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あれから、さらにヒートアップしてしまっているなにやらノリノリの伯爵家一家をどうやって止めたら良いのか……。悩む私に助言をくれたのはこの伯爵家に長く仕えているという老執事だった。
「この伯爵家の方々はひとつのことにのめり込みやすいので……別の刺激を与えてやればいいのではないかと愚見いたします」
「別の刺激……といっても、どうすればいいのかわからないのですが……」
すると老執事ことマートスさんは、にこりと笑い「簡単ですよ」と言った。その内容を小声で教えてくれたのだが……。
え? 本当に……そんなことで刺激になるの?!
不思議でならなかったが、この伯爵家に長く仕える老執事が自信満々に言うのならば多少は効果があるかもしれない。執事というのはそれぞれの家に仕えその家の特性を知る、所謂その家の専門家……つまりこのマートスさんはセノーデン伯爵家のプロなのだ!専門職の前では爵位など関係ない。だって高位貴族令嬢のドレスを作っている職人だって元は平民が多い。それでも技術を磨き、我々貴族を満足させてくれる専門職の職人には敬意を払うべきだろう。ならば、マートスさんからのアドバイスは今ここでなによりも頼りがいのあるものなのだ。
でも、本当に大丈夫だろうか?下手したら私はとんでもなくワガママで空気を読めない女として認定されてしまうような気がした。しかし、悩んでいる間にも話は進み、なぜか「こうなったら王子を性転換させるしか……」などという、なにやら恐ろしい言葉まで飛び出す始末だ。別に王子の性別が変わろうが興味はないが、下手に王族と問題を起こしたら一大事になってしまう。っていうか、性転換ってなにをどうするつもりかしら?
焦った私が右往左往していると、マートスさんが私に向かって「GO!でございます!」とバチコーン!とウインクをして応援してくれたので、私は思い切ってアドバイス通りに叫んだのだった……。
「わ、私!お、お腹が空き、空きましたわぁ!なんだか今日は伯爵夫人お手製のビーフシチューとアーシャ様ご自慢のアップルパイが食べたい気分で、ですわぁっ」
多少噛んでしまったがなんとか言えた。マートスさんの教えてくれた通りに言ったはずだが、私の発言によりピシリと固まってしまったセノーデン伯爵家一家の姿に冷や汗が流れる思いだ。
え?本当にこれで大丈夫なの?やっぱり、ただの空気の読めないワガママだと呆れられ────。
「エトランゼちゃんが、わたしのお手製のビーフシチューをご所望だなんて……!!」
「エトランゼ様が!わたくしの作ったアップルパイをまた食べたいとリクエストして下さるなんて……!!」
伯爵夫人とアーシャ様がお互いに手を取り涙を流し出してしまった。
「「感激しすぎるぅ!!」」
なぜか嬉しそうに高揚した様子でルンルンと調理場の方に行ってしまった伯爵夫人とアーシャ様。
「なんてことだ……!あ、それならせめて材料を切るとかお手伝いする~!それで、“お義父様がお手伝いしてくれたお料理美味しい”って言ってもらいたいぃぃ!」
「父さんずるいですよ?!ぼ、僕もなにか手伝いを……「お兄様が手伝ったら失敗するからいらないですわ」そんなぁ……!」
アーノルド様が絶望の表情で両手と膝を床につけて項垂れているが、3人は気にする様子もなく行ってしまった。
「あ、あの……アーノルド様?」
いつまでも立ち上がらないアーノルド様に恐る恐る声をかけると、どんよりしたオーラを纏ったままアーノルド様は顔を上げた。
「くっ……!申し訳ありません、エトランゼ嬢。僕はあなたのささやかな願いを叶えるための手伝いすら出来ない無能な男です……!あなたにふさわしい男になろうと努力していましたが、まだ努力が足りないようです……っ」
え?いえ、そんな料理のお手伝いを断られたくらいでなぜそんなこの世の終わりみたいになっているんでしょうか?あぁ、でもやっぱりこれは私のせい…よね?
私はなんだか申し訳なくなり、そっとアーノルド様の手に触れた。
「……そんなことありません。それに、実は私もお料理はしたことがなくて……。私の方こそ努力が足りませんわね」
「そ、そんなこと……!」
「────ですから、よろしければ一緒にお料理を教わりに行きませんか?伯爵夫人のビーフシチューはとても美味しいですから、是非作り方を習得したいと思ってるんです」
これはもちろん本心でもある。お父様に禁止されていたこともあるが、貴族令嬢が料理をするなんて……と確かに思っていた事もあった。だが、セノーデン伯爵家では伯爵夫人やアーシャ様が料理人たちと一緒に楽しそうに調理場にいるのを見て羨ましく感じていたのだ。公爵家にいた頃はお父様から「調理場は料理人の仕事場だ。平民たちはその道を極め専門家になることにより自分に付加価値をつけているのだ。我々がその付加価値を見極めて認めてやることによりさらにその価値が上がることになる。そして高位貴族令嬢たるもの平民の価値を土台にしてこそ、その価値を増すのだ。そのお前が平民の付加価値の場を興味本位で踏み荒らすなど言語道断だ」と調理場に足を踏み入れるのを禁止されていたので初めて遠目から調理場を覗いた時、とても新鮮な気持ちだった。
あの頃はそれが当たり前の生活だったから疑問になど思わなかったけれど……。
「さ、私たちもお料理のお仲間に入れてもらいましょ「エトランゼ嬢────それって、初めての共同作業ってやつですね?!」えっ?えぇ、まぁ……(みんなで作るのだから)そうなるのかしら?」
なぜかはよくわからないが、アーノルド様のご機嫌が戻って元気になってくれたようなのでよかったわ。
こうして私とアーノルド様は調理場へ行き、一緒に料理を教えてもらえることになった。セノーデン伯爵一家と料理人たち、それに私とでわいわいと楽しく料理をしたのだが……。
ぼふん!!
「「「「ふぉっ?!」」」」
なぜか私がかき混ぜていた鍋が爆発して紫色の煙を吐き出したのである。
「なんで?!」
あぁ、アーノルド様ごめんなさい!どうやら私はお料理があまり上手くないみたいです……!
「ご、ごめんなさい……。私のせいでせっかくのお料理が台無しに……」
落ち込む私に伯爵夫人とアーシャ様が「初めてなんだからまだまだこれからよ!」「そうです!練習すれば上手くなりますわ!」と励ましてくれた。
そしてアーノルド様は……「エ、エトランゼ嬢の手作り……初めての手料理……っ!これは僕が全て食べてみせ────んごふぅっ!」紫色に変色したビーフシチューを口に詰め込み、白目を剥いて倒れてしまったのだ。
「ア、アアアア、アーノルド様がぁぁぁ~っ!!?」
「あら、大変」
「よく気絶するお兄様ですわねぇ」
「……さすがは我が息子。お前の勇気に敬意を払うぞ!」
こうして今日もバタバタのセノーデン伯爵家。長年この伯爵家に仕える老執事は、その光景を微笑ましい気持ちで眺めていた。
エトランゼがやってくる前のセノーデン伯爵家の悲劇を知っているからこそ……今の“幸せ”を守るためならなんでもしよう。そう、心に決めて。




