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聖印×妖の共闘戦記―妖王乃書―  作者: 愛崎 四葉
第九章 赤い月の襲撃
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第百四十六話 決意

 赤い月の日から一週間が立った。

 あの悪夢から逃れ、生き残った人々は復興を始めている。

 だが、まだ、あの日の傷は癒えない。

 死者、重傷者数は、過去最大と言われているようだ。

 建物の損壊も、多いらしく、帝に支援要請を頼んでいるらしい。

 当然だ。

 誰も、予期せぬ出来事が起こったのだから。

 聖印京にいた黒い妖達は、浄化されたが、未だ、脅威は拭えていない。

 黒い妖達は、聖印京へと向かっているとの噂もある。

 それほどの数が、あの地獄に放り込まれたとは思えない。

 天鬼が、何か、仕掛けたとしか……。

 いずれにせよ、天鬼を討伐するしか、聖印京を救う方法は、残されていない。

 何より、天鬼は、宣戦布告をしたのだから。

 柚月は、一人、北聖地区を歩いていた。

 たった一人で。

 柚月が、たどり着いた場所は、蓮城家の屋敷だ。

 白冷に案内された柚月は、ある場所へ来ていた。

 それは、景時の部屋であった。

 

「景時……」


「あ、柚月君……」


 御簾を開けた柚月。

 景時は、寝たままの状態で、柚月を出迎えた。

 重傷を負った景時は、すぐさま治療を受け、大事に至ったものの、絶対安静を言い渡されたらしい。

 柚月は、景時のそばに歩み寄り、しゃがみ込んだ。


「大丈夫か?」


「うん……ちょっと、まだ痛むけど……」


「そうか……」


「でも、天次が……」


 景時は、無事ではあったが、相棒とも言える天次が、眠りについている。

 未だ、目を覚ます様子は見せない。

 天次の自我が芽生えた事は、柚月も景時から聞かされている。

 景時が言うには、天次は、もう、戦える体ではないらしい。

 それほど、重傷を負ってしまったのだろう。

 景時を守るために。 


「天次は、お前と共に過ごせて、幸せだったのかもしれないな」


「そうだね……。この子が目覚めたら、いろんなところに連れていってあげたいな。任務としてじゃなくてね」


「ああ」


 景時は、当初は天次を自由にしてあげたいと願っていたのだが、天次の言葉を耳にし、考えを改めたらしい。

 天次と共にいろんな場所に行ってみたいと。

 今度こそ、家族のように接したいと。

 もし、それが、実現した時は、天次の笑顔が見れるかもしれない。

 柚月は、その願いが叶うことを願った。

 


