寺党(サダン)と体探人(チェタミン)と 【その2】
一日、遅れてしましました。申し訳ありません。
本日、一話の投稿になります。
音も無く入って来たキム・ゲシは冷たい目で俺を見下していた。
「キム・ゲシ、声も掛けずに入って来るなど無礼では無いか」
「……」
キム・ゲシは一言も発せず、ただ能面の様な顔で俺を見つめていた。
息苦しくなる様な沈黙が続く。
「王様よりの書状です」
「……父上から??」
キム・ゲシは膝を突くと、俺に一通の書状を差し出した。
それは間違い無く親父……宣祖からの書状だった。
『これを読んだ一刻の後に便殿へ来るべし』要約すると、こんな感じの文書だった。
キム・ゲシは俺が書状を読んだ事を確認すると、来た時と同じく音も立てずに出て行った。
俺の頭の中は困惑だけが渦巻いている。
親父の書状には、日付も何も書いては無かった。ただ、これを読んだ後に来いと言うだけだ。
もし、何か用事があるなら毎朝の様に顔を合わしている時に言うだろう。
そうで無くても、用事ならば誰かを使いにやれば良いだけの事だ。
それが、わざわざ書状で「一刻の後に来い」だ。
おかしい。
まるで、何かの条件を満たした時に俺を呼び出す様な内容だ。
例えば、俺が何かをやらかしたタイミングで呼び出す、とかだ。
だが、そうすると誰かが、タイミングを計っていなくてはいけない。俺の日常を監視する様に。
しかし、悩んでいても答えは出ない。まずは一刻後に便殿へ行くしか無い。
平素は時間の流れが早いのに、今日に限って時間が過ぎるのが遅い。
悶々として俺は一刻の時間を内殿で待っていた。
何があったのか……この考えだけが頭の中を行き来する。
程なく、ソン・ヨナが帰って来た。
「私で無くても良いのに」
ソン・ヨナの第一声は、少々困惑と言うか若干の怒りを含んだものだった。
呼ばれたから行ってみれば、大した用事では無かったらしい。
水刺間まで呼ばれたので何かと思えば、今日のおかずは何が良い?的な内容だったそうだ。
「先ほどキム・ゲシが来た。王様からの呼び出しだ」
「……え?? キム・ゲシ?? 王様??」
ソン・ヨナの頭の上をクエスチョンマークが飛び回っている。
話しが進まないので、簡単に説明する。ただし、流石に国王の書状を気安く見せる訳にはいかないので口頭でだ。
「……キム・ゲシが王様の書状を持って来たのですか……」
「余もおかしいとは感じる」
「有り得ないですね……」
本来、国王の書状を持って来るなら、国王付きの女官なり宦官なりが持って来る。それも女官なら尚宮が持って来るだろう。それが下級女官のキム・ゲシが持って来たのだ。
有り得ない、王宮の常識を全て覆しているのだ。
「まあ、行ってみるしか無いな」
「……王様のお呼び出しを無視する訳にも行きませんしね」
ソン・ヨナの言う通りだ、これは親子の間の話しでは無く「国王」と「王子」の話しだ。
それが証拠に親父……宣祖の執務室へ呼び出しだ。
便殿とは国王の執務室だ。
御前会議も便殿で開かれる。
その便殿へ来い、と言うことは私的な話では無く公的な話しだと言うこと。
言い方を変えれば、親子では無く「国王」と「王子」として話しがあると言うことだ。
そんな事を話していると、呼び出し時間が迫って来た。
俺は一人で行く訳に行かず、女官達を引き連れて行く事になるが、肝心のキム・ゲシがいなかった。
俺は内殿を出ると便殿へ向かった。
便殿へ通された俺は、改めて驚かされる事になる。
そこには普段、親父の側を離れない尚膳が遠ざけれており、ただ一人キム・ゲシが立っていた。
便殿に俺と親父……宣祖とキム・ゲシ。
何とも言えない重い空気に包まれていた。
「……王様におかれましては、」
「挨拶は良い」
俺が初めてみる親父の顔だった。
表情のない顔がこれ程に気持ち悪いものだと初めて知った。
親父……宣祖の顔からは表情が消し去られていた。
「臨海君よ、何故にここへ呼ばれたか分かるか」
「……わかりません」
本当に分からなかった。
「では、問おう。何故に各地の様子を見て回らせようとする」
簡単な事だった。寺党に情報収集をさせる事の理由だった。
「それは……」
俺は説明しようとして言葉に詰まってしまう。どうやって説明する。
『情報』と言う概念の薄いこの時代の為政者に。
前世、21世紀では「情報」は重要なツールだ。情報の有る無しで全てが変わって来る。
しかし、今は16世紀だ。一部の為政者は情報の価値に気付きつつあるだろうが、殆どの者は知らない。
それを俺は金を使ってまでも集めようとしていた。
知らない者からすれば、怪しさの塊だろう。知っている者でも怪訝な思いを持たれてもおかしくは無い。
ましてこの時代、権力争いは激しさを増している。
自身が早く王位に就くために、父親を殺した者さえいる。
当然に地位を直接争う兄弟ならば、その苛烈さは言うまでも無いだろう。
親父……宣祖に疑われている。さて、どの様に説明すれば良いのか……
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