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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第二章 呪われし運命に救いの手を
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第25話 「蠢く思惑」

「……逃げられたな」


 廃墟と成り果てた迷宮都市の東区。その元凶である榊原迅は、姿を消した敵を思い返しながら嘆息した。

 大剣を鞘に戻し、顎に手を当てて次の手を考える。数秒後、他の『分身』達に端的な命令を下した。


「……一人はスイメルと合流。三人はリリスの探索。もう一人は本体の元に戻れ。そろそろ事態を把握した冒険者ギルドの連中が近づいてくる。勇者の固有スキル『分身』がバレるのは本意ではないしな」


 四人の迅は首肯して散開した。同じ思考体系を持っているだけあって、了承までのレスポンスが速い。

 そして五人目。つまり、この場に残った迅の役割は、冒険者ギルドや騎士の連中への事情を説明。加えて、士道の捜索だ。

 事情説明の方は、理屈に多少の無理は出るだろうが、領主の協力を貰っているので大した問題にはならないだろう。

 派手にやり過ぎたから後で叱責されるだろうが、今はそんなことを気にしている場合ではない。問題は士道だ。率直に考えれば、戦闘中に使った『瞬間移動』と思しき固有スキルによって姿を晦ませたのだろう。

 ならば、どこに消えたのか。

 

(……とはいえ、どのみち奴の目的はリリスの救出だ。リリスの元に姿を表すに決まっておる)


 ひとまずリリスの殺害を担当しているはずのスイメル達はどうなったのだろうか。すでに戦闘音は収まっている。どういう形にせよ、決着はついているはずだ。そう考えた瞬間、示し合わせたように情報を入手する。

 スイメル達との合流を指示した個体がすでに接触しているようで、新たな情報が脳内に入ってきた。


「……リリスが攫われた? よりにもよって、魔王側の人間にだと……!?」


 魔王側も戦力不足な現状でよく動くものだ。災厄の島でウォルフを回収したばかりで、もうリリスに手を伸ばしているのか。いくら何でも早すぎる。それなりの実力者が二手に別れていて、通信系の魔道具を持っているということは間違いないだろう。

 

「……ふむ。黒髪に黒目だと。……ならば、転移者か? だとすれば、なぜ魔王に協力している?」


 考えても答えは出ない。

 もう少しでリリスの居場所を解析できるらしい。それは魔法の造詣の深いスイメルに任せるしかないが、苛立ちが募るのもまた事実だった。

 

「勇者様! この惨状はいったい!?」


 そうこうしていると、鎧や魔導服を着た武装集団が走ってきた。戦場の様子を見に来た冒険者のようだ。

 それも冒険者の数が多い迷宮都市においてなお、トップクラスに君臨する精鋭揃いのクラン"一つ目狐"。

 迅は彼らを一瞥して口元を歪ませると、小さな声で呟いた。


「……丁度いい。利用できるな」











  


「――掴んだ」


 鋭く呟いたのは褐色の肌に精悍な顔立ちをしたエルフ族の青年だった。

 スイメル・カートレットと呼ばれるエルフ族戦士団の若き長は、周囲の仲間達に迅速に命令を告げる。

 その言葉に「了解」と返事をしたのはたった四人。十五名連れてきた戦士団の精鋭は、たった一人の襲撃者によって四人にまで数を減らしていた。

 草薙竜吾。スイメルが張った結界の内部に紛れ込み、幻術で撹乱して十人のエルフを暗殺した非道の襲撃者。

 結界内部にいた者はスイメル以外は全滅してしまったので、街の外にいた伝令役まで引っ張ってきたのだ。

 彼らは狼狽えながらも、何とか行動を開始する。スイメルは無言でそれを見ていた。


「……」


 思い返すは殺された仲間達の記憶。信じたくなかった。そんなあっさりと殺されるなんて思ってもいなかった。だが現実は無慈悲で、残酷だった。

 今すぐ泣き喚いて、草薙への復讐に身を燃やしたい。そんな思いを抱えたスイメルは、それでも表情を氷のように固め続ける。スイメルはリーダーなのだ。スイメルが動揺すれば、確実に部下にそれが伝播する。だから、どんなに苦しくても平静を装い続ける。


