第13話 腹黒少女と堅物少女
七丈島埠頭──
ほがらは手近のドラム缶のうしろに隠れた。
「な、なによ今の爆発ッ!?」
だが、それに答える者はいない。
かおるは少し離れたところに身を潜め、夜空をみあげた。
「あの船、なにか撃ったみたいよ……どこを狙ったのかはわからないけど、結界にふれて爆発したんだわ」
「狙われたのは私たち? それともあの中華娘?」
「……」
かおるは上空をさぐるようにみつめた。
花火のように飛び散った光は、もはや消え去っていた。
ただ星と月が、彼女たちを見下ろしていた。
そして例の空中要塞も、夜空をただよっていた。
かおるは、ぼそりとつぶやく。
「……いずれにせよ、味方ってわけじゃなさそうね」
ほがらは彼女のほうをむいて、
「でもあいつら、相当ビビってたわよ? じつは国連の兵器なんじゃない?」
と、すこしばかり期待に満ちた声で言った。
かおるは視線をおろし、ほがらを見つめ返した。
「どうして島に発砲するの? 仮に牛男を狙ったとしても、やり過ぎでしょ?」
かおるの分析は冷静だった。ほがらは納得せざるをえなかった。
所在の知れない蘆屋の結界によって、島が守られたという皮肉な事実だけがのこった。
ほがらは、なんとも言えない気分になってしまい、話題をかえた。
「ほかのふたりは?」
トモエと清美の姿を求め、彼女は周囲に視線を走らせた。
かおるはすぐに返事をした。
「あっちの倉庫に避難したはずよ」
ほがらはそっとドラム缶から顔をのぞかせた。
倉庫はうっすらとみえたが、そこまで移動する手段がなかった。
遮蔽物がなにもないのだ。
ほがらは周囲をうかがう。
一向聴と牛鬼は、さきほどの攻撃のあと、姿を消していた。
ほがらは背後を警戒したが、そこには薄暗い海が広がっているばかり。
あの巨体で海に飛び込めば、水音くらいはするだろう。
それに、泳げるのかどうかすら定かではない。
いったいどういうことなのかと、ほがらとかおるは視線をまじえた。
ほがらはかおるにギリギリ聞こえる声で、
「……もしかして、逃げた?」
とたずねた。
「ありえるわね……あの女、かなり焦ってたし……」
「だから逃げないって言ったアル」
どこからともなく、一向聴の声が聞こえた。
ふたりはステッキをかまえなおす。
ほがらは大声で、
「さっさと出て来なさいッ!」
と挑発した。
その声は倉庫の谷間に木霊した。
それに応えるかのように、奥から地面を踏み鳴らす音が聞こえてきた。
工事現場の地ならしのような音が、どんどん近づいてくる。
しかもそれに合わせて、コンクリートの突き崩れる音が重なった。
ほがらの顔が、だんだんと青ざめていく。
「ま、まさか!?」
ほがらの目のまえで、倉庫の屋根が崩れた。
落下する瓦礫の向こうに、巨大な五本の指があらわれる。
電信柱ほどもあるそれは、崩し損ねた鉄筋コンクリートの壁をなぎはらった。
「ぐふふ……」
2本の角を生やした牛面が、倉庫の残骸から顔をのぞかせた。
真っ赤に光った獣の目が、闇のなかでほがらを見つめる。
「これが仙水の術ネ! 驚いたアルか!」
一向聴が、高らかに笑い声をあげる。
彼女は巨大化した牛鬼の肩に乗り、仁王立ちして風に身を任せていた。
異常なシチェーションをまえに、ほがらは正気をとりもどした。
一瞬歯を食いしばった後、あえて強気の姿勢に出た。
「でっかくなっただけじゃない! 巨大化は負けフラグって相場が決まってるのよ!」
ほがらはステッキをかざし、
「スーパーほがらちゃんビーム!」
とさけんで、赤い光線を放った。
巨大な牛鬼の胸板に命中する。これだけ的が大きければ、ハズしようがなかった。
ところが牛鬼はそれを堂々と受けとめて、大きく息をついた。
「ぐふふ……蚊が止まったようだな……」
一段と重々しくなった声で、牛鬼はそうつぶやいた。焦げ跡をポリポリとかく。
さすがのほがらも、これには度肝を抜かれてしまった。
