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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第三章 飢えた獣の咆哮

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第18話 「予期せぬ襲来」

 戦局は圧倒的だった。

 神谷士道が織り成す変幻自在の攻撃を、イリアス・ライトロードが手にしている槍一本で凌いでいく。

 異なっているのは動きのレベルそのものだ。脅威のステータスと熟練した無駄のない戦術。士道が一手打つ間にイリアスは三手打てる。

 『魔眼』による先読みである程度イリアスの行動を予測した上で、辛うじて戦闘が成り立っていた。

 そして士道の技には魔力消費が高いものが多い。イリアスに槍技と身体能力のみで対抗されてしまうと、いずれ魔力切れで敗ける。それを考えると隙をついた早期決戦に望むしかなくなる。


「……"風槍"」


 風魔法で槍を造形し、放出する。少ない魔力で遠距離を攻撃したい際に最も便利な魔法だった。草薙やミレーユが多用する理由が分かる。

 イリアスは槍を振り回すことによって対処。形状を保てなくなった風が辺りに吹き荒れた。

 士道の長めの前髪が揺れる。劣勢ではあるが、その双眸には烈火の如き眼差しが健在だ。

 対するイリアスの体に傷はない。泰然自若とした様子で、槍を構えて佇んでいる。

 流石は女神側のトップクラスの実力者。士道がこれまで体感したなかで最大の脅威だった不死魔王リーファに比肩する手応えである。

 それに、おそらくイリアスはまだ本気ではない。

 じとりと掌に冷や汗が集う。

 

(……焦るな。別に倒す必要はないんだ)


 どういう形であれ、あの里から手を引かせるだけのダメージが与えられればいい。

 その為には獣王を元の状態に戻すことが一番なのだが、先ほどレーナが近づいたとき、イリアスの命令によって吹き飛ばしていた。

 レーナは既に立ち上がっているので心配はいらないようだが、具体的な打開策は見当たらないこともまた事実。


「……無謀な戦いを挑むことが、どういう結末を迎えるのか……その身に刻みつけてやろう」


 イリアスの覇気が辺りを支配していく。

 その双眸が更に凄みが増した。

 士道は剣を下段に身構える。冷や汗を流しながら、それでも神経を研ぎ澄ましてイリアスの一挙一動を見逃さぬように観察する。


「まだだ……」


 残存魔力量はすでに二割を切っている。

 だが、士道にはまだ『魔力炉の腕輪』がある。

 切れる手札はいくらでもあるのだ。


「まだ終わらない……!!」


 そう思い、更に脚に力を込めて大地を踏む。

 己が貫くべき信念の為に。


「戯れ言だ。貴様はここで死ぬ。何一つとして為せずになっ!!」


 イリアスがこれまで以上の魔力を練り上げて槍を補強すると、大地を踏み割るような勢いで士道に肉薄した。

 対する士道は残存魔力のすべてを懸けて『雷撃』に注ぎ込み、『天魔刀』に流して"雷鳴斬"を繰り出す。

 天地を揺るがすような轟音が炸裂する。

 その。

 直前の出来事だった。


「良い"意志"だ。俺様はお前を尊敬する」


 自信に満ち溢れた声音。

 同時にこれまでの数十倍もの『重力』に襲われ、士道は地面に叩きつけられた。



 ♢



 "天使長"イリアス・ライトロードは珍しくも動揺していた。

 突如として、何の前触れもなく異常なほどの重力の増加に襲われたからである。

 今まさに叩き潰そうとしていた神谷士道も、この影響を受けているようで地面に倒れ伏している。

 イリアス自身も動きにくい状況ではあるが、士道ほどではない。殺すには絶好の機会だと思われた。

 周囲を見渡せば、士道と同様にほとんどの者が大地に倒れ、謎の重圧に押さえ込まれている。

 獣王は平然と君臨している。ちなみにルナールに改竄されていた指揮権の優先順位はとうに影山が元に戻していた。

 ミレーユとアイザックの超級二人も辛うじて耐えている。


(固有スキルか……しかし、いったい誰だ?)


