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第66話 天下三分の計

 会議室は静まり返っていた。重要人物が集まるには、少々殺風景な部屋。長机をぐるりと椅子が囲んでいるだけで、装飾品は一切なかった。即席で設けられた場所であることが、部外者の清美(きよみ)にも、はっきりと分かった。

 清美はなるべく目立たないように、机のすみっこに腰を下ろしていた。その隣には、ムサシが座っている。護衛役というわけではないが、妙に頼もしい。そこからひとつ席を開けて、一向聴(いーしゃんてん)十三不塔(しーさんぷーたー)の姿がある。いつもは漫才に興じている彼らも、今度ばかりは神妙な顔をしていた。そしてその向かい側に、眼帯をした筋肉質な女が座っていた。彼女の背中には、巨大なつちが見え隠れしていた。

 誰だろうか。清美がいぶかっていると、部屋の扉がひらいた。

「お待たせしました」

 くちびるに真っ赤な紅を塗った男が、部屋に踏み入って来た。

(おう)傑紂(けっちゅう)。彼の名前を、清美は忘れていない。

 王の後ろには、蘆屋(あしや)が立っていた。別室で打ち合わせをしていたのだろうか。清美がそんなことを思っていると、さきほどの眼帯の女がいきなり椅子を引いた。両手を胸元で組み合わせ、軽く一礼した。

