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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第三章 飢えた獣の咆哮
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第19話 「この想いを、誰にも譲るつもりはない」

 天使と悪魔の全面衝突が始まった。

 まるで神話のような光景。

 ズシン……! と、攻撃の余波により、迷宮が悲鳴を上げているかのような地響きが発生する。


 そんな乱戦のなか、皆の視線から逃れるように動いていて誰もが見逃していたその男を、似たような技術を扱える神谷士道だけが把握していた。

 それは忍術師の少年。


「霧崎……」

「悪いけど、今回君に用はないんだ」


 鼠色のローブを身に纏っている彼は、日本人の少女を両手で抱えながら、足早に去っていく。

 魔王の威圧を利用してルシアに視線を集中させて、自身は姿を消す算段だったのだろう。

 実際に士道を除けば、誰にも気づかれていない。


(ならどうして奴はこの戦場に来た? 戦わないのにこの場に来る意味は――)


 士道はめまぐるしく動く状況に対して高速で思考を回転させていく。

 翔が連れていたあの少女に戦闘力は無いように思える。それに『鑑定』は通じなかった。つまりは転移者だ。合理的に考えれば、あの次元の穴を切り開いた移動術の行使者の可能性が高い。

 それ以外に、少女を連れてくる理由が見当たらない。翔が戦場から離脱しようとしていることを考えれば、それだけ重要性が高いのだろう。

 翔の隠密能力は他の追随を許さない。新魔王が彼に任せたのも頷けるところだ。

 

 士道が翔に声をかけたことにより、レーナ達がようやく彼の存在に気づく。

 だが士道は仲間を制すると、

 

「待て、奴に構っている暇はない。今はガレスを優先しよう」


 士道と翔の視線が交錯する。

 翔は両手に抱える少女に一瞬視線を向けた。彼女は『次元移動』の行使で疲れたのか、すやすやと眠りについている。

 その表情はどこまでも純粋だった。

 

「……君のことだ。この子の為なんだろう」

「少なくともお前の為じゃない。護ると決めたんなら、護りぬいてみせろ」

「……」


 士道が揺るぎない眼差しでそう告げると、翔は僅かに表情を歪める。そうして彼は背を向けると、

 

「……士道、僕達の『同類』に気をつけて。確実に動いてくるはずだ」

「……?」


 そんな忠告を残して、彼は足音も鳴らさずに階段から離脱していく。

 士道はその内容に一瞬だけ眉をひそめたが、直後にハッとしたように叫びを上げた。


「マズい――無理やりにでもガレスを確保しろ!」


 しかし、反応が遅かった。

 堂々たる様子で佇んでいた獣王は、何の前触れもなく、唐突に虚空へと姿を消す。


(やっぱりあの男か……!)


 固有スキル『霊体化』を駆使する姿無き暗殺者――影山怜である。

 咄嗟に動いたレーナが先ほどまで獣王がいた場所で腕を振り回すが、何かに当たったような気配はない。やはり影山が獣王にもスキルを使い、姿を消した状態で動かしているようだ。

 ――考えろ。

 影山は何をしようとしている。奴らの目的は獣人族を洗脳した獣王の指揮下において、女神側の戦力とすることだ。ならば、獣王をあの里に送ることが最優先のはずである。

 その為に最も手っ取り早いルートは、

 

「……上か!!」

「……"支配領域"」


 士道が声を上げるとミレーユが術式を展開。魔力が上空へと薄く引き伸ばされていく。戦闘中の天使と悪魔の領域にまで"支配領域"が届き、そして、


「……何もないはずの場所に微弱な魔力を感知。これがあの男のはずです」

「良くやった。場所は?」

「新魔王ルシアの奥なのです。迷宮に開けられた大穴の先――」


 ミレーユの言葉に呼応して上空を見上げると、遥か頭上から見下ろしていた大友慎也と視線が交錯する。その隣に、影山と獣王が実体化した。


「――チッ! 逃してたまるか!!」


 士道は『風の靴』を行使して、宙へと浮き上がる。ぐんぐんと、天使と悪魔の乱戦の隙間を潜り抜けて、打ち出された砲弾のように大穴を舞い上がっていく。

 すでに大友達は姿を消している。里へ向かっているのだろう。


「お前らの思い通りにさせるかよ……!!」


 士道は更に魔力を込め、その速度を上げていく。



 ♢

 


