第百五十五話 最強の妖王
天鬼の殺気を感じ、柚月と九十九も構える。
これが最後の戦い。
人と妖達の命を背負った戦いと言っても過言ではないだろう。
彼らは、最強の妖王と死闘を繰り広げようとしているのだから。
「来やがるぜ、天鬼」
「ああ、そのようだな」
天鬼の妖気が体中に伝わってくる。
まるで、殺気の塊のように。
もはや、彼の力は、地獄よりも圧倒しているように感じた。
「行くぞ!柚月!九十九!」
天鬼が、真っ先に地面をけり、柚月と九十九に斬りかかってくる。
だが、野生の勘が働いたのか、彼が動いた直後、九十九も地面をけり、その後に柚月が続いた。
煉獄丸と明枇の妖刀同士が、打ち合い、つばぜり合いとなる。
だが、煉獄丸が、煉獄の炎を刀から発動し、九十九は、とっさに距離をとった。
明枇は、無事ではあるが、あと一歩遅ければ、煉獄の炎に焼かれて、溶けていただろう。
それほどの威力を感じ取ったのだ。
天鬼は、さらに、九十九に迫り来るが、柚月が、九十九の前に出る。
柚月と天鬼のつばぜり合いとなる。
天鬼も、八雲の刃が見えているようだ。
当然なのかもしれない。
それほど、天鬼の強さは異常なのだから。
天鬼は、再び、煉獄の炎を発動する。
だが、柚月は、距離をとろうとはしない。
なぜなら、聖印能力・異能・光刀を発動していたからだ。
「来たな、やはり、お前の聖印能力は、この炎に耐えうるか」
「そのようだな」
柚月は、天鬼に返答を返す。
と言っても、異能・光刀が、煉獄の炎に耐えれる確信は、持っていない。
それでも、逃げることはしなかった。
逃げるわけにはいかなかった。
「だが、これならどうだ?」
天鬼は、煉獄丸に力を込める。
何かを感じ取った柚月は、距離をとる。
その時だ。
柚月の足元から、煉獄の炎が噴き出そうとしていたのは。
このままでは、煉獄の炎に焼かれる。
そう感じた九十九は、とっさに、柚月の抱きかかえ、その場から離れた。
間一髪だった。
二人が、離れた瞬間、煉獄の炎が柱のように噴き出した。
これこそが、煉獄丸の技の一つ・煉獄柱だ。
煉獄柱は、次々と出現し、二人は、かわし続けた。
「ちっ!」
煉獄柱に次第にほんろうされていく柚月と九十九。
天鬼は、余裕の笑みを見せている。
天鬼は、さらに、続けて、煉獄丸を薙ぎ払うように振り、煉獄の炎の刃を発動した。
これもまた、煉獄丸の技の一つ・煉獄波だ。
煉獄波が、柚月に迫ろうとしている。
柚月は、八雲と真月を前に出し、防ごうとするが、九十九が、柚月の前に出て、何度も明枇を振るい、それを全て防いだ。
火傷と裂傷を負いながら。
「柚月、やってやれ!」
九十九が、叫ぶと、柚月は、光の刃を身にまとい、一瞬にして、天鬼の元へと移動する。
これには、さすがの天鬼も驚いた様子を見せた。
その一瞬の隙を見逃さなかった柚月は、天鬼の右腕を斬り落とす。
煉獄丸は、カタンと音を立てて、地面に落ち、右腕からは、血が噴き出し、天鬼は、苦悶の表情を浮かべ、左手で、右腕を押さえた。
「い、今のは……あの四天王が追詰められた力か……」
「そうだ」
右腕を再生させながら、左手で煉獄丸を拾い上げた天鬼は、確信する。
今のが、四天王さえも、追い詰められた力なのだと。
そう、柚月は、あの謎の力を発動したのだ。
天鬼も、謎の力を目の当たりにするのは、初めてだった。
彼も察したのだろう。
謎の力の威力を。
「驚いたな。まさか、二つの能力を持っていたとは」
「俺は、二つの能力など持っていない。もともと一つだ」
「何?」
柚月は、意外な言葉を口にする。
なんと、柚月は、二つの能力を持っているわけではなかった。
これには、天鬼も驚いた様子を見せる。
では、あの謎の力と言うのは、何なのか。
柚月は、冷静に、語り始めた。
「異能・光刀は、未完成のままだったんだ。俺が未熟だったばかりにな」
聖印能力は、心の強さに比例する。