「王様、北京における此の度の失態、全てこの一気通貫(いっきつうかん)にございます。かくなる上は自害してお詫びを……」

 そう言うと女は、懐刀を取り出して自分の喉元に添えた。

 あわてる清美とムサシをよそに、王は手を振った。

「ただでさえ戦力不足の状況、そのようなことはしなくて結構です」

 王の指示に従い、一気通貫は刀を喉元から離した。

 本当に死ぬ気があったのかどうか、清美には見当がつかない。

 同じ列に座っている一向聴は、椅子にもたれかかって天井をあおいだ。

「そもそも北京の留守を、この脳筋に任せたのが間違いアル」

 そう言って一向聴牌は、一気通貫をゆびさした。

 それは言い過ぎだろう。部外者にもかかわらず、清美の方がひやひやしてしまう。

「ま、一向聴お姉ちゃんでも、同じ結果だと思うけどね」

 十三不塔の突っ込み。清美は思わずうなずいた。

「それは、どういう意味アルか!?」

「どういう意味もなにも、あの状況で北京警察の急襲は止められないでしょ」

「そんなことないアル! 天和(てんほー)が留守にしてたのが悪いネ!」

 てんほー。さきほど出て来た名前に、清美とムサシは顔を見合わせた。

「テンホーさんってひと、ここにはいないみたいだね」

 ムサシもうなずいた。

「ああ、まだ幹部はそろってないらしい」

 ふたりのひそひそ話を尻目に、一向聴は愚痴をこぼし続けた。

「天和の奴、普段は自分に全部任せろとか言って、肝心なとき役に立たないネ」

「それは悪うございました」

 突然聞こえた声に、一向聴は椅子から転げ落ちた。

 十三不塔の忍び笑い。清美は、声の出所をさぐった。

 部屋の隅に視線を向けると、見知らぬ若い男が立っていた。扇を持った男は、その羽先を胸に当てて一礼した。

「天和、ただいま戻りました」

 男の登場に、王の口元がわずかにほころんだ。

 それは明らかに、信頼を感じさせる笑みだった。

「待っていましたよ、天和……首尾は?」

 天和と呼ばれた男は、にやりと笑う。

「上々にございます」

 天和はそう言いながら、羽先で近くの空間をあおいだ。

 その途端、空気がゆがみ、うっすらと影が現れた。それは、三つの人影だった。

 それが具体化するにつれて、清美は思わず喫驚を上げた。

「カオル!?」

 清美とムサシは、一斉に席を立った。

 一方、カオルはあんぐりと口を開け、自分の居場所を確認しているようだった。清美たちの姿を目に留めるまで、数秒ほど間が空いた。

「清美! ムサシ!」

 カオルは、その場から駆け出しそうになった。

 しかし、天和が扇で少年をさえぎった。

「感動の再会は、しばしお待ちください」

 制止を受けたカオルは、歯がゆそうな顔で歩を止めた。

 清美も動くことができない。彼女の関心は、カオルの隣に注がれていた。

 ひとりの老人と、ひとりの少女。一方は白衣、一方はロシアの民俗衣装。

 これは、どういう組み合わせなのだろうか。清美には察しがつきかねた。そして、彼らがカオルと一緒にいる理由も、まったく見えてこなかった。

 その疑問を解消するかのように、天和は先を続けた。

「わたくしの留守中に、このような不祥事が起きてしまい、遺憾の限りにございます。そのお詫びとして、シベリアより手土産を持って参りました」

 手土産。カオルのことだろうか。そうかもしれない。彼はヒーローであり、同時に魔法少女なのだから。

 しかし、双性者(ヘテロイド)がひとり増えたところで、形勢が逆転するとも思えなかった。天和の意図は、もっと別のところにあるように思われた。

 そしてそのことが、王には分かっているようだった。

「なるほど……それが噂の殺人ロボットですか」

 王はそう言って、満足げに少女を見つめた。

 少女は無表情に、王の顔を見つめ返した。

 ……いや、違う。少女の目には、生気が宿っていなかった。まるで死人のようだ。

 だが彼女は、背中を支えられることもなく、直立不動のバランスを保っていた。

 人間ではない。清美は、そのことに気が付いた。

 王はもうひとりの老人に話しかけた。

「そちらは、テスラ博士でしょうか?」

 老人は「ふん」と鼻を鳴らした。

「そうじゃが……おまえが、ワンか?」

「呼び捨てはよくないアル! ワン様とお呼びするネ!」

 一向聴の割り込みを無視して、テスラは文句を垂れた。

「これはなんのつもりだ? ラスプーチン様が黙っておらんぞ?」

 ラスプーチン。清美は、七丈島での会話を思い出す。あの巨大な空中要塞の主だ。どのような人物なのかを、彼女は知らない。ただ、目の前にいる老人と少女が、彼の手下らしきことだけは、なんとなく察しがついた。

 天和は王の代わりに答えた。

「ええ、ラスプーチン様は、黙っておいでではないでしょう」

 天和は一歩前に出た。目を閉じ、自分の頬をひらりとあおいだ。

「そしてそれが、わたくしたちの狙いなのです」

 天和の言い回しに、テスラは眉をひそめた。

「狙い? いったんなんじゃ?」

「天下三分の計……と申しておきましょう」

「天下三分じゃと? そいつは、古代中国の……ッ!?」

 なにかに思い当たったのか、テスラはハッとなった。

 清美は問いた気なまなざしで、ムサシの横顔を見た。けれども、ムサシもまた、この場の会話を理解できないでいるようだ。ひたすらに沈黙を守っていた。

 仕方がないので、清美は蘆屋を盗み見た。彼は、天和たちのやり取りを静観していた。その雰囲気から、どうやらなにかを知っているらしいことが分かった。

 清美とムサシだけが、ひたすら蚊帳の外に置かれていた。

「なるほど、やっと理解できたわい……ワシらを巻き込んでの戦力分散が目的か」

「ご明察です。さすがはテスラ博士」

 天和は、壁に掛かっている世界地図へと歩み寄った。

 扇の先で、中国の一部を指す。それが上海だと分かるまで、清美は多少の時間を要した。

「ここが、わたくしたちの最後の拠点です。北京の本部は壊滅、香港支部、南京支部、その他の中継地点とも連絡が途絶えました」

 天和は、指示対象を心持ち北に寄せた。

「共産党本部の命令により、警察は北京からこちらへ南下中です。日本の隠密課も、すぐに合流するとのこと。このままいけば、上海を包囲されての敗北は必至」

「そんなことないネ! こっちにはワン様も四風仙スーフーセンも残ってるアル!」

 一向聴が気勢を上げた。

 しかし、それが強がりであることは、清美にも分かった。

「もちろん、わたくしたち幹部連がやられることはありえません。けれども、それでは組織として意味がないのです。フランスのジャンヌ様ならばともかく、わたくしたちの目標はあくまでも易姓革命……共産党を打倒し、新たな王朝を開くことが目的なのですから」

