第6章 第1話
第六章 ナナ、スーパーへ行く
僕らを乗せた円盤は日曜午後の買い物客で賑わうショッピングモールのピロティ広場にゆっくり降下する。
「って、おいオリエ! こんなとこに着陸してどうすんだ!」
「行った時と逆に戻るよう自動運転をセットしたのよ。悪かったかしら?」
窓から下を覗くと人々がこっちを見上げて何やら騒いでいる。
「悪いに決まってるだろっ! もっと人目につかないところに降りろよ!」
「じゃあ……」
その瞬間、地上の人々の動きが止まり、みんなキョロキョロしたりキョトンとしたり。
「亜次元空間に移ったから誰にも見えない、触れない」
「最初からそうしろよ!」
そうして。
ショッピングモール前の広場に着陸した。
僕らは円盤を降り「亜次元空間Exit↓」と投影された空間の前に立つ。
「おい、この円盤どうすんだ?」
「大丈夫よ、これレンタ円盤だから。業者が取りに来るわ」
「出前みたいな宇宙船だな」
僕らは彼女の後から「亜次元空間Exit↓」を抜ける。
と。
「うわあっ!」
突然僕らの前に現れたアラサーのお姉さんが大声を上げて飛び退くと目を擦りながら。
「さっきから巨大な円盤の幻が見えたり、突然目の前にぬうっと人が出現したり…… きっとわたし疲れてるんだわ、そうよ。寝不足だし。ああ、もう帰って寝よ寝よ!」
独り呟き去っていく。
ごめん、アラサー姉さん、突然別次元から現れて。
「なに、さっきのおばさん。人の顔見て驚くなんて失礼ね」
「お前が驚かしたんだろ!」
「ちょっとしたマジックじゃない!」
しかしオリエは今日も反省の色なしだった。
「ところでさ。どうするみんな? 疲れたから帰るか?」
ここから家までは歩いて15分。せっかくの日曜だし帰るにはまだ早いのだが。
「ねえお兄ちゃん、今晩お母さんいないんだよね」
「あっ、そうだった。忘れてた。同窓会って言ってたっけ」
だから夕食は月子とどこかで食べてきてね、って言われてたんだ。
「なあ~んだ。だったらシャンゼリでゆっくり晩ご飯も食べれば良かったわね」
至極残念そうなオリエ。
「なあ月子、まだ晩ご飯には早すぎるし、何か買って帰ろうか?」
「じゃあ月子、カレーがいいなっ!」
この一言にナナが激しく反応した。
「そうだ! ねえ月子ちゃん、わたしがカレー作ろうか?」
「えっ、ナナねえが作ってくれるの! わあいっ!」
「いやいや、そんなの悪いよ」
ってか、凄くイヤな予感しかしない。
しかし。
「作らせてください陽太さん! わたし作りたいんですっ!」
「ありがとうナナねえ!」
他の3人は乗り気モード120%で、僕の抵抗は宇宙の彼方までスルーされた。
「じゃあ先ずは買い物だね! 月子はチキンカレーがいいなっ!」
「えっと、じゃあこのモールで買っていきましょうか」
「いや、ここはちょっと高いからマンション近くのスーパーにしよう」
家の近くの「スーパーすばる」は安いしいつも使ってるから勝手もよく知っている。
ベガでの出来事を話しながら4人で歩くと、あっと言う間に「すばる」へ着いた。
「ここがスーパーすばる、ですか」
見上げる看板には青い六つ星を模った店のマーク。
結構広い駐車場を抜け、平屋建ての店内に入る。入り口で緑のカゴを手に持つと先ずは野菜売り場が広がる。
「あっ、カゴはナナが持ちますよ!」
「いや、お前が持つと取っ手が破壊される」
「陽太さんは意地悪ですっ!」
この買い物は我が家の買い物。
彼女にカゴを持たせると、彼女が支払いまでしてしまいそうだし。
「荷物は男に持たせればいいのよ」
一方オリエは悠然と歩いて行く。
「じゃがいもはね、煮崩れしにくいメークインがいいんだよ!」
お姉さんぶる月子はナナに自分の全知識を披露する。
「月子ちゃんは賢いわね。何でも知ってるんだ!」
「えへっ! それから人参はね、味が落ちるから入れないんだよ!」
「コラ月子! 好き嫌いするな!」
油断もスキもないヤツだった。
僕は黙って大きい人参2本をカゴに突っ込む。
「お兄ちゃん多いよ、1本にしようよ!」
カゴから1本を元に戻す月子。
宇宙スマホを手にナナは苦笑い。多分レシピを検索して見ているのだろう。ま、2本は多いけど家庭のカレーは野菜どっさりでいいのだ。
