第9章 第2話
ショッピングモールに入るや異様な光景が飛び込んできた。フルーツパーラー・シャングリラの前に長蛇の列が出来ているのだ。それも背広を着た50歳くらいのおっさんばかりが、だ。
「何がどうなってるんだこれ」
「帝国コンツェルンが何か企んでそうね」
オリエが言うまでもなく僕もすぐにピンと来た。帝国コンツェルンのヤツらは決まって背広姿のおっさんたちをゾロゾロ連れてくるのだ。彼らもきっとそれなのだろう。仕事ヒマなのか?
僕らは勝手口から中に入る。店内では開店前ミーティングの最中だった。
「……と言うわけで皆さんはいつも通りに働いて下さい。彼らは直接わたしたちに危害を加えることは絶対にありませんから」
非番だったナナもミーティングの輪に入る。
僕とオリエ、そして月子は少し離れて待った。
やがて。
「朝早くから来てくれてありがとう。見ての通りヤツらはこの店を『満席殺し』にしようとしてるみたいなんですよ」
「満席殺し?」
「はい、あの男たちが店を満席にして粘るんです。コーヒー一杯で何時間も」
せこい手段だった。
「そんなヤツらは追い出せばいいじゃないですか」
「彼らの背後には凄腕の弁護士も付いてます。理不尽に追い出したら彼らの思うツボ、法廷闘争に持ち込まれます」
「じゃあ時間制にすれば」
「今日いきなりは無理ですし、それにもし制限時間を作っても彼らはやめないでしょう。あの男たちが店内を占拠する限り、本当のお客さまには敬遠される。いずれこの店のお客さまはみんな去ってしまいます」
天川店長は唇を噛みしめる。
「だったら、あのおっさんたち相手に儲ければいいのでは?」
「イヤですよ! 考えてみて下さい、ぼくはあんなおっさん相手に商売をやりたい訳じゃない!」
確かに。
仮におっさん相手に十分売り上げを取れたとしても、一日中背広着込んだむさ苦しいおっさんたちしか居ないフルーツパーラーなんてやってて面白くないだろう。
「実は昨日、丸田から電話があったんですよ。うちの店の営業を妨害した黒幕はお前だろうって。お前の店も叩き潰してやるって……」
昨日、丸田・ザ・ジャイアントが経営するデザートパーラー・ケンタウルスの食材を全部キャンセルして営業できなくしたのはこの僕だ。月子の友達が起こした騒動も天川店長には関係ない。なのにこの仕打ち。
僕は昨日の出来事を彼に話した。時間を止めたことは伏せておいたが、丸田の宇宙スマホに悪戯をして注文を全部キャンセルしたことを伝えると天川店長は納得したように。
「なるほど、そう言うことですか。だから彼らの店は今日から臨時休業な訳だ。いやはや、これは愉快だ、痛快だ、怪物くんだ! 笑いが止まらないよ!」
怒られるかと思いきや、店長は楽しそうにひとしきり笑って。
「しかし、そうなると丸田も本気できますね。これは厳しい戦いになりそうだ」
やおら彼は僕らに席を勧めてくれて。
「まあ何か召し上がって下さい」
目の前にメニューを開き、テーブルの上にこれ見よがしに「予約席」の札を立てると軽く会釈して入り口へと向かった。
「お待たせしました開店です。どうぞお入り下さいっ!」
営業開始である。その言葉に店の前に並んでいたスーツ姿のおっさんたちがゾロゾロと入ってくる。
「じゃあ私はチョコパフェ超大盛りをいただくわ」
非常事態にも平然とオリエは手を上げナナを呼ぶ。
「はい、かしこまりました。チョコパフェLLサイズとバナナパフェとコーヒーですね」
見ると怒濤の来客に店長もウェイトレスたちもてんやわんやだ。ナナもぺこり一礼すると忙しそうに動き回る。