 天和の説明に、清美は度肝を抜かれた。

「きみたち、この国を転覆させるつもりなの?」

 思わず口を突いて出た質問に、室内の注目が集また。

 まごつく清美に対して、王は静かに答えを返した。

「それは誤解です。中華とは、国にあらず。西洋の概念で計れる代物ではありません。中華とは、50を超える民族を統べる思想……人民こそが、中華そのものなのです。その中華を治める者に要求されるのは、徳です。徳治主義こそが、西洋の民主主義というくだらぬ考えに終止符を打つことができるのです」

「徳……?」

 そんなのは理想主義だ。清美はそう叫びそうになった。

 しかし、場の空気を読み取った彼女は、敢えて口をつぐんだ。

 会話は、ふたたびテスラに移った。

「そのために必要なのが、クレムリンの参戦というわけじゃな?」

 天和はうなずきかえした。扇の先をシベリアへと移した。

「このまま上海で正面衝突すれば、わたくしたちの組織は壊滅します。しかし、北京が背後から襲われるとなれば、話は別」

「ふむ……アナスタシアを奪還するため、クレムリンが南下すると読んだか……」

 アナスタシア。その名前に、清美は聞き覚えがなかった。

 とはいえ、それに該当する人物は、ひとりしかいない。目の前の少女だ。

 清美は、少女の透き通った青い目をのぞきこんだ。なにも語りかけてはこない。

 まるで人形のようだ。

「ラスプーチン様が北京を襲うとは限るまい? 上海へ直行するじゃろう?」

「それはどちらでもよいことです。北京を襲って敵を釘付けにしてもらえばよし。上海へいらして、三つ巴になってもよし。どちらにおいても、わたくしたちに勝機が生まれます」

 テスラは、ふたたび鼻を鳴らした。納得がいかないような顔をしていた。

「三つ巴になったところで、おまえさんたちの組織が勝てるとは思えんがな」

「無論、有利というわけには参りません。しかしながら、こちらは四風仙スーフーセンに加え、蘆屋様と双性者(ヘテロイド)3名、そのうちのひとりは、高名な陰陽師という構成です。戦力としては、それほど悪くはありません。さらに、アナスタシア殿にもご協力いただきたいと存じます」

 テスラは、眉間に皺を寄せた。

「アナスタシアの協力じゃと? ……断る」

「断って、どうなさるのです? アナスタシア殿は、共産党や日本政府にとっても、格好の研究材料。わたくしたちの敗北は、彼女の没収を意味することになります」

 天和の説明に、テスラは軽く舌打ちをした。

「そこまで考えての誘拐……というわけか……」

 天和は、ふくみ笑いを浮かべた。

「誘拐とは、人聞きの悪い……まあ、よいでしょう。お互いの利害関係については、すでにご説明さしあげた通りです。ご協力いただけるかと思いますが?」

 テスラは胸元で腕組みをし、まぶたを下ろした。

「ふむ……どうやら、それ以外に道はないようじゃな」

 天和は、したり顔でうなずきかえした。

「では、早速配置について……」

 ここでムサシが口をひらいた。

「ちょっと待て」

 天和は顔から笑みを消した。

「なにか?」

「俺たちに確認を取らないのは、どういう了見だ?」

「最初から、ご協力いただけるものと思っていましたが」

 それは身勝手過ぎるだろう。清美は、なんだか腹が立ってきた。さきほどから、清美たちは明らかに格下と見られているようだ。蘆屋と行動をともにするのは、確かに既定路線だった。しかし、王傑紂に無条件で協力すると言った覚えはなかった。

 ムサシも、同じ感想をいだいたらしい。ぐっと天和をにらみ返した。

「協力はする……けどな、それは、清美が隠密課に裏切られたからだ。別に、おまえたちの革命とやらに手を貸す気はない」

「動機はなんでもかまいません。人間同士、永遠に利害が一致することなど、ないのですから。北京警察を撃退したあと、あなたがたがどうなさるかは、現状どうでもよいことです」

 話は決まった。蘆屋が異義を唱えない以上、清美には反対する理由がないのだ。それは恋のなせる技でもあったが、同時に、自分の身を守るためでもあった。隠密課が中国へ来ている。その情報に、彼女は胸を痛めた。忍の顔が脳裏をよぎった。