柚月が、幼い頃、聖印能力を中々発動できなかったのは、恐怖心によるものだ。
だが、彼と九十九の運命を変えたあの五年前の赤い月の日から、柚月は、強さを手に入れ、聖印能力を発動できるようになった。
と言っても、あの異能・光刀は、まだ、未完成のままであったのだ。
それは、柚月が、五年前のあの日の事を後悔し、幼く弱かった自分と向き合えていなかったのが原因であった。
「だが、過去と向き合ったことで、心が成長し、異能・光刀は、真の力となった。と言っても、俺は、その正体を知ることはできなかった」
朧が、四天王にさらわれ、九十九が単身で城に乗り込んだ時、柚月は、初めて、己の過去と向き合うことができたのだ。
今まで悔いていた幼い自分を受け入れたことで、心が急成長し、異能・光刀は、真の力となった。
それが、あの謎の力の正体だったのだ。
「八雲様が、俺に教えてくれたんだ。そのおかげで、異能・光刀は、完成した。それこそが……」
八雲は、光刀を感じ取った事で、その正体に気付いたのだ。
そして、柚月に教えたことで、異能・光刀は、完全なものとなった。
「光の刃を纏い、光速異能を可能にする力だ。ゆえに、異能・光刀」
異能・光刀とは、光の刃を身にまとうだけでなく、光の刃を身にまといながら、光速移動を可能にした最強の能力と言えよう。
光刀の真の力を聞かされた天鬼は、初めは呆然としていたが、次第に笑みを含める。
そして、再び、狂気の笑みを柚月達に見せた。
「いい!いいぞ!これが、私の求めていた殺し合いだ!さあ、全力をだそうじゃないか!」
天鬼は、そう叫び、再び、死闘を開始する。
すぐさま、煉獄柱と煉獄波を同時に繰り出したのだ。
だが、異能・光刀を発動した柚月は、いとも簡単に、次々と噴き出す煉獄柱をよけ、煉獄波を切り裂いていく。
柚月が、煉獄波を防いでくれたおかげで、九十九は、煉獄柱を全て、かわすことに成功し、天鬼の胸元を切り裂く。
天鬼は、それでも、ひるまず、九十九に斬りかかろうとするが、柚月が、一瞬にして、天鬼の右隣に移動し、わき腹を斬る。
柚月と九十九の連携に次第に追い詰められていく天鬼。
体を切り刻まれ、再生能力を何度も発動しなければならないほどに。
それなのに、そのはずなのに、天鬼は、未だ、余裕の笑みを見せている。
柚月と九十九の強さを感じ取り、喜んでいるかのように。
その時だ。
天鬼が、妖気を身にまとい、獣のごとく、煉獄丸を振り始めたのは。
これには、さすがの柚月と九十九も、圧倒され始め、二人は、距離をとった。
「なぜ……」
「おいおい、なんで、ついていけるんだよ。なんで……」
あの異能・光刀の威力を目の当たりにしても、天鬼は、二人を圧倒している。
まるで、本能に従うかのように。
いや、彼らが、強ければ強いほど、天鬼は、喜びを感じ、さらなる高みを目指そうとしているのだろう。
さらなる殺し合いを求めて。
永遠に終わらない戦いを求めて。
天鬼は、本能のままに、煉獄丸に力を込める。
その瞬間、柚月と九十九の周りを、煉獄の炎が取り囲んだ。
柚月は、九十九を抱きかかえ、光刀で、かわす。
その直後、煉獄の炎の檻が、出現し、柚月と九十九がいた場所を瞬く間に燃やし尽くした。
煉獄丸の技の一つ・煉獄檻だ。
この技を受けた者は、一瞬にして焼き尽くされてしまう恐ろしい威力を持っている。
幸い、柚月と九十九は、かろうじてよけたが、その威力は凄まじく、直撃したわけではないが、ひどい火傷を負っていた。
「強すぎる……」
「光刀でも、駄目なのか……」
光刀を駆使し、連携で追詰めても、天鬼の威力は止まることを知らない。
次第に、恐ろしさを感じ取る柚月と九十九。
彼らは、あきらめかけていた。
だが、その時だった。
八雲が、光を放ったのは。
――柚月、私の力を使えば、さらなる連続の光速移動を可能にできるかもしれない。やってみるか?