「えーいッ! もう一発ッ! スーパーほがらちゃんビーム!」
張り切ったほがらの声とはうらはらに、ステッキはプスっと情けない音を立てた。
なにも起こらない。
ほがらは「あれ?」と言って、ステッキの先をのぞきこんだ。
そこへ光の玉が空中からおりてきた。ニッキーだった。
「やれやれ、魔法は連発できないぞ。しばらく休憩したまえ」
ニッキーの暢気なアドバイスに、ほがらは、
「休憩って……あれが見えないのッ!?」
と言い、牛鬼をゆびさした。
「見えていないはずがないだろう……あせっても魔力は回復しない。ここは仲間と合流して、対策を練るんだ」
「た、対策って……」
ここでかおるが割り込んだ。
「ほがら、ニッキーの言うとおりだわ。魔法が効かないなら、逃げるしかないわよ」
「なにをごちゃごちゃ喋ってるアルかッ!? そろそろ行くアルよッ!?」
一向聴が叫んだ。
もはや選択の余地はない。ほがらはかおるに目で合図を送った。
ドラム缶の背後からとびだして、倉庫の影へとダッシュした。
「踏みつぶすアル!」
牛鬼は一見緩慢な、それでいて勢いのある一歩を踏み出した。
足の裏が地面に着地した瞬間、コンクリートの地面が激しく揺れた。
至近距離にいたかおるが、危うく転倒しそうになった。
「かおるッ! 危ないッ!」
ほがらはかおるの手を引き、なんとかバランスを立てなおした。
間一髪のところで、ふたりは倉庫のなかにとびこんだ。
「倉庫ごと潰すアル!」
「モオオオオッ!」
牛鬼は咆哮をあげ、勢いよく前進した。
そのスピードは、一向聴の予想をうわまわっていた。
「あわてなくてもいいアル! 安全第一……アイヤーッ!」
彼女はバランスを崩して、地面へ真っ逆さまに落ちた。
そのままコンクリートのうえに尻もちをついた。
ふつうの人間なら、骨盤が骨折してもおかしくない高さだった。
「あいたたた……」
一向聴は牛鬼を睨みつけた。
「仲間はだいじにしないとダメヨ!」
牛鬼は子供をあやすように、声を落とした。
「おまえはそこでじっとしてろ」
牛鬼の一言に、一向聴は眉をつりあげた。
命令される筋合いはないとばかりに、彼女はこぶしをふりまわした。
「だれのおかげで大きくなれたと思ってるネ!」
「ふん、おまえは俺のおふくろじゃないだろう。俺の動きについてこれないなら、そこで太極拳でもしてるんだな」
いきなりの戦力外通告に、一向聴の顔が赤く染まった。
「な、なに言ってるアルかッ! 蘆屋に言いつけるアルよッ!」
「蘆屋様がおまえの言うことなど聞くはずがあるまい」
「だったら王様に……」
そのときだった。
一向聴は背後に気配を感じて、反射的にジャンプした。
くるくると回る視界のなかで、緑色の光が足もとを通過した。
「ハズしちゃった!」
反対がわの倉庫の影から、清美の声が聞こえた。
一向聴は地面に着地すると、第二波に備えて構えをとった。
牛鬼はニヤリと笑った。
「ちょうどいい。一向聴、今の連中は任せた。俺は赤いやつと青いやつを追う」
牛鬼は彼女に背を向け、ずんずんと地面を揺らして歩き始めた。
「ちょ、ちょっと待つアル! あたしたちは攻守一体ネ! バラバラはダメヨ!」
一向聴の抗議にもかかわらず、牛鬼は足を止めない。
爪先が倉庫の壁にぶち当たり、壁にいびつな穴を開けた。
「やつらの攻撃が効かん以上、俺は一人で大丈夫だ。二手に分かれるぞ」
「バカ言っちゃダメネ! そっちが大丈夫でもこっちは……!?」
その瞬間、今度は右から紫色の光が飛んできた。
夜の闇に混じったそれを、一向聴はギリギリのところで回避した。
光線がチャイナ服をかすめて、右そでから煙があがった。
一向聴はドラム缶のうしろに飛びこんだ。
海水につけて、火種を消す。
あとで訴えてやると思いつつ、一向聴はあたりの様子をうかがった。
(……おかしいアル。なんで連続して撃ってこないネ?)