(……場所は、ローレンの近くの草原か。ここからピレーヌ山脈の本拠地に向かうのは間違いない。回り込むか)


 リリスを取り戻す為の思考を巡らせながらも、まるでノイズのように悲しみが紛れこむ。

 草薙は無慈悲だった。何の手心も与えられずに、スイメルの仲間達は綺麗に死亡していた。

 脳内では今も爆発しそうなほどの怒りが宿っている。その怒りと暗い復讐の情念が、草薙の転移場所を僅かな時間で掴むことに成功していた。

 次は殺す。奴は大怪我を負っている。幻術などに惑わされなければ、負ける道理はなかった。

 スイメルは氷のような無表情を浮かべたまま、もはや数少ない仲間の一人に向けて、告げた。


「――いくぞ。奴は必ず、殺す」


 スイメルは、リリスについては触れようとしなかった。

 草薙を殺すことは、リリスを再び追い詰めることだと分かっているのに。

 













「ララ。急なことで申し訳ないんだけど、今すぐ草薙さんの所に向かってほしいんだ」


 ピレーヌ山脈の断崖にある魔王城。

 その洞穴の内部に穏やかな声音が響く。言ったのは、爽やかな顔立ちに眼鏡をかけた、小柄な少年だった。

 ララと呼ばれた中位悪魔の女性はその言葉に首を傾げる。魔王軍には稀少な治癒術師の一人だ。


「何かあったんです?」

「草薙さん。あの人バカだから天使と戦ったときの大怪我のせいでまともに戦えないらしくてね。行って治してやってほしい」

「え、ええ―……。迷宮都市まで行けってことですか?」

「悪いけど事態は一刻を争うみたいなんだ。拒否は受け付けないよ」

「……私、もし勇者なんかと遭遇したら生き残れる気がしないんですけど。翔さんはついてきてくれないんです?」

「僕にはちょっとやることがあってね。リーファも『儀式場』の作成に忙しいんだ。ま、そういうわけだから、もし死にかけても自分でなんとかしてくれ」

「は、はい……」


 がっくりと項垂れるララだが、実際はそこまで弱くはない。勇者と遭遇しても逃げ切るぐらいのことはできるだろう。

 治癒の腕は凄まじいものがあるので合流さえできれば何とかなるはずだ。

 翔は爽やかな笑顔を浮かべて、彼女を拠点から放り出した。


「さて……」

 

 時間がない。

 さっさと龍魔王ウォルフを復活させなければ、天使共の襲撃を受ける。

 拠点の場所が割れてしまったのが痛いところだった。バレていなければもう少し猶予があったはずだが、リーファが竜騎士アルバートに『ベル』という魔道具をつけられていたせいで、居場所を掴まれたのだ。

 とはいえ、ウォルフ復活のためにせっかく構築した『祭壇』を捨てるわけにもいかない。一から作るのはまた時間がかかるのだ。

 よって、災厄の島からピレーヌ山脈にある魔王城まで急いで帰還した翔とリーファだが、龍魔王ウォルフの抜け殻は確保したものの『儀式場』の作成に予想外の時間がかかっていた。

 これ以上の遅れは許されない。

 災厄の島よりウォルフの封印を解き放ったのだ。すでに精霊王フィアから天使共へ情報が伝わっているはずである。

 天使族は下界への降臨に時間がかかるので、少しばかりの猶予はある。

 だが、まさかウォルフ復活の部品に『祭壇』以外のものが必要だとは予測できなかった。つまりは『因子』を持つリリス・カートレット。

 可能な限り早急にリリスという部品を回収し、復活の儀を決行。そして即座に逃げるか戦うかをしなければならない。

 まだ新生魔王軍は数が少ない。とりあえずは逃げることになるだろう。


「それも、草薙さんがいれば何とかなると思っていたんだけど……」

 

