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【連載版】婚約破棄で聖女契約が切れました。――この国は“5分後に”崩壊が始まります。『あざといラフィナの復讐記』  作者: カイワレ大根


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第3話 命令が懇願に崩れる――契約はもう切れている

「セラフィナ……戻れ」


 その声は、さっきまでの“断罪”とは違った。

 命令の形をしているのに、芯がない。言葉だけが床を滑っていく。


 王子は一歩踏み出しかけ――止まった。

 足元の紋が剥がれ、王家の威光が足場にならない。

 その事実が、身体の動きを鈍らせる。


「今すぐ契約を戻せ。これは国の危機だ」


 危機。国。義務。

 言葉を重ねて、効力を取り戻そうとしている。

 だが、低く唸る二次警報がその上から被さり、声を押し潰した。

 ゴォォ……という音は、命令より強い。


 私は王子を見たまま動かない。

 近づいた瞬間に、手が伸びるのが分かる――握られる。

 “聖女”としてではなく、“道具”として。


 だから、私は距離を取った。たった半歩。

 それで十分だった。近づけない境界が、そこに生まれる。


 王子の表情が歪む。

 怒りが出かけて、出ない。

 怒っている場合ではない――理解したのは、頭より身体だった。


「……頼む」


 命令の音色が崩れ、懇願になる。

 たった一言で、広間の空気が変わった。


 貴族たちは笑うべきか怯えるべきか分からず口を閉ざし、

 リュミナも杖を握ったまま固まる。

 勝者の威厳が、急に“責任”へと変わった。


 王子は私に手を伸ばし――途中で止めた。

 届かないのは腕ではない。権威だ。


「無理です」


 首を横に振る。動きは小さい。

 けれど、警鐘の低音に乗って、広間全体へ伝わる。

 拒絶ではなく、判定だった。


 王子の顔色が変わる。

 怒鳴り返したいのに、怒鳴っても届かないと分かっている。


「なぜだ! お前は聖女だろう! 民を守る義務が――」


 “義務”という言葉だけが、不自然に大きい。

 命令が崩れたから、代わりにそれを振りかざす。


 私は息を吸う。

 言い返すためじゃない。言葉を雑にしないためだ。


「義務は、契約に書いてありました」


 声の温度は変えない。

 正しさを誇示もしない。

 ただ条文を読み上げるように告げる。


「でも、その契約はあなたが破棄しました。

 民を守る義務も、あなたが私から剥ぎ取った」


 責める言い方にはしない。

 責めれば、相手は反発で立て直せる。

 だから、事実だけを並べる。


「私は、もうこの国の聖女ではありません」


 王子の喉が鳴る。

 言い返す言葉を探して――見つからない。

 その“見つからなさ”だけが、音になって落ちる。


 背後で貴族たちがざわめき、視線が逃げ道へ走る。

 だが、その扉もまた結界に繋がっている――という残酷な理屈が、

 静かに追いついてくる。


 守りが薄れるほど、この城はただの石に戻っていく。

 そして、威光で補強された命令も同じだ。

 補強が剥げれば、ただの声になる。


「待て! これは国の命令だ! 聖女セラフィナは――」


 王子の声は、最後まで形にならなかった。


 ぎい――。


 大広間の正門が、ゆっくりと開く。

 祝祭の熱が流れ出し、代わりに外の冷たい空気が差し込んだ。

 冷気が警鐘の低音をさらにくっきり響かせる。


 まるで「今は祝祭ではない」と、城そのものが言い直したようだった。


 人の気配が、ひとつ。

 足音は多くない。整列も、号令もない。

 それなのに、空気が一段、静かになる。


 黒い外套。

 胸元に、銀の徽章。


 光を誇示しない銀は、むしろ“実務”の匂いがした。

 飾りではなく、権限の印。


 男は一直線に歩いてきた。

 貴族の列も、王子の取り巻きも、自然に道を開ける。

 押しのけられたわけではない。

 “開けなければいけない”と、皆が理解してしまう動きだった。


 彼は、セラフィナの前で止まり――片膝をついた。


「セラフィナ殿」


 声は静かで、冷たいほど整っている。

 だが、その静けさが逆に“大人が状況を把握している”圧になる。


 膝をつく音が、やけに硬く響く。

 祝祭で膝を折った私とは違う。

 これは礼ではなく、手続きだ。


「バルハイム王国筆頭騎士、ゼクス・フォン・リーベルト」


 名乗りは短い。余計な修飾がない。

 それだけで、彼の目的が“感情”ではないと分かる。


 ゼクスは顔を上げ、私の目を見る。

 慰めない。励まさない。

