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第60話 逆転のカギ

「凄いな、お前。神代魔法が使えるなんて、俺まだ信じられねぇよ」


 人型の精霊が特異な存在であることは、ある程度理解はしていた。しているつもりだった。

 だが、まさかここまで優れた防御術を会得しているとは予想外だ。


 ビジネス特化の精霊というだけあって、要人警護能力も秘めていたということだろうか。

 もっとも眼の前でふんぞり返るこいつの姿からは、そんな能力などカケラも感じないのだが。



「わっはっはー! どーだ、わたしの天才っぷり! 存分にわたしを崇め奉りたまえ!」


 得意げにふんぞり返るリリに、俺は拍手を送ってやる。


「はいはい、お前は天才だよ……それより、すぐに移動するぞ。ここにいるとヤバそうだ」

「え、なんで?」

「なんでって、お前状況わかってんのか!?」



 焦土と化してしまった大槍の着弾地点一帯。

 その中心にぽつんと構えられた魔力のバリアの中で、俺たちはしぶとく生き延びていた。


 リリが滑り込むのがあと数秒遅れていれば、十中八九俺の身体は塵芥に成り果てていただろう。危険を冒してまで守ってくれた事実に関しては、俺も感謝していた。


 だが、今は気を緩めている場合ではない。リリが創り出した鉄壁の防御にかまけ、呑気に歓談に耽るわけにはいかなかったのである。

 なぜなら。


「――お前も見えてるだろ、バリアの向こう側!

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! またデカイ攻撃が来るんだぞ!」


 不思議そうにリリは首を捻る。


「……んえ、何をそんなに焦ってるの? 心配しなくてもこの壁、賢者さんの招雷弾でさえ何十発も耐えられる仕様だよ?」

「それは百年前の話だろーが! 魔法攻撃の威力ってのは、年々インフレしてんだ!」

「でも、さっきの隕石みたいに飛んできた槍は、ちゃんと弾けてたじゃん」

「もう一発食らったら、このバリアなんて板切れ同然だ。

 ……ここで焼け死にたいなら勝手にしろ。俺は堀へ逃げるからな!」

「あ、ちょっと置いてかないでよ!」

「じゃあ一緒にこい!!」



 リリが急遽設けたバリアに脱出口。その穴を滑り抜け、俺たちは空堀に向かってダイブする。

 ちらっと後ろを振り返ると、ちょうどローラン卿が大槍をアンダースローで投げるところだった。

 やばい。ギリ当たるんじゃないか、これ?


「――――っぶねぇ!!」


 直後、爆発による轟音と衝撃が辺りに響いた。一挙に拡散した火炎の波は、崖を滑り降りていた俺たちの頭上を通過する。

 間一髪だった。脱出があと一歩遅れていたら、俺の頭はこんがり狐色になっていたことだろう。おそろしい。


 狙い撃ちにされないよう堀の中を少し移動し、崖近くの岩陰から俺たちは場内の様子を窺ってみる。


 やはりバリアは、完膚なきまでに破壊されていた。

 どうやらローラン卿が相手では、かの神代魔法でも時間稼ぎ程度にしかならないらしい。


「――そんなぁ! わたしの防護魔法がぁ!」

 隣でリリは、悔しそうに悲鳴を上げる。「うぅ、けっこう自信あったのに~……!」


 ショックを受けている相棒のことは無視して、俺はウエストポーチが無事かどうか確認する。

 腰に回していたこともあったのか、ポーチに穴は開いていなかった。詰めていたアイテム類にも、さして問題は見られない。


 こちらが潜伏している位置に、ローラン卿は気付いていない様子だ。

 ひとまず、この堀底で体勢を立て直そう。



「――にしても、あんなにローラン卿が強いとは想定外だ。あれじゃ隙が無さ過ぎる」

「何か策はあるの?」

「それを今から考えるんだ……奇策を打ち続けるしかないだろうけどな」

「そっか……」


 と、ここでなぜかリリはやる気を膨らませた。ついでに鼻をふんすと膨らませ、勢いよく手を挙げる。


「わたしも手伝うよ! できることがあれば、何でも言って!」

「え、急にどうした?」


 変なものでも食ったのだろうか。もしくは自慢のバリアが破壊されたことで錯乱したのか。

 戦うのは俺一人に任せればいいのに。無理して戦場に出る必要なんてないというのに。

 だというのに、彼女は積極的な協力姿勢を見せてきた。

 ……意味がわからない。 


「手伝うも何も、お前はこの堀に隠れてろよ。さっきみたいな無茶はしなくていい。こう見えて俺は頑丈なんだ。この程度のピンチ、一人で切り抜けられる」


「――だけど君、正直いっぱいいっぱいでしょ。心に余裕がありません、って顔に書いてあるよ?」

「そんなこと……ない」



 図星だった。


 彼女の推測通り、現在の俺は精神的にかなり追い詰められていた。

 山道で鍛えてきた脚力も、磨いてきた剣術も、現役の精霊騎士であるローラン卿にはまるで通用しなかった。その事実は俺の首に蛇のように巻きつき、こちらの視野をどんどん狭めていく。


