↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まじゅ姫と、ひらめきの国  作者: しょぼんスライム


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/2

第2話 市場は、まっすぐ歩けない

起 ぶつかる市場

 収穫祭の三日前、ベルフィオラの大市場は、朝から大変なことになっていた。


「どいて、どいてーっ!」


 野菜を山ほど積んだ荷車が、石畳の通りを進んでくる。


「待ってください、こっちも通ります!」


 反対側からは、布を抱えた染め物屋が駆けてきた。


 その間を、朝食のパンを買いに来た人、学校へ急ぐ子ども、魚をかついだ行商人、かごを持ったおばあさんが行き交う。誰もが一歩ずつ進みたいのに、誰かが進めば誰かが止まり、止まったところへまた別の人がぶつかる。


 ごとん。


 荷車の車輪が、果物の箱に当たった。


 ころころころ、と赤いりんごが石畳を転がる。


「ああっ、りんごが逃げた!」


 まじゅ姫は、りんごを追いかけて市場の角を曲がった。今日はめずらしく、髪をリボンでまとめ、王女らしい青い上着を着ている。けれど、両手にりんごを抱え、片方のブーツに魚のうろこをつけている姿は、あまり王女らしくなかった。


「ひとつ、ふたつ、みっつ……あれ、あの子もりんごを持ってる!」


 市場のはずれで、男の子がりんごを拾って立ち尽くしていた。まじゅが近寄ると、その子は真っ赤になった。


「ちがうよ。取ったんじゃないよ。転がってきたから、戻そうとしてたの」


「知ってる。困ってる顔だったもの」


 まじゅは笑って、男の子のりんごを受け取った。


 そこへ、見習い書記のフィンが、人波をかき分けながらやってきた。手には書類の束、肩には小さなかばん。そして、顔にはいつもの困った表情を浮かべている。


「姫さま。先に市場へ行かないでください。収穫祭の準備について、組合長とお会いする予定だったでしょう」


「来たよ。りんごと一緒に」


「来る途中で、予定外の仕事を増やしているように見えます」


 フィンが見渡すと、通りの真ん中では、二台の荷車が向かい合ったまま動けなくなっていた。


 片方には麦の袋。もう片方には、祭りに使う大きなかぼちゃが積まれている。どちらの御者も、引くに引けない顔をしていた。


「そっちが下がれ!」


「こっちは朝から待ってたんだ!」


「麦は今日中に粉屋へ届ける約束だ!」


「かぼちゃだって、明日の飾りつけに間に合わない!」


 その声に、通りの人たちも次々に言い始めた。


「荷車は裏道を通ればいいのよ」


「裏道は狭くて危ない」


「客が立ち止まっているからだ」


「店を端へ寄せたら売り物が見えないじゃないか」


「子どもが走るから悪い」


「大人だって押してる!」


 まじゅは、りんごを抱えたまま、ぴたりと動きを止めた。


 みんな、正しいことを言っている。


 だから、ますます通れない。


 そのとき、市場の奥から、よく通る声が響いた。


「静かにおし!」


 声の主は、八百屋のミレイアだった。第一話でパン屋通りの騒ぎを一緒に見た、赤いスカーフの市場組合長である。


「姫さま、フィン君。ちょうどいいところに来たね。収穫祭の市場割りについて、役所からのお達しを持ってきたんだろう?」


 フィンは書類を抱え直した。


「はい。今年は来客が多い見込みなので、露店を増やす案です」


「増やす?」


 ミレイアの片眉が上がった。


「この通りを見てから言いな。市場はもう、まっすぐ歩けないんだよ」


 まじゅは、転がったりんごを箱へ戻した。


「じゃあ、まず、どうしてまっすぐ歩けないのか、見てみよう」


 フィンは小さくため息をついた。


「今日は、肖像画の予定はないのですね?」


「ないよ」


「それはよかった」



承 みんなの「ここを通りたい」

 まじゅとフィンは、朝から昼まで市場を歩いた。


 ……正確には、歩こうとした。


 香辛料店の前で立ち止まり、干した葉の香りをかいでいる人がいる。その横を、荷物運びの少年が大きな箱を抱えて通ろうとする。布屋では、色鮮やかな布が風にはためき、見物人が足を止める。魚屋の前は、水を流しているため、みんなが端を避けて狭いところに集まる。