 ひとまず士道を殺したいところだが、嫌な予感に駆られてイリアスはふと頭上を見上げ、そしてあまりの衝撃に絶句した。

 イリアス達の頭上。

 地下十五階の天井付近に、深淵を覗いたかのような漆黒の闇が展開されている。否。その正体は魔力が生み出した大海。世界の次元を切り開く大穴である。

 瞼を開けた片目のような形状で切り開かれた『次元の穴』から、幾つもの人影がゆったりと現れる。


「何だ……アレは……!?」


 呆然と言葉を紡ぐが、直後に思い出したのはとある転移者の童女だ。

 有用な固有スキルを持っていたので確保しようとしたのだが、女神の意図が不明な命令により放置されていた。イリアスはあんな年齢の少女が生き延びることはできないだろうと思っていた。

 だが、


「ほう。どうやら『次元移動』がピッタリで作用したみたいだな。予測地点そのままだぞ」

「我輩の『心象結界』との相性は抜群だったらしいの。ほほっ!」


 悪魔に捕まっていたのなら、話は別である。


 世界を黒に染めるかのような圧倒的な存在感のある翼を羽ばたかせて『次元の穴』から飛び出したのは、鷹の目を思わせる鋭い眼光に、色が抜けたかのような白髪の青年。

 直接会ったことはない。

 だが、イリアスは確信していた。

 あの禍々しく悍ましい魔力の塊は、間違いなく。


「"新魔王"……ルシアか……!?」

「よく分かったな俺様の名前が。初めまして、というべきかね。天使長サマ?」


 ルシアは嘲笑するような調子で告げながら、低く笑いを漏らした。

 彼の存在感に当てられて目が向かなかったが、周囲を守る七人もその全員が上位悪魔であると、強者の雰囲気が言わずとも語っていた。

 その半分ほどは見覚えがある。百年前の戦争でも主力となっていた老練の戦士達だ。

 『次元の穴』から飛び出してきたのはもう二人いたのだが、いつの間にか姿を消している。

 おそらくは影山と似たようなスキル持ちだろうか。この場所まで悪魔を運んできた吉野楓には戦闘力がないので隠したのだと推測できる。

 奇襲を仕掛けてくる可能性も高いので警戒は怠らずに身構えた。

 

(マズい……!!)

 

 イリアスはここに至ってようやく絶対的な危機を認識し始めていた。

 この実験がなぜ悪魔側に発覚したのかは分からない。

 強力な武器となる転移者を、なぜ悪魔側の駒とされることを女神が許容しているのかも分からない。

 だが結果として、眼前には魔王軍の主力がこの場に揃っているという最悪の状況があるのだ。


 対する天使側は、イリアス以外は全員が研究要員で戦闘は不得意。いくら種族としての元々の強さがあるとはいえ、その補正は悪魔とほぼ同等である。

 所詮はミレーユを倒し切れないような連中だ。上位悪魔七人には決して勝てないだろう。

 イリアスなら個々に対処していけば何とかならないこともないが、


(あの魔王が……私の台頭を許しはしないはすだ)


 ルシアの鋭い双眸がイリアスを明確に捉えている。

 不用意に動けば、まず間違いなく一対一に持ち込まれるだろう。

 危機に際して思考を高速で進めていると、ふっ、と体を襲っていた重圧がまるごと消えた。

 気づけば、先ほどまで開いていた『次元の穴』が閉じている。

 おそらくは『重力支配』だと思われるこの固有スキルは、上位悪魔の誰かが放ったものだろう。

 魔力の多大な消費を無視して放ったということは、もしかするとあの穴が開いていることは弱点に成り得るのだろうか。確証はないが、それ以外にスキルを使用してこちらの足を止める理由がない。


「……何の用だ」


 イリアスは尋ねながら、ちらりと味方の天使達に視線を向ける。

 唐突な魔王の出現に狼狽していた彼らだが、イリアスの視線の意図にはすぐ気づいた。

 イリアス直属の部下を呼び寄せるように指示したのである。つまりは戦闘要員の増援だ。この近隣にいる天使だと、一番近いのが草薙を探させているベルスとミリのコンビか。

 

「……なに、簡単なことだ」

 そんな天使達の慌ただしい様子に薄笑いを浮かべるルシアは、


「貴様らが面白い実験をやろうとしていると聴いたからな。ちょっと悪戯してやろうと思っただけだ」

「我輩とアレの実験も兼ねてな。ほほっ!」


 上位悪魔の一人である背の小さい小柄な老人が言葉を引き継ぐ。冗談のように長い白ひげが腹の辺りまで垂れ下がっていた。

 百年前に散々苦戦を強いられたのだ。あの特徴的な声音はイリアスも覚えている。

 グライブ・セラキオス。

 他者を惑わす『心象結界』を展開する、天性の"奇術師"である。


(このハズレ術師と同じ天職だが、あれの場合は固有スキルとの相性が良すぎる……!)