 『一人で戦う』と意固地になっていたのも、この自信喪失が原因だろう。そんな俺の自惚れを、リリは真っ先に見抜いていたのだ。


「あの貴族さんは、すっごく強い人なんだ」

 諭すようにリリは言った。

「今の君じゃ絶対に勝てない。だって君にはまだ、あの人と張り合えるだけの力がないんだもの……そしてね。これは、とても些細なことなんだよ」


 チャッ、と音を鳴らすように、彼女は左手のブレスレットを見せてくる。昨日俺があげたプレゼントだ。

 それがどうした、と俺は疑問に思った。そこで気付く。

 先ほどまで自滅コースまっしぐらだった俺の心は、いつの間にか落ち着きを取り戻していた。


「前に言ったでしょ? わたしとキミは一蓮托生。わたしがいれば、キミは無敵なんだ」


 そして。

 気合の抜けた俺に近づいた彼女は、軽い正拳突きを放つ。弱々しいその拳は、俺の心臓を優しく打った。温もりも伝わる。


「人型の精霊の力なら、いくらだって貸してあげる。だから勝ってよ――()()()()()()()()()()()()()

「……」



 場内の反対側から爆発音が聞こえた。

 おそらく俺たちを燻り出すため、ローラン卿が槍を射出しているのだろう。このまま虱潰しに堀を爆撃され続ければ、いよいよ安全地帯は消滅する。

 危機は迫りつつあった。


 深呼吸をして、痺れた脳に血液を回す。作戦を練り直す時間は、ほとんど残されていない。

 だが勝算なく敵に突っ込めば、あの槍に確殺されるのは目に見えている。ローラン卿に手も足も出なかった事実を受け止めれば、俺一人の力なんてたかが知れていた。


 だったら、無理に一人で戦う必要もない。きっとそうなのだろう。

 いつの間にか肩の力みが抜けていた。


「はぁ……わかったよ」

 仕方なく俺は頼む。「なら協力してくれ、お前の力が必要だ」

「ガッテン承知!」

「……ほんと、お前と話してると疲れるわ」


 でも、勇気がもらえた。優しく背中を押してくれた。ほんの数分彼女と話しただけで、少しだけ希望が見えた気がした。

 だから、俺はリリの可能性に賭けてみる。



「そういやお前、他にどんな魔法が使えるんだ?」

「ええっとね。《測量魔法》でしょ、《描画魔法》でしょ、《虚栄魔法》に、《手の中で算盤を作る魔法》、あとは――」


「ちょっと待て。今なんて言った?」

「え。算盤が欲しいの?」

「違う、その前だ。《虚栄魔法》ってなんだよ」


 鼻高々にリリは説明した。


「――ほら、世の中には『虚栄を張る』って言葉があるでしょ?あれを体現するような魔法がこれでね。

 対象の劣った能力を()()()できる魔法なんだ!」


「一種のバフってことか。具体的な用途は?」

「そーだね……例えば、セールストークが得意なAさんと下手なBさんがいるとします。でも《虚栄魔法》を使えば、BさんはAさん並みに饒舌になれるんです!」


「それ、身体能力の強化に使えないのか?」

「可能だけど……一度に強化できるのは、一つの能力だけだよ。

 あと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()し、参照した対象と()()()()()()()()強くなれない」

「……なるほどね」



《虚栄魔法》とはよく言ったものだ。


 中身を伴わずに自身を大きく見せ、あたかもライバルと実力が拮抗しているかのように錯覚させる魔法。

 これで相手に勝つためには、他の能力で差を付けねばならない。また結果的に勝てたとしても中身がないため、その後の生活で苦労することになるだろう。


 自分を偽る代償まで再現されているとは、この魔法の開発者はよほど哲学が好きだったらしい。まぁダルい制約をつけてくれたものだ。


 しかし、使い方さえ工夫すれば、これは間違いなく強力な武器になる。

 頭の中で、ぱちっとパズルのピースが嵌ったような感覚がした。



「じゃあ、ローラン卿の『タフさ』をコピーすることはできるか?」

「できるけど…………そんなもの強化してどうするの?」

「考えがあるんだ。うまくいけば、俺の切り札が使えるかもしれない……詠唱にかかる時間は?」


 もったいぶった様子で、リリは腕を組んだ。


「どうかなー。久しぶりに使う魔法だから、かなり長くなっちゃうと思う」

「わかった、三分間だけ注意を引きつけてやる。その間に終わらせろ」

「了解! 《防護魔法》はあと一回使えるから、ピンチになったらわたしを呼んで――――」

「いや、それはだめだ」


 彼女の提案に、俺は待ったをかけた。


「俺が合図を出すまでバリアは絶対に使わないでくれ。ここぞって時、あれでローラン卿を攪乱したいんだ」

「あ、はい、わかりました、はい」


 堀の崖を上った俺は、戦場へ飛び出す準備を固めていった。ブーツの紐がちゃんと結ばれているか確認し、背負った剣の柄に手をかける。


「……用意はいいな」

「……もちろん」


 嵐の前の静けさが、闘技場内を包み込む。


「行くぞ」「うん」


 刹那。

 俺たちはそれぞれ行動を開始した。

 お読みいただき、ありがとうございました!


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 これからも応援のほど、何卒よろしくお願いします!!

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