70席を誇る広い店のテーブルはあっと言う間に全て埋まった。ある意味では大盛況なのだが、その客は全て背広姿のおっさんである。彼らはメニューを広げるとビシッと真っ直ぐ手を上げて給仕を呼ぶ。店内至るところでおっさんが元気よく手を上げている様は不気味ですらあった。
「8番テーブルブレンドふたつ!」
「21番テーブルブレンドみっつ!」
「11番テーブルブレンドふたつ!」
「25番テーブルさんお冷やお待ちです!」
「カウンター5番さんブレンドですっ!」
ウェイトレスたちの声が聞こえる。
どうやらブレンドコーヒーしか注文がないみたいだ。
入り口に目をやると、そこにはまだ背広姿のおっさんが10人ほど行儀良く列を作って並んでいる。その後ろ、若いカップルが店内を覗き込んでいたが、やがて何やら言葉を交わすとどこかへ行ってしまった。そりゃそうだろう、店内はヘンな雰囲気だし、直立不動で列を作るおっさんたちの後ろにわざわざ並ぶ気はしないだろう。
こりゃ当面この店はコーヒーを飲むおっさんたちに占拠されることになりそうだ……
「あの、お待たせしました。チョコレートパフェLLサイズとバナナパフェでございます」
少し震えるような声に振り向くとトレイを手に現れたのは黒江嬢だった。
「黒江さん、給仕もするんだ」
「今日は特別。それよりも日向くん、この状況って一体なんなの?」
「ええっ、そんなこと言われても、僕にもサッパリ……」
「ウソ仰い! 今朝異常を感じた店長は慌てて大葉さんに電話していたわ。そしたら日向くんと琴乃さんまで来て。あなたたち何か知ってるんでしょ?」
「いや、ホントに……」
やばい。
何て言い訳しよう。
この状況に僕らが関係していると黒江嬢が疑うのは当然だし、事実そうなのだ。だけどまさか「実はこの店の店長は宇宙人で……」なんで説明するわけにもいかず……
「そうよ。知っているわ」
彼女の詰問に平然と答えたのはオリエだった。
「実はこの店の店長は宇宙人なの。そして店を占拠するおっさんたちも、その黒幕である「デザートパーラー・ケンタウルス」の店長もみんな宇宙人。これは宇宙人同士の抗争なの」
「琴乃さん、何を言ってるの……」
暫し呆気にとられていた黒江嬢はすぐに笑い始めた。
「そんなことあるわけ無いでしょ! もう冗談ばっかり」
「あら、冗談じゃないわよ」
「もういいわよ。わたくしには教えてくれないってことね」
彼女はトレイを脇に抱えるとプイッと背を向け戻っていく。
「おいオリエ、何て事言うんだ」
「あらいいじゃない? 本当のことを言ったまでよ」
「だけど……」
「ウソをつく方が残酷よ。彼女は本気で心配してるんだから」
「……」
まあ黒江嬢は信じてないからいいけど。
しかし、解決すべき本題はそこじゃない。
この、店を占拠しているおっさんたちをどうするか、だ。
さっきから月子は店内をじっと見回して何か考え込んでいる。小学生なりに知恵を絞っているようだ。
「お兄ちゃんごめんね。昨日あたいたちがあんなことしたから」
「いや、それを言ったら僕も同罪だ。ともかく何とかしよう」
「このおじさんたちをみんな宇宙船に乗せて宇宙の彼方へ送り返したらどうかな?」
「そんなことしたら急に満席の店が空っぽになって、大事件になるぞ」
「あっ、そうか。ここの様子は窓の外からも丸見えだもんね」
ここにいるおっさんはみんな手下に違いない。代わりはいくらでもいるだろう。やっつけなきゃいけないのは大ボスだ。
「あの、丸田・ザ・ジャイアントを改心させる方法があれば……」
「だったら、彼のことをよく知ってる店長に相談したらいいじゃない」
「そうだな」
オリエのごもっともな提言に僕は店の奥に彼を訪ねた。