 士道が上空へと突き進んでいくが、このパーティの他のメンバーには飛行能力がない。

 レーナは焦燥を浮かべながら、

 

「ミレーユさん、風魔法でわたしを打ち上げられますか!?」

「なっ、いや、それは……できないことはありませんが……」

「お願いします! あの父親は、必ずわたしが何とかしてみせます」

「……体には、凄い負荷がかかりますよ? 場合によっては怪我をするかも」

「覚悟の上です」


 レーナは揺らがない瞳のまま、断言する。

 ミレーユは嘆息すると、


「……無茶はしないでください。この先は強力な固有スキルを持つ転移者同士の闘争なのです」


 轟!! と、"強風"が唸りを上げる。

 天使と悪魔が放つ恐ろしいほどの攻撃の応酬を潜り抜けながら、レーナは地上へと飛び出した。




 ♢



 空へと放たれるレーナと入れ違うように、ミレーユ達の前に二人の上位悪魔が舞い降りた。

 小柄だが、筋肉が盛り上がった体。

 両者共にサングラスをかけていて、頭をモヒカン状に刈り上げている。その顔は瓜二つだった。

 おそらく双子であると思われるその二人は、示し合わせたかのように、リリスの方にビシッと指を向けて言った。


「ヘイ。オマエが新しい『魔王の器』か?」

「どうにもそんな風には見えないがね」

「まあ良い。なんで天使の実験場に紛れてるのかはしらないが」

「都合が良いことに変わりはない」


 妙にテンションが高い二人にペースを乱されながらも、ミレーユは再度"支配領域"を展開する。

 分かりにくい語調だが、要するに龍魔王の力を宿しているリリスを確保したいのだろう。

 そろそろ残存魔力も少ないが、上位悪魔は出し惜しみして勝てるような相手ではない。

 


「オイラはドム」

「オラはブレッド」

「二人とも新魔王直属の精鋭」

「容赦はしないよ」


 息の合った様子で声をかける二人は、しかしサングラスの奥の瞳には怜悧な光を宿している。

 ミレーユの実力を理解しているのだろう。簡単には仕掛けずに、じりじりと左右に別れていく。

 これでは一対一の構図になってしまう。

 それではリリスが危険だ。上位悪魔はミレーユでも勝てるかどうか分からない。

 半端な力で対抗できるほど生半可な相手ではないのである。

 そう思ってミレーユは歯噛みしたが、


「大丈夫だよ先生」


 リリスが柔らかい声音で呟いた。


「あたしだって、戦える。そのための力をウォルフに貰ったし、そうしたいって意志がある」

「……無茶は、しないでください」

「うん」


 ミレーユとリリスは背中合わせになり、ドムとブルースに向けて戦闘態勢を取る。

 リリスの背中は小さいけれど、思いのほか頼もしさを感じる。彼女の成長を実感して、嬉しさが込み上げた。こういう喜びがあるからミレーユは先生になりたいと思ったのだ。

 その思いは今も変わらない。


 対するドムとブレッドはそれぞれギラリと刃先が輝く手斧と薙刀を構え、


「話は終わりか」

「なら行くぞ」

 

 真正面から突っ込んでくる。


「私をあまり舐めないでほしいのです……!」


 世界に十人といない悪魔のレベルオーバー。魔神が生み出した傑作と呼ばれる上位悪魔を、"支配者"の異名を持つ超級冒険者が迎え撃つ。

 勝つ必要はない。時間稼ぎさえしていれば、後は士道が決着をつけてくれる。


「あたしなら、やれる……!!」


 そして、リリスが戦意を持って叫びを上げた。

 絶望のなか、希望を見出すような戦闘が始まる。




 ♢




 天使長イリアスと新魔王ルシア。

 女神側と魔神側。

 両陣営のトップクラスの実力者である二人は空中で羽ばたきながら、互いに睨み合う。

 天使の研究要員と五人の上位悪魔は熾烈な戦いを繰り広げながらも、その二人には決して近づこうとはしなかった。

 その行動は死を意味すると、本能が理解しているのだろう。


「さっきのは、どういう意味だ……?」


 まるで隙のない態勢で槍を構えたまま、イリアスは呟くように尋ねた。

 先ほどルシアが告げた、まるで魔神を再臨させる意志がないかのような言動が気になったのだ。

 天使が女神の造形物であるのと同様に、悪魔は魔神の造形物である。故に忠誠を誓うのは当然のことであり、そうなるように意識レベルで仕込まれている。そのはずだった。

 だがルシアは気分を害したような調子で、


「同じことを二度言わせるな。俺様は魔神なんぞに興味はないと言ったんだ」

 

