第64話 実父
翌朝、カオルたちは朝食を取った後、小屋の留守を預かることになった。昨晩の取り決め通り、猟師はアンナを連れて、村へと向かったのである。小屋を客に任せ切りなのは、さすがにどうかと、カオルは思った。ただ、カオルたちは窃盗集団には見えないし、むしろアンナを残して行ったほうが、危険だと判断したのだろう。その判断は、正しいように思われた。
カオルは椅子に座ったまま、ぼんやりとアナスタシアを眺めていた。アナスタシアが起きる気配はない。バッテリー切れなのだから、当然である。猟師もさすがに怪しんだが、適当な病気のでっち上げにより、今は事なきをえていた。
一方、テスラはカオルをまなざしていた。カオルも、そのことに気付いていた。老人の視線は、どこかしら同情めいたものを帯びていた。
沈黙が続いて30分ほど。テスラが、ようやくくちびるを動かした。
「さっきから、なにを考えておる?」
「……べつに」
「その割には、浮かない顔をしているが」
テスラの指摘は、正鵠を射ていた。カオルは、気が滅入っている。それは、義父が悪の組織に加担していたという事実に起因していた。心の整理がついていないのである。
テスラもそのことを薄々察しているらしく、さらに言葉を継いだ。
「オユノミズくんの件が気になるのは分かるが、そうしょげんでもええじゃろう」
カオルはアナスタシアから視線をはなした。
そして、テスラの目を見据えた。
「親父が犯罪者だって分かって、動揺しないヤツがいるのか?」
カオルの言い回しに、テスラは眉をひそめた。
「犯罪者……? オユノミズくんは、犯罪者ではない」
「少なくとも共犯だろ。犯罪者のあんたたちに協力してたんだからな」
カオルは、テスラを睨みつけた。ところがテスラは、両肩をすくめるばかりだ。大きくタメ息をつき、子供をさとすように返事をした。
「ワシらは犯罪者ではないよ」
「しらばっくれるな。おまえらは人殺し集団だ。違うのか?」
「ふむ……そりゃあ、作戦の遂行にとって邪魔になる者を排除したことはあるぞ」
ほらみろと、カオルは鼻でせせら笑った。
しかし、テスラも負けてはいなかった。
「じゃが、それがどうしたというのだ? 邪魔者の排除なら、どの国でもやっておるじゃないか? 世界にどれだけ内戦がある? 暴動がある? その度に、どれだけの人間が殺されておる? 日本でもそうだぞ。おまえさんの国では、年間3万人は自殺しとるらしいではないか? じゃが、それが全部本当に自殺だと思うのか? ……そんなわけがなかろう、中には偽装自殺に見せかけられた連中もおるよ。そういうのは大抵、企業とか組織とか、そういうものの利権を侵害したヤツと、相場が決まっているのだ」
「そんなのは陰謀論だろう」
「陰謀論? ……事実じゃよ。なぜ政治家や大企業が、ヤクザとつるむ? そういう仕事を任せるために決まっておる。バブル期の地上げで、何人殺したんだ? 何件放火した? おかしな死に方をした秘書が何人いる?」
カオルは沈黙した。そういう話は、風の噂で聞いたことがある。現に2年前、ある政治家の秘書が変死体で見つかり、そのまま自殺扱いされた事件があった。
テスラは、さらに畳みかけた。
「そういう殺人は皆、私利私欲のために行われておる。それに対してワシらは、貧困の撲滅という理念のもとに行動しておるのだ……どちらが犯罪者なのだね?」
テスラの話し振りには、場慣れした感がある。どうやら、同じ話を過去にしたことがあるように思われた。一方、カオルは、校内のディベート大会に参加したことがあるくらいで、こういう会話にはうとかった。
相手がゲンキなら、簡単に論破できるのだが。カオルは思考を巡らせる。
「それは詭弁だろ? 一部の政治家や企業家が悪さをしてるからって、自分たちもやっていいなんて理屈にはならねえぞ?」
「一部? そこからみんな分け前に預かっているのだぞ。それこそ共犯じゃよ」
「共犯ってのは、実行に加担したヤツだけだ。間接的なメリットは関係ない」
