第12話 世界革命艦クレムリン
クレムリン艦内──
「七丈島南岸に到着。航行を停止します」
「計器オールグリーン。各部署より異常報告なし。」
巨大なスクリーンの前に座った2人の男が、マニュアルに沿った確認作業を終えた。2人とも、3つの金ボタンが付いた濃緑色の戦闘服に、赤い☆マークをプリントしたツバ無しの戦闘帽を被っている。
左側に座った年配の男が、コンピューターのパネルを操作する傍らで、右側に座った30代そこそこの青年は、くるりと座椅子を回し、後ろを振り向く。
「ラスプーチン様、ご命令を」
男の視線は、部屋の後方、壁際にある赤いリクライニングチェアーに注がれていた。四方の剥き出しになった金属壁と、配管されたパイプが見え隠れする部屋の中で、その豪華な椅子だけが妙な存在感を放っている。
そしてそこに、長いあご髭を生やした片目の男が、右手をこめかみにあて、肘掛けにもたれかかっていた。服装はお世辞にもマトモとは言えず、着古した苔色のリヤサに、ところどころほつれが見えた。その胸にある銀のネックレスには、十字架ではなく鎚と鎌の紋章がぶら下がっている。
「ふむ……」
ラスプーチンと呼ばれた髭の男は、縦一文字に深い傷跡の残る右目はそのままに、左目だけでスクリーンを見つめている。
スクリーンには、この船の望遠レンズで捉えた、七丈島の全景が映し出されていた。
「この島にプロトタイプがいるという情報は、本当だな?」
ラスプーチンは、酷く無感情な、落ち着いた声でそう尋ねた。
「ハッ、情報班によれば、この島に5体の存在が確認されたそうです」
「ふむ……」
ラスプーチンはもう一度息をつくと、おもむろに姿勢を正し、両腕を肘掛けに乗せた。
それから何かを思案するように、あご髭をひと撫でする。
「5体か……本来なら、このクレムリンで出撃するまでもなかったが……」
そう呟いて、ラスプーチンはちらりと右手の壁に目をやる。
そこには、アルミ色の棺桶のような箱が立てかけてあった。
何の装飾もない無機質な外見が、かえってこの司令室の雰囲気に合っている。
ラスプーチンはしばらくそれを見つめた後、視線をスクリーンに戻した。
「アナスタシアの試運転にはもってこいだ……それに、アシヤの小僧が、我々の動きに勘付いているかもしれんしな……」
いや、それはないか。ラスプーチンは、椅子の背もたれによりかかる。
その動きに合わせて、先ほどの部下が再度唇を動かした。
「いかがしましょう? 早速、アナスタシアを投下しますか?」
「いや……せっかくの長旅だ……ひとつ挨拶してやろう……」
ラスプーチンは、スクリーンの中央部を指差す。
薄暗くなり始めた空の下に、小高い山が見えていた。
「あの山に1発ぶち込め」
「ハッ」
部下は計器に向き直ると、そこから突き出すマイクに話し掛ける。
「3番砲台、攻撃用意」
男が命令を告げると、マイクの向こう側から、音質の悪い声が返って来る。
《3番砲台、攻撃用意します》
★
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「おーい、3番砲台! ハッチ開けろ! ハッチ!」
通信機から顔を上げた中年の男が、首を曲げて周囲のメンバーに声を掛ける。
木箱の上に寝ていた青年と、そのそばでパイプを吹かしていた老人が、怪訝そうに中年男の顔を見た。
「班長、何か言ったか?」
老人が、遠くなった耳に手を当てて尋ねた。
「3番砲台のハッチを開けるんだよ!」
「なんでじゃ? 今日は艦砲戦じゃなかろう?」
老人ののんびりとした抗議に、班長が手を振ってみせる。
「知らねーよ。上からの命令だ。言われた通りにすりゃいいんだ」
中年男の催促に、老人はぶつぶつと腰を上げる。
それに釣られて、沈黙を守っていた青年も木箱から飛び降りた。
「まったく……いきなりドンパチするのはごめんだぞ……」
老人はそう言いながら壁に向かうと、ハッチのそばにある赤いボタンを押した。
ガタンと大きな音がしたかと思うと、ゆっくりと壁が左右に開き始める。
同時に、上空の強烈な風が室内に吹き込んできた。
「ひゃー、寒い!」
青年が両腕を肩に回す。
