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聖印×妖の共闘戦記―妖王乃書―  作者: 愛崎 四葉
第七章 九十九と椿の恋歌
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第百十三話 時は、満ちた

 天鬼は、進む。

 ただ、ゆっくりと、ある場所へ。

 天鬼が、たどり着いたのは、地下。牢屋だ。裏切った妖、天鬼を殺そうとした妖を捕らえる場所。と言っても、天鬼はすぐに妖を殺害してしまうため、長らく捕らえられた妖はいない。捕らえられても、脱獄し、生き延びた妖もいない。

 天鬼は、ひたすら歩き続ける。

 九十九の様子を見に行くために。

 そのころ……。


「ぐっ!うっ!あああっ!」


 牢屋に響くのは、落雷の音と九十九のうめき声だ。それも、何度も何度も。

 天鬼の命令で、雷豪が、罰を与えているのだろう。

 それも、九十九に真実を吐かせるために。

 音と声が繰り返し大きく響く。九十九が近くにいるということだ。

 少し歩くと、天鬼は立ち止まった。

 雷豪が、牢の外で九十九に向けてはなっていたが、天鬼の姿を見るなり、制止した。


「どうだ?」


「ナニモ……コタエナイ……。シブトイ……」


「ほう」


 天鬼が覗き込むように九十九を見る。

 何度も雷に打たれた九十九は、ボロボロの状態だ。

 服はあちこち焼け焦げ、体中が火傷を負っている。九十九は、肩で息をし、うなだれていた。


「九十九、まだ、強情を張る気か?」


「……誰が、話すかよ。てめぇらに話すつもりはねぇ」


 九十九は、顔を上げて、威嚇するかのようににらむ。

 九十九に罰を与えてから、どれくらいの時間が立ってであろう。

 長時間の拷問にも九十九は、耐えていたようだ。

 この男は、たとえ、この場で自分の命が尽きようが話す気はないらしい。

 それほどまでに、あの聖印一族の女に心を奪われたのかと思うと、怒りが抑えられない。

 だが、殺すにはまだ早い。九十九を絶望の淵に落とさなければならないのだから。

 怒りを強引に抑え込んだ天鬼は、不敵な笑みを九十九向けた。


「なら、貴様に機会を与えてやろう」


「何?」


 九十九が眉をひそめる。

 あの天鬼が自分に機会を与えるなど思ってもみなかったであろう。

 天鬼は、妖の中でも最強であり、冷酷で、残忍な男だ。命乞いをした妖や人間を容赦なく殺している。それも無残な状態で。

 そんな天鬼が、機会を与えるというのだ。

 なぜ、と疑問が浮かんだが、問題は、そこではない。天鬼は、自分をどうするつもりなのかだ。

 天鬼の事だ。残酷な選択肢をつきつけてくるであろう。


「女を殺せ。そうすれば、今回の件は、なかったことにしてやる」


「テンキ……ソレハ……」


「私に逆らう気か?雷豪」


「……」


 天鬼の提案に反論する雷豪。

 それもそのはず、九十九は裏切り者だ。死を与えるものだとばかり思っていた。

 しかし、天鬼は椿を九十九に殺させることで、見逃してやると言っているのだ。

 これにはさすがの雷豪も納得がいかなかったのであろう。

 だが、天鬼に逆らって、生き延びた者はいない。

 殺気を向けられた雷豪は、黙ってしまった。


「……何を言いだすかと思えば、くっだらねぇ」


「なんだと?」


 天鬼の提案を聞いた九十九は笑っている。

 それも、天鬼と違って真剣な表情だ。こんな九十九は見たこともない。まるで人間のようだ。九十九の表情を見た天鬼は、ますます憎悪を燃やした。


「俺は、椿を愛してる。殺すつもりはねぇよ。俺を殺したけりゃ、殺せ」


「……雷豪。さらなる罰を与えろ。死なない程度にな」


「ワカッタ」


 もはや、九十九は自分の意思を曲げるつもりはない。そう、悟った天鬼は、雷豪に命じて、背を向け、歩き始めた。

 命じられた雷豪は、唸り声を上げる。

 雷豪の周りに雷が纏う。先ほどよりも強力な雷を九十九に向けて、放った。