「そういう逃げ口上を用意するから、いつまでも世の中がよくならんのだ。見て見ぬふりは同罪じゃよ」
カオルはいらいらしてきた。普段、ゲンキたちとの口論に勝ち慣れている分、かえって自制が利かないのだ。口の達者さで言えば、キヨアキの方が圧倒的に上手である。
カオルは沈黙作戦に出た。黙殺というのは、往々にして便利だ。
カオルはアナスタシアに向きなおり、彼女の様子をうかがった。無論、微動だにしないのだが、なぜか安心感があった。動かないと分かっているからだろうか。
ところが、饒舌になったテスラは、議論を蒸し返し始めた。
「ワシから見ればむしろ、オユノミズくんの寝返りのほうが解せんよ。昔は、そういう性格ではなかったがな。もっと情熱に溢れた……」
「若気の至りってヤツだろ。青臭い正義感だ」
カオルは思わず、テスラに反論してしまった。
テスラは、大きなタメ息を返した。
「もっと父親を誇りに思わんのか……親不孝なヤツだ……」
カオルは、義父の顔を思い出す。5人の中では、カオルが一番親孝行だ。と、本人は少なくとも思っている。あまり認めたくないのだが、特に女モードのときには、ファザコンの気質があるようにすら思えた。ゲンキたちに散々からかわれたので、否が応でもそういう評判を気にせざるをえないのである。
カオルは両手の指を組み合わせ、床に視線を落とした。
「そりゃ誇りには思ってるさ……血が繋がってなくても、親父は親父だからな……」
カオルの一言に、テスラは目を細めた。前のめりになり、カオルの顔をじろじろと見つめてくる。
今さらなんだと、カオルは敢えて視線をとらえ返した。ふたりの間に、緊張が走る。
「……おまえさん、オユノミズの実子ではないのか?」
「実子? ……いや、俺は養子だ」
テスラは首をかしげた。そしてこうつぶやいた。
「しかし、それにしては似過ぎているような……」
今度は、カオルが眉をひそめる番だった。そう言われてみると、テスラは同じことを、クレムリンのラボでも口にしていた。あのときは邪魔が入って追及できなかったが、今はふたりきりだ。
しかし、触れてはいけないものに触れているような気もした。
カオルはしばらく押し黙った後、恐る恐るたずねた。
「それは、どういう意味だ?」
「どういう意味もなにも……おまえさんは、若い頃のオユノミズくんにそっくりじゃ」
「だから、なにが言いたい?」
カオルには、テスラの意図が分かっていた。けれども、本人の口から聞くまでは、判断を保留しておきたかったのである。それがどういう心理状況なのか、カオルにも分からなかった。
「養子というのは、ありえんよ」
それが、テスラの答えだった。カオルが期待していたものとは、やや違う。
「なぜありえない?」
「受精後に双性者へ改造する技術は、まだ確立されておらん。少なくとも、ワシが知っている限りではな。だから、おまえさんたちは、日本の研究所のどこかで人工的に作られたはずだ」
「だったら、なおさら俺と親父の血縁関係はないだろ?」
人工的に作られたという言い回しに、カオルは若干傷付いた。もっとも、それは七丈島で双性者の存在を明かされたときから、薄々勘付いていたことだ。
そこまで考えたところで、カオルはハッとなった。
「まさか……そんな……」
やっと気付いたか。そんな感じで、テスラは静かにうなずいた。
「人工授精時には、必ず精子と卵子のランプルが必要になる。その提供者は……」
そこで、テスラは言葉を濁した。言う必要がない。そう判断したのだろう。
カオルは青ざめると、両手で顔をおおった。
「嘘だろう……」
カオルは、うめき声を上げた。テスラは黙っていた。
小屋の中で、ストーブのたぎる音だけが、しんしんと響いていた。
どのくらい沈黙が続いたのか、カオルには分からない。ふと、テスラが口をひらいた。
「血が繋がっているのは、嫌かね?」
質問というよりは、慰めのような言葉。カオルは、顔をおおったまま答える。
