28 老執事のひとりごと
学園が長期休みに入り、セノーデン伯爵家は朝から慌ただしく賑わっていた。使用人たちは老執事の指示のもと、ちょっと《《変わった》》馬車に荷物を積み込んでいる。
「みんな、忘れものはないかい?」
セノーデン伯爵にいたっては、まるでバスの乗務員のように小さな旗を振って楽しそうに全員の点呼を始めていた。手作りだろうそれには〈祝!セノーデン家、初家族旅行!〉と書かれている。
ちなみに夫人はその隣で「旅行のしおりを作ったのよ~!」と同じく手作りらしきそれを配布していた。
「全員が乗り込める馬車が間に合ってよかったですわぁ!移動中に食べるおやつもたくさん準備しましたのよ!バス旅行みたいですわねぇ!」
「馬車を6人乗りに改造して、さらに乗り心地も最高にしてありますよ!本当は見た目もリムジンか2階建てバスみたいにしたかったのですが、さすがに長過ぎるので諦めました。ですが、中身はリムジンそのものにしてあります!」
そう言って、一般的な馬車より特別製の長い馬車をエトランゼ様に見せるアーノルド様とアーシャ様の目は輝いている。
いつもならもう少し言葉選びも慎重なはずなのに、エトランゼ様には理解不能な単語が羅列していた。使用人たちは慣れているから気にする素振りは見せないが、それ以外の人間ならば確実に耳を疑う発言ばかりなのだが……。
「りむ……?……ばす?もしかしてそれは、アーノルド様たちの記憶の中にあるすごい馬車なのですか!?」
しかしエトランゼ様はそれを不審に感じる様子もなく、興味深くリムジンや2階建てバスについてアーノルド様に質問を始めた。さらにその話を、エトランゼ様の弟君であるロナード様も目を輝かせて頷きながら聞いている。さながら合体ロボットの変身シーンを見る少年のようだと、老執事はふっと笑みをこぼした。
「なるほど、“2階建てばす”とは馬車の中が2階建てになっているすごい馬車なのですね!セノーデン家の方々のお話はどれも面白いです!」
「皆さまはとっても博識なんですのよ!」
このお二人もいい意味ですっかり“セノーデン”に染まったようだった。
「お気をつけていってらっしゃいませ」
「うん、留守の間はすべての権利をマートスに任せるからよろしくね!はい、金庫の鍵!」
「お土産をいっぱい買ってくるから楽しみにしててねぇ」
こんなしがない老執事に、セノーデン伯爵夫妻は絶対の信頼を寄せていた。伯爵家の権利書や財産がしまわれている金庫の鍵をマートスの手に渡すと「いってきまーす!」と旅立ってしまったのだ。もしこの老執事が少しでも悪巧みをすればどんなことになるか……。だが、セノーデン夫妻にマートスを疑うような気持ちは欠片も存在しないのである。
老執事マートスはセノーデン一家の旅立ちを見送ると、その金庫の鍵をそっと内ポケットに入れた。そしてその場にいる使用人たちに仕事を指示してから、空を見上げていた。
「……やっとここまでこれた」
そんなことを、ぽつりとつぶやいて。
✱✱✱
お気に入りのキャラクターがいた。
それはプログラマーになって初めて任された大きな仕事で、寝る間も惜しんで丁寧にプログラミングをして最高のキャラクターになるはずだった。それなのに……。
そのゲームの発売日が正式発表されてすぐ、そのプログラムが突然バグを起こしてゲームの中身がめちゃくちゃになってしまったのだ。
あとでわかることだが、ボクを勝手に敵視していた同僚がボクの作ったキャラクターにわざとデジタルウイルスを植え付けたようだった。
しかしそれを知らない上司はボクに全責任を押し付けてきた。ボクの作ったキャラクターが暴走したせいでゲームの発売日に間に合わないと、怒りや圧力をかけてきた。
不眠不休で修復と修整作業をした。なんとかボクの作ったキャラクターのプログラム以外は修復出来たが、それだけだ。大好きなこのキャラクターは性格がめちゃくちゃなままだった。
だから、もう少しでいいから時間が欲しいと頼み込んだんだ。発売日には間に合わないがどうにかこのキャラクターを元に戻したかったのだ。もちろん給料はいらないし、なんでもするからと。
ボクの初めてのプログラミングの仕事を、どうしても完璧なモノにしたかったのに。
ゲームは発売日にちゃんと発売されてしまったのだ。
このキャラクターは完璧なキャラになるはずだった。優しくて、一途で、ユーモアもあり、そして優しさ故にヒロインと悪役令嬢の関係に心を痛めるような、そんなキャラ。それが、いつの間にか本当は鬼畜で残酷なキャラだったのだと発表されていたのを見て絶望した。
こんなの、ボクの作ったキャラクターじゃない。