一向聴は、これまでの戦闘シーンを思いかえした。
しばらく考えたあと、彼女はポンと手をたたいた。
「ははーん……一発撃つのに時間がかかるアルね」
一向聴は時間差のカラクリに気づいた。
背筋を伸ばし、曲芸師のように宙に舞った。
ドラム缶のうえに飛び乗る。
そして、光線が飛んで来た方向をゆびさした。
「そんなところに隠れてないで、正々堂々と勝負するアル!」
いきなりの強気な発言に、倉庫の影でなにかがうごめいた。
清美の声が返って来る。
「そっちがかかってきなよッ! それとも怖くてできないのッ!?」
なるほど、挑発して来るとはいい度胸だ。そう思った一向聴は、口の端に笑みを浮かべ、拳法の構えを取る。
「いくらなんでも、あたしを舐め過ぎヨ。攻撃は苦手アルが、融合体より弱いだけで、普通の人間よりは強いネ」
いっぽう、清美は清美で、一向聴の行動が変わったことに気づいていた。
おそらくステッキの欠陥を見破られたのだろうと、彼女は思った。
倉庫のかげで、合流したトモエに話しかける。
「あんなこと言ってるけど、どう思う?」
トモエは値踏みするように、一向聴を遠目に観察していた。
「……そこそこできるようだな。拙者の男バージョンとイイ勝負か……それより少し強いかもしれん……すくなくとも、耐久力はあちらのほうが格段にうえだ。拙者ならば、あの牛の肩から落ちたときに骨折している」
清美はサッと顔色を変えた。
「そ、それじゃあボクらに勝ち目が……」
「魔力を温存して、持久戦に持ち込むしかあるまい」
「持久戦? ほ、ほがらちゃんたちはどうするの?」
清美の矢継ぎばやな問いかけに、トモエはフゥと溜め息を吐く。
「あちらはあちらに任せるしかなかろう」
「あの牛男には、ほがらちゃんの攻撃が効かな……」
「さっさと攻撃して来るアル! 怖じ気づいたアルか!」
一向聴の声が、ふたりの会話を中断させた。
そしてそのとき、清美に名案が思い浮かんだ。
「そうだ、逃げればいいんだよ」
清美の発言に、トモエは怪訝そうな顔をした。
「逃げる? ……却下だ」
「どうして?」
「敵に背を向けるのは武士の名折れッ!」
トモエの単刀直入な回答に、清美は肩をすくめた。
「あのさ、花より実だよ。武士の名折れとか、どうでもいいじゃない?」
「どうでもよいはずがなかろうッ! あの小娘のまえで逃げ回ってみろ……どのような罵言をぶつけられるか……ああッ、考えただけでも恐ろしいッ!」
そう言ってトモエは身もだえする。
清美は息をついた。
「もう、トモエは頭がガチガチなんだから……いい? あの一向聴とかいう女は、接近攻撃しかできないんだよ。こっちが距離を取ってれば絶対負けないの。今は魔法のステッキもあるんだし、近づけないように足止めして逃げるのが最善だよ」
「それが恥だと言っておるのだッ! この黒金トモエ、16歳、今まで敵に挑まれて一度も背中を見せたことはないッ!」
「じゃあ、今日が初体験ってことでよろしく」
初体験という言葉に、トモエはなぜか頬を染めた。清美に詰め寄る。
しびれを切らした一向聴が、そこへ割り込んだ。
「聞こえないアルかッ!? さっさと……」
「「取り込み中!」」
「は、早くかかってきてくださいアル……」
気迫負けした一向聴は、ドラム缶のうえで右往左往していた。
それを無視して、ふたりは口論を再開した。
「清美、今日という今日は言わせてもらおう。おぬしは間の抜けたような顔をしていながら、腹黒すぎる。このまえも、一人一個のバーゲン品を清明とおぬしでふたり分買ったであろう? そのようなことをすると、ほかに買えない客が出る」
清美は両腕を頭のうしろにまわして、くるりと背をむけた。
「だって戸籍上は、清明と清美でふたりいることになってるしぃ」
トモエは、その華奢な背中に怒鳴りつける。
「ルールに沿っていればなにをしてもよいわけではなかろうッ!」
清美はムッと口をとがらせ、ふりかえった。
「そんなこと言ったら、なにが良くてなにが悪いのか、わからなくなっちゃうでしょ。そのためにルールって言うのはあるんだよ……というかトモエちゃん、ムサシのときと性格変わりすぎでしょ? 作ってるのソレ?」
「作ってなどいな……!?」
ふたりのうえに影がさした。
それに気づいたトモエは、清美を突き飛ばして背後にとんだ。
ふいを突かれた清美は壁にぶつかり、ステッキを取り落としてしまう。
清美はド突かれたのだとかんちがいして、
「ぼ、暴力反対ッ!」
と叫んだ。
その瞬間、それまでふたりがいた場所に一向聴が舞いおりた。
