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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第二章 呪われし運命に救いの手を
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第27話 「迷宮の守護者」

今回から場面転換の際に記号を挿入することにしました。

 奈落の底へと手を伸ばす。  

 暗闇の先に地面が見えた。

 視認した瞬間には、もう目前まで迫っている。それ程までに神谷士道は重力によって加速していた。

 士道は僅かな動揺を抑えながら魔力による身体強化を行使。強化された脚力で大地に着地した。

 ズシン……っ!! と、重く地響きがなる。膝を曲げて衝撃を吸収しながら士道は周囲を一瞥。ざっと確認したところ、落下地点は小部屋のような空間になっているようだった。

 辺りを囲む壁は、立方体に削られた石によって構成されている。おそらくは人工のものだろう。こんな迷宮の深層が人工物で形成されていることに違和感を覚えるが、今はそれを気にしている場合ではないと意識を切り替える。

 士道は後ろを振り向いた。

 そこには上層に繋がる階段がある。踵を返すと、眼前には迷宮らしからぬ一本道が続いていた。

 戻るか、進むか。二択の道。当然、士道は進むしかない。意を決して前へと足を踏み出した。

 その一本道には、荘厳な雰囲気が立ち込めていた。穢れを許さない神聖さと厳格さを併せ持つ空気感があり、その中に漂う濃密な魔物の気配にひどく違和感を覚えた。

 この気配の正体など確認するまでもない。先ほど、落下中の士道を呼びつけた魔物に決まっている。

 たかが魔物と侮りたいところだが、この場所まで届く濃密な殺気が強者であることを悠然と告げていた。ごくりと唾を飲み込む。知らぬ間に滴っていた冷や汗を手の甲で拭う。

 士道は覚悟を決めて足を踏み出した。

 

「……よし」


 規則正しい石の配列によって構成された、トンネルのような道を歩み続ける。

 そのまま暫く進むと、大きな両開きの扉が見えた。士道はその扉の数歩前で立ち止まる。石で造られたその扉は、人力で開けるのは少し厳しそうだった。

 試してみよう――そう思って士道が近づいた瞬間、扉は勝手に動き出した。

 ゴゴゴ、と鈍い音を立てながらゆっくりと開いていく。士道は警戒心を強めて剣を抜いた。魔力による身体強化を展開し、戦闘態勢を整える。

 万全の準備を施したことを確認すると、奥へと足を踏み入れた。

 扉の内側は、灰色の壁に囲まれた大部屋だった。やや広い。学校の体育館ぐらいはあるだろうか。

 そして。

 大部屋の中央に悠然と君臨する魔物。

 それは白銀の毛並みをたなびかせ、鋭い牙を炯々と燦かせる気高き狼だった。

 『鑑定』によると、白狼王ウルフェン。迷宮の守護者。

 『重力操作』の固有スキルを持っている。

 その魔物――『白狼王』ウルフェンは悠然と士道を睥睨すると、高き天井に向けて鮮烈な雄叫びを上げる。戦意の高まりを顕わにして、美しき銀狼は猛然と駆け出した。

 対する士道はウルフェンの速度に目を瞠ると即座に『魔眼』を開眼した。士道の瞳が紅に染まる。

 出し惜しみをしている場合ではない。

 超高速で迫るウルフェンの爪を最小限の動きで躱すと、士道は飛び退いて距離を取った。だが、それを許すウルフェンではない。己のペースを崩さぬように凄まじい速度で接近する。士道よりも遥かに速かった。しかし、士道の『魔眼』はその動きを先読みする。速度は劣っていても正確に攻撃を躱した。

 捉え切れないウルフェンが唸り声を上げる。対する士道は投げナイフを放った。ウルフェンは霞むような速度で旋回して投げナイフを回避すると、士道の後方へと回り込む。跳躍して肉薄。大口を開いて、内部の牙の群れをギラつかせた。ウルフェンは完全に捉えたと思ったことだろう。

 だが、まだだ。

 『瞬間移動』が発動する。士道の居場所がウルフェンの後方に転移する。

 士道は剣を振りかぶると、そのままの勢いで振り下ろした。銀閃が弧を描く。ウルフェンは直前で反応したが、間に合わずに鮮血が飛ぶ。美しき毛並みの一部が紅に染まった。だが、浅い。ウルフェンの異常なまでの反応速度によって致命傷からは逃れられていた。

