第44話 赤い石はまだ動いている
急報が入った瞬間、謁見の間は不自然なくらい静まり返った。
さっきまでここで問われていたのは、証言と記録だった。誰が何を持ち、どこで動き、何を隠そうとしたのか。だが、いま問題になったのは別だ。
回収した赤い石が変色を始めた。
伝令は膝をついたまま息を整えきれていない。開いた扉から流れ込む外気が、石床の冷たさを際立たせていた。
王の目が細くなる。
「……押さえたあとも、変化が続いているのか」
低い問いに、私は間を置かず答えた。
「すぐに石をここへ運んでください」
「心当たりがあります。急いでください。遅れると、間に合わなくなるかもしれません」
王とゼクスの視線が同時に向く。
ただの押収品の異変ではない――その意味は、すぐに広がった。
王は即座に命じる。
「使いを出せ。最短で運べ」
「途中で止めるな。護衛を付けろ」
「王宮内の結界担当を呼べ。セラフィナ殿の指示に従え」
扉の向こうで足音が分かれ、控えていた近侍たちが散っていく。
使節の件を待っていた役人が口を開きかけたが、王は見もしなかった。
「使節の件は後だ。今は石が先だ」
私は伝令へ向き直る。
「変色はどの程度ですか。表面の一部ですか。それとも、もう全体に広がっていますか」
伝令は喉を鳴らして答えた。
「報告では、赤の中へ青が滲み始めたとのことです」
「袋越しでも分かるほどだと……」
「検分班は、運搬中にも進むおそれがあると言っています」
青。
その一語だけで、背中が冷えた。
染みでも腐食でもない。
術式が進んでいる。
ゼクスが短く問う。
「危険度は」
「高いです」
私は即座に答えた。
「派手に異変が出るなら、まだ人を下げる時間があります」
「ですが、こういうものは静かに進みます」
「人や魔力の流れに触れれば、一気に進むおそれがあります」
広間の奥で、誰かが息を呑んだ。
王宮は人の出入りも魔力の流れも多い。持ち込めば、どこで引っかかり、何に繋がるか読めない。
王が肘掛けに指を添える。
「セラフィナ殿。どこで対処する」
「訓練場です」
「広さがあり、人も下げやすい」
「床の結界が使える場所なら、運び込んで対処できます」
王は迷わず命じた。
「訓練場までの通路を空けろ」
「周辺の出入りを絞れ。必要な者だけ残せ」
「結界担当は訓練場へ回せ」
左右の者たちが一斉に動き出す。衣擦れ、抑えた足音、短い復唱。
謁見のために整えられていた広間は、見る間に非常時の場へ切り替わっていった。
私はその動きを見ながら、胸の内で確かめる。
終わっていない。
ソレイユが持ち込ませようとしたものは、押さえた時点で止まっていない。
石の中で、まだ進んでいる。
ベンデル卿の狙いは、回収されたあとまで届く形で仕込まれていた。
その時、外で重い扉が開く音がした。運搬の準備が始まったのだ。
ゼクスが私の横へ半歩寄る。
「何か気づいたのですね、セラフィナ様」
「ええ。ただの異変ではありません」
王が短く言った。
「説明しろ」
短い命令だった。
その一言で、広間に残っていた者たちの意識がこちらへ揃う。
私は息を整え、順に説明した。
「石は、外から流れ込んだ魔力を吸います」
「吸収が進むと色が変わる」
「赤の中へ青が滲み始めたなら、内部の術式が進行している証です」
誰も口を挟まない。
王が低く問う。
「その先で、何が起きる」
「全体が青に染まれば、溜め込んだ魔力が外へ出ます」
「これで終わるものではありません」
「繋ぎ先があれば、別の場所への転移や接続に使われる危険があります」
広間の緊張が一段深まった。
王が言う。
「つまり、王宮の中に扉を開くつもりだった、ということか」
私は頷きはしなかった。だが、言葉を濁すこともしない。
「可能性は高いです」
「少なくとも、押収して終わる類のものではありません」
「回収されたあとも動くよう仕込まれていた、と見る方が自然です」
「魔族が関わっている可能性もあります」
沈黙が落ちた。
押さえたはずの石が、なお役目を残している――その意味が、広間の中に遅れて広がっていく。
王が指をわずかに動かす。
「接続先が魔族側であれば、何が起こる」
「魔物を呼ぶ可能性があります」
「魔族の干渉を招く可能性もあります」
「どちらにせよ、王宮の内側へ通していいものではありません」
そこで場の意味が変わった。
ただの押収品の異変として片づけられる話ではなくなった。
ゼクスが続ける。
「最初から、計画されていたのでしょう」
「セラフィナ様の荷に紛れ込ませたまま、王宮へ入れるつもりだった」
「気づかれず作動していれば、大きな被害が出ていたはずです」
王の視線が動く。
「被害はどこまで及ぶ」
私は短く答えた。
「露見しなければ、ただの荷として王宮へ運び込まれていたはずです」
「気づくのは、動き出したあとだったかもしれません」
「発動した場所次第ですが、最悪なら王宮の内側で接続が開きます」
「混乱では済みません。魔物を呼ぶか、魔族の干渉を許すか――どちらにせよ、王宮の中は持ちません」
王の口元から低い声が落ちた。
「看過できんな」
「はい」
「だが、逆に言えば」
王の視線が鋭くなる。
「石がまだ動いているなら、相手の狙いもまだ切れていない」
私は頷いた。
「はい。ですが、先に隔離します」
「そのうえで、術式を止め切る前なら、結界の乱れから繋ぎ先を追える可能性があります」
「どこへ通そうとしていたのか。何を呼び込むつもりだったのか」
「術式が動いているうちなら、痕跡が残っています」
ゼクスがすぐに返す。
「まだ動いているなら、相手へ続く手掛かりにもなる」
「隔離した上で、止め切る前に読めるだけ読む、ということですね」
「はい。ただし時間はありません」
私は扉の向こうへ一度だけ目を向けた。
「青が全体に回る前に隔離します」
「そのうえで、向かおうとしている先だけでも確かめたいです」
王が短く命じる。
「よし」
「訓練場へ通せ」
「結界担当も、その前提で動かせ」
近侍が一礼し、すぐに走っていく。
その足音を聞きながら、私は胸の内で確かめた。
石は、もうただの押収品ではない。
王宮へ持ち込ませるために残された、まだ動いている罠だ。
そして同時に、ベンデル卿へ繋がる手掛かりでもあった。
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