ふたりが仲間割れをしていると誤解して、先制攻撃をしかけてきたのだ。
そしてその誤解が、一向聴にとって有利に働いた。
清美がステッキをひろうよりも早く、一向聴は清美を羽交い締めにした。
「さあ、捕まえたアル!」
「き、清美ッ!」
一向聴の背後で、トモエがステッキをかまえた。
一向聴は素早く体をひるがえし、清美を盾にした。
「清美をはなせッ!」
「はなせと言われてはなすバカはいないアル。おまえがそのステッキを捨てるアル」
「ぐッ……」
トモエは、ステッキを強くにぎりしめた。
これだけ密着されては、一向聴だけを狙う自信がなかった。
「どうしたアル? 早くしないと、この子の首がポキっと折れるアルよ?」
一向聴は清美の首を締めつけた。
清美がどれだけもがいても、腕はますます喰いこむばかりだった。
「5数えるアル。5(ウー)、4(スー)、3(サン)、2(リャン)……」
トモエはステッキを捨てた。
カランという音が鳴り、ステッキの柄が地面の上で軽く跳ねる。
「それでいいアル。両手をあげるアル」
トモエは両手をあげながら「おい」と一向聴に話しかけた。
「しゃべっちゃダメよ。命乞いはあとで聞くアル」
「おぬしの頭上に、人魂が飛んでいるぞ」
一向聴はその切れ長な目を見ひらいた。
「え? え? どこアルか? ……とでも言うと思ったアルかッ!? さっきからあたしを馬鹿にし……」
一向聴の頭上が、ポッと明るくなった。
彼女は一瞬おどろいたが、ここで振り向いたら負けだと思い、ふりかえらなかった。
なにか小細工があるに決まっている──それが彼女の判断だった。
そしてそれがミスだった。
首筋に強烈な熱さを感じて、一向聴は飛びあがった。
「熱ぅうッ!?」
一向聴の腕がゆるんだ。
清美はお返しとばかりに、一向聴の手に噛みついた。
首筋の火傷と手の痛みで、一向聴は大混乱におちいった。
首筋を押さえたり手元を押さえたりしながら、ぴょんぴょん跳ね回る。
その隙に、清美とトモエは魔法のステッキをひろいあげた。
空中から光の玉がおりてくる。ニッキーだった。
「トモエくんが気づいてくれて助かったよ」
「なに、礼を言うのはこちらだ……さて……」
トモエはステッキを一向聴にむけた。
ふたりの魔法少女に囲まれて、一向聴はサッと両手をあげた。
「ま、ま、ま、待つアル! 今のは卑怯アル! 不意打ちアル!」
「拙者たちが作戦会議をしているとき、先に不意打ちをしたのはおぬしであろう?」
「あ、あれのどこが作戦会議アルか!? ケンカしてたアル!」
トモエは、やれやれと首を左右にふった。
「昔馴染みが声を荒げている=ケンカと勘違いするようでは、おぬしも若いな」
あたしのほうが絶対年上アル!──という口答えを、一向聴はひかえた。
あいてを怒らせないほうが賢明と判断したのだ。
そんな一向聴をよそに、トモエと清美は物騒な相談を始めた。
「トモエちゃん、こいつをどうしようか?」
「そうだな……やはりジャンの仇討ちで、丸焦げに……」
「ま、ま、待つアル! 牛鬼を小さくしてやるから、見逃して欲しいアル!」
仲間を売り始めた一向聴に、トモエは眉をしかめた。
「おぬし、仲間を見捨てる気なのか? それは感心せんな……」
「あ、あいつはもともと仲間じゃないアル! 組織がちがうアル!」
「まあまあ、トモエちゃん、ここは大目に見てあげようよ」
「……清美、本気か?」
「牛男を小さくしてもらったほうが、こっちも助かるじゃない?」
「そう! そうアル!」
清美の言うことにも一理あると、トモエは思った。
「して、本当に小さくできるのか?」
トモエは疑わしげなまなざしを向けた。
「う、嘘じゃないアル! あたしが術を解けばいいだけヨ!」
これには清美もけげんそうな顔をした。
「術……? ほんとかなあ。だって君、今はなにもしてないよね?」
清美は脅すように、ステッキを突き出した。
「この術は一回唱えたら、あたしが解除するかやられるまで自動的に効き続けるアル!」
ああ、そうなんだと、清美は満足げにうなずいた。
「ってことは……」
清美は視線を左へそらした。
それに釣られて、一向聴も視線をそらした。
その瞬間、目のまえが緑色の光に包まれ、一向聴の体にすさまじい衝撃が走った。
路地裏に響きわたる悲鳴。
ぼろぼろになった一向聴は、ぷすぷすと煙をあげ、地面に倒れこんだ。
唖然とするトモエの横で、清美はかわいくガッツポーズを決めた。
「これでも解けるってわけだねッ! まさに一石二鳥ッ!」




