第百三十一話 帰還
柚月達は、慌てて朧の元へと駆け寄り、しゃがみ込んだ。
「しっかりしろ!朧!」
「うっ……うぅ……」
柚月達は、朧に呼びかけるが、朧は、返事はなく、うめき声を上げている。
意識はもうろうとしていて、体が痙攣し始めた。
綾姫や景時が、朧の治療にとりかかるが、深刻な状況であった。
「呪いが侵攻しているのか……」
「まずいな……」
勝吏や月読は焦燥にかられる。
このままでは朧は命を落としてしまう。
命の危機を感じた九十九は立ち上がった。
「待て、九十九!」
九十九の様子に気付いた柚月も、立ち上がり、九十九の腕をつかむ。
九十九は、九尾の炎で朧を救おうとしているようだ。
だが、そんな事、柚月がさせるわけがなかった。
九十九は、手を振る振り払おうと力任せに腕を動かすが、柚月は頑なに放そうとしなかった。
「放せよ!朧を助けねぇと!」
「九尾の炎は使うな!」
ここで、九尾の炎を使えば、九十九は命を落とす。
だが、九十九はそれも覚悟の上だ。
自分の命を引き換えに、朧を助けるつもりだった。
柚月も、それの事に気付いている為、九十九を食い止めたのだ。
だが、こうしている間にも、朧の呪いは侵攻している。
一刻も早く、止めなければ、朧は死んでしまうだろう。
九十九は、焦燥に駆られていた。
「なんでだよ!早く助けねぇと、死んじまうぞ!」
「大丈夫だ。俺が助ける」
柚月は、手を放し、八雲を鞘から抜いた。
柚月の行動を見ていた九十九は、目を見開き、驚愕していた。
「お、おい。それ……」
「聖刀・八雲なら、朧を救える」
「ま、待てよ!朧を刺すって言うのか!お前、何考えてんだよ!」
九十九には見えていた。
八雲の刃が。
確かに、八雲の力は強力だ。
卵さえ、一瞬で破壊してしまうほどであったのだから。
だが、いくら、八雲の力で妖を浄化で来たと言えど、卵は朧の体内にある。
九十九も憑依することで妖を浄化してきたのだ。
朧を傷つけないように、妖刀・明枇を使わず、九尾の炎だけで。
八雲を使って朧の呪いを解くということは、朧を刃で貫くということになる。
それこそ、させるわけにはいかない。
九十九は、止めようとするが、柚月は、冷静に首を横に振った。
「この刃は、八雲様の魂でできている。妖だけしか斬れないんだ。だから、大丈夫だ」
聖刀・八雲の刃は、八雲の魂でできている。
本来なら霊刀と呼ぶ方が正しいのであろう。
だが、矢代達は、その刃に聖印の力も込められているので、聖刀と呼んでいたのだ。
霊刀は、妖しか斬れない。
つまり、朧を刃で貫くわけではなかった。
聖刀・八雲なら朧の体内に潜んでいる妖達だけを斬ることが可能であった。
「そ、そんなこと言ったって……」
九十九は、未だためらっている。
信じていないわけではないが、朧の身を闇しているのだろう。
その時だ。
八雲が刃から人の身に変化したのは。
ようやく、九十九は父親・八雲と再会を果たした。
まさか、こんな形で八雲と会えるとは思ってもみなかったであろう。
九十九は目を見開いていた。
「父さん……」
「九十九、私を信じろ。朧は、必ず助ける」
「……わかった。頼むぞ」
「ああ」
九十九は、柚月と八雲を信じる決意を固める。
彼の決意に気付いた八雲は、再び、刃の形へと姿を変えた。
柚月は、膝をつき、朧の様子を見る。
意識が、まだ朦朧としている中で、朧は震えながらも手を上げる。
まるで、生きようと必死に呪いと戦っているようだ。
柚月は、朧の手をつかんだ。
力強く、朧を安心させるために。
「兄さん……」
「朧、俺を、信じろ。必ず、助ける」
「うん。信じてるよ、兄さんの事」
「……ありがとう」
柚月は、朧の手を地面に置いて手を放す。
そして、刃を朧に向けた。
九十九達は、息を飲んでいた。
「行くぞ」
柚月は、力任せに、八雲を朧へと突き刺した。
朧は、八雲に貫かれたが苦悶の表情やうめき声を上げない。
痛みを感じていないようだ。
本当に、八雲は朧を刺していない事を実感した九十九は、少しばかり安堵した様子を見せた。
だが、安心している場合ではない。
問題は、ここからだ。
八雲は、体内にいる妖達を浄化できるのか。
朧は、助かるのか。
不安に駆られた九十九達であったが、八雲の刃が光り、すうっと朧の中へと入っていったように見えた。
八雲は、人の形へと姿を変えて、朧の体内に入ることに成功した。
真っ暗な闇のようだ。
見渡せども真っ黒であり、妖気を感じる。
妖が朧を内側から覆い尽くしているようだ。
八雲は、上を見上げると上空には妖達が、八雲をにらみつけているように見えた。
――あれか!
