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才色兼備のナナ姫は、恋の作法がわからない!  作者: 日々一陽
第9章 ナナの願いとカツ丼と
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第9章 第1話

 第九章 ナナの願いとカツ丼と



 日曜の朝7時、美味しそうな匂いに目が醒める。


「母さん、今日はホットケーキなの?」


 まぶたをこすりながら居間に入ると母は食卓に座っていた。


「ええ、美味しそうでしょ、バナナがたっぷりで特製シロップもすっごく美味しいの」

「バナナ?」


 イヤな予感がした。


「陽太さん、おはようございます! あなたのナナですっ!」

「どうしてお前がここにいるんだ!」


 僕のツッコミに真顔で答えたのは母だった。


「ナナさんが朝食作りますよって、早くから来てくれたのよ。ナナさん料理上手だし、母さんも楽できるしとっても嬉しいわ」

「楽できるって、それでいいの母さん」

「いいと思うわ」


 にこり笑顔でバナナを頬張る能転気な母。その横で無表情のままオリエもホットケーキを口に運んでいる。


「はい、こちら陽太さんの分です」


 ほかほか湯気を立て柔らかそうな2枚重ねのホットケーキは輪切りのバナナが花弁はなびらの如く飾り付けられ、真っ白なクロームとメイプルシロップがたっぷりと盛られている。ホットーケーキにバナナ、そして生クリームとメイプルシロップ。味は外しようがないと思われ。


「ありがとう。美味しそうだな」

「はい、陽太さんの分はグッと大人の味を目指してみました!」

「大人の味?」


 ブランデーでも混ぜたのだろうか? 僕はナイフで一口分を切ると口に運ぶ。


「どう、ですか?」


 ふわふわ熱熱アツアツのホットケーキは甘いクリームとシロップがよく合って、噛むとバターの香りがほんのりと…… って!


「……っ! 何この鼻に抜けるツンとしたアクセント」

「はいっ、2枚のホットケーキに間にわさびを挟んでみました。やっぱり大人の味といえばこれですよねっ! お寿司にヒントを得たんですよ」

「どうしてお前は妙な工夫をしたがる!」

「美味しくありませんか?」

「当たり前だ! こんなの喰ったら口から火炎放射してゴジラになる」


 せっかくの朝食が台無しだった。バーナーナには『過ぎたるは振り出しに戻って3回休み』という諺はないのだろうか。

 僕がホットケーキにたっぷり塗られた緑色の物体Xをナイフでそぎ落とし始めると、ナナは顔色を変えてその皿を回収し、何度も頭を下げながら厨房へと下がっていった。


「陽太、わさびくらいいいじゃない。せっかくナナさんが作ってくれたんだし、我慢して食べるのが男ってもんでしょ?」

「何言ってるの母さん、わさびだよ、それもたっぷりチューブ一本分は練り込んであったよ」

「ナナさんが可哀想じゃない。母さんも昔、お吸い物にパクチー入れたらお父さんが飲まなくて、星が違うと味覚も違うんだなって。悲しかったわ」


 いや、それ星の違い関係ない。僕も絶対飲みたくない。

 だけど、ナナに悪気がないのは知っている。

 ちょっと様子を見てこよう。


 食卓を立ち厨房に入ると、ナナはホットケーキを焼きながら調味料棚と睨めっこをしている最中だった。


「なあナナ、さっきは少し言いすぎた。ごめん」

「いえ、悪いのはナナの方です。わさびがお嫌いだなんて。次はこの八丁味噌を……」

「やめんかい!」

「じゃあ、こっちの海苔の佃煮で磯の香りをたっぷりと……」

「だから何もしなくていいんだよ!」

「そんな、何もするな、なんて!」

「あっ、いや、だからさ……」


 つんつん、と背中を突かれた。


「あ~あ、お兄ちゃんがナナねえ泣かした」

「月子! いつからそこにいた」

「最初からだよ。ナナねえが作るの見てたもん」


 てへへ、と意味ありげな笑みを浮かべると僕を手招きする。


「見てたんならどうして止めなかった、あのわさび」


 ふたりは厨房を離れ廊下へと出る。


「だってさ、ナナねえはお兄ちゃんのだけは他のと一緒じゃダメだって、特別な人には特別な何かをしなくちゃいけないんだって必死に考えてたんだよ。分かってあげなよ」

「だからって、わさび一本喰わされる者の身にもなってみろ」

「じゃあ、好きな薬味を言えばいいじゃない」

「ホットケーキに薬味って……」

「あの、陽太さん。出来ました。今度は美味しいはずです……」


 結局、僕の朝食はハチミツ漬けのバナナがこってり盛られたバナナホットケーキになった。メイプルシロップもたっぷり掛かった糖分無限大の劇甘仕様だ。口中にまとわりつく濃厚な甘さでベトベト感ハンパない。紅茶がススム君だ。それでもわさび仕様よりは圧倒的にマシな味になった。

 さっきから淡々とフォークを動かす僕を、ナナはじっと見つめている。


「どうしたナナ、美味しいぞ」

「無理しなくても分かります。月子ちゃんもオリエも美味しそうな顔をしてくれたのに、陽太さんだけは違いますから。紅茶のお代わり3杯目ですから」

「じゃあ、みんなと同じのを出してくれよ」

「そんなこと出来ません! だって陽太さんはわたしの大切な……」



 バナナバナナバナナ~

 バナナを食べると~



 何だかよく分からない着メロが鳴り響くと、ナナは慌ててエプロンに手を突っ込む。


「あっ、はいナナですが。はい、はい、はい…… ええ~っ!」


 壁に向かって何度もはいはいと首肯していたナナは通話を終えると。


「あの~、陽太さん、オリエ。シャングリラが大変なことになってるらしくって。今から一緒に来てくれませんか!」




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