ボブテイル[前編]
図書館、チャトラの猫型亜人フラウはここで勉強をする。将来的には今の仕事を辞めて、薬剤師になるのが夢なのだ。
フラウ「集団心理、ねぇ。」
休憩がてら、何気なく見ていた医学書で心理学の単語が目に入った。
フラウの脳裏に昔のことが蘇る。
フラウ「……絶対に、忘れない。」
フラウはこみ上げてくる怒りを本とともに閉じた。
コン!コン!
近くの窓を叩く音にそちらを向くと一匹のぶちねこがいた。
フラウ「……」
黒猫亜人のフラロウスは不機嫌だった。
今日はオフの日で外でゆっくりできると思ってたのにアジトに呼び出されたからだ。
オセ「まぁ、そんな怒るなよ。」
フラロウス「怒ってないわよ!」
怒ってんじゃねぇか。オセは首をすくめた。
サンジュ「次の仕事だ、ここをやる。」
サンジュの投げた紙を器用に取ったフラロウスはオセと顔を突き合わせてみた。
オセ「ソープ邸?デカい間取りだぜ。」
身なりの整った猿は壁にもたれて、新聞を読み始めた。
サンジュ「風俗店の大手経営者だ。ソイツの商売敵が今回の依頼主さ。」
フラロウス「そんなヤローが盗みに入られたくらいで警察に泣きつくかしら?」
サンジュ「今回は強盗だ。力技で行く。暴れてこい。」
そこにルーサーも加わる。
ルーサー「遅くなりました!」
オセ「魔女から聞いてるぜ、もう、モノになったってな!ルーサーはすげー才能の持ち主だよ!」
気持ち悪いほど持ち上げるじゃない?フラロウスは嫌味を言った。が、褒められたルーサーは嫌な気分ではないらしい。はにかんで笑っている。
サンジュ「狙うのは株式と債権だ。依頼主からのオーダーさ。」
フラロウス「めちゃくちゃ恨まれてるわねぇ、ソイツ。」
サンジュ「背景の観測はしない。どんな理由があろうとも、深く知るのは不幸になるだけだ。」
ドライだねぇ?この猿は。オセはウェットな性格だった。何でも知りたがる。それで死にかけるなんてこともしばしば。猫の性分だろうか?本人もそれを自覚している。
シエルは繁華街の麻取の仕事に駆り出されていた。
麻薬のバイヤーの取引現場を押さえて、取り調べで利用客も洗う。張り込みが基本の忍耐がいる仕事だった。
暗い路地から通行人に紛れた麻薬の密売人を見つける。
白に長毛種で長身のシエルは目立つ、こういう仕事には向いてない。
シエル『昔はよくやってたなぁ張り込み、あの頃は自宅に戻って来る被疑者を待ってたっけ?』
ローラ「こうしてれば怪しまれないですよ?警部?」
ローラはシエルの首に腕を回し、路地でいちゃつく異種間の恋人を擬装してくれている。
めちゃくちゃ、シエルの胸に顔を押し付けてスーハースーハーしている。時折、コチラを恍惚とした表情で見つめてくる、ローラ。コレなら確かに張り込みしててもバレない。ハズ。
シエル『うぅむ、これも必要なのだろうか?悪目立ちしてないか?』
そこへ自分達と同じような異種間のペアが通りを歩くのが見えた。
黒猫の亜人の女性と若い人間の少年。その2人はホテルの前でやりとりして、入るホテルを物色しているようだった。
シエル「ボブテイル?」
亜人は人間社会で行きていくのは大変だ。その中でも猫型亜人には未だに迷信がまかり通っていた。
前世で罪を犯した魂は尻尾が短く生まれてくる。と。
被差別階級の中でさらに生まれの差別があるのだ。
そのペアはとあるホテルに入っていった。
シエル「そう言う、職種の人か?」
少年の方もそんなに裕福な家庭の子には見えなかったが……