「こんなのシベリアの寒さに比べりゃ屁みたいなもんじゃろ。ほら、砲台を出せ」
「ハイ、ハイ」
「ハイは1回じゃ!」
青年は肩に手を当てたまま、部屋の片隅にある自動車大の機械に向かう。
それは、お椀を逆さまにしたような台座に、一本の砲身を取り付けただけの、極めて簡素な移動式砲台だった。砲身のすぐ後ろに、人が座るためのくぼみが設けてある。表面のすすけ具合から、明らかに年代物と分かる一品だ。
男はそれに飛び乗ると、クラッチを切り替え入れ、ハンドルを握り締める。
「3番砲台移動しまーす」
やる気のない声でそう宣言すると、男はリリーフカーの要領で砲台を動かす。
とはいえ、床に掘ってある溝沿いに進むだけなので、ハンドルはあまり意味がない。
ハッチの少し手前で溝が途切れ、そこに車輪が引っかかって砲台も止まった。
「班長! 3番砲台準備完了です!」
通信機のそばに座った班長が、砲台のセッティングを目で確認する。
「了解」
班長は通信機を手に取ると、サイドにあるボタンを押し、通信を返す。
「こちら3番砲台、攻撃準備整いました」
★
★
★
《こちら3番砲台、攻撃準備整いました》
「了解」
スクリーンの前に座った男が、ラスプーチンに顔を向ける。
「3番砲台、攻撃準備整いました」
それを聞いたラスプーチンは、くいっと人差し指を曲げ、スクリーンを指し示す。
「攻撃目標、島の中央部山麓!」
部下はマイクに手を当て、ラスプーチンの命令を一語一句繰り返す。
「攻撃目標、島の中央部山麓」
★
★
★
《攻撃目標、島の中央部山麓》
「了解」
班長が、砲台の上で寒さに震えている青年に言葉を継ぐ。
「攻撃目標、島の中央部山麓!」
命令を告げられた青年は、ぴくりと震えを止め、怪訝そうに班長を見つめ返す。
「山麓って……どこですか?」
「山の麓だよ! そんなことも分からねーのか!?」
班長が、通信機を握ったまま答えた。
「だから山の麓のどこです?」
青年の質問に、班長はムッと口元を歪めた。
通信機を振り回しながら、怒ったように返事を返す。
「そんなことは自分で考えろ! ダメージのデカそうなとこに撃っときゃいいんだよ!」
青年はそれ以上口答えせず、照準器に目線を合わせる。
「攻撃目標、島の中央部山麓、ダメージのデカそうなとこ……ってどこだよ?」
倍率を上げながら、青年は山の麓を一瞥する。
夏を迎えて青々と生い茂った森が、夜の闇と見分けがつかなくなっていた。
男は照準器を左右に揺らすが、たまに街灯らしき光が映り込むだけで、何がなにやら分からない。
「ただの山じゃん……おっ?」
少し照準器の角度を上げたところで、青年は目を細めた。
山の中腹に、丸太造りの小さな小屋が見えた。小屋の中にある電灯のおかげで、そこだけはっきりと明るくなっている。
どうやら、公園か何かのように思われた。
こんな時間に人がいるとは思えないが、木を撃つよりマシだろうと、青年は目標をその小屋に定める。
それに、今回が初陣の青年にとって、人を撃つのはあまり気が進まないのだった。
「目標発見!」
青年は、場所をぼやかして班長にそう告げた。
「よーし、砲撃用意! 安全装置解除!」
班長の指示に従い、青年は射撃スイッチの安全装置を解除し、親指を添える。
「しっかし、これって効率悪過ぎじゃないですか? 命令受けて、ハッチ開けて、砲台用意して、司令室に報告して、また命令受けて、照準合わせて、安全装置外して……司令室のボタンひとつで撃てるとか、そういうシステムは……」
青年の何気ない愚痴に、ハッチのそばにいる老人が顔をしかめた。
おまえは何も分かってないと、パイプを口から放し、吸い口で青年を指す。
「あのな、そんなことをしたら、ワシらは全員クビになるじゃろうが。機械による自動化というのはな、我々労働者にとって最大の敵なのじゃよ。我々がこうしてクレムリンで働けるのも、ラスプーチン様が時代の流れに逆らって、船をオートマにしないおかげなのじゃ。それを何だ、おまえは。少しは革命精神というものを理解……」
「そこ喧嘩しない。さっさと撃って」
班長の割り込みに、老人はムッと顔をしかめた。