「がああっ!うぅっ!あああああっ!!」


 九十九の絶叫が牢屋に響き渡る。

 それでも、天鬼は振り返らない。

 何を言っても無駄だと悟っているかのように。


「愚かな男だ」


 そう、呟いた天鬼は自分のこぶしを握りしめていた。



 そのころ、椿は、牢屋を脱出しようとするが、戸を何度も揺らすが、頑丈な鍵でかけられていた。


「開けられない……」


 力任せに、戸を揺らすが、ビクともしない。

 椿の聖印能力では、鍵を壊すこともできない。

 脱出は、不可能のようだ。

 椿は、途方に暮れ、しゃがみ込む。

 絶望に突き落とされたかのように……。


「このままじゃ……私達は……」


 もう、会えなくなる。この言葉が頭に浮かんだ。

 おそらく、自分は裁判にかけられる。

 運がよければ、追放ではあるが、全てを奪われた状態だ。生き延びることは不可能と言っても同然であろう。

 運が悪ければ、処刑だ。裁判の結果が覆った前例は一度もない。

 その前に脱出し、九十九を救出しようと椿は考えていたのだが、それすらも叶わない。

 椿は、何もかもあきらめかけていた。

 その時だ。足音が聞こえてきたのは。

 誰かが近づいてくる。だが、誰なのだろうか。

 足音の正体を知るために、顔を上げた椿だが、彼女の前に現れたのは、なんと勝吏であった。


「お父様……」


「椿……全て、聞いたぞ。妖の男と会っていたそうだな。しかも、四天王の一人らしいな」


「……」


 勝吏は、椿を軽蔑したような目で見下ろしている。

 自分の娘が、妖と、ましてや、四天王であり、何人もの人間を殺してきた悪逆非道の九十九と愛し合っていたと思うと許しがたいことだ。

 大事に育ててきた娘に裏切られた気分であった。


「失望したぞ。私の娘が、このような愚行を……」


「九十九は、悪い妖じゃない!私は、それを知ってるわ!」


 捕らえられても、軽蔑されても、椿は反論する。

 たとえ、それが父親であっても。

 まだ、気付かないのかと思うと勝吏は、愕然としていた。

 それほどまでに、惑わされ、騙されたのかと思うと。


「……私の行いが愚行だというのなら、お父様やお母様の行いだって愚行じゃない!」


「何だと?」


 自分達の行いが愚行だと言われ、勝吏は、眉をひそめる。 

 なぜ、自分達がそのような事を言われなければならないのか。

 理解できない勝吏であった。


「……知ってるのよ。私の本当のお母様は、玉響牡丹さんなんでしょ?」


「!?」


 勝吏は、目を見開き、驚愕する。

 椿の出世は一部の人間しか知らない。聖印一族は、勝吏、月読、矢代、真谷、そして、軍師のみ。他は、鳳城家に仕えている一部の人間のみである。

 椿には決して知られてはならないことであったが、椿はそれを知っている。

 なぜなのか、理解ができず、勝吏は動揺してしまった。


「聖印を持っていると言うだけで、なぜ、引き離したの!?ねぇ、どうして!?」


「そ、それは……」


 勝吏は、口ごもってしまう。

 椿の問いに答えられなかった。聖印をその身に刻んでいるというだけで、椿の運命を変えてしまったからだ。


「私、怖かった。この事が、知られたらって思うと……怖くて、孤独だった」


「椿……」


 椿は、初めて父親に自分の抱えていた想いを吐露した。それも、声を震わせて……。

 誰にも言うまいと心に誓っていたが、耐えられなくなったからだ。


「でも、九十九はわかってくれた。私を受け入れてくれた。だから、愛したの!そうじゃなきゃ、耐えられなかったのよ!」


「……」


 椿が、妖を愛した理由は、自分達にあった。

 軍師の命令と言えど、やはり、従うべきではなかったのかもしれない。

 牡丹から引き離すべきではなかった。そうでなければ、今頃、椿は、幸せに暮らしていただろう。

 戦いに身を投じることもなかった。妖を愛してしまうことも、こんな結末になることもなかったであろう。

 そう思うと勝吏は、後悔した。自分の行いに。椿の言う通り、自分の行いこそが愚行なのだと気付かされたのだ。