 告げる。

 己の存在意義に反するような言葉を、平然と。

 今度こそイリアスは絶句した。

 目の前に君臨するこの男は本当に悪魔なのか。そういう根本的な疑問が生じる。

 だが状況は、確かにそれを証明していた。


「悪魔は魔神の為に動く。そういう風にできている……そのはずだ。お前は、いったい……」

「そう。その通りだった。同様に、天使は女神の為に動く。だが、女神側と魔神側では異なる点があるんだよ。分かるか?」


 イリアスは怪訝そうに眉をひそめる。

 ルシアは肩を竦めると軽薄そうな調子で、

 

「女神は下界には降りてこれないかもしれないが、確かに『天界』には存在しているはずだ。……だがな、対して魔神は既に死んでいる。生き返って再臨する目処があるとはいえ――大事なことは、今、この世界にはいないってことだ」

「……どういうことだ?」

「俺様たちの意識を縛りつけているのは神の強靭な神力だ。神の造形物として生まれてくる際に植え付けられた、な。……だが、魔神がこの世界から消えて、何年が経過したと思っている? すでに神力は消えかけて、意識の縛りは揺らいでいるんだよ。それは俺様やここにいる上位悪魔共のように、魔力が強い者なら破ることができる」

「だから……悪魔の存在意義から外れたはずのお前に、上位悪魔共が従っているのか」

「そうだ。だから言ったんだよ、"女神の狗"とな」

「……」

  

 煽るようなルシアの言葉に、しかしイリアスは反応しなかった。

 イリアスは女神の狗で構わない。

 そしてルシアの言葉を受け入れた上で、イリアスには疑問があった。


「ならばお前は、何の為に戦う? お前やここにいる連中が魔神の支配から逃れたのは分かった。だが、魔王軍の大半は魔神に縛り付けられたままのはずだ。その上で、なぜ新たなる魔王となった?」

「なに……別に、語って聞かせるほどのことがあったわけじゃない」


 ルシアは肩を竦める。

 軽薄そうな調子だが、その声音に宿る切れ味鋭い刃物のような真剣味は抑えきれていなかった。


「俺様は、悪魔という種族に、笑顔ある未来を……と、そう思っただけだ」


 ゾクリ、とイリアスは恐怖した。圧倒的な強者である彼にとって、久しい感覚だった。

 絶対的な覚悟。揺らがない意志。そんなものは別に珍しいわけではない。

 強者には、必ずそれ相応の理由があるのだ。

 確かに強者となる者には、他を隔絶するような才覚があったのかもしれない。だが、その力の振るい方を覚えない者は、いずれ自滅するだけだ。

 強者は誰にでも決して譲れない理由があって、だからこそ血の滲むような努力をして、そのすべてを背負って戦っている。

 誰だって負けられない戦いの意志がある。

 だが、そのことを理解した上で、ルシアの瞳に宿っているのは、まるで世界の滅亡でも垣間見たかのような悲壮さだった。


「その為に、天使族は邪魔だ。悪いが俺様の都合で、貴様らには『天界』に引っ込んでいてもらう」


 その言葉が最後だった。

 新魔王ルシアはその身に宿る魔王としての悍ましい魔力を異常なまでに練り上げていく。

 対するイリアスはこれまで通りに槍を構えた。


「……悪いが、それはできない相談だ」

 

 恐怖を受け入れてなお、イリアスは戦う。

 イリアスは、女神と共に歩みたいと思った。

 彼女は確かに冷酷だ。この獣人族を戦力化する実験も、己の計画のほんの一ピースに過ぎない。

 だが、その先に彼女の望む未来があるのなら。

 たとえ女神がどれほどの罪を重ねようとも、それを上回るほどの愛を世界に降らせるのならば。

 イリアスは誰よりも先に、彼女の為に戦う。

 その想いは決して女神の造形物であるからとか、神力で意識を縛られているからとか、そんなつまらない理由ではない。

 己の胸の奥底から湧き出す鋼のような信念だ。


 この想いを、誰にも譲るつもりはない。


 



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