今度は班長の方に体を向けると、再び口を開こうと黄ばんだ歯を見せる。
しかし、それよりも青年の動きの方が速かった。
「3番砲台発射します! 総員、耐ショック姿勢!」
班長と老人が、両手を耳に当て、壁際で待機する。
青年は耳当てを装着し、照準をもう一度確かめた。
どうせ真剣に狙わなくてもいいという前提が、かえって射撃を楽にしてくれる。
照準器の縦線と横線が、ぴったりと小屋に重なった。
そして、青年は息を止める。
「……発射!」
青年の指が下りた瞬間、目の前が白く光り、反動で砲台がバックする。
そして、白色の光線が一筋、島の中央部に向かって伸びていった。
「よし! いけッ!」
青年の視線がそれを追っている途中、それは起こった。
「!?」
山麓の遥か手前で、エネルギー弾が何かに反応し、眩く爆ぜた。
遠距離攻撃だから大丈夫だろうと思い、うっかりゴーグルの装着を忘れていた青年の視界が、一瞬にして真っ白になる。
目を閉じる暇のなかった青年は、思わず座席から転がり落ちそうになった。
「な、何じゃ!? く、空中で何かに命中したようじゃぞ!」
老人の声。だが、青年は目を開けることができない。
瞼の裏で、キラキラと星が光っている。
その後ろで、通信機に駆け寄る足音と、班長の声が聞こえた。
「こちら3番砲台! 砲撃失敗! 繰り返す! こちら3番砲台! 砲撃失敗!」
★
★
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《繰り返す! こちら3番砲台……》
スクリーンに映し出された爆発シーンに、ラスプーチンが眉をしかめた。
「どうした……? 何が起こった?」
苛立ちを含んだラスプーチンの声に、部下が慌てて状況を調べ始める。
手早くキーボードで解析を進めながら、慌ただしく口を開いた。
「エ、エネルギー弾の進行方向に、障害物があった模様です!」
「障害物……? 電磁防壁か?」
部下は、手元のコンピューターが弾き出すデータに目をやる。
「い、いえ、電磁防壁の反応はありません! しょ、正体不明!」
部下の報告に、ラスプーチンは一瞬動きを止めた。
それからチッと舌打ちをすると、肘掛けを左手のひらで打ち付ける。
「くそッ! アシヤの結界か!」
ラスプーチンの罵声に、部下の男が振り返った。
「けっ、結界? ということはアシヤの一味がこの島に……」
「えーい、そういうことだ! どこで情報が漏れた!?」
ラスプーチンは、拳で肘掛けを殴りつけた。
部下が、びくりと肩をすくめる。
だが、そんな部下の動揺を他所に、ラスプーチンは再び例の棺桶に目をやる。
「これではアナスタシアの投入もできんではないか……ん?」
ラスプーチンは、そこではたと口を噤んだ。
姿勢を元に戻し、あご髭に手をやる。
そして、怯える部下の目を睨みつけた。
「おい、重力子砲は撃てるか?」
突然の話題転換に、部下はきょとんとした顔を浮かべる。
「重力子砲であの結界を破れるかと訊いている!」
語気を荒げたラスプーチンを前に、部下は我に返った。
「す、すぐに計算致します!」
男はコンピューターに向き直り、複雑な計算を始めた。
イライラと人差し指で肘掛けを打ち付けるラスプーチンの視線を感じながら、部下は冷や汗ものの仕事を進めて行く。
2分ほど経ったところで、部下がぴたりと指を止めた。
そして、画面に出力された結果を読み上げる。
「最大出力で撃てば、有効なエネルギーを残して貫通させることができます」
その結果報告に、ラスプーチンはニヤリと笑みを漏らす。
「よし……重力子砲用意。最大出力で、攻撃目標は先ほどと同じだ」
ラスプーチンの指令に、部下は身じろぎもしなかった。
何かの聞き間違えではないかと、彼はコンピューターの画面に視線を固定する。
「聞こえなかったか? 重力子砲をMAXで撃て!」
部下は、恐る恐る座椅子をラスプーチンに向けた。
「し、しかし……それでは島が跡形もなく消滅……」
「だからどうした?」
ラスプーチンは不敵な笑みを浮かべたまま、椅子に全身を預けた。
右手で髭を撫でながら、スクリーンに映る島を眺める。
「どうせ邪魔者のいる島だ……消し飛ばせ!」