妖を発見した八雲は、飛びあがる。
八雲は、光となって光を纏って妖に衝突していった。
そのころ、柚月は目を閉じて、集中している。
今、八雲聖浄を発動している最中だ。
八雲聖浄は、八雲の力だけでは発動できない。
主の力と同調しなければ、不可能なのだ。
そのため、朧の呪いを解くには、八雲の力だけではなく、柚月の力も必要となっていた。
そのため、柚月は八雲と同調し、八雲に力を送っていたのだ。
「八雲っ!」
柚月は、八雲の名を呼ぶ。
まるで、八雲に託しているかのようだ。
八雲は、次々と妖達を一瞬で貫き、浄化していく。
全ての妖を浄化した八雲であったが、まだ、飛びあがっていた。
まだ、戦いは終わっていないかのようだ。
さらに、上へと飛んだ八雲はあるものを見つけた。
それは、小さな卵であった。
――くたばれ!
八雲は自分の力と柚月から送り込まれた力を纏って、卵へと衝突した。
卵にひびが入り、一瞬にして砕かれた。
それと同時に、朧の体から妖気が消えていくのが見えていた。
「よ、妖気が消えていく……」
月読は、唖然としている。
妖気はだんだんと、浄化されていくのがわかったからだ。
「勝吏様、朧は……」
「残っていた妖気がなくなった。呪いが……解けた」
月読に尋ねられた勝吏は、朧の手を握って確かめる。
だが、勝吏も確信していた。
朧の呪いが消え去った事に。
すると、八雲が朧の体から出てきて、柚月達に姿を見せた。
「八雲様……」
「最後の卵を破壊したぞ」
「最後の卵?俺は、燃やせてなかったってことなのか?」
九十九は、八雲に尋ねる。
最後の卵とはいったい何なのか。
そもそも、なぜ、自分は朧を救えていなかったのかと疑問に感じた。
九十九が、朧に憑依した日に最初に燃やしたのは、妖の卵だ。
妖の卵を燃やさなければ、次々と妖は生まれてしまう。
だから、最初に卵を燃やし尽くし、そして、全ての妖を燃やし尽くしたはずだ。
そう、確信していたのだが、見落としてしまったというのであろうか。
そのせいで、朧の呪いは侵攻してしまったのかと、九十九は自分を責めていたのだが、九十九の様子に気付いた八雲は、説明し始めた。
「一つだけ、残ってたみたいだ。小さな卵だった。しかも、妖気で隠してたんだ。見つけられないのも当然だ」
「そうだったのか……」
「これで、朧の呪いは完全に解けた。もう、大丈夫だ」
「ありがとうございます!八雲様」
柚月達は、朧の様子をうかがった。
呪いが解け、安堵したため、朧は目を閉じ、眠りについていた。
朧の表情は今まで以上に穏やかだ。
彼の様子を見ていた柚月達も安堵していた。
こうして、柚月は、朧と九十九を救うことに成功した。
無事に聖印京へ戻ってきた柚月達。
柚月達が、戻ってくるなり、人々はおびえた目で、隊士達は、軽蔑した目で見ているが、それでも、柚月達は堂々と歩いている。
牡丹が彼らを守るように前に出て歩いているからだろう。
だが、理由はそれだけではない。
朧の呪いが解けたからだ。
それだけでも、柚月達にとっては希望が満ちているように感じていた。
柚月達は、本堂へとたどり着く。
隊士達が柚月達を迎え入れ、軍師が待つ部屋へと案内された。
そこには、罪を犯した真谷、巧與、逢琵が手を後ろで縄で縛られ、座らされている。
周りには、各家の当主達が集まっている。
彼らを取り囲むように。
もはや、彼らは罪人扱いのようだ。
彼らの左隣に、牡丹が堂々と着席し、さらに、その左隣に柚月達が着席した。
眠っている朧を柚月の後ろで寝かせた。
牡丹は、軍師に、語り始める。
椿は自分の娘で、九十九に救われた事。
朧が真谷によって呪いをかけられていた事。
かつて、柚月達が華押街の人々を救ってくれた事。