 景時と別れ、柚月が次に向かった先は、天城家だ。

 透馬に会うために。

 矢代が出迎え、柚月は、透馬の元へ案内された。

 景時同様、寝たままの状態で出迎えた透馬。

 だが、柚月の姿に気付いた透馬は、柚月と目が合うが、様子がおかしい。

 どこか、よそよそしかった。


「あ、えっと……」


「柚月だ。透馬」


「そ、そうでしたね」


 柚月だと名乗ると透馬は、敬語で話す。

 まるで、別人のようだ。

 実は、透馬は、一命をとりとめたものの、自爆の呪文を使った衝撃により、記憶を失ってしまったらしい。

 矢代の事も、柚月達の事も覚えていないのだ。

 原因は、不明。

 おそらく、体全体に衝撃を受けた事が原因ではないかと語るが、記憶が戻るかどうかは、わからないようだ。


「……体の方はどうだ?」


「だいぶ、よくなりました」


「そうか……」


 会話がどこかぎこちない。

 あの元気な透馬はもう戻ってこないのだろうか。

 いつも、ふざけて、柚月をからかっていた透馬の姿が遠のいていくような気がした。

 柚月は、どこか複雑な表情を見せていた。


「あの……」


「なんだ?」


「どうして、俺のところに?」


 透馬は、柚月に尋ねる。

 今の透馬にとって、柚月は、鳳城家の次期当主。

 かつて、共に戦った記憶は残っていない。

 地位は自分より高いはずなのに、なぜ、自分の所へ来てくれるのだろうか。

 それも、毎日のように。

 透馬は、それが不思議でならなかったようだ。

 柚月は、優しく透馬に答えた。


「……友だからだ」


「俺と柚月様が?」


「ああ」


 透馬は、驚く。

 自分が、柚月の友だと思ってもみなかったのであろう。

 透馬は、戸惑い始めた。


「……すみません、覚えていなくて」


「わかってる。でも、いつか……」


「はい。思いだせるように頑張ります」


「……ああ」


 柚月に対して、微笑む透馬。

 柚月も、微笑んだ。

 今は、まだ、思い出せないかもしれない。

 それでも、いつか、思い出せる日が来るだろう。

 その時は、今までのように、笑って過ごせる日が来る。

 柚月は、その日が来るのを信じていた。



 柚月が、次に向かった場所は、天城家だ。

 女房に案内された柚月がたどり着いた先は、夏乃の部屋であった。


「柚月様……」


「夏乃……」


 御簾を開けて、部屋に入った柚月。

 夏乃もまた、寝たきりの状態であった。


「すみません。来ていただいて」


「いや、いいんだ。気にするな。……体、動かないのか?」


「……はい。後遺症だと言われました。もう、二度と」


「……」


 柚月は、言葉を失った。

 夏乃は、一命をとりとめたが、聖印能力を無理やり全て使った為、後遺症が残ってしまい、体が動かなくなったという。

 起き上がることさえも、指を動かすことさも、難しいそうだ。

 今まで、綾姫を守るために、生きてきた夏乃。

 もう、それができないとなるとどれほど悔やんだであろうか。

 そう思うと、柚月は、心が痛んだ。

 彼の心情を察したのか、夏乃は、柚月に微笑んだ。


「綾姫様の元にはいかれましたか?」


「いや、まだだ。これから、行こうと……」


「そうですか。……行ってあげてください。綾姫様もお喜びになられます」


「……ああ」


 柚月は、願っていた。

 いつか、夏乃の体が、また再び動ける日が来ることを。

 もう一度、共に戦う日が来ることを。

 柚月は、信じていた。

 いや、自分がその方法を探そうとも決意していた。



 そして、柚月は綾姫の部屋を訪れた。

 御簾を開け、部屋へ入る柚月。

 だが、綾姫は、眠りについたままであった。

 綾姫は、一命をとりとめたが、目覚めていない。

 いつ、目覚めるかもわからないらしい。

 誰にも……。

 柚月は、綾姫の元へ歩み寄り、しゃがみ込み、綾姫の手を握った。


「綾姫……」


 柚月は、気になっていた。

 あれほど、聖水の泉は雨を降らせていたというのに、今ではすっかり元通りだ。

 減少しているはずなのに。

 その理由を柚月は、琴姫から聞かされた。

 あの日の聖水の雨は、綾姫が命を差し出して、作りだしたものだと判明した。

 聖印の力を送って、聖水の泉を増幅させていたのだと。

 つまり、九十九と同じように命を削って聖水の雨を生み出したのであった。

 綾姫の聖印の力と聖水の泉が合わさった雨は、降り注がれ、妖達を浄化し、聖印京を守った。

 だが、綾姫は、未だ、眠り続けていた。


「少し、聖印京を離れる。だが、必ず、戻ってくる。だから……待っててくれ」


 柚月は、そう告げて、綾姫と口づけを交わす。

 まるで、契りを交わすかのように。


「愛してる、綾」


 あの時、あの赤い月の日、綾姫に言えなかった言葉を告げる。

 柚月は、立ち上がり、綾姫に背を向けて部屋を出る。

 その直後、綾姫は、閉じた瞼から涙をこぼした。

 まるで、愛の言葉を聞いて、喜んでいるかのように。



 最後に、柚月は、本堂を訪れる。

 本堂には勝吏と月読が待っていた。

 勝吏と月読は、無事であったが、虎徹は、重傷を負ってしまい、眠っているらしい。

 意識はあるものの、回復するにはまだ、時間がかかるようだ。

 柚月は、風塵と雷塵について勝吏から聞かされていた。

 彼らが、天鬼の部下であること、そして、四天王は、天鬼によって殺された事を。

 風塵は、風の能力を使い、雷塵は、雷の能力を使う。

 聖水の雨は効かない。

