第百十八話 夢からの目覚め
――……長い夢を見た。切なく、苦しく、悲しい夢だ……。あの夢は、間違いない。……九十九と姉上の過去だ。
柚月は、目を覚ます。
柚月の瞳からは涙がとめどなくあふれていた。
止めようにもあふれ続ける。
その理由は、知っている。夢を見たからだ。
長い夢を……切なく、苦しく、悲しい夢を……。
その夢の正体が何なのかも柚月は知っている。
ようやく涙が止まり、柚月は起き上がった。
すると、綾姫も、目覚めたようで、起き上がっていた。
「柚月……」
綾姫に声をかけられた柚月は、綾姫を見るが、彼女の様子に驚いていた。
「……綾姫。どうした?何かあったのか?」
「え?」
柚月に尋ねられた綾姫は、驚く。
なんと、綾姫は泣いていたのだ。
だが、本人は、涙を流していることさえ気づいていないようであった。
「……泣いてるぞ?」
「……本当だわ」
柚月に言われ、ようやく、自分が泣いていることに気付いた綾姫。
綾姫は、手で涙をぬぐった。
なぜ、綾姫が泣いているのか、柚月にはわからない。
だが、綾姫は知っているようだ。涙を流した理由を。
綾姫は、最初は、ためらったが、意を決したのか、静かに語り始めた。
「……夢を見たの」
「夢?」
「ええ……」
綾姫は静かにうなずく。
また、ためらってしまったようだ。
だが、ここまで来たら話すべきだろうと判断したためか、綾姫は一呼吸を置いて、心を落ち着かせ、語った。
「九十九と椿様の過去を……」
「綾姫も?」
柚月の問いに驚く綾姫。
「綾姫も?」ということは、その夢を見たのは、自分だけではないと綾姫は気付いたのであった。
「……ということは、柚月も?」
「……ああ」
柚月もうなずく。
なんと、二人は、同じ夢を見ていたようだ。
それも、九十九と椿の過去を……。
柚月は、いつも不思議な夢を見る。九十九が椿に殺された過去、朧が四天王に捕まる光景など、どれも現実にあった事だ。
だが、それを見たのは柚月のみ。
誰かが、同じ夢をそれも同時に見た過去はない。
これは、一体どういうことなのだろうか。柚月達にも理解できなかった。
「どうして、同じ夢を……」
「分からない。だが、あれは、間違いなく二人の過去だ。それだけは、わかる」
「そうね……」
唯一わかることがある。
あの夢は、九十九と椿の過去。現実に起きた事だ。
柚月は、椿の事を鮮明に覚えている。九十九を刺した事も……。
それゆえに、あれは、ただの夢ではないと確信していた。
それは、綾姫も同じだ。
綾姫も、五年前の出来事を覚えているのだから。
「この夢を見たのは、私たちだけなのかしら……」
「いえ、私達もです」
夏乃、景時、透馬が、柚月と綾姫がいる部屋に入ってきた。
それも、三人とも目が真っ赤になっている。
彼女達は、柚月と綾姫よりも、先に起きたのであろう。
そして、涙したとみて間違いなさそうだ。
おそらく、同じ夢を見たのであろう。
「お前達もなのか?」
「おう。本当、辛かったぜ」
「まさか、九十九君にあんな辛い過去があったなんてね……」
「……」
柚月達は、言葉を詰まらせてしまった。
仲間である九十九が壮絶な過去があったなどと思いもよらなかったからだ。
父親を天鬼に殺され、母親と椿を手にかけてしまった。母親は、抵抗した九十九の手を引き寄せて。椿は、自らの意志で。
どれほど、自分を責めてきたのであろうか。どれほど、罪に耐えてきたのであろうか。
このような残酷な過去を抱えて生きてきたのかと思うと、柚月達は、何も言えなかった。
そんな時だ……。
「ん……」
「朧?」
朧が目を開け、起き上がった。
柚月は、朧を見るが、驚愕した。
「……兄さん」
なんと、朧も涙を流しているのだ。柚月達と同じように。
朧の様子を見て柚月達は、察した。
朧も、自分達と同じようにあの夢を見たのであろうと……。
「朧、まさか、お前も見たのか?夢を……」
「じゃあ、兄さん達も?」
朧は、気付いた。
あの夢を見たのは自分だけではない事に。
朧の問いに対し、柚月達は、静かにうなずく。
柚月は、あることが気になっていた。
それは、朧がどこまで知っているかだ。
この様子だと、朧は、全て知っていたというわけではなさそうだ。
当然であろう。九十九の事だ。自らの過去を朧に話しているとは思えない。
「朧は、何も聞いてなかったんだな。九十九から」
「うん。でも、九十九の父さんと母さんの事は聞いてたんだ。天鬼のせいで、失ったって。だから、許せなかった」
朧は、九十九から両親の事を聞いたことがある。
九十九にとってとても、残酷で、どれほど辛かったであろうと思うと、天鬼が許せなかった。
この時、朧は誓ったのだ。
天鬼を倒すと。九十九と共に。
だが、聞いていたのは、両親の事のみだ。
椿の事については聞かされていない。
だから、九十九が椿を殺したと聞かされたときは、驚愕していた。
それでも、九十九を理解し、信じた。
「でも、姉さんまで……」
「朧……」
朧は、うつむいてしまった。
もちろん、九十九と椿の関係を朧は知らなかった。
それゆえに、九十九が、愛する人をこの手で殺す夢を見た時は、心が痛んだ。
ますます、天鬼が許せない。
朧は、こぶしを握りしめた。
その時だ。
御簾が上がったのは。
「ほんま、辛い想いをしとったんやね」
牡丹と凛も柚月達の部屋に入ってくる。
彼女達の様子を見た柚月達は、気付いた。
彼女達も、同じ夢を見たのだと。
