アルバイト
「――次、だし巻きサンドとカフェオレ一つずつお願いね、弥夢くん!」
「はい、畏まりました宮沢先輩」
それから、数日経たある夕暮れ時。
桧木の香りが心地好く漂う和の空間にて、爽やかな笑顔でそう口にするボブカットの綺麗な女性。彼女は宮沢陽南さん――ここ京都の名門大学に通う一回生、そして当喫茶『湖月』にて時間帯責任者をお務めになっているバイト先の先輩で……うん、ほんとすごいなぁ。
さて、改めてだけど――当喫茶『湖月』は情緒豊かな路地裏に在する和の風情豊かな喫茶店で、高校入学後ほどなくスタッフとしてお世話になっていて。アルバイトを始めた一番の理由はもちろん収入のためだけど……それでも、勤務先に湖月を選んだのは、その温かで優しい雰囲気に惹かれたからというのもあって……うん、採用していただけてほんとによかった。
「――今日もお疲れ、弥夢くん! それにしても、やっぱり覚えが早いよね。昨日教えたばかりのことも、もうすっかりできるようになってたし」
「お疲れさまです、宮沢先輩。いえ、覚えが早いだなんて……ですが、ありがとうごさいます。これも、宮沢先輩が懇切丁寧に教えてくださったお陰です」
「ふふっ、ありがと弥夢くん」
それから、数時間後。
すっかり外が暗くなった頃、朗らかな笑顔で褒めてくださる宮沢先輩。つい先ほど営業が終わり、先輩はホール、僕はキッチンでそれぞれ閉店作業を進めていて。
ちなみに、この時間は基本的に二人体制――そしてそれぞれの勤務希望の時間が近いためか、こうして宮沢先輩と二人で閉店作業をすることも少なくない。そのためか、コミュニケーションが苦手な僕にもこうして積極的に話しかけてくださって……うん、ほんとに助かり――
「……ねえ、弥夢くん。最近、なにかあった?」
「……へっ? えっと、どうしてでしょう?」
「……ほら、最近シフト減らしてるみたいだから、なにかあったのかなぁって……あっ、もちろん責めてるわけじゃないよ! ただ……その、ちょっと理由が気になっちゃって……」
改めて感謝を抱いていると、ふとテーブルを拭く手を止めそう問いかける宮沢先輩。……うん、最近あった気がするね、似たような展開。
ともあれ、シフトを減らしている理由だけども……うん、言うまでもないかな? もう一つの仕事と掛け持ちするようになったため、必然的にこちらのシフトを減らさざるを得なくなった、という次第でして。
ただ、それでも減らし方は控え目にしていて。本音を言えば、報酬のいいあちらの仕事をメインにしたいわけだけど……それでも、宮沢先輩を始め湖月の皆さんにはこれまでも大変お世話になっているのもあり、いきなり大きく減らしてしまうことは流石に躊躇われるわけでして。
……まあ、それはともあれなにか返事を……でも、果たして何とお答えするのが適せ――
「……その、もしかして彼女とか――」
「あっ、それはないです」
「……そ、そっか」
黙考の最中、彼女の問いを遮る形で答える僕。……しまった、遮っちゃった。いや、これまた覚えのある展開だったのでつい……うん、申し訳ない。……ただ、それにしても――
「……ん、どうかした? 弥夢くん」
「……あっ、いえ……ただ、先輩は恋人とかいらし……あっ、すみません何でも――」
「あっ、ううん全然聞いていいから!! あと、恋人なんていない、ほんとに一人もいないから!!」
「……あっ、その……はい……」
すると、黙考を続ける僕へ不思議そうに尋ねる宮沢先輩。そして、おずおずと尋ね返した僕にバッと身を乗り出し答えてくださり……でも、どして? いや、恋人がいらしてまさに今ラブラブというのであれば分かるんだけど……でも、今いらっしゃらないのであれば、どうしてそんなに嬉しそうに……いや、よそう。そういう経験など皆無な僕なんかに分かる単純な事情じゃないだろうし。
ちなみに、恋人がいらっしゃるかどうか聞こうとした理由だけども……用事=恋人、というご発想が最初に思い浮かぶのは、僕と違いやっぱり恋愛経験が豊富だからかな、と思いちょっと気になった次第でして。でも……うん、やっぱり迂闊に聞かないほうがいいよね。先輩は聞いていいと言ってくださったけど……ほら、コンプラ的なこともあるし。
……あれ、でもだとすると蒼那さんは……いや、よそう。言わずもがな蒼那さんはすごくモテるし、部活を頑張りつつも恋愛の一つや二つ経験していても全く以て不思議じゃない。幼馴染みだからといって、彼女のことを何でも知ってるなんて思い上がりにもほどがあるというもので。