 さらに、通りの真ん中には、荷車が荷を下ろす場所がある。朝は荷車で詰まり、昼は買い物客で詰まり、夕方は帰る人と片づける店主で詰まる。


「同じ場所が、時間によって違う顔をしてますね」とフィンは言った。


 まじゅは市場の地図をのぞき込んだ。


「ここ、細いのに、みんな通りたがる」


「井戸があるからです」とミレイア。「水をくみに来る人もいるし、広場への近道でもある」


 まじゅは、何人かに声をかけた。


「どこへ行くの?」


「粉屋」


「薬草店」


「西門。急ぎの配達だ」


「祭りの飾りを見たいの」


「ただ座って休みたいだけだよ」と、ベンチにいた老女が言った。「でも、ここしか日なたがないんだもの」


 まじゅは、ひとりひとりの答えを、ひらめき帳に書いた。


粉屋へ行く人は、荷車といっしょ。

薬草店へ行く人は、においを気にして魚屋を避ける。

子どもは、甘いお菓子屋の前で止まる。

休む人も、通る人も、同じ場所がいる。


 昼すぎ、まじゅたちは市場の外れにある空き地へ出た。


 そこでは、霧峰山地から羊毛を運んできた羊飼いの少女、ダダンが、羊たちを休ませていた。まじゅと同い年くらいの、日に焼けた頬の少女だ。


「ダダン!」


「まじゅ姫」


 ダダンは、羊の耳の後ろをかいてやりながら言った。


「王都の市場は、朝からずっとうるさいね。山のカケスよりうるさい」


「みんな、行きたい場所があるのに、進めないんだ」


「ふうん」


 ダダンは羊の群れを見た。


 羊たちは、細い木の柵のあいだを、もこもこと進んでいる。一匹が立ち止まりそうになると、後ろの羊も止まる。けれど、前から別の羊が来ると、ダダンが手をたたいた。


「行く羊は右、帰る羊は左。朝と夕方で道を変えるんだ」


「でも、羊はどっちへ行けばいいかわかるの?」とまじゅ。


「最初の何匹かは迷うよ。でも、柵に青い布を結んでおくと、朝に出る羊は青いほうへ進む。夕方は黄色い布を出す。毎日同じだから、すぐ覚える」


 まじゅは、ぱちりと目を瞬かせた。


 青い布。


 黄色い布。


 同じ道でも、時間によって、進む向きを変える。


「わかったかもしれない!」


「姫さま」と、フィンがすぐに言った。「まだ『かもしれない』の段階です。紙に書く前に、人の話をもう少し聞きましょう」


 まじゅは、口をとがらせた。


「ちゃんと『かもしれない』って言ったのに」


「前より進歩です」


 その夜、まじゅとフィンは市場組合の小さな集会所へ行った。


 店主、荷運び人、買い物客、井戸番、子ども連れの人、そして、露店を増やしたい役人が集まっている。


 まじゅは、羊の話をした。


「朝は荷車が市場へ入る時間だから、通りを荷車の進む向きだけにするの。昼は買い物の人が多いから、反対向きにしてみる。青い旗と黄色い旗を立ててね」


 しん、と部屋が静かになった。


 最初に口を開いたのは、かぼちゃ荷車の御者だった。


「なるほどな。正面から荷車が来なけりゃ、朝の荷下ろしはずっと早い」


 だが、すぐに布屋の主人が手を挙げた。


「うちの店は、反対側から来るお客さんが多いんだ。昼に一方通行になったら、遠回りで来なくなる」


「荷車だけ優先されるのも困る」と、買い物かごを持つ女性が言った。「朝しか来られない人もいるのよ」