 状況は最悪だ。増援も、間に合ったとしても三十分はかかるだろう。撤退するしかないのか。それ以前に、撤退することができるのか。

 ここに来るまで長かった。

 この労力を無駄にするわけにはいかない。

 何としてでも実験は成功させる。

 獣人族の戦力化だけは果たしてみせよう。

 その為には、獣人族の里まで『獣神』を連れていかねばならない。現状、獣王の指揮権を持っているのはイリアスだ。

 よって悪魔側の包囲網を突破して獣人族の里まで行かなければならないが、それは現実的ではない。

 獣人族を戦力とするのは、洗脳後にいろいろと強化する前提だ。現段階では魔王の手で簡単に殲滅されてしまうだろう。

 獣人族の里に向かうことにより、こちらの実験の目的がバレてしまえば、殲滅されてお終いなのだ。

 ならば誰かに指揮権を譲渡して、里まで走ってもらうのが最善策か。


「……イリアス」


 壁に背を預けている葉山集の声だ。ちらりと目をやると、彼は上方に一瞬だけ視線を向けた。

 一瞬訝しんだイリアスだが、その意図を理解する。イリアスはルシア達を見るふりをしてその先の穴を見た。

 つまりは獣王が最初の咆哮で迷宮に開けた大穴。

 その遥か彼方の地上に見えたのは、こちらを見下ろす大友慎也がイリアスへと向ける視線だった。

 "獣王の指揮権を寄越せ"。

 端的に言えば、そういうことだ。

 そうすればイリアス達が悪魔を相手に乱戦に持ち込む間に、獣王を何とか地上に脱出させることさえできれば、後は大友が獣人族を何とかしてくれるだろう。

 神威により獣人族を支配下に置いたことを確認できたら、命令で彼らを一時的に『天界』に送って魔王の目から逃れさせ、そしてイリアス達がこの場から撤退すれば終了だ。


(目処は立った……だが、最大の問題は)


 この転移者連中は、本当に信用できるのか。


 天使は女神の造形物だ。故に命令には絶対服従であり、天使の長であるイリアスにも基本的に逆らうことはない。

 だが、転移者は違う。この男達には各々の目的があり、その為に必要なことだから天使に協力しているに過ぎないのだ。

 なかでもこの連中は『真実の四使徒』であり、『白い空間』に呼び出す以前にも女神が事前に恩を売っていた相手であるとはいえ、その事実がどこまで参考になるのかは分からない。


「イリアス」


 虚空から囁くような声が聴こえた。姿は見えないが影山怜のものである。魔王軍には聴こえないように音量を調節しているのか。

 彼はこんな状況でも落ち着き払った調子で、


「これは予測だが、奴らは実験の詳細までは理解していない。ガレスに目を向けないことがその証拠だ。おそらく、この場所と時間を知ったので、あの移動術の実験も兼ねてとりあえず襲撃を仕掛けてみよう……そんなところではないのか」

「……そうだな」

「ならば成功の目はある。一時的に私に獣王の指揮権を渡すのだ。『霊体化』を獣王にも施し、姿を消した上で大友のもとへ引き上げる。後はあの男に指揮権を譲渡し、獣人族のことを任せる」

「……」


 イリアスはギリ、と奥歯を噛み締めた。

 どうやら天運に任せるしかないらしい。

 

「イリアス」

「……分かっている。準備をしろ。すぐに戦闘を仕掛けるぞ」


 念のため周囲に目をやると、神谷士道のパーティがレーナのもとで合流していた。獣王の近くに佇み、両陣営の様子を窺っている。

 アイザックは面白い見世物でも見ているかのような調子で、端の方で薄笑いを浮かべていた。


「作戦会議は終わったか?」


 ルシアが軽い調子で片手を上げると、上位悪魔の七人が臨戦態勢に入った。紛れもない魔王軍最高戦力がこちらを睥睨する。


「頼むぞ、お前達。少しでも時間を稼げ。目的を果たしたなら、すぐにでも撤退する」


 怯え、恐怖し、緊張した様子の天使達に堂々たる調子で告げ、少しでも彼らの士気を上げながら、ルシアの声に返答する。


「……ああ、待たせたようだな。貴様らの来訪が唐突だったもので、もてなし方に困っていたのだ」

「それは仕方のないことだ。ではそろそろ、行くぞ。女神の狗よ」

「ほう、ほざくか。魔神の狗」

「は、俺様を不死魔王と一緒にするなよ? 俺様はあんなものを崇拝してはいない」

「何だと……っ!?」

 

 轟ッッッ!!!! という爆音と共に、壊れかけた迷宮のなかで。

 世界を震撼させるような天使と悪魔の戦争が始まった。

 

 

 

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