とすれば、凛は、牡丹に娘がいた事を知り、牡丹は、椿が牡丹の娘であった事を知っていた事を知ったことになる。
「……牡丹さん、もしかして」
「見たよ。同じ夢。まさか、気付いとったなんてね……。話せば、良かったわ」
「牡丹お姉様……」
牡丹は、涙を流した。
自分が母親だと名乗ってしまえばよかったと。そうすれば、もっと違う未来があったかもしれない。
椿が命を失うことも、九十九が椿を殺すこともなかったのかもしれない。
そう思うと、後悔ばかりが募っていく。
だが、今は、過去を振り返っている場合ではない。
二人の過去を見たことで柚月達は、ある問題を抱えることとなったからだ。
「やけど、あの子、大丈夫やろうか……。命を使い続けてきたんやろ?」
とある問題とは九十九の事だ。
あの九尾の炎は、九十九が命を削って発動したことを柚月達は知った。
この五年間、九十九は朧を救うために、妖を九尾の炎で焼き殺している。
それと同時に、九十九の寿命もすり減ったはずだ。
どれだけの余命を残したかは柚月達にはわからない。
だが、これ以上使い続ければ、九十九は死に至ることだけは理解できた。
「九十九の九尾の炎は、自分の命を代償としていたとはな……」
「父さん達は知らなかったんだよね?」
「だろうな」
「……九十九。どうして、僕を」
「……」
朧にはわからなかった。
なぜ、九十九は、自分の命を削ってまで朧を助けようとしたのか。
それと同時に九十九は今、どうしているのかと思うと不安に駆られる。
自分達がいないところで九尾の炎を使っているのではないかと思うと……。
朧の様子を見ていた柚月は、彼の肩に手を置いた。兄として優しく励ますように……。
「……今は、九十九の行方と朧の呪いの解き方について考えよう。まずは、そこからだ」
九十九の事も心配だが、他にも問題はある。
九十九の行方と朧の呪いだ。
朧の呪いが再び侵攻したことは、朧も九十九と同様危険な状態にあることだ。
そして、九十九を探しださなければならない。九十九が九尾の炎を使いきる前に。
まずは、この問題を先に解決しなければならなかった。
「そうね」
「兄さん……」
綾姫達は、うなずくが、朧は心配そうな表情で柚月を見ている。
自分の呪いをどうやって解くのだろうか。九尾の炎以外で何か方法はあるのだろうかと不安に駆られていたが、それについても、柚月は優しく答えた。
「心配するな。九十九の九尾の炎以外で呪いを解く。絶対にな」
「うん」
朧はうなずいた。
柚月に励まされたおかげで、決意したようだ。
必ず、九十九を見つけ出して、自分の呪いを解こうと。
「思ったんだけど、朧君の呪いは、生まれた時にかけられていたのよね?」
「そうだったようですね」
朧はうなずいた。
と言っても、自分が生まれた頃から呪いにかけられたことは聞かされていない。
あの夢で初めて知ったのだ。
いつかけられたのか、答えが出てこなかった朧であったが、夢を見て、納得したのであった。
改めて、朧の呪いについて話しを聞いていた景時はあることに気付いた。
「でも、それっておかしいよね?」
「え?何がだ?」
景時は、不思議に思ったことがあるようで、首をかしげる。
何か違和感を感じたようだ。
反対に、透馬は、気付いていないようで、景時に問いかけた。
「呪いをかけたのは、妖なんでしょ?でも、生まれたばかりってことは、屋敷にいたはず。結界が張られてあるのにどうやって、侵入したんだろう」
「……そうですね。確かに、気になりますね」
夏乃も、首をかしげる。
聖印一族や陰陽師が呪いにかけたとは思えない。
もし、かけたとすれば、形跡が残るからだ。
だが、その形跡はなさそうだ。形跡があったなら、朧の呪いは、とっくに解けているはずだから。
とすれば、呪いをかけたのは、妖とみて間違いないだろう。
だが、都の外で呪われたのならわかるが、朧が呪われたのは、生まれた時である。屋敷の中にいたはずだ。
結界が張ってあるというのに、どうやって侵入して呪いをかけたのであろうか。
「……誰かが、手引きをしたということは考えられないか?」
「それならありうるわね。成徳も妖を手引きしてお母様を殺そうとしたんだし」
柚月は、あることに気付く。
誰かが、手引きして妖を侵入させ、朧に呪いをかけたのではないかと。
かつて、千城家の皇子・成徳も妖を手引きし、琴姫や綾姫を殺そうとしたことがある。
術さえ使えば、ひそかに妖を侵入させることは簡単なことであろう。
それゆえに、あり得ないことはないと柚月達は、考えていたようだ。
「けど、誰がそんなことをしたか、だよな」
「そうだな。これも、俺の予想だしな」
誰かが手引きをしたというのは、確信して言っているわけではない。
あくまで、柚月の予想だ。
それに、柚月の予想が合っていたとして、誰がやったのかまでは、わからない。
証拠も残っていないだろう。
ここに来て手詰まりとなってしまった柚月達であったが、夏乃がある提案をした。
「……方法があります」
「え?」
「夏乃、あなた、まさか……」
夏乃が、方法があると言った時、柚月達は、驚いていたが、綾姫は気付いたようだ。
夏乃がどうやって、朧の呪いについて調べるか。
夏乃は、覚悟を決めた様子で、語り始めた。
「はい。私の聖印能力で朧様の過去を見ましょう」
夏乃は、服を引っ張り、右鎖骨を見せる。
右鎖骨には、蝶と雪の家紋・万城家の聖印が刻まれていた。
 