 代わりに、確認から入る。


「聖女契約の解除を確認しました」


 その一言が、場を凍らせた。

 “解除”は事実になった。

 もう誰も、なかったことにできない。


 続けて、彼は淡々と条件を提示する。

 まるで契約書を読み上げるみたいに、確実に。


「労働条件を提示できます。

 安全も、待遇も。今この瞬間から」


 “労働条件”。

 この大広間で最も似つかわしくない言葉が、最も正しく響いた。


 聖女を“機能”ではなく“労働者”として扱う言葉だ。

 それだけで、私の中の線が一本、確かになる。


 王子が息を呑む。

 そして、慌てて割り込む。


「ふざけるな! セラフィナはこの国のものだ!」


 アルベルトが声を張り、権威を取り戻そうとする。

 “国”という言葉に、もう一度だけ縋ろうとする。


 だがゼクスは、言い返さない。

 視線だけで返した。


 感情で人を刺す目ではない。

 紙の上の効力を測る目だ。


 署名。日付。立会欄。

 条文の該当箇所。


 ――反論の“入口”が残っているか、それだけを確かめる。


「“この国の”とおっしゃいましたが、契約は切れております」

「ご自身で、先ほど破棄されました」


 “切れております”“破棄”。

 その二語が、アルベルトの喉を塞ぐ。


 言い返そうと口を開き――音にならない。

 祝祭の中心にいた男が、一枚の紙の前で無力になる。


 ゼクスは、そこで余計な言葉を足さない。

 静けさが圧になる。


 そして、私にだけ向けて言う。


「こちらへ。……選択権は、あなたにあります」


 私は、すぐには動かない。

 距離を保ったまま、最後に一度だけアルベルトへ視線を置く。


「義務は、契約に書いてありました」


 短く、それだけを言い切る。


「従う契約は――あなたが切りました」


 怒りも、涙も、要らない。

 ただ、確認だけ。


 アルベルトの喉が鳴る。

 言い返す言葉を探して、見つからない音がした。


 だから私は、声量をさらに落として一言だけ足す。

 命令を拒む言葉ではない。勝ち誇る言葉でもない。


「……平民街の井戸と街灯の系統だけは、

 結界炉を介さないようにしてあります」


 一言で終える。

 理由も、手順も、ここでは言わない。

 言えばまた“聖女の義務”に結び直される。

 私はそれを断ち切りに来た。


 背後で貴族たちが扉へ殺到する。

 逃げ道があると信じて、足だけが先に動いた。


 王宮の紋章が薄くなる。


 ゼクスが片膝をついたまま、再度言う。


「こちらへ。――契約は、今この瞬間から有効です」


 声は低く、余計な熱がない。

 だからこそ、逃げ道が“現実”になる。


 王子が何か叫ぶ。

 けれど、言葉はもう形にならない。

 二次警報の低音が、王子の声を削り取っていく。


 私は一度だけ、王子を見る。

 表情は変えない。

 勝者の笑みはない。復讐者の笑みもない。

 ただ、区切りをつけるための視線。


「私がいないと困る国なら――捨てなければよかったんです」


 言い方は淡々としている。

 責めるためじゃない。

 “もう戻らない”を確定させるための一言。


 王子の喉が鳴る。

 言い返す言葉が出ない。

 怒鳴れない。命令が効かない。

 残るのは、焦りだけだ。


 私は踵を返す。

 背中に視線が刺さる。刺さるけれど、止まらない。


 ブゥゥ……ガッ……

 警鐘が、さらに深くなる。

 二次警報より、もう一段“底”がある音。


 空気が押し潰され、骨に響く。

 ジジ……ッ。

 床下で焼ける音が、短く鋭く鳴る。


 私は指先を外套の留め具に掛け、

 ゼクスの背へ視線を合わせて扉を抜けた。


 回路のどこかが耐え切れず、焼き切れている。


 ガシャン――!


 大広間の中央、シャンデリアの一部が落ちた。

 煌めきの塊が、音を立てて砕ける。


 悲鳴。足音。光の欠けた空気。

 祝祭が、崩壊の現実に押し潰されていく。


 私は扉を開けた。

 外の空気が冷たい。

 冷たい空気の方が、今は“正しい”温度だった。


 背後で、獣の咆哮が重なる。

 城の外の音。王都の外縁が、もう薄い。


 ゼクスが短く言う。


「急ぎます」


 私は頷き、歩く速度を上げる。

 振り返らない。


 もう命令は届かない。

 契約は、すでに有効だ。

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『短編版』婚約破棄で聖女契約が切れました。――この国は“5分後に”崩壊が始まります。
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