表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】婚約破棄で聖女契約が切れました。――この国は“5分後に”崩壊が始まります。『あざといラフィナの復讐記』  作者: カイワレ大根


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/12

第5話 返してほしい――私の人生を

 馬車が揺れながら進む。

 車輪が石畳を噛むたび、木枠が小さく軋む。

 速度が上がるほど、王都の気配は遠ざかる――はずなのに。


 キィィ……。


 崩壊の低音が、まだ耳の奥にこびりついている。

 距離の問題ではない。あれは単なる音ではなく、“国の終焉”を知らせる断末魔だ。


 窓の外は、深い夜。

 灯りの筋が後ろへ流れ、やがて途切れる。

 王都を包んでいたはずの魔力の薄膜が揺らぎ、空の星が妙に瞬いていた。


 私は背もたれに身を預けない。

 道具として握られる恐怖は断ち切った。だが、まだ身体が熱を帯びている。

 追いつかれても、もう「戻れ」という命令は通らない。


 ――ここからは、法と論理が力になる。


 ゼクスは向かいの席で、無駄な沈黙を気にしない。

 彼は外套の内側から、使い込まれた硬い執務箱を取り出した。

 机代わりの、実務の重み。


 カチ。

 留め具が鳴り、天板の上に整然とした紙束が現れる。


 魔法による契約書類。

 封蝋の赤。鋭い折り目。署名欄の黒。

 それらは、下手な剣よりも鋭利な武器に見えた。


「これが、あなたを守る盾です」


 ゼクスの声が、揺れる車内に現実を繋ぎ止める。

 盾。剣じゃない。攻めるためではなく、二度と搾取の檻へ連れ戻されないための防壁。

 ――私にとって、人生で初めての「私のための道具」だった。


 馬車が跳ね、紙がずれかける。

 ゼクスは迷いのない手つきでそれを押さえ、位置を直した。


「これからは、あなたがが“無償で削られる契約”は結びません」


 言い切って、ゼクス彼は条文の一箇所を指で叩く。


「対価と責任を――ここに刻む」


「ここは声の大きさで押し切る場所ではありません。紙に刻まれた“事実”が勝ちます」


「……ええ」


 大広間を支配していたのは王子の傲慢な声だったが、今、この狭い馬車内を支配しているのは強固な条文だ。

 その支配は、少なくとも私を“機能”へと貶めることはない。


 ゴォォ……。

 また、重い崩壊音が風に混じった。

 蹄の音だけじゃない。空気が震えている。追いつこうとする気配だ。


「追手が来ます。――だから今ここで、整えます」


 ゼクスは紙束を「並べた」。左から右へ。上から下へ。

 戦場で地図を広げるみたいに、静かに盤面を作る。


「三点です」


 一枚目。王宮印、日付、立会人の署名欄。


「宣言記録:婚約破棄。王宮記録。立会人署名付き」


 二枚目。角の丸い条文。

 ゼクスは指先で見せるだけで済ませた。


「鍵:婚約」「命令権:配偶者」「解除条件:破棄」


 三枚目。薄いが、図が先にある。


「双子鍵の登録。儀式記録」


 刻印と指輪の登録構造――“通す/拒む”が気分じゃなく手順で決まる証拠。


 馬車が大きく跳ねた。

 蹄の音が、はっきりと背後に迫っている。

 ゼクスは紙の端を指先で押さえたまま、顔を上げた。


「今は時間がありません。細部は後で――落ち着いたら、お聞きいたします」


 彼は一瞬だけ視線を外へ投げ、戻す。


「我が国の外交官シュバリエから、話は聞いています」


「これらは、あなたが自分を殺しながらも揃えたものです。あなたは、連れ戻させない形を作った」


「……ええ」


 外交官シュバリエと、密かに幾度もやり取りの日々を思い出す。

 最初は結界の簡単な質問。取るに足らない問い合わせを装った。

 それから、聖女について。

 そして、殿下の慢心が限界に達する瞬間を狙い、脱出の計画を書き上げた。


 私は、王都と一緒に潰えるつもりはない。

 彼らが私の魔力を「当たり前」として浪費していた間に、私はその「当たり前」を法的に切り離す準備を整えていた。


「……来ました」


 ゼクスが窓の外を見やり、短く告げる。

 関所の灯りが見えてきた。そこには、王宮の外套を翻す追手たちの姿。


「追手が来たら、これを出します。あなたは喋らなくていい」


「いいえ」


 私はゼクスの言葉を遮り、彼の手から書類を一枚、自らの指で抜き取った。

 彼に守られるだけでは足りない。

 私が、私自身の意思で、彼らの傲慢に終止符を打たなければ。


「私が、話します。……その方が、彼らの絶望が深くなります」


 ゼクスの口角が、一瞬だけ、称賛を込めて上がった気がした。


 馬車が止まる。

 窓を開けると、夜の冷気と共に、追手の絶望に満ちた怒号が飛び込んできた。


「止めろ! その女は王国の聖女だ! 国家資産を連れ戻せ!」


