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第62話 門を閉じたあとに戻った札

 発行簿が運び込まれたのは、王宮の門が閉じられて間もない頃だった。


 机には、通行札の控え、発行簿、補修材の搬入記録が並んだ。


 カイリア本人は、まだ見つかっていない。

 補修班の控室、道具置き場、夜間連絡路側の詰所。

 どこを探しても姿はなかった。


 王は発行簿から目を上げずに問う。


「カイリアは」


 近侍が頭を下げる。


「まだ見つかっておりません。出た記録は。ありません」


 紙をめくっていた近侍の手が、そこで一度止まった。


 門が閉じられた時点で、カイリアは王宮の中にいる可能性が高い。

 だが、王はカイリア本人ではなく、発行簿を見ていた。


「発行記録を照合しろ」


 通行札を管理する近侍が発行簿を開いた。

 別の近侍が、発行時の控えを横へ並べる。


 紙をめくる音だけが続いた。


 やがて、近侍の指が一箇所で止まる。


「偽造ではありません。王宮内で発行された札です。誰の承認だ」


 近侍はすぐに答えない。

 発行簿へ視線を落としたまま、唇を引き結んだ。


 ゼクスが横から発行簿を確認する。


「承認印はあります。ですが、承認者の署名がありません。はい」


 近侍が答えた。


「用途は外周石畳の補修確認。立ち入りは外周側までです。期間は三日」


 老技官の眉が動く。


「それで宝物庫前へ入ったのか。

 記録上は、外周側です。

 なら、宝物庫前には入れん」


 若い技官が、机の端で手を止めた。

 金具を包んでいた紙を押さえたまま、発行簿から目を離せなくなっている。


 王はその反応を見逃さなかった。


「何か知っているのか」


 若い技官は一度、金具を見た。

 それから、発行簿の用途欄へ目を戻す。


「カイリア本人から聞きました。

 外周の石材と、宝物庫前の古い補修跡を比べたいと。

 使える石材が同じか確認するだけだと、そう言っていました」


 老技官が振り向いた。


「それを認めたのか」


 若い技官は顔を伏せる。


「補修班の臨時技師として通行札を持っていました。

 補修材の搬入記録もあり、工具箱も補修班のものに見えました。

 外周補修の確認だと判断しました」


「宝物庫前の継ぎ目を見る理由にはならん」


 老技官が即座に返す。


「外周の確認なら外周で済む。宝物庫前へ回すなら、私に報告が来る」


 若い技官は答えられなかった。


 カイリアは、忍び込んだのではない。

 正式な札を持ち、補修の名目で宝物庫前へ近づいていた。


 王は発行簿と控えを見比べた。


「偽物なら、外から入った敵で済む。本物なら、中で入れた者がいる」


 記録官の筆が走る。


 近侍が発行簿の下段を指でなぞった。


「承認欄には、後日確認とあります」


 ゼクスがそこを覗き込む。


「正式な印はある。ですが、確認だけが後日に回されています」


 王は発行簿から目を離さない。


「宝物庫前へ近づく者の確認を、後日に回したのか」


 誰も答えなかった。


 老技官が手を差し出す。


「搬入記録を」


 別の近侍が、束ねた紙を差し出した。


 記録には、外周石畳補修用金具とある。


 老技官は机の上の金具を取り、幅と刻みを確かめた。

 すぐに首を振る。


「外周用ではありません」


 王が問う。


「分かるか」


「分かります。外周の石畳に使う幅ではない。

 これは、宝物庫前の古い継ぎ目に合わせたものです」


 老技官は見取り図の右奥を指で示した。


「昨夜、青い光が集まっていた場所です」


 私は金具の端を見た。

 青い変色は薄い。

 だが、偏りは残っている。


「この金具に反応が寄っています。昨夜、右奥の継ぎ目へ力が集まった理由はこれです」


 老技官が頷いた。


「だから外周用ではない。宝物庫前に合わせた金具だ」


 若い技官の顔色が変わる。

 視線が、発行簿から金具へ落ちた。


 補修の確認だと思って通した相手は、ただ継ぎ目を見ていたわけではなかった。

 正規の札と記録を使い、宝物庫前へ近づいていた。


 王が視線を向ける。


「他に見たものは」


「小さな工具箱を持っていました。

 表面の確認だけだと聞いていたので、深く確かめませんでした」


「表面を見るだけなら、細工道具はいらない」


 老技官が言う。


「継ぎ目に金具を入れるなら別だ」


 若い技官は唇を引き結び、頭を下げた。


「申し訳ありません」


 王は怒鳴らない。

 責める言葉も出さない。


 その沈黙が、若い技官の肩をさらに沈ませた。


 ゼクスが発行簿の控えと、補修材の搬入記録を並べる。


「通行札の用途は外周補修。搬入記録も外周補修。

 ですが、実際に見つかった金具は宝物庫前右奥に合っている」


 それ以上、言い直す必要はなかった。


 名目と実物が違う。


 王は近侍に問う。


「搬入記録の承認は」


 近侍が紙をめくる。

 途中で指が止まった。


「こちらにも印があります」


「署名は」


「ありません」


 発行簿と同じだった。


 印はある。

 署名はない。

 確認は後日に回されている。


 王は短く命じた。


「並べろ」


 記録官が、通行札の発行控えと補修材の搬入記録を横に並べる。


 控えの端。

 搬入記録の下。


 同じ印が押されていた。


 老技官が息を呑む。


「宝物庫管理の印ではありません」


 ゼクスが確認する。


「どこの印です」


「夜間連絡路側の管理印です」


 部屋の視線が、一斉に印へ集まった。


 宝物庫の正面ではない。

 外周補修でもない。


 カイリアは、夜間連絡路側の印で、本来の範囲を越えて宝物庫前へ近づいている。


 王は印を見たまま命じた。


「この印を扱える者を、全員出せ」


「はっ」


「今すぐだ」


 近侍が走る。


 扉が閉まったあとも、誰もすぐには動かなかった。


 机の上には、同じ管理印が押された二枚の記録が残っている。


 カイリアを入れた者の名は、まだ出ていない。

 だが、使われた印は残っていた。


 王は言った。


「使われた入口は、宝物庫の扉ではない。夜間連絡路だ」


 記録官の筆が、その言葉を紙へ残す。


 その時、扉の外で足音が止まった。


 近侍が戻ってくるには早すぎる。


 王が顔を上げる。


「報告か」


 扉の向こうで声がした。


「夜間連絡路側の詰所で、使われていないはずの通行札が一枚、返却済みになっています」


 記録官のペンが止まった。

 記録官の筆が止まった。


 カイリアは見つかっていない。

 だが、札だけが戻っている。


 ゼクスが問う。


「返却処理の時刻は」


「門が閉じられたあとです」


「返却欄の署名は」


「ありません。管理印だけです」


 誰も動かなかった。


 王の目が、机の上の発行簿へ戻る。


「なら、まだ誰かが手続きを続けている」

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