その点、今付き合ってる彼女(と思いたい)はボブテイルながらこの街で夢を叶えようと頑張っている。自分も彼女を応援してる。
もっと支えになってやりたい、今よりもっと側で……
シエル『あの黒猫の子もそうだといいな。』
ローラのせいか、シエルのヒゲはピクピクしていた。
ルーサーは初めて見る回転するベットにはしゃいでいた。
フラロウス「遊びじゃないのよ?」
フラロウスは窓際にしゃがむと、アジトから持ってきた、双眼鏡で窓の外を見た。
ここならソープ邸の外郭を望める。手勢はそれほど多くはないが、犬を放してある。
フラロウス『……厄介ねぇ。』
ルーサー「お姉さん、僕にも見せて?」
フラロウスの隣に腰を下ろした未だメカクレのルーサーに双眼鏡を渡す。
ルーサー「あ、ワンワンだ!たくさんいるね。」
ソープ邸の犬達は誰かの視線を感じ取ったのか騒ぎ始める。
犬の咆哮がホテルまで響く。
フラロウス「ルーサー、アナタは見ないほうがいいわね、目に力がありすぎる。」
ルーサー「ん?そうなの?」
そうなのよ。自覚がないのは恐ろしいわ。
魔女の血が混ざる人間の子は目に力が宿る。魅了。
この子もそうなのだろう、青年になったらモテモテのプレイボーイになるに違いない。
フラロウスは下見を続けた。人間の人数、巡回経路、交代時間あらゆる物をメモした。
フラロウス「こんなもんかしら?」
辺りは暗く、だいぶ月も高い。1泊料金を払ってるのだ、ホテルのものにも不審に思われてないだろう。
フラロウス「どうする?ルーサー、今日はここで止まっていきましょうか?」
ルーサー「賛成!ちょっとした、旅行気分だね!」
フラロウス『そっか、この子はここがそういう店とも知らないし、旅行なんてしたこと無いんだわ。』
フラロウス「旅行かぁ……この仕事が終わったら一緒に温泉でも行きましょう。ホントの旅行はもっと楽しいわよ!」
ルーサー「お姉さんと一緒ならどこでも楽しいよ!」
ドキッ!
この子は無自覚に女心をくすぐってくる。
フラロウス『末恐ろしい子だわ……』
オセ「これで全部か?ちょっと待ってろ。」
昨日書き留めたメモ帳を持って朝方、アジトへ戻ったフラロウスとルーサー。
ぶちねこはフラロウスにメモ帳を目の前に置くように指示すると、何やら小さく呪文を唱える。
すると、メモ帳から文字がすり抜け空中に浮かび上がった。
オセ「ルーサーでいいか?」
フラロウス「もちろん。私は記憶力いいもの。」
オセ「大した自信だぜ。」オセは吐き捨てるように言った。
再び、オセは呪文を唱え始めると、文字達はルーサーの頭上で回り始めた。
ルーサー「うわぁ!なにコレ!?」
フラロウス「記憶するのよ。手っ取り早くね。」
宙に浮いていた文字はルーサーの頭に吸い込まれていった。
ルーサー「……?よくわからないけど。なんかすごかったね!」
ルーサーは初めての光景に興奮してるようだった。
オセ「効果は大体、3日くらいだ。」
フラロウス「テスト期間の一夜漬けみたい。」
サンジュ「事実そうだからな。瞬間記憶としては優秀な魔法だ。」
フラロウス達のやり取りを椅子に座って遠くから眺めていた猿は立ち上がった。
サンジュ「決行は明後日、フラロウス、ルーサーしくじるなよ。解散。」
オセ「待てよサンジュ。」オセとサンジュは仲良くアジトを出ていった。外で2人の会話が遠のいていく。
フラロウス「さて、私たちも帰りましょう。眠いし、二度寝しようかしら。」
ルーサー「いいね!僕もなんだか眠い!」
2人はアジトを出た。