そして、今回の真谷達の悪事とそれを柚月達が阻止してくれたことを。
「と、いうことや。この子らは、聖印京を、一族を守ろうとしてくれたんや。さあ、ちゃんと判断しとくれや。この事、帝に知られたくないやろ?」
なんと、牡丹は、軍師に向かって堂々と脅しをかける。
朧と九十九を助けなければ、帝に今回の件を言うつもりなのだ。
だが、判決を改め直してくれるというのであれば、帝には黙っておくつもりのようだ。
確かに、この事が帝に知られてしまっては、聖印一族は信頼を失ってしまうだろう。
自分の野望の為に、帝の妹や街の人々をさらしてきたのだから。
当主達がざわつき始める中、軍師は、黙っていたが、とうとう口を開いた。
「判決を言い渡す。鳳城真谷、鳳城巧與、鳳城逢琵は追放の刑とする」
さすがの軍師も今回はかばいきれなかったのだろう。
いや、かばう必要性もない。
真谷達は軍師にとって聖印一族の恥さらしのようなものなのだから。
判決を言い渡された真谷達は、顔が青ざめてしまった。
「そ、そんな!あんまりです!確かに、私が朧に呪いをかけました!兄者達を陥れるために、妖を召喚しました!ですが、これは、軍師様が……」
「問答無用だ!」
真谷が何か言いかけるが、軍師は、話を遮る。
そして、自ら御簾を開け、堂々と柚月達の前に姿を現した。
これは、予想外の出来事だ。
柚月達も、驚愕し、困惑していた。
「軍師様が……自ら……」
「あんたが、軍師か」
「そうだ。我が名は、皇城静居。一族を束ねる者だ」
軍師の名を聞いた柚月達は、驚愕し、どよめきが起こった。
牡丹も動揺を隠せない様子であったが、それでも、怖気づくことなく、平然を装っていた。
「……噂にはきいとったけど、こない若い男やったとはな。本当に、不老不死の力を手に入れたんやな」
「その通りだ」
軍師・静居は、若い青年の姿をしている。
しかも、中性的な顔つきだ。
短い金髪に、銀色の瞳で柚月達を見ている。
今にも吸い込まれてしまいそうになるほど彼は美しかった。
彼は、聖印一族の中でも強い力を持っていたが、突如、滅んでしまった皇城家の生き残り。
しかも、神を召喚し、不老不死の力を得た人物であり、それゆえに、長い間・軍師を務めてきたのだ。
静居については、詳しいことは語られていない。
そのため、噂ではないかとささやかれていた事もあったが、真実のようだ。
なぜなら、皇城静居は、千年前に生まれた人物であると伝えられてきたのだから。
「んで、どうするんや?まだ、続き、話してないで?」
牡丹は、静居に改めて尋ねる。
もちろん、続きと言うのは朧達の事だ。
彼らをどうするつもりなのか、牡丹は、聞かなければならなかった。
「……先ほども言ったように、鳳城真谷、鳳城巧與、鳳城逢琵は追放の刑とする」
「朧はん達の事は?」
「……処分を撤回する」
「軍師様!」
軍師の判決を聞いた当主達は、驚愕し、思わず反論してしまう。
確かに、今回の件は、真谷の悪事によるものだが、九十九は凶悪な妖だ。
たとえ、街を救ったと聞かされても、信用できない。
だが、処分を撤回した理由を静居は、説明した。
「九尾の炎は、聖印寮の戦力となるだろう。私の目で直に見ている」
九十九は裁判時に九尾の炎を発動している。
その炎は、真谷達を焼き殺すことはなかった。
つまり、勝吏の言う通り、妖にしか効かない。
聖印一族にとっては、切り札となると考えているようだ。
「九十九は特殊部隊の一員となってもらおう」
静居の命令は、従わざるおえない。
当主達は、しぶしぶ納得するしかなかった。
だが、柚月達は、安堵していた。
こうして、九十九と朧は、処刑を免れ、九十九も柚月達の仲間として迎え入れられることとなった。