「子どもたちは?」と、学校の先生が言う。「学校は朝に始まります。市場を遠回りさせるのは危ない」


 まじゅの案は、出したとたんに、あちこちから小石を投げられたようだった。


 けれどフィンは、手帳を開いた。


「反対意見は、失敗の印ではありません。考えることが増えただけです」


 まじゅは、少しだけ顔を上げた。


「じゃあ、朝に市場を通らないと困る人から、もう一回聞かせて」



転 旗だけでは、道にならない

 次の日、まじゅたちは試しに、市場の真ん中の通りへ青い旗を立てた。


朝の八つ鐘まで、荷車はこちらから


 反対側には黄色い旗を立てた。


歩く人はこちらから


 旗のそばには、フィンが大きな字と絵で案内板を書いた。荷車の絵。人の絵。井戸の絵。市場に文字の読めない人もいるためだった。


 最初の十分は、うまくいった。


 荷車は正面からぶつからず、人も端を歩く。御者たちは驚いたように、いつもより早く荷を下ろした。


「ほら、できた!」


 まじゅが言いかけたときだった。


「ちょっと待って!」


 黄色い旗の下で、小さな女の子が泣き出した。母親と手をつないで薬草店へ行こうとしていたのに、歩く人の道が魚屋の水場の横を通るため、足もとがぬれて進めないのだ。


 さらに、青い旗の道では、荷車が止まっていた。


 麦の袋を運ぶ御者が、荷下ろしの場所へ入れない。そこには、朝しか店を開けられない牛乳売りがいて、桶を並べていた。


「わたしの場所はどうなるのさ」と牛乳売りの女性が言う。「毎日ここで売ってきたんだよ」


「でも、荷車が通れないと、みんなの品物が届きません」とフィン。


「なら、わたしはどこで売ればいいの?」


 その言葉に、まじゅは答えられなかった。


 道を分けたら、進みやすくなると思った。


 でも、道の端には、そこを使って暮らしている人がいた。


 まじゅは市場の真ん中に立ち、流れの止まった人々を見た。青い旗と黄色い旗は、風にぱたぱたと鳴っている。


 色をつけただけでは、道にはならない。


 そのとき、トトが人混みの向こうから走ってきた。王城の台所から、お使いを頼まれてきたらしい。腕には空のかごを抱えている。


「まじゅ姫! お昼のスープ用の豆を買いに来たのに、店までたどり着けない!」


「ごめん。今、道を直してるの」


「道って、旗のこと?」


 トトは首をかしげた。


「旗じゃなくて、みんながどこに行くかがわかればいいんじゃない?」


「どこに行くか……」


「僕、豆屋に行きたい。牛乳屋のおばさんは、朝のうちに売りたい。荷車のおじさんは、荷を下ろしたい。学校の子は、学校へ行きたい。みんな、同じ市場にいるけど、行き先は違う」


 まじゅは、昨日のひらめき帳を開いた。


 粉屋へ行く人。


 薬草店へ行く人。


 井戸へ行く人。


 休む人。


 荷を下ろす人。


 彼女は、昨日はそれを「混雑の理由」として書いた。


 けれど、違う。


 これは、「道をつくる材料」なのだ。


「フィン。市場の地図、もっと大きく描ける?」


「ええ。ですが、今からですか?」


「今から! それと、店の人たちにも、紙を一枚ずつ配って。朝、どこに荷を下ろすか。どの時間に一番お客さんが来るか。水場が必要か。静かな場所が必要か。書けない人には、私が聞く」