「……いや」
「……じゃろうな」
テスラは、それ以上言葉を継がなかった。カオルのことを気遣っているのだろう。そのことが、カオルにはありがたかった。
嬉しくないと言えば、嘘である。実の両親がいないということ、それ自体を悔やんだことはない。不満があったとすれば、母親役がいないことくらいだったろうか。けれども、それは、実の両親に会いたくないということを意味しなかった。
カオルは両手を顔からはなし、床を見つめたままテスラに話し掛けた。
「でも……なんで親父は嘘を……」
「おそらく他の連中が、実の子ではないからじゃろう」
テスラの推測に、カオルは顔を上げた。
「……俺だけが実子ってことか?」
テスラは、首を縦に振った。
「クレムリンで会った他の2人は、全然似ておらなんだ。母親似ということもありうるが、それでもあの金髪少年は違うじゃろう」
「……」
カオルは、ゲンキたちの顔を思い出す。同じ境遇だと思っていた。しかし、それは作られた錯覚だったのである。カオルは他の4人と比べて、より恵まれた地位にあった。ただ、それを教えてもらえなかったという事実が、カオルをさいなめた。
「どうした? 嬉しくないのか?」
カオルは椅子をずらす。ぎこちない音が、室内に響いた。
「……なんで、もっと早く教えてくれなかったのかと思ってな」
「他の双性者に配慮したんじゃろ」
そうかもしれない。もし自分だけ実子だと教えられて、今までと同じようにゲンキたちと付き合えただろうか。血縁関係の隠匿は、御湯ノ水の優しさだったのかもしれない。
しかし、それでも……カオルは、気持ちをうまく表現できなかった。
「なあ……双性者ってのはなんなんだ?」
カオルの質問に、テスラはじぶんの肩を叩いた。
目をつむり、ゆっくりと答えを返す。
「双性者というのは、性別転換のできる特殊な体質の人間じゃ。もともとは、癌治療の研究過程で……」
「いや、そういう話じゃない。なんで日本政府は、双性者を作ったんだ? いくら変身できても、俺たちはそんなに役だってない。むしろ、足手まといだ」
「それについては、ワシも疑問に思っておった。双性者の軍事利用は、経費の問題でどこも凍結になっておるはずなのじゃが……まあ、日本人は研究の際、自分で足枷をつけてやたらと遠回りしたがる癖があるからな。それがうまくいくこともあるぞ。iPS細胞の開発に成功したのも、日本ではES細胞を使えないという事情が……」
そのときだった。小屋の外で、エンジンの音が鳴り響いたのである。
なんだ、もう帰って来たのかと、カオルは腰を上げた。
「よし、とりあえずアナスタシアを……」
「待てッ!」
テスラは、カオルの袖を引いた。そして、静かにするように催促した。
カオルはいぶかりながらも、耳を澄ませた。
やはりエンジン音がする。聞き間違いでは──
「!? 1台じゃないッ!」
2台、3台……いや、もっとだ。猟師ではない。
そもそも、猟師が出て行ってから、まだ1時間と経っていないのだ。
「変身して外を確認しろ」
テスラに命じられるまでもなく、カオルは変身しようとした。
なにも起こらない。
「早くせんか」
もう一度、変身する……変化がない。カオルはリストウォッチを見た。
ディスプレイが暗くなっている。
「こいつも電池切れかよッ!」
カオルはリストウォッチをはたいた。
だが、そんなことで動くわけがなかった。
焦ったカオルだが、すぐに機転を利かす。
「性別転換!」
カオルは女に変身し、魔法のステッキを取り出した。
「アーンド、魔法少女ッ!」
青い光が室内をつつむ。あまりのまぶしさに、テスラは腕で目をおおった。
目をしばしばさせるテスラをよそに、かおるは窓ガラスに忍び寄った。
濃緑色の制服を着た兵士たちが、小屋の四方を囲んでいた。
「まずいわ……包囲されてる……」
「どっちだ? ロシア警察か? それともラスプーチン様の?」
「ラスプーチンのほうよ……どうするの?」