 槍の石突が地面を叩き、威圧の音が響く。

 これまでのセラフィナなら、この音だけで肩を震わせていたかもしれない。

 だが、今の彼女は、ゼクスが差し出そうとした書類を、自らの指先で静かに制した。


 私は馬車の窓をゆっくりと開ける。

 夜風に髪をなびかせ、その瞳に宿る冷徹な光で、追手の男を真っ向から射抜いた。


「『資産』、ですか。……随分と物騒な呼び方ですね」


 その涼やかな声に、追手は一瞬言葉を詰まらせる。

 彼女は、ゼクスの手から一枚の書面を抜き取ると、関所の灯りの下へ、扇でも広げるような優雅な所作で提示した。


「あなたが探しているのは、この『婚約破棄の記録』でしょうか? それとも――」


 私はもう一枚、図が描かれた紙を重ねる。


「アルベルト殿下が自ら署名した、『結界炉の解除の条件』の証明書?」


「記録だの何だのはどうでもいい! 結界が落ちて王宮が、国が崩壊しかけている! 貴様に義務があるだろう!」


 男の絶望混じりの怒声。

 それに対し、私は薄く、慈悲を削ぎ落とした微笑を浮かべた。


「義務、という言葉を誤解しているのでは。私は、結界を止めてなどいません」


「嘘をつけ! お前が止めたからだろう――」


「いいえ。『鍵』が外れただけです。」


 私は淡々と、しかし残酷なほど明確に言葉を紡ぐ。


「結界は、殿下との愛の誓いで動くよう、殿下ご自身が書き換えを命じられたもの。……殿下が私への愛を捨て、婚約を破棄された瞬間に、結界への魔力供給も止まりました」


 その時、遠く王都の方角で、ひときわ高い地響きが轟いた。

 王宮を象徴する中央尖塔が、魔力の支えを失って崩落を始めた。


「あら。あの大切な尖塔も、殿下の愛が足りなかったせいで、自重に耐えられなくなってしまったようですね」


「貴様……ッ!」


「私を責めるのは筋違いです。言い分があるのなら、愛を捨てた殿下へ仰ってください。……それとも、書類に記された殿下の署名すら、無効だとおっしゃいますか?」


 その一言で、追手は完全に沈黙した。

 書類を否定すれば王権を否定することになり、認めれば自分たちの「詰み」を認めることになる。


 ゼクスは、セラフィナの横顔を満足げに一度だけ見やり、静かに御者台へ合図を送った。


「通行します。――止める権利は、ありません。王宮が自ら破棄しました」


 車輪が再び回り始める。

 呆然と立ち尽くす追手たち。

 彼らが守ろうとした「国家の権威」という名の紙切れが、風に煽られて虚しく舞う。


 “国家の権威”は、誰かを刺すための言葉じゃない。

 彼らにとっては、守るべきものだ。

 だから――反論できない。


 追手の喉が鳴る。

 言い返す言葉を探して、唇が震える。

 けれど、どれも口にできない。


 追手は、追えない。

 追えばこの場で――「国家の権威を失墜させるのか」と問われるだけだ。


 門を抜け、王都の呪縛から完全に解き放たれた瞬間、私は背もたれに深く身を預けた。

 車輪の音が一段軽くなる。闇が、背後へ流れていく。


 ゼクスは書類を重ね、封蝋を指で押さえる。


「成果はすべて記録します。功績は、あなたのものです」


 そして、当たり前の手順のように続けた。


「今後は、あなたの家を探しましょう」


 窓の外、闇の中に消えていく王都の残火を見つめながら、ゼクスが問いかける。


「……後悔は?」


「ええ、あります」


 即答だった。

 意外そうに目を見開くゼクスに対し、彼女は窓を閉め、冷え切った指先を自らの頬に寄せた。


「あんな無能な殿下と不敬な貴族たちのために、私の貴重な数年間の時間を捧げてしまったこと。これだけは、どれほど書類を整えても取り返せません」


 私は、ほんの少しだけ牙を剥くような、自分でも驚くほど冷たく美しい微笑を浮かべて言葉を落とした。


「返してほしいなら――」


 ……ああ、そうだ。この渇いた心地よさこそ、私が求めていたものだ。私は、わずかに口角を上げて紡いだ。


「まずは、私の人生を返してください」



 ゼクスは返事をしなかった。 馬車は夜を裂いて走る。――国境は、まだ先だ。

読んでくださり、本当にありがとうございます!

皆さまからいただく感想や応援が、この作品を前へ進めるエネルギーになっています。


「面白そう」「続きが気になる」と少しでも思っていただけましたら、ぜひ 「ブクマ」や「評価」 をポチッとしていただけると、とても嬉しいです!

感想は一言でも大歓迎です。


今後の執筆の大きな支えになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
★▼短編版はこちらから読めます!★
↓タイトル押すと作品サイトに飛びます★↓

『短編版』婚約破棄で聖女契約が切れました。――この国は“5分後に”崩壊が始まります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