 おそらく、九十九と同じ、半妖の可能性が高い。

 それでも、十分に注意すべき相手だと柚月は悟っていた。 

 柚月は、これから、天鬼が待つ獄央山に向かう。

 風塵と雷塵とも対峙することとなるだろう。

 柚月にとって彼らの詳細は、十分な情報であった。


「そうか……行くのか」


「はい」


「柚月、本当に……」


「やめなさい、月読」


 月読は、柚月を身を案じるが、勝吏が制止する。

 本当は、柚月には行ってほしくなかったのであろう。

 それでも、柚月の決意は固い。

 それは、勝吏も十分理解している。

 軍師にも命じられたことであるため、止めることはできなかった。


「勝吏様、しかし……」


「もう、決めたことなのだろう?」


「はい。すみません」


「……お前に託さなければならないのが、申し訳ない。一緒に行ければよかったのだが……」


「いえ、父上と母上は、ここに残ってください。まだ、黒い妖達はいるのですから」


 黒い妖達は、未だ、迫りつつある。

 いつ、聖印京に到達するかわからない。

 結界は張ってあるものの、結界をすり抜けることや、破壊することができるかもしれない。

 その前に、対策を練らねばならない。

 勝吏達には、聖印京を守る使命がある。

 柚月は、その事を理解していた。

 だからこそ、自分が天鬼を倒すことを勝吏達に告げたのだ。

 それが、今の自分にできることであった。


「……わかった。月読、あれを」


「はい」


 勝吏に命じられた月読は、柚月にある物を渡した。

 それは、二つの石であった。


「これは?」


「天城家の者に頼んで、治癒術を封じ込めてもらった。回数は限られているがな」


 柚月が、天鬼を討伐しに行くと聞かされたとき、勝吏は、月読に治癒術を柚月達でも、発動することができる石を作るように命じたのだ。

 柚月と九十九の分を。

 そして、天城家に頼んで、治癒術を封じ込めてもらった。

 これから、熾烈な戦いが柚月達を待ち構えている。

 無事で済むとは思えない。

 だからこそ、石を柚月達に渡したのだ。

 無事に帰ってくることを祈って。

 それが、自分達にできるせめてもの事であった。


「……ありがとうございます」


 石を手渡された柚月達は、勝吏達に感謝して、頭を下げた。


「必ず、天鬼を討伐してみせます!」


 柚月は、勝吏達に誓った。

 天鬼を倒すことを。

 そして、ここに戻ってくることを。



 本堂を離れた柚月は、聖印門へと向かった。

 聖印門を潜り抜けた柚月。

 彼の前に、九十九が待っていた。


「九十九……」


「もう、いいのか?」


「……ああ」


「でも、いいのか?みんなに挨拶しなくて」


「まぁ、したかったけどな。けど、俺がうろつくわけにはいかねぇだろ?」


 九十九は、妖だ。 

 赤い月の日、以来、妖に対する憎悪は、増しているだろう。

 もし、自分がうろつけば、怒りの対象となる。

 軍師に、命じられていたとしても、怒りを抑えることができないかもしれない。 

 恐怖におびえるかもしれない。

 九十九は、それが耐えられなかった。


「……気にしなくてもいいと思うんだが」


「そういわけにはいかねぇって。ほら行くぞ。朧に気付かれる前にな」


「そうだな」


 自分達が、天鬼を討伐しに行くことは、朧には告げていない。

 朧も、自分も行くと言いだすからだ。

 だが、今回の任務は危険だ。

 朧も死ぬ可能性がある。 

 そのため、あえて、朧には告げず、旅立とうとしていた。

 たとえ、朧に恨まれたとしても。


「行こうぜ」


 九十九は、歩き始める。

 柚月も、九十九の後を追うように歩き始めた。

 だが、その時だった。


「兄さん!九十九!」


 声が聞こえる。

 自分達を呼ぶ朧の声が。

 二人は、驚き、振り向いた。

 朧は、二人を追って走ってきていた。


「朧……」


「気付かれたか……」


 気付かれないように、接してきたというのに、朧は気付いてしまったらしい。

 このまま、走って逃げることもできたが、二人は、そうはしなかった。

 観念したように立ち止まっていた。

 朧は、ついに、柚月達の元へたどり着いた。


「行くんだね、天鬼の所に」


「まぁ、そういうことだ」


 朧の問いに、九十九は否定しなかった。

 ごまかすことさえもしない。

 朧は、悲しそうな表情を見せた。


「……ひどいよ、僕に何も言わずに行こうとするなんて」


「言ったら、行くって言いそうだったからな」


「うん……そうだね。僕、足手まといだもんね」


「……そうだな」


 自分に告げなかった理由を朧は、気付いていた。

 自分の力では、天鬼には、適わない。

 おそらく、足を引っ張ってしまうであろう。

 朧の問いかけに、柚月は否定することはしなかった。

 これも、朧を行かせないためだ。

 その事さえも、朧は理解していた。


「わかった。待ってるから。兄さんと九十九が、帰ってくるの。皆と一緒に待ってるから!」


「……ああ、約束だ」


「うん!」


「じゃあな」


「うん!」


 柚月と九十九は、朧に背を向け、旅立った。

 朧は、二人の背中をいつまでも、見送っていた。

 二人は、必ず、天鬼を倒して、戻ってくると信じながら。

 

 こうして、柚月と九十九の最後の戦いが始まろうとしていた。

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