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21 (アーノルド視点)

「……なんだか、エトランゼ嬢の様子がおかしい気がする」


 僕は深いため息をつき、窓の外を眺めながらひとりごちていた。


 例のパーティーの事を告げてから数日、なにやらエトランゼ嬢の様子がおかしい……気がするのだ。いや、だからといってエトランゼ嬢の魅力が変わるわけではない。いつもの照れたり慌てたりしながら、さらにはパニックになりながらも最終的には僕たち家族を受け入れてくれる天使のような微笑みもそれはもう、とてつもなく可愛らしいのだ。だが、何か秘め事を隠していてそれを僕に悟らせまいと必死に繕っている姿もこれまた可愛すぎるのである。彼女はどこまで可愛らしいのか……いや、エトランゼ嬢の可愛さは天井知らずだ。


 ……まぁ、隠し事があるだろうことはすぐにわかったけれど。とにかく、前世のままだったら絶対に鼻血が大噴水してそれこそ(大)事件になるところだったくらい可愛いのだ。さすがにエトランゼ嬢の前で鼻血噴水なんて格好悪いにもほどがあるので、今世の僕はよくぞ耐えたと褒めてもらいたいくらいである。


 ついでに言えば、その秘め事には老執事のマートスや屋敷のメイド達も巻き込んでいるようなのだ。僕が望んだ事とは言え、マートスたち使用人はいつの間にかエトランゼ嬢至上主義になりつつあった。うん、さすがはエトランゼ嬢の魅力だというべきか。素晴らしい!やっぱり悪役令嬢とは最上級に可愛くてみんなを魅了する存在なのだと、改めて確認出来たのだから喜ばしいことではあるが。


 そんな使用人たちだが、たまにソワソワしながら僕を見てくるのである。主人である僕たちにわざと隠していて、謀反的な悪意が無いとなれば……十中八九、いや絶対にエトランゼ嬢絡みだろう。とりあえずエトランゼ嬢が僕を嫌いになったとか、セノーデン伯爵家から出て行きたいと思っているとか……そうゆう雰囲気ではないみたいなので不安に思っているわけではないが、一体何を企んでいるのだか。


 いや、エトランゼ嬢が喜んでいて楽しんでいるのならなんだっていいのだ。《《僕》》は悪役令嬢を────エトランゼ嬢を幸せにするために“この世界”にやってきたのだから。


 でも……この数日、エトランゼ嬢が妙に僕を避けている気がしていた。


 さらには、その数日の間にどうやら《《あの》》ナイジェルと連絡を取っているようなのである。マートスを間に挟んでいるとは言え気分が良いものでない。しかもあいつは、なぜかエトランゼ嬢の事を「我らの親愛なるボス(♡)」なんて呼んでいるとかないとかなんとか……いや、まずなんなんだ「ボス」って。


 それはともかく。父さんの言い訳では、ナイジェル本人にはゲームのスパイ的な不穏は(一応)無いらしい。もちろん事情聴取もした。そしてエトランゼ嬢を狙う動機も今のナイジェルには無いとちゃんと判明もした。だから安全だと。でもあいつのエトランゼ嬢を見る目が────気に入らないのだ。



 なぜならあいつは、《《ある意味》》で僕と同じ立場なのだから……。たぶんこれは嫉妬だ。エトランゼ嬢を僕の妻にしたからって彼女の魅力が軽減されることはない。そしてエトランゼ嬢が《《僕以外》》の誰かに惹かれてしまう可能性もゼロではないのだから。


 だってナイジェルは、エトランゼ嬢(悪役令嬢)を誘惑《《出来る》》特別な存在なのだ。現にゲーム内の悪役令嬢はスパイであるナイジェルに心を奪われていた。もしもゲームの強制力的な何かが働いたならば、それこそどうなるかなんてわからない。



 そんな風に考え出すと、つい不安になってしまう。最近エトランゼ嬢と触れ合ってないせいか余計にモヤモヤしてしまっていた。


 でも、僕はアーノルドであって《《アーノルド》》ではない。それは我々家族全員に言えることだが、転生してきて……前世の記憶を取り戻した時点でゲームのキャラクターとは全てが違うのだ。





 悪役令嬢にとって攻略対象者は警戒しなければならない相手ではあるが、敵意がないとなれば別だ。しかも好意的だとわかればエトランゼ嬢の中でその相手をどう思っているのかなんて、僕には計り知れない。もちろんエトランゼ嬢が望むならば全て叶えてあげたいが……。




 でも!それでも!エトランゼ嬢は僕の妻なんだ!誰にも渡したくないし、可能ならば僕だけを見ていて欲しい!だってエトランゼ嬢は可愛いし美しいし、もはやその場に存在するだけで世界が幸せになる気がするんだからぁぁぁぁぁあ!!





「────悶えているところ申し訳ありませんけれど、そのナイジェルとエトランゼ様が今夜にでも密会するらしいとの情報が入りましたわ。お兄様ったら、大きな独り言のせいで心配し過ぎたメイドのひとりが自ら自首しましたのよ?エトランゼ様を裏切らせるなんて罪な男ですわねぇ……。事情が事情でなければ、そのメイドをわたくしが処分しているところでしたわ────エトランゼ様を裏切った罪で」


「ア、アーシャ?!」


 突然現れた妹の存在に思わず慌てると、アーシャが大きなため息をついた。


「わたくしだってエトランゼ様の異変には気付いておりましたわ。学園ではいつも通りのように見せかけて、なんだかソワソワしておられましたし……視線を感じて振り向くと十中八九ですが目が合いましたもの。その瞬間に慌てて目を逸らすエトランゼ様の可愛らしさと言ったらプライスレス……いえ、国宝級の可愛らしさでしたわ!!でも────」


 そう言って、拳を作りながらエトランゼ嬢の可愛らしさについて熱心に語るアーシャ。そして、僕の顔に向けて人差し指の指先を向けた。



「これは女の勘ですが、今のお兄様の嫉妬の方向はエトランゼ様の意向とは違う嫉妬だと思いましてよ。ちなみにこうゆう時の女の勘はとても当たるものなのです!」  



 その言葉に僕の心臓はドキッとした。あぁ、僕はナイジェルに嫉妬していたのだと改めて確認したくらいだ。


「────僕は自信がないんだよ。エトランゼ嬢に愛される自信が……だって僕は《《アーノルド》》なんだから」


「お兄様─────────」






 どげしっ!!





 アーシャは、麗し気な表情のまま、僕の尻を蹴り倒して踏み付けた。そして、まるで虫けらでも見るかのような視線で僕を見てきたのだ。



「わたくしたちは、誓ったはずですわ。記憶が戻ったあの日に、どんな手を使ったとしても悪役令嬢を……エトランゼ様を幸せにするのだと。その誓いを破るのでしたら、例えお兄様でも許しませんわよ。そして、エトランゼ様のお心を疑う事も……。ちなみにこれは、妹としての忠告でしてよ!どうせならわたくしがお兄様に転生したかったくらいですのに……この、お兄様のヘタレ!」


「うぐっ!ア、アーシャ?!」


 なぜか機嫌を損ねているらしい妹が口をへの字に曲げて僕の尻を思いっきり蹴りつけてきたのである。



「男なら、エトランゼ様を信じてどーんと構えて居ればいいのです!……“かしましい”のはわたくしの役目ですわ」


 そう言って、アーシャはぷいっと顔を反らした。それからなんとなく、何も聞けずにエトランゼ嬢とは絶妙な距離を保ったままだったのだが────。








 そうして迎えた、パーティーの前日。僕はひたすらに自分の愚かさを悔いるのだった。








 

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