 剣で追撃を仕掛けるが、ウルフェンは体を反転させて跳躍。士道から距離を取った。

 仕切り直しか。

 ウルフェンは先ほどよりも苛烈な眼光を叩きつけて、殺気を放出する。

 直後、咆哮が炸裂した。同時に士道の身体が重みを増す。思わず膝をついた。

 これは、固有スキル『重力操作』か。

 厄介だと悪態をつきながら、士道は身体強化の効力を跳ね上げて右に飛ぶ。

 一瞬前にいた場所を、容赦なくウルフェンの牙が襲った。冷や汗を流しながらも士道は思考を回転させる。

 残存魔力は五割強。『魔力炉の腕輪』はここでは使いたくはない。そうなると、固有スキルを使いすぎない今のうちに決着をつけたいところだった。

 士道は剣を上段に構えると、独特なステップを刻みながらウルフェンに肉薄した――が、思ったよりも『重力操作』の影響が大きい。動きが鈍くなっている。

 これではウルフェンが翻弄されることはない。歯噛みしながら作戦を変更した。剣を閃かせて"飛翔閃"を放つ。

 魔力の波動が斬撃となって剣先から迸った。それを牽制に士道は『瞬間移動』する。"飛翔閃"を躱したウルフェンは突然消えた士道に慌てた様子を見せた。

 ウルフェンは咄嗟に振り返るが、士道が転移したのは後ろではない――上だ。

 ウルフェンはまだ気づいていない。つまり、格好の的である。士道の口元が引き裂かれた。

 天井を蹴り抜いて爆発的な速度で肉薄する。ウルフェンが反応したときには彼我の距離は二メートルにまで縮まっていた。士道は『雷撃』を発動する。構えた愛刀『夜影』に紫電の蛇が巻き付く。


「――終わりだ」


 士道はその勢いに従って、剣を上段から全霊を込めて振り下ろした。

 雷が斬撃状に炸裂。爆音が鋭く唸る。

 紅の鮮血が宙を舞った。一刀のもとに右の背中から腹部を深く斬り裂かれたウルフェンは、ふらついた足取りで何歩か歩くと、その場に倒れ伏した。

 濁流のように血が流れ出す。死ぬのは時間の問題だろう。そう思っていた。

 だが。

 まだ、終わらない。


「グルゥ……」


 低く呻いたウルフェンは、重傷の肉体を叱咤して強引に立ち上がった。そうして、再度咆哮する。士道の身にのしかかる重力がさらに増加した。動くことすら厳しい状態になっている。士道は固有スキルの連発により、残り少ない魔力量を気にしながら、油断のない瞳でウルフェンを眺めた。まだ何かあるのか。


(……まさか、ここまで強いとは思ってなかった。スキルを使いすぎたな)

 

 冷静に考えれば、あの勇者ですら第二十三層までしか攻略できていない迷宮の最下層の守護者なのだ。これだけの強さを持っていて当然ではある。

 これでは落下中に『瞬間移動』連発して多少強引でも脱出した方が良かったのかもしれないが、もはや後の祭りだ。過ぎたことを気にしても仕方がない。

 士道は嘆息すると、止めを刺すために剣に魔力を込めた。

 その刹那。

 傷ついてもまだ白銀と呼べるウルフェンの肉体のすべてが、何かに侵食されるように真紅へと変化した。驚愕により目が見開かれる。

 これは、スキル『血壊』の効果か。

 『鑑定』によると身体能力を数倍に引き上げるものだったはずだが、全身が真っ赤に染まるとは思っていなかった。とはいえ、士道が驚いているのはそこではない。『血壊』の発動と同時に、先ほどの致命的な傷が修復されているのだ。

 士道は僅かに目を細める。スキル欄を注視して、さらに詳しい説明を見た。

 士道はそこに書かれている一文を見て、思わず舌打ちを漏らした。

 ――己の血液を消費して、傷の修復が可能。

 血を流している状態で更に血を消費している以上、そう長くは持たないはずたが、仕切り直されたことに変わりはない。つまり、まだ戦いは続くわけだ。

 初めからこのスキルの詳細を確認しておけば良かったのかもしれないが、戦闘中に文章の羅列など見ている余裕はそうないのだ。仕方がない――そう思って士道は短く息を吐いた。

 ここからが第二ラウンド。

 士道は魔力量を考慮しながら、ウルフェンに再度剣を向けた。




 ◆◆◆




 まず、動いたのは草薙だった。

 草薙はそう長く戦える体ではない。加えて、沈黙を保っている勇者やエルフ族の動向も気になる。早期決着が望ましいと考えて、剣を引き抜いて走り出した。

 揺れる視界。回らない思考。重い肉体。それらを極限まで集中力を高めることによって一時的に消失させる。


「"魔弾"」


 対するミレーユは立ち尽くしたまま端的に呟いた。目にも止まらぬ速度で魔法陣が展開され、魔力の塊が射出される。

 高速で接近するそれを跳躍して回避すると、爆音と共に大地に亀裂が入った。

 その威力に驚愕している場合ではない。草薙が次にミレーユに目をやったときには、すでに今とまったく同じ"魔弾"が数十にも周囲に浮かんでいた。

 

(く、そ……この展開速度は――!?)


