第百三十三話 戻ってきた日常と変わってしまった事
柚月達が聖印京に戻ってきてから、一週間後。
彼らは、いつも通りの生活を送っている。
混乱もあってか、未だ任務を言い渡されていないが、今は、こうして、九十九達と共に、穏やかな日々を過ごせる事は、大事な事のように思える。
もちろん、妖の討伐は続いているため、柚月達は、早く任務に復帰したいところなのだが、まだ、出動命令は出ていない。
柚月達は、いつものように朝食をとっていた。
もちろん、皆で。
「うまいなぁ!ここの料理は!」
「本当にね~。こうして、ここでみんなで食事をとれるってのはいいことだよね」
景時も透馬も、再びみんなで食事を楽しめることを喜んでいるようだ。
もしかしたら、聖印寮に追われた時は、もうこんな日々は戻ってこないかもしれない。
誰もが、そうあきらめ、覚悟していたのだから、当然であろう。
「はい、牡丹様に感謝しないといけませんね」
「そうね。また、皆で、ご挨拶に行きましょう」
「そうだな。保稀様にもお会いしたいし」
最近、牡丹からよく手紙が届く。
凛や保稀との暮らしを満喫しているようだ。
手紙を読むたびに、柚月達は、幸せそうだと感じている。
椿と牡丹の関係を知った九十九は、特にそう感じているようだ。
また、彼女達の元へ行ける日が来ることを願っていた。
「ところで、朧、調子はどうだ?」
「うん。大丈夫だよ。兄さん達のおかげでね。本当にありがとう」
朧は、満面な笑みを見せる。
彼の笑顔を見るたびに、柚月は、心が癒された。
今まで以上にうれしく思っている。
なぜなら、朧の呪いは完全に消え去ったからだ。
目覚めた後、朧の体調は一気に回復していった。
今では、すっかり屋敷内を走れるくらいまで回復している。
あれほど、寝込んでいたのがうそのようだ。
もしかしたら、柚月達と同じように隊士になれるかもしれない。
もちろん、朧には、穏やかな日々を送ってほしいと思うのだが、共に戦う日が来たら、どんなに心強いことだろうと思う。
矛盾しているとわかっていても、柚月はそんな日が来るのを願っていた。
「けど、まさか、俺の分まで作ってもらえるとはな」
九十九は、美味しそうに豪快に食べる。
本当に、人間のようだ。
と言っても、半分人間なのだが。
あの裁判の後、勝吏が九十九の分も作ってもらうように女房に頼んでいたようだ。
おそらく、女房はしぶしぶ作っているのだろう。
だが、九十九は、そんなことを気にせず、食べている。
もし、彼女達が九十九の姿を見たら、考えを改め直すかもしれない。
「九十九、美味しそうに食べるね」
「ま、ここの料理はうめぇからな」
九十九も満面の笑みを見せる。
本当に、嬉しそうだ。
柚月は、心の底から、うれしく思っていた。
食事をすませ、膳を運んだ柚月達は、お茶を飲みながら、庭を眺めていた。
「でも、また、皆で暮らせてよかったわね」
「そうですね。本当によかったです」
「一時は、どうなるかと思ったもんね~」
思い返せば、本当に大変だった。
九十九と朧の処刑が決まり、聖印寮に追われ、朧の呪いが侵攻していると知らされ、九十九は姿を消してしまったのだから。
しかし、牡丹や勝吏達の協力もあって、こうして、皆と共に一つ屋根の下で過ごすことができるようになった。
だからこそ、柚月達は、平穏な日々を過ごせた事を感謝しているのだろう。
当たり前の日常はいつ奪われるかわからない。
柚月達は、その事を身をもって経験したのだから。
「これも、柚月が頑張ってくれたおかげだよな」
「うん、あの時の兄さん、かっこよかったよ」
「そ、そうか?」
「うん!」
朧は、再び満面の笑みを浮かべる。
本当に、柚月に感謝しているようだ。
もちろん、今まで妖と戦いを繰り広げてきた柚月が、朧にはかっこよく見えていた。
朧にとって柚月は、憧れの存在だ。
それは、今も変わらない。
だが、華押街で戦った時の柚月は、今まで一番かっこよく見えた。
自分や九十九の為に、戦う柚月の姿は、たくましく頼りがいがあったのだろう。
「何と言うか……あの時は、ただ必死で、二人を何とかして助けたいって思ったからな。朧は、大事な弟だし。九十九は……大事な……仲間だしな。それに、お前となら、手ごわい相手が来たとしても、勝てる気がするんだ。まぁ、よく、わからないけどな」
柚月は、照れながらも、話す。
再び、九十九と共に戦える日が来たと思うとうれしかったのだ。
だが、そのことを素直に言いだせない。
だから、照れてしまったのだろう。
「というわけだ。九十九、これからもよろしく……」
九十九を見ながら話し始めた柚月。
だが、肝心の九十九は、なんと狐の姿になってぐーっすりと寝ていた。
それも、朧の膝の上で。
先ほどまで、妖狐の姿で話していたというのに、肝心な時に、九十九は、眠りこけてしまったのだ。
朧達は、気付いていたのだが、いつ、柚月に言おうかと迷っていたら、先に柚月が気付いてしまった。
話を聞かず、寝ている九十九を見た柚月は頭に血が上った。