テスラが返事をする前に、マイクの音が聞こえた。
「貴様らは包囲されているッ! ただちに投降しろッ!」
かおるは舌打ちをした。テスラはしばし考えたあと、アナスタシアに視線を伸ばした──なるほど、アナスタシアを盾に脅す気か。かおるは窓を開けようと、留め金に手をかけた。
ところが、そこへ追い打ちがかかった。
「アナスタシアの機能が停止していることは分かっているッ! 諦めて出て来いッ!」
「「!?」」
カオルとテスラは、お互いに目を合わせた。
「しまった……最初からバッテリー切れ狙いじゃったか……」
「ど、どうするの?」
かおるには、いいアイデアが思い浮かばない。
「おぬし、戦えるのじゃろう? そのヒラヒラも、飾りではあるまい?」
「こ、この人数は無理よ……魔法弾は連射できないから……」
テスラは、額の皺をますます深くした。そして、こうささやく。
「……投降するか?」
「ここで? 今さら?」
「もともと、最終手段として考えておったじゃろう?」
かおるは、首を左右に振った
「ここから脱出することならできるわよ。あなたくらいは背負えるし」
「アナスタシアをどうするのだ?」
テスラはそう言って、席を立った。アナスタシアの眠るベッドへと歩み寄った。
「ワシは開発者として、アナスタシアを放置できん」
「なにをしているッ!? 早く出て来いッ! 出て来ないなら、こちらから行くぞッ!」
かおるはステッキを握り締め、その場で固まった。
このままでは、いつ突入されるか分からない。そうなれば終わりだ。
かおるはテスラの目を見つめた。老人の瞳には、断固とした意志が垣間見えた。
説得不能。そう悟ったカオルは、仕方なく肩を落とした。
「じゃあ、私だけでも逃げるわよ」
「ひとりで逃げ切れると思うのか?」
テスラの質問は、もっともだった。およそ不可能なように思える。リストウォッチは電池切れを起こしている上、魔法少女は多人数を相手にするようできていない。
しかし、ここでラスプーチンに投降するわけにもいかなかった。ゲンキたちは、別の場所へ脱出しているはずなのだ。ニッキーさえ来てくれれば、あるいは──
「三十六計、逃げるに如かず、ですよ」
ふたりは、顔を見合わせた。お互いに口をひらいた気配はなかった。
誰だ。アナスタシアへ視線を移すが、彼女は深い眠りについていた。
かおるは、声の聞こえた方向をふりむいた。
「……え?」
そこには、古代中国風の官衣を纏った、若い男の姿があった。孔雀の羽をあしらった扇を持ち、涼し気に頬をあおいでいた。
突然の訪問者に、カオルは言葉を失った。テスラも同じようだ。
男は先客の動揺など気にせず、席を立った。背中に手を回し、威風堂々とアナスタシアのベッドに歩み寄る。カオルたちは、間に割って入ることすら忘れていた。
男はアナスタシアに扇を伸ばし、羽先で頬を撫でた。
そこでようやく、テスラが我に返った。
「な、なにをするッ!」
男はくちびるに指を当て、静かにするように合図した。
それを見計らったかのように、マイクが鳴り響く。
「1分だけ待ってやるッ! そのあいだに小屋から出て来いッ!」
屋外の兵士は、秒を数え始めた。
「時間がありません。このまま脱出すると致しましょう」
男の助言に、かおるは困惑するばかりだった。
「あなた……だれ?」
男は、薄気味悪い笑みを浮かべた。
「わたくしの名は天和、四仙人のひとりにして、王様の使いにございます」
驚いたテスラの胸元に、天和は扇を突き立てた。
「呉越同船ですよ……おふたりとも、脱出の準備を」
かおるは現状を把握できなかった。しどろもどろになりながら、
「逃げるって……どうやって……」
とたずねた。
「それは、わたくしにお任せください」
男はあっさりとそう言ってのけ、アナスタシアを見下ろした。
扇を口元に当て、意味深な笑みを浮かべた。
「これで最後の手駒が揃いました。いざ、天下三分の計と参りましょう」
【第4章 シベリア上空編 完】