 それでも、勝吏は、自分の真意を悟られないようにするために、あえて、冷たい目で、椿を見る。

 冷酷で、愚かな自分を恨むように。それこそが、自分への罰だと考えた。牡丹から、椿を奪ってしまった事への。椿の運命を狂わせてしまった事への。


「……赤い月の日が、もうじき来る。その日が過ぎたら、お前の裁判を行う。それまで、ここにいなさい」


 勝吏は、椿に背を向けて歩き始める。

 何も言わず、ゆっくりと。

 だが、椿は知らなかった。

 勝吏は、ひそかに涙を流し、心の中で椿に対して謝罪していた事を……。

 椿は、絶望していた。

 自分は、もう助からない。九十九にも柚月や朧にも会うことはできないだろう。そして、牡丹にも……。


「九十九……柚月……朧……ごめんね……」


 椿は、涙を流した。

 その涙を止めることは椿には、できなかった。



 時間が流れ、夜となった。

 真っ暗な空だ。星一つ見えない。雲で隠れているというわけではないのに。

 闇に包まれたように感じる。

 そんな状況の中で天鬼は塔の屋根の上に立ち、上を見上げていた。


「ついに来る……来るぞ……」


 夜空を見上げた天鬼は狂気に満ちた笑みを浮かべている。

 今まで以上に狂った様子で。


「……時は、満ちた!」


 天鬼は、高らかに声を上げた。

 喜んでいるようだ。この時を待ちわびていたかのように。

 天鬼は、血のような赤い光に覆い尽くされていた。



 そのころ、九十九は目を覚ます。

 あの拷問の途中、意識を失ってしまったようだ。


「……」


 体中に激痛が走るが、それにも耐えて起き上がった。

 焼け焦げたにおいがする。それは、自分が火傷を負っているからだ。それも、重度の。


――雷豪の奴……殺すつもりかよ。……死なない程度にって言われてただろうが……。


 よほど、許せなかったのであろう。

 死なない程度にと言われていたはずであったが、あの時の雷豪は殺気に満ちていた。

 感情を抑えきれないほどなのであろう。

 雷豪は容赦なく、九十九に雷を放っていたようだ。


――まぁ、こんなところでくたばる俺じゃねぇけどな。


 九十九は立ち上がる。

 どれほどの火傷を負っていたとしても、九十九は、ここを脱出しなければならない。

 椿を救うために。


「らあっ!」


 九十九は九尾の炎を発動する。

 九尾の炎は格子を焼き尽くして、一瞬にして溶かした。


「っ!」


 九十九は、胸を抑えてうずくまる。

 命を削るあとはいつもこうだ。

 心臓が握られたかと思うほど苦しさを感じる。

 だが、今回は、いつも以上であった。


――やっぱ、この状態で九尾の炎は、さすがにつれぇか……。けど、こうでもしねぇと。


 九十九は、苦痛に耐えて、牢から脱出した。

 しかし……。


「!」


 九十九の鼓動が高鳴る。

 まるで、抑えがきかないようだ。

 殺戮の衝動に駆られそうになるが、なんとか持ちこたえる。自我を乗っ取られないように。

 しかも、いつの間にか、傷が癒えている。それも、一瞬で、まるで、何かの影響を受けたかのように。


――この感じ……あの時と同じ!早くしねぇと!


 この感覚を九十九は知っている。

 五年に一度訪れる感覚だ。意識を奪われ、殺戮を繰り返す感覚。そう、あの時がついに着てしまったようだ。

 

――明枇を……取り戻さねぇと!


 九十九は、妖刀・明枇を奪還するために、走る。

 だが、妖はどこにもいない。やはり、この塔にはいないようだ。

 九十九は、妖刀・明枇を奪還し、急いで外に出る。

 その瞬間、血のような赤い光が九十九を覆い尽くす。

 九十九は、夜空を見上げると目を見開いて驚愕した。


「嘘だろ……」


 九十九は、信じられないと言った表情をしている。

 空には、赤い月が浮かび上がっていた。

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