 考える暇もない。魔力の塊が群れをなして草薙に襲いかかった。四方八方を埋め尽くすそれに回避の術はない。炸裂と共に爆音が轟いた。咄嗟に"魔法障壁"を展開。だが、ミレーユの魔弾はそのような初歩的な無属性魔法で受けきれるような威力ではない。

 だから、草薙は馬鹿正直に受け止めることなどしなかった。

 受けるのではなく、逸らす。障壁の角度を繊細に操り、僅かに方向を変えていく。それは並大抵の技術ではない。襲い来る"魔弾"のすべてを読み取り、その入射角度を計算し尽くしていなければ、あっという間に崩壊してしまうだろう。

 そもそも、"魔法障壁"はそのような細かな角度が調整できる術式ではない。つまり、草薙は咄嗟にその場で術式を改変したのだ。これこそが技術。何百何千もの戦闘経験がなせる技だった。


「"水槍"、"炎球"、"岩砲弾"、"竜巻"、"凍結"、"波動"――っ!!」


 ミレーユは草薙の神業に目を瞠りながらも、流れるような手捌きで魔法を構築していく。これが、スキル『高速演算』の真骨頂。次から次へとミレーユの誇る全ての属性魔法が放たれる。それでいて雑な術式ではなく、威力や速度は十分に込められたものだった。

 だが、対する草薙は冷徹な瞳のままに貫いていく水の槍撃を体を振って躱し、迫る業火の弾丸を剣で袈裟斬りに始末すると、首を振って岩の砲弾を避けて、"魔法障壁"で渦巻く竜巻を防いだ。

 そうして、ひやりとした冷気を感じ取った瞬間、飛び退いてミレーユから距離を取る。草薙は油断なく立ち上がりながら、少し困っていた。

 思った以上にミレーユは強い。倒せないわけではないが、決め手に欠ける。正直、このままミレーユの放つ魔法に対処し続けていれば、いずれは魔力切れで勝てるだろう。ミレーユの魔力量は多いが、このペースで連発していればそう長くは持たない。

 だが、短期決戦を望む草薙としては望ましい状況ではなかった。

 草薙が策を練っていると、ミレーユが冷や汗を垂らしながら口を開く。


「……あなた、いったい何なのです? これほどの強さがあって、どうして今まで頭角を表さなかったのか、疑問です。……いや、それ以前に、どうして魔王の味方なんてしているのです?」

「……答える義理はねえ」

「人間が悪魔の味方をするなんて、かなりの理由があると思うのです……まぁそれはそうと、あなた随分と苦しそうなのですよ。体調が悪いのなら、退いてみてはどうです?」

「誰が退くかよ。面倒くせえが、これは俺の目的に必要なことだ」

「……そうですか。仕方ありません。それなら――」

 

 ――本気を出すことに、しましょう。

 

「"支配領域"」


 その言葉の直後。

 轟音と共に莫大な魔力が渦を巻いた。

 二人が佇む空間が丸ごと、ミレーユの放出する魔力に包まれていく。草薙は対抗するように魔力波を飛ばしたが、ミレーユの魔力が揺らぐことはなかった。

 草薙が強い警戒を持ってミレーユを見据えると、彼女は端的に言葉を放つ。

 それは傲慢な王の宣言だった。

 

「――ここからは私の領域なのです。この空間にいる限り、あなたは私には勝てない」

「何……?」


 世界にたった三人の超級と呼ばれる冒険者の頂点。魔術師の最高峰に達したと云われるミレーユ・マーシャルの切り札にして、その異名の所以たる魔法。

 ――"支配者"が、その真価を見せた。




 ◆◆◆




 "勇者"榊原迅の『分身』の一体は、エルフ族戦士団の若き長たるスイメルと共に行動を開始していた。


「今、ワシの『分身』の一体がミレーユと草薙の戦況を確認した。突貫させるかね?」

「いや、様子を見よう。両者共に私達よりも強い。潰し合った後に漁夫の利を得られるならば上々だ」

「ふむ。……とはいえ、草薙が以前よりも妙に弱いな。天使長との戦いの影響か? ワシの『分身』を相手にしたときはそういう風には見えなかったが……」

「何にせよ、アレが万全なときほど厄介なものはない。"支配者"が殺してくれるなら好都合なんだが……まあそう上手くはいかないだろう。他の何体か『分身』はいるんだろう? それもその場に回しておくべきだろう」

「そうだな。加えてアルドック達もそこに差し向けておく。奴はああ見えて隠密行動が得意だ。戦いの隙を突いてリリスを殺すことも不可能ではないだろう。まぁ、希望的観測だがな」

「……ところで、例の奇術師は見つかったのか?」

「いや、まだだ。奴め、いったい何処へ消えたのか……」


 迅は顔をしかめて悪態をつく。スイメルは表情を変えないまま、呟く。


「急ごう。命令した"一つ目狐"の連中もそろそろ逃げ道は塞いでいる頃合いだ」

 

 二人は街中の屋根の上を、高速で駆け抜けていく。眼下に広がる真夜中の街並みは、迅達の戦闘の影響で騒がしさを増していた。






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