 テスラは大きく背伸びをして、ひと息をついた。

「まずは、アナスタシアの充電をさせてもらおうか。話はそれからじゃ」

 そのセリフで、清美はアナスタシアの正体を察した──ロボットだ。七丈島でもロボットの研究は盛んだったが、これほどまでに精巧に作られたものを、清美は知らなかった。

「特別な機器はご入用ですか? すぐには用意できませんが……」

「家庭用のコンセントがありゃ、それでいいわい」

 テスラの返答に、清美はずっこけそうになる。

 あまりにも単純ではないか。もうひとり、同じ感想を抱いた人物がいた。

 一向聴だった。

「コンセント? それじゃ掃除機と一緒ネ」

 一向聴の皮肉に、テスラは肩をすくめてみせた。

「効率的と言わんかい。コンセントで充電できるなら、それに越したことはなかろう」

 もっともだ。専用の充電器でしかできないほうが、よほど非効率的である。

 このテスラという科学者、相当な切れ者のようだ。清美は、そう判断した。

 室内に静寂がもどった。それを破るように、カオルが前に歩み出た。

 今度は、天和もそれを止めなかった。カオルは、清美たちのそばへ駆け寄った。

「よかった……生きてたんだな……」

「か、カオルこそ、無事で良かったよ」

 3人は再会を祝った。だが、すぐに現実へと引き戻された。

「でも、なんで清美たちはここに? 誘拐されたのか?」

 清美は、視線を床に落とした。事情を説明したほうがいいのだろうか。

 しばらく逡巡した後、彼女はカオルに、これまでの経緯を説明した。途中までは冷静に聞いていたカオルも、だんだんと顔をしかめ、そして口を挟んだ。

「ちょっと待ってくれ……わけが分からないぞ……清美が陰陽師……? 冗談だろ?」

 それが冗談なら、どれほどよかったか。清美は悲しくなってくる。

 代わりに答えたのは、ムサシだった。

「残念だが、本当だ……」

 残念という言い回しが、清美には引っかかた。そうだろうか。自分が陰陽師であることに戸惑いを覚えたのは事実だが、残念だと思ったことはない。こうして蘆屋に会えたのも、自分が安倍清明の末裔だったからだ。

 とはいえ、清美は訂正を入れなかった。全てを話し終えたところで、カオルの顔がくもった。

「そんな……(しのぶ)が裏切ったなんて……そんな……」

 カオルは、小刻みに首を左右に振った。

 清美自身、未だに信じられない出来事だ。カオルが困惑するのも、無理はない。

 その場で一番冷静さを保っていたのは、やはりムサシだった。

「裏切ったってのは、正確じゃないかもしれない。忍は蘆屋を倒すため、清美に相討ちさせる道を選んだんだ」

「それが裏切りじゃなきゃ、なんなんだ?」

 カオルは明らかに怒っていた。ムサシは反論しなかった。論破されたというよりは、沈思黙考している感じがうかがえた。彼自身、忍の行動については、考えがまとまっていないのだろう。

 カオルは視線を落としたまま、

「こうなってみると、俺がアナスタシアにさらわれたのは、かえって正解だったな」

 と言って、彼の身に起こった出来事を語った。それは、清美の話に負けず劣らず、スリリングなものだった。七丈島で生活していれば、生涯経験しなかったであろう物語に、3人は顔を見合わせた。

 清美はアナスタシアを見ながら、

「彼女は、殺人マシーンなの?」

 とたずねた。

 テスラは一気通貫の手を借りて、彼女を運び出そうとしていた。

 カオルは、

「いや……殺人マシーンじゃない……」

 と答えたが、自信がなさそうな言い方だった。

「でも、王はそう言ってたよ?」

「なんて言えばいいんだ……資本主義を終わらせる機械だ」

 カオルの表現に、清美は首をかしげた。

「意味が分からないよ。それって、どういう……」

 3人の会話を止めるかのように、手を叩く音が聞こえた。

 見れば王傑紂が、入り口のそばで周囲の耳目を集めていた。

「では、作戦会議と参りましょう。この面子で、足並みをそろえねばなりませんゆえ」

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