 頼りの英雄様はあの始末である。

 天使長と交戦して大怪我を負っている草薙は、リリスの回収に出ている。

 だが、体調の悪さもあって、思い通りには進んでいないようだった。

 天使族はまだ降臨すらしていないというのに、このままではエルフ族と勇者に出し抜かれる可能性すらある。

 送ったララを使って回復をしてくれれば、いくらでもやりようはあるだろうが。翔は嘆息しながら、リーファのいる部屋に向かった。


「どうかな?」

「む……。キリサキか」


 洞穴の部屋に『祭壇』を構築しているリーファは、難しい顔をしながら振り返った。


「間に合う? 草薙さんのほうにはララを派遣しといたから、回復さえできれば何とかなるはずだね」


 ララは戦闘面の実力こそ中位悪魔の平均程度しかないが、他に例を見ないほどに治癒に長けている。

 ヴァリス帝国の伝説となった"聖女"でもない限り、同レベルの治癒を行使することはできないだろう。

 その対象はあの草薙だ。腐っても元英雄。回復さえすれば、簡単にすべてを蹂躙できるに決まっている。

 リーファは嘆息しながら、


「む、こっちは少し厳しいな。草薙の仕事が間に合ったとしても、すぐに儀式が始められるかは微妙なところだ。やるしかないがな」

「そうかい、頑張ってくれ。僕は少し外に出てくるよ」

「どうしたのだ?」


 小首を傾げるリーファの頭をポンポンと撫でると、その行動を不思議がったリーファは更に首を傾げる。

 翔はその様子に苦笑しながら、洞穴の外へと歩を進めた。


「なに、ただの掃除だよ」












 『四強』の一角――ミラ王国。その中心部である王都ティリルの王城の一室。

 会議場と思われるその部屋で、宮廷魔術師筆頭のマリアン・ドルストイは、苛立たしげにテーブルに拳を叩きつけた。

 豪奢な意匠を凝らされたテーブルから、コップや皿が揺れて倒れ、甲高く割れる音が響く。

 マリアンはそれを無視して、横長のテーブルの中央に置かれている水晶をさらに睨んだ。

 

「……くそっ! 役立たず共め!!」


 その水晶には、こことは別の場所の光景が浮かび上がっていた。

 高度な無属性魔法の結界である。

 具体的には、ライン王国の迷宮都市ローレンの近隣。ピレーヌ山脈に近い荒野で、マリアンが送り出した諜報部隊が蹂躙されているところだった。

 少数だが隠密行動に長けていて、総員のレベル平均が75と精鋭揃いだったにも関わらず、水晶の向こうでは今まさに壊滅しようとしている。


「何なんだ、コイツは……!?」


 諜報部隊を壊滅せしめたのは、小柄な少年である。短めの髪に爽やかな顔立ち。眼鏡をかけている男だ。単体ではそれほど強そうには見えない。だが、本人が"忍者"と名乗った通り、撹乱と暗殺を駆使して部隊を追い込んでいた。


「……まあ、諦めたら? マリアン。この男は僕と同じ転移者だし、しょうがないよ」


 その水晶を眺めながら、のんびりとした調子でマリアンを諭したのは明るい茶髪に中肉中背な体格。そして、神と見紛うばかりの美貌を持った少年だった。

 白崎大和。

 世界に光臨した『五勇者』の一角。ミラ王国の希望である"光の勇者"だ。


「あぁん? せっかく魔王リーファの拠点を掴んだんだぞ? 簡単に諦められっかよ!? ここまで来ると、どうせ偽情報だと思ってた龍魔王ウォルフ復活の件についても信憑性が増してきた。だから、もっと探りを入れようとした途端にこれだよクソッタレが!」