なんだこれは、なんでこんな課金しなきゃマトモにクリア出来ないようなキャラにされてるんだ?おかげで一部のユーザーからは「金の亡者の変態キャラ」、「鬼畜過ぎてこのキャラクターを考えたクリエイターは頭がおかしい」なんてネット上で騒がれているじゃないか。
あぁ、あの同僚が提案したのか。ボクが出した損失を課金でまかなえばいいとか、それを了承する上司もおかしいだろ。なんで勝手にアップロードしてるんだよ……なんでそれもボクのせいになってるんだよ……。
そしてボクは会社に行くのをやめて家に引き篭もった。外に出ると、なぜかみんながボクがあのキャラを作ったことを知っていて口々に噂をするからだ。
「あのキャラに課金された分を自分の懐に入れてるって本当なのか?それって横領じゃね?」と。
そんなこと知らない。課金の分どころか、本当に給料も貰えなかったし、なんなら慰謝料を請求されているくらいなのに。
ボクは会社から送られてきた解雇通知書と今回の騒動の責任をとって慰謝料を払えと書かれている紙をくしゃりと握りつぶした。
確かに給料はいらないと言った。なんでもするとも。でもそれは、あのキャラを元に戻したかったからだ。それなのに……。
その後の記憶はない。気がついたら“この世界”にいたのだ。
画面上で何度も見た世界だ、間違えるはずがない。それならばやりたいことがある。例えこれが夢でもいいと思った。
だから、数十年の時間をかけて探したんだ。《《あのキャラ》》を。
そう、とある伯爵一家を。そして見習い執事として伯爵家に潜り込むことに成功した。
だがその家族はめちゃくちゃだった。父親は家族に関心がなく、母親は浪費ばかり。娘は好き勝手に遊び回る始末。
執事として働きながらなんとか修整しようと頑張るがこんな見習いの言葉など聞く耳も持たれず、息子にいたっては手のつけようがなかった。伯爵家の権力を振りかざし、それこそ非道な行いばかり。弱い立場の者から金銭を奪い取り暴力だって日常茶飯時だ。しかもいつもトラブルが付き纏ってくる。
まだゲーム開始前だというのに、このままゲームが始まったらそれこそ破滅だ。
なんとか改心させなくてはと、悩んでいた。
だがある日、伯爵一家は強盗により殺されてしまったのである。恨みによる犯行だと囁かれたがその犯人が見つかることはなかった。
突然の出来事で呆然としながらも、ボクは涙を流しながら自ら命を絶つしかできなかったのだ。
しかし次に目が覚めると、まるでテープを巻き戻したかのように数十年前の“この世界”にいたのである。
そこからはがむしゃらに動いた。
伯爵家の場所はもうわかっている。今度こそ間違えないと、すぐに前伯爵に近づいた。前回の記憶があるおかげですぐに有能な執事として雇ってもらえた。現伯爵が生まれる前から仕えている状況にすることができたのだ。
現伯爵の成長をずっと見守ってきた。いつ“あの伯爵家”になるきっかけが起こるかもしれないと気の抜けない日々だったが、現伯爵は不思議なほどに穏やかな性格になっていた。
そして大人になり、今の夫人と出会った。初めて目が合った瞬間から恋に落ちたらしく、まるでずっと前から知り合いだったかのように仲睦まじい2人の姿に前回とは違う涙がこぼれた。
そうして2人の間には子供が生まれた。しかし息子も娘も前回とは違った。子供たちは成長するにつれ、時折《《懐かしい》》と感じる発言をするようになったのだ。
《《まさか》》。と思った。たぶん《《そう》》なのだとも。
でも、そのおかげで“あのキャラクター”は救われたのだ。
そのキャラは……まだ多少のバグは残っているかもしれないが、概ねボクの思い描いた“彼”だったのだから。
優しくて一途で────唯一、悪役令嬢を助ける事のできる隠しルートを持つ攻略対象者に。
セノーデン伯爵家に起こるだろうトラブルは全て把握している。そして、自分と同じく転生者であろう伯爵一家もゲームの記憶を持っているようだとすぐに察した。
ならば皆様が動きやすいように裏作業をするのが執事というものである。
しかしそれを皆様にわざわざ言ったりはしない。こんな一介の執事が何かしなくても“今のセノーデン伯爵家”ならきっと大丈夫だっただろうからだ。
自分もかなり年を取った。こんな老いぼれが出来ることなどもうほとんどないだろう。それでも……“前回の惨劇”を知っているからこそ、“伯爵家の皆がエトランゼと出会えた今の幸せ”をずっと守りたいと思うのである。
「もうしばらく引退は出来ませんな」
ずっとセノーデン伯爵家を見守ってきた老執事マートスは、今日も仕事に勤しむのであった。