「じゃあその分マッシュルームを入れよう。あっ、ブロッコリーもあるな」
「ちょっ、ちょっとお兄ちゃん、ブロッコリーはダメだよ! 味が違うくなるよ」
必死に抵抗する月子をスルーして大きいのを手に取る。
「大丈夫だ。市販のルーを正しく使えば、どんな具材を放り込んでも、ちゃんと美味しいカレーになる。それがカレーのいいところだ!」
「そんなこと…… ピーマンはダメじゃん!」
「ありだ。じゃあピーマンも入れようか?」
「ああっ、お兄ちゃんごめんなさいっ、人参2本にするからさあっ!」
ピーマンに伸びる僕の手を必死で押さえる月子。
と。
「……そうなんですか、陽太さん?」
僕らのやりとりを真剣な眼差しで聞いていたナナ。
「本当だよ。カレーはルーの味がしっかりしてるから、茄子でもトマトでも、何を入れても大きな失敗はないんだ」
「便利なんですね……」
「おっと、玉葱は必需品だ。先ずはアメ色になるまで玉葱を炒めることから始めるからな」
玉葱をカゴに突っ込むと野菜コーナーを抜けてお肉のコーナーへと向かう……
と。
「これ何ですか?」
僕の袖を引っ張るナナ。
「ああ、刺身。魚の切り身だ」
「こんなに小さく切って売るんですか?」
「そのまますぐに食べられるようにな」
「でも家で調理した方が鮮度はいいですよね」
バーナーナでのナナの料理を見るに包丁さばきはお手の物なのだろう。
「魚って捌くの難しいだろ、ナナは自分で出来るんだろうけど」
「まさか」
しかしナナは僕の言葉を一蹴して。
「魚は全自動さかな調理機で捌きますよ。包丁で捌くのは小学校の調理実習の時だけですよ!」
レベル高いな、宇宙小学校。
「なあ陽太、蒲焼きって何だ?」
「ああ、鰻の蒲焼きか。食べてみるか? 高いけど美味しいぞ」
1匹2000円もする蒲焼きを手に取るオリエは不思議そうに。
「鰻のタレ焼きとどう違うのかしら? 見るからにそっくりだけど」
「あるんだ、宇宙にも同じような料理が……」
「鰻のタレ焼きは鰻を全自動さかな調理機に入れるとあとは全部やってくれるわ。甘いタレをじっくり染みこませ遠赤外線で美味しくふっくらと仕上がるのよ」
「すげえな、宇宙の技術」
暫く魚の種類とかの話で盛り上がった僕らは、ようやっとお肉売り場に辿り着く。
「えっとチキンカレーだからもも肉を……」
「お兄ちゃん、お肉はいっぱい買おうねっ!」
僕と月子が鶏肉を選んでいると、ナナが慌てたように袖を引っ張る。
「ちょっと待ってください陽太さん。このお肉、むちゃくちゃ高いです! グラム78円ってバーナーナでは有り得ませんよ! 1kgで七万八千円じゃないですか!」
血相を変えるナナ。
「ああ、この表示ね。特売グラム当り78円って時のグラムって、100グラムのことなんだ」
「ええっ? どうしてですか? こっちの包装にはちゃんと100グラム98円って書いてますけど、この札は「グラム当り」ですよ?」
「ホントだな」
言われてみると確かに紛らわしい。
「ベガでは単価が書いてあるときは基本1kg当りだわ」
「バーナーナもそうですね」
「1kg! じゃあドカンドカンってお肉がいっぱい食べられるんだねっ!」
月子の目が爛々と輝く。
「そうよ、またバーナーナへいらっしゃい。いっぱいご馳走するわよ」
「ありがとうナナねえ。そういやこの前もステーキいっぱい食べたねっ!」
月子がナナにじゃれてると、オリエが僕の背中を叩く。
「これは何カップ麵?」
「何カップ麵って、ラーメンだけど。ベガにもあるのか、カップ麵?」
「あるわよ。私、好きだから」
宇宙的な食べ物なんだ、カップ麵。
「で、これは何カップ麵?」
「何カップ麵って、ラーメン知らないのか?」
「そうじゃないわ。Cカップ麵とかEカップ麵とかあるじゃない! そう言う私はEカップよ」
「何の話しだ? カップ麵にCカップとかDカップとかあってたまるか!」
と、ナナが僕の袖をクイクイと引っ張る。
「あの、陽太さん。あるんですよ、Aカップ麵とかBカップ麵とか。そんなわたしはCカップですけど…… ぽっ!」
「ぽっ、じゃねえよ。意味わかんないよ。ってか月子は気にしなくていい! 自分の胸見て泣くな! 小学生はブラしてなくて当然だ!」