「八雲様……はい!お願いします!」
「協力するぜ、柚月」
「……頼む」
八雲は、自分の力を柚月に送り込むことで、その力を柚月の聖印能力と同化させ、さらなる連続の光速移動へと進化させようとしているようだ。
八雲の陰陽術なら、可能であろう。
だが、これは成功するかは、八雲にも柚月にもわからない。
それでも、柚月は、信じていた。
八雲の力を。
それは、九十九も同様だ。
八雲の話を聞いて希望を取り戻した九十九は、柚月の援護を決意する。
九十九は、再び、地面をけり、柚月は、目を閉じて集中させた。
八雲は、柚月に力を送り始めた。
天鬼は、煉獄艦を発動させようとするが、九十九が、突進するかの如く、天鬼に斬りかかる。
まさに、捨て身の状態だ。
だが、九十九は、ひるまない。
技を発動させまいと、天鬼に食らいついた。
そのおかげで、八雲は、力を柚月に送り込み、聖印能力と同化させることに成功した。
――送り込んだぞ!
「はい!九十九、離れろ!」
柚月が、叫び、九十九が離れる。
そして、柚月は、光の刃を身にまとい、一瞬で天鬼の元へと移動する。
そこからだ。
柚月は、連続して、光速移動し、次々と、天鬼を切り刻んだ。
その速さに、天鬼は、ついていくことができず、再生能力さえ、追いつかないほどであった。
柚月が、距離を取り、天鬼は、よろめく。
その隙を九十九は、逃さなかった。
「おおおおおおっ!」
九十九は、雄たけびを上げながら、天鬼を明枇で貫いた。
「吸い尽くせ!明枇!」
九十九が叫ぶと、明枇が、天鬼の妖気を吸い始める。
天鬼は、九十九を押しのけるように、抵抗するが、九十九は、頑として、明枇を握りしめたまま、動こうとはしなかった。
ここで、天鬼を殺すつもりなのだろう。
妖気を吸い取られた天鬼は、再生能力を失い、手を下げる。
九十九が、天鬼から明枇を引き抜くと、天鬼は、仰向けになって倒れた。
「終わったな……」
「ああ……やっとだ」
目を開けたまま動かなくなった天鬼を見て、柚月と九十九は、確信した。
自分達は、勝ったのだと。
しかし……。
「ふふ、ふふふ!あははははは!はははははは!」
天鬼が、突然、高笑いをし始める。
その声は、いつになく、低く、おぞましい。
あふれ出てくる殺気を感じ取った柚月と九十九は、とっさに後退し、距離をとる。
すると、天鬼は、すぐさま、起き上がり、煉獄丸を地面に突き刺して、狂気の笑みを浮かべていた。
地面から煉獄丸へと、地獄の力が流れ込んでいくのを柚月と九十九は、感じ取った。
「な、なんだ!?」
「まだ、起き上がれるのか!?それに、これは……」
「地獄の力!?」
柚月と九十九は、圧倒されている。
天鬼は、煉獄丸を使って、地獄の力を吸い取ろうとしているのだ。
「やはり、この煉獄丸の真の力を使ったほうがよさそうだ。できれば、使いたくなかったが、さらなる殺し合いができそうだ」
「地獄の力を吸い取るつもりなのか!」
「させるかよ!」
「九十九!」
九十九は、天鬼を阻止しようとするが、時すでに遅し、地獄を吸い取った天鬼は、妖気を取り戻し、放った。
妖気に吹き飛ばされかけた九十九は、なんとか、踏ん張り、体制を整えた。
柚月が、九十九の元へ駆け付けた。
「大丈夫か!?」
「お、おう……」
柚月と九十九は、天鬼を見る。
彼が発動したのは、煉獄丸の最後の技・煉獄鬼。
地獄の力を吸い上げ、煉獄丸と同化してしまう恐ろしい技だ。
地獄の力を吸い上げ、煉獄丸と同化した天鬼は、真っ黒に染まった鬼のような姿へと変貌した。