「わかりました」


 まじゅは、牛乳売りの女性の前に立った。


「おばさん。朝、ここで売りたい理由、もう少し教えて」


 女性は少し驚き、それから言った。


「牛乳はあったかいうちに売りたいの。それに、子どもを学校へ送ったあと、ここへ来るのが一番早い」


「じゃあ、学校へ行く子どもが通る道のそばにいたほうがいいんだね」


「そうさ」


 次に、魚屋へ聞く。


「水を流す場所を変えられる?」


「変えられるが、排水の穴がここにしかない」


「じゃあ、ぬれない板の道を置ける?」


 次に、ベンチの老女へ聞く。


「おばあさん。日なたの休む場所は、ほかでもいい?」


「花屋の壁ぎわなら、午後も暖かいよ。でも座るものがないね」


 次に、学校の先生へ。


「子どもたちが安全に通るには、何がいる?」


「急ぐ荷車と交わらない道。それから、立って見守る大人」


 市場の人々は、最初、半信半疑だった。


 けれど、まじゅが一人ずつ、急がず話を聞くのを見て、少しずつ声を出し始めた。


「うちの店は、昼だけ人が増える」


「荷下ろしなら、裏の細道を使える日もある」


「祭りの日だけ、花屋の前を休む広場にしよう」


「お菓子屋の列は、壁側に並んでもらえばいい」


 フィンは紙を地図の上へ置き、色の違うひもを引いた。


 青いひもは、朝の荷車の道。


 緑のひもは、学校へ行く子どもの道。


 赤いひもは、井戸と薬草店へ行く人の道。


 白いひもは、休む場所と買い物の列。


 地図の上で、ひもは何度も交差した。


 まじゅは、その交差する場所に、小さな丸をつけた。


「ここには、人が立って案内しよう。ここは、時間をずらせばぶつからない。ここは、通れないから、店の場所を少し替えよう」


 ミレイアは、地図をじっと見ていた。


「道っていうのは、石畳のことじゃないんだね」


「うん」とまじゅ。「みんなが、相手の行き先を少しずつ知っていることかもしれない」



結 みんなで歩く道

 収穫祭の初日。


 市場の入口には、昨日よりずっと大きな案内板が立った。


 文字の横には、絵がある。


•朝の青い車輪――荷車の通る時間

•緑の小さな靴――学校へ行く子どもの道

•赤い水差し――井戸と薬草店への道

•白いベンチ――休む広場


 石畳には、色のついた小さな印が並んでいる。毎日塗り直すのは大変なので、祭りの間だけ、砕いた色石と水に強い手のひら術で印をつけた。


 牛乳売りの女性は、学校へ向かう緑の道のそばに店を移した。子どもたちは、通りながら牛乳を買っていく。


 魚屋の水場には、石工ガロが作った低い木の橋がかかった。ぬれずに歩けるようになったので、薬草店へ行く人も安心して通れる。


 花屋の壁ぎわには、古い木箱と布を使った休み場所ができた。ベンチの老女は、さっそくそこに座り、通る人へ「青い印はこっちだよ」と教えていた。


 もちろん、最初からすべてがうまくいったわけではない。


 昼前には、青い車輪の印を見た観光客が、「荷車に乗れる道だ」と勘違いして並んだ。午後には、お菓子屋の列が長くなりすぎて、白い休み場所を半分ふさいだ。


 けれど、そのたびに、近くの人たちが集まった。


「お菓子屋の列は、ここを曲がらせよう」


「案内の絵を、もっと大きくしよう」


「休み場所に花を置いたら、列と間違えないかも」


 まじゅは、あちこちを走りながら、ひらめき帳に書き込んだ。


 夕方、祭りの鐘が鳴るころには、二台の荷車が向かい合って止まることはなかった。


 人々は、急ぐときには急ぎ、立ち止まりたいときには立ち止まれた。


 市場は相変わらずにぎやかで、少しせまくて、魚のにおいと花の香りと焼き菓子の甘いにおいが混じっていた。


 でも、ぶつかる音は減っていた。


「姫さま」


 ミレイアが、祭りの飾りに使う小さなかぼちゃを一つ差し出した。


「最初は、また姫さまの思いつきで市場がひっくり返るかと思ったよ」


「ひっくり返りかけたね」


「だけど、最後にちゃんと聞いた。そこは、えらかった」


 まじゅは、かぼちゃを受け取った。


「最初から聞けばよかったんだけど」


「最初からできる人なんて、面白くないよ」


 フィンが、少し離れた場所から手帳を閉じた。


「本日の記録です。荷下ろしにかかる時間は、昨日の半分。子どもの遅刻はゼロ。牛乳売りの売り上げは――」


「それは言わなくていいよ」と、牛乳売りの女性が笑う。「でも、悪くないね」


 ダダンは、羊毛の荷を荷車に積みながら、まじゅへ言った。


「王都の人は、羊より話すことが多いね」


「羊も話すよ。耳としっぽで」


「じゃあ、王都の人は?」


 まじゅは、祭りを楽しむ人々を見た。


「足で話すのかも。どこへ行きたいか、どこで止まりたいかって」


 ダダンは、よくわからないという顔をしたあと、笑った。


「まじゅ姫らしい答え」


 王城へ戻る途中、まじゅは市場の入口で立ち止まった。


 青い印、緑の印、赤い印、白い印。


 誰かひとりのための道ではない。けれど、誰かひとりを忘れないために、たくさんの道があった。


 まじゅはひらめき帳を開いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。