「ま、まぁ落ち着いてよマリアン。ほら、紅茶飲む?」

「そもそもなんで転移者が魔王の味方をしてんだ……。女神様の使徒じゃねーのかよ?」

「さ、さぁ? きっと、事情があるんだよ」


 そんな大層な肩書きの彼は、気弱そうな様子でマリアンを窘めた。

 しかし、女性とは思えない口調のマリアンは、面倒臭そうに大和を指差す。


「……もうお前がライン王国に行ってこいよめんどくさい。あの国のハゲの勇者(笑)なんかに手柄取られちまったらどうすんだよ!?」

「えぇ……嫌だよ。まだ本当だと確定したわけじゃないんだし。そもそも戦うの嫌いだし。まあ迷宮都市で何らかの事態が発展してるのは事実だと思うけどさ」

「――いずれにせよ、ライン王国の首脳部がなんの声明も出していない以上、これは自国の手で収めるつもりでいるわけだ。そんなときに、諜報部隊程度ならまだしも、うちの勇者をぶち込むわけにはいかんだろう。落ち着けマリアン」


 冷静な声音で口を挟んだのは、今まで静観していた老齢の男性だ。

 それでも、マリアンは食い下がる。


「えぇ!? でもそれ、あっちの勇者に手柄取らせようとしてるだけじゃねえか!」

「その分、本当にマズい事態に発展した場合はあの国の地位を揺るがす大義名分になる。……まぁ、焦るな。別に『目』は一つだけじゃなかろう。どうせ介入するなら、もっと良い場面で、だ」

「むぐぐ。ちぇ、仕方ねえか。しばらくは傍観だな」

「どうせ他の『四強』首脳部も似たような状態だ。下手に介入はしないだろう。魔王の力は未知数だ。ライン王国の勇者がそれの実力を測ってくれるのなら、こちらに損はない」


 話し合いには結論がついた。

 マリアンにとっては多少の不満はあるが仕方がない。

 諜報部隊は壊滅したが、まだ『目』はある。手を出すのはまだ早いという意見は、まあ分からなくはない。


「――ほら、ヤマトくん。今のうち!」

「……え、うん。いいのかな? こんなことして」


 そんなとき、きゃっきゃという微かな声が届いた。

 「まさか」と嫌な予感に駆られて、すぐに勇者の席を振り返れば、もうその場所には誰もいない。

 慌てて姿を探すと、今まさに扉から出ていこうとする勇者と、彼の手を引く第三王女アイリスの姿があった。  

 アイリスは「あ、バレちゃった」と言って舌を出すが、悪びれる様子はない。へへー! と笑いながら、アイリスは大和を強引に連れ去る。


「ヤマトくんはもらってくからね! ばいばい、おばさん!」

「こ、このお転婆姫が……っ!」


 怒りの炎を揺らめかせたマリアンは、うがーっ! と立ち上がる。

 大和の手を引っ張るアイリスとマリアンの追いかけっこが始まる。大和はもはやなされるがままだった。

 会議場にポツンと残されたのは老齢の男性。彼は廊下から聴こえる騒音に苦笑する。いつも通りの光景だった。

 

「会議どころではないな……まったく。ああ、頭が痛い」

  

 老齢の男は呟く。


「……一応、王様のはずなんだが」














  

「イリアス様からの指示だ。今すぐ下界に降りろってさ、ミリ」

 

 雲の上の王国。

 天界と呼ばれる場所にて、べルスという一人の天使が呟いた。

 ミリと呼ばれた少女は気怠そうにソファーに寄りかかりながら、


「えぇ……。どうして私たちが直接で向かわなきゃならないのよ? マジめんどくさい。そもそも女神様が『四強』の教会に"神託"を与える手はずじゃなかったっけ?」

「念のためだろ。国はそもそも動きが遅いし、勇者はまだ力不足。その上、英雄クサナギが敵にいるんだ。油断はできないだろうさ。もし本当にウォルフが復活すれば、大変なことになる」


 べルスが肩をすくめると、ミリは生返事をしながら翼を動かす。

 宙に浮き上がると、外に向けて羽ばたいていく。どうやら了承したらしい。

 この面倒くさがりがこうも簡単に動くのは珍しかった。

 

「……とは言っても、地上に降りるには時間が要る。それまでに終わってなければいいんだけどな」





 当事者ですら把握しきれない、一人の少女を巡る騒乱。世界の闇と称される数々の思惑が蠢き、歪み、螺旋を描いて――運命は、収束していく。


 

 







 

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