九十九を鷲掴みにして、そのまま、庭へと出ていく。
そして、池の前に立った瞬間、思いっきり九十九を池に投げ飛ばした。
ばしゃんと勢いよく水が飛び散り、九十九は池に沈められた。
「がぼっ!げぼっ!ごほっ!」
池の中に入ったからなのか、九十九が目を覚まし、溺れ出す。
だが、柚月は、九十九を助けようとせず、にらんでいる。
柚月の顔は、鬼そのものであった。
彼の様子を見た綾姫達は、「あーあ、やっぱり、子供だった」と柚月の事を成長したと思ったことを、後悔していた。
九十九は、どうにかこうにか、妖狐に戻り、ぜぇぜぇと息を繰り返して、柚月をにらんでいた。
「な、何すんだ、てめぇ!殺す気か!」
「知るか。寝てるやつが悪い。死ね」
「おいおい、なんで、怒ってんだよ!」
「お前が寝てたからだ!ていうか、なんで、狐に化けてるんだ!お前はもうその必要はないだろ!」
「いいだろ!こっちの方が、楽なんだよ!」
「楽するな!」
柚月と九十九の言い合い、いや、喧嘩が始まる。
だが、これもいつもの事だ。
いつも通りの日常だ。
朧を除いて誰もがそう思っていた。
「えっと……二人って仲がいいんですよね?」
「うん、もちろんだよ。見守ってあげようね。朧君」
「ま、あれは、いつものやり取りと思えばいいんだって」
「う、うん……」
せっかく、二人が仲良くなったというのに、これでいいのかと思ってしまう朧。
正直、見守るというのは、難しそうだなのだが。
景時と透馬は、見守っていたのだが、いつまでも、いつまでも、言い争いをやめないため、とうとう、綾姫がしびれを切らして、立ち上がった。
「もう、柚月、九十九、早く戻りなさいよ」
「そうですよ。あまり、おふざけはよくありません」
「「ふざけてない!」」
夏乃に指摘され、声をそろえる柚月と九十九。
これには、朧達も驚きだ。
声をそろえた事は一度もない。
一応、二人の仲は良好のようだ。
と、思うことにした朧達なのであった。
「綺麗にそろったわね」
「そうですね。本当、仲がいいんですね」
あきれつつもほほえましく柚月と九十九を見守っている朧達。
柚月と九十九も、ぷっと吹き出し、笑い始めた。
自分達の状況がおかしく思えたのだろう。
笑いを止めたくても止められない。
そんな時だった。
「何してるんだ?お前達」
「ん?」
男の声が聞こえる。
誰かが入ってきたようだ。
柚月達の言い争いが白熱したため、朧達も気付かなかったようだ。
当然、当事者の二人も気付いていなかった。
振り返ると譲鴛が、嫌悪感を露わにした表情で柚月達を見ていた。
九十九の事を仲間だと認めていない彼は、九十九と楽しそうに笑っている柚月達を見て、怒りを覚えたのだろう。
彼の様子に気付いた柚月達も表情を変えていく。
罰が悪そうに。
「譲鴛……どうしたんだ?」
「……柚月、軍師様が、お呼びだ」
「軍師様が?」
「そうだ」
軍師に呼ばれたと聞かされた柚月は、譲鴛と共に、離れを出て、本堂へと入っていく。
その間、二人は会話一つしていない。
二人が会ったのは、あの裁判以来だ。
気まずい状況の中、柚月は、譲鴛に声をかけた。
「譲鴛……」
「あの妖狐と仲がいいんだな」
「そ、そうかもしれないな……」
「否定しないか……。お前、変わったな」
「……」
「俺は、お前のようにはなれないし、なるつもりもない」
「譲鴛……」
「ついたぞ」
「あ、ああ……。ありが……」
軍師の部屋にたどり着いた柚月は、お礼を言おうとするが、譲鴛は方向を変え、去っていく。
この時、柚月は悟っていた。
あんなに、仲がよかった譲鴛とは、元のように戻ることは許されない。
当然なのであろう。
部下を失い、それでも、柚月は妖狐である九十九と共に過ごしている。
それも、九十九の事を受け入れているのだ。
理解しがたい状況なのであろう。
また、離れから本堂へ向かっている間の事を柚月は、思い出した。
人々は柚月を冷ややかな目で見ている。
陰口をたたく者もいたように見えた。
九十九を受け入れられるものはそういない。
仲間として、迎え入れたのも納得がいかないのであろう。
だからこそ、柚月達の事を信じられないと言わんばかりの表情で見ていたのだ。
――まぁ、日常は元に戻ったが、変わった事もあるな。仕方がないんだろうな。
柚月は、思わず、ため息をついてしまう。
今の状況も仕方がないとはいえ、九十九の事を悪く思われていると思うと悲しくなったのだ。
いつか、理解してくれる日が来るといいと柚月は願った。
「失礼します」
柚月は、部屋の中へと入っていく。
すると、軍師・静居は、御簾で姿を隠しておらず、堂々と柚月を待っていた。
これには、柚月も驚いた様子だ。
だが、静居は、冷酷な表情で柚月を見ていた。
月読以上に冷酷に見える。
柚月は、息を飲んだ。
「来たか、座れ」
「はい。失礼します」
命じられた柚月は着席する。
緊迫した状況だ。
どのような話があるのだろうと不安に駆られた。
静居は、静かに語り始めた。
「柚月、お前に命ずる。九十九の九尾の炎を使って、妖を討伐しろ」




