く耳を持たず、逆に仁嬪に蟄居を命じた。
これだけでも前世の仁嬪を寵愛した親父……宣祖とは人が変わっている。
それ程に親父……宣祖は今回の米の横領を危険視していると言う事だ。
俺はこれでこの事件は解決すると思っていた。
しかし、事件は泥沼の様相を帯び始めて来る。
キム・ゴンニャンが米は投資用に買い集めていたもので、横領米では無いと言い張っているのだ。
失点を重ねて来た東人もキム・ゴンニャンの論に乗り、その影響もあって厳しい詮議が出来ない状況になっている。
いたずらに時間を費やせば、無罪放免になりそうな状況だと言う。
俺は嫌な予感がした。この機会を逃せば、キム・ゴンニャンが息を吹き返すだろう。
加えて、仁嬪の発言力も増す。
そして、それに比例して親父……宣祖の力が削がれることになる。
俺は内殿に篭りながら、対策を考えていたが何も思いつかない。
何気無く窓から外をのぞいていると、ソン・ヨナが駆け込んで来るのが見えた。
先ほど、小間使いのソヨンが門まで来ているとの連絡で門に行ったはずだった。
「臨海君様!」
「どうした、そんなに慌てて」
「これを……これをご覧ください」
ソン・ヨナが差し出したのは、一つの風呂敷包だった。
風呂敷包みの中身は米袋だった。
「これは……!!」
それは何の変哲も無い米袋だった、ただし紅い印が押されている事を除いてだが。
その印は朝鮮王国を表す簡易な紋章になっている。
その紋章は「軍」を表す紋章だ。即ち、この米袋は「軍」の物……兵糧だと言うことだ。
「これはどうした、どうやって手に入れた!」
「はい、手に入れた経緯はこれに記されています」
ソン・ヨナの差し出した書付を、俺は奪うようにして開いた。
それは買い付け人からの報告書だった。
報告書の内容はこうだった。
水原に買い付けに入った買い付け人にとある商人が取引を持ちかけて来た。
その商人は処分を急いでいるらしく、言い値で売ると言う話になった。
但し、商品の確認は引き渡しの時だと言われた。
引き渡しの指定場所は街から離れた場所だったので、警戒して護衛を多く連れて行った。
引き渡し場所にはすでに商品と件の商人が待っており、商品の確認が始まった。
米袋の印に気づいたが、気がつかぬふりをして取引を終えた。
商品は一旦、町の小屋を借りて護衛を置いて確保している。
米袋を一枚、急いで届ける。こちらで商人の素性を調べる。
しばらく泳がせて、換の毒が回るのを待つ方が良いだろう……
買い付け人はユン・ミョンテだ。
ユン・ミョンテなら兵糧を知っていてもおかしく無い。
俺は書付を握る手が軽く震えている事に気づいた。
「……ソン・ヨナ、お手柄だ」
「臨海君様のお役に立てたなら、よかったです」
お手柄なんてものじゃ無い、大金星だ。
倉に収められている米は国の物だが、特別に印をしている訳でも無い。
出入りもある事なので、それは致し方無いかもしれない。
しかし、兵糧……軍の米は扱いが違う。
兵糧はこの時代、いわば戦略物資の一つだ。厳重に管理されている。
それを売りさばいたのだ。とんでも無い罪に問われる事は間違い無い。
おまけに抑えた場所が場所だ。
『水原』仁嬪キム氏の本貫地でもある。
多くの資産を失ったとは言え、今だに影響力は強い。
商人の行動を追って行けば間違い無く証拠は掴める。
俺は直ぐに米袋と書付を親父……宣祖に届けた。
親父……宣祖も米袋の意味がわかったのか、直ぐに兵を動かした。
数日後、水原の商人と商人に米を横流しした護衛隊の役人が漢陽に送られて来た。
そして、同時期に帰って来たユン・ミョンテの記録から商人にわたった換も特定できた。
特定出来た換はキム・ゴンニャンが持ち込んだ換の中には無かった。
しかし、漢陽に入る門で捕まった、キム・ゴンニャンの執事が持っていた事が確認された。
親父……宣祖の怒りは凄まじかった。
キム一族はほとんど全てが捕らえられた。
過酷な拷問が加えられた。早々に罪を告白した者でも容赦無く責め立てられた。
首謀者であるキム・ゴンニャンは凌遅処斬に処せられる事となった。
国家反逆者に与えられる刑罰だ。
刑罰が確定し、騒動が一段落しようとする頃、俺は朝議に呼ばれる事となった。
朝議に王子が呼ばれる事はままあるが、基本は成人した王子で何らかの国政に関与している者だ。
それが俺は呼び出すと言うのは、年齢的に前例がない事はないだろうが稀に見る出来事だ。
親父……宣祖がどの様な思惑で呼び出したのかは分からないが、出席するしかない。
俺が重臣達に奇異の目で見られながら、朝議に席に並んでいると親父……宣祖が現れた。
親父……宣祖が座り、進行役のイ・イが声を出そうとした時に外で人の言い争う声が聞こえた。
程なく、激しく扉が開かれ真っ白い何かが飛び込んで来た。
飛び込んで来たのは、真っ白いチマチョゴリをまとった、仁嬪だった。
化粧もせず、地味な簪だけを付けた姿は死装束にも見えた。
仁嬪は数歩歩んだところで、崩れ落ちる様にひれ伏した。
そして、声を張り上げてとんでも無い事を口走ったのだった。
「王様に申し上げます、どうか、どうか……臨海君様を王世子に柵封して下さいます様に、お願い申し上げます!」
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