第15話 「ミレーユ・マーシャル」
神谷士道は痛む身体を引きずって、ベッドから身を起こした。
「ここは……」
周囲を見渡すと、どうやら治癒院の中であることが分かる。
確かエルフと交戦して倒れた後、ミレーユという少女に運ばれたのだったか。
あんなに幼い少女にお姫様抱っこされるなど、あまり思い出したい記憶ではない。
というか、黒歴史確定だった。忌まわしき記憶として脳内に封印しておく。
そうして、改めて状況を確認する。
アクアーリアにあった治癒院と細部は異なるが、基本的には似たような雰囲気の内装だった。
窓から外を眺めると、ここが二階であることに気づく。
迷宮と冒険者ギルドが一望できる場所にあるようだった。
ギルドは相変わらず無骨ながらも威圧的な存在感を放っている。
大通りに目をやれば、朝早くから人々は街を歩き回っている。楽しそうな喧騒が飛び交っていた。
士道がしばらくそれを眺めていると、
「あ!? 起きたようですね!」
スープを手に持っている少女が階段を上がってきた。
水色の明るい髪に透き通るような碧眼。白磁のような肌が可愛らしい彼女は、ミレーユ・マーシャル。
確か、自称26歳だったはずだ。
とてもじゃないが20代には見えない外見をしているが、不死魔王リーファのような特殊なスキルでもあるのだろうか。
「助けてくれて感謝する。……アンタがミレーユで、いいのか?」
「はいはいー? 先生はミレーユですよ。あ、スープ持ってきたんで飲みましょう。体が温まるのです」
「ありがとう。作ってくれたのか?」
「はい! 自信作なのできっと美味しいのですよ!」
「ここの治癒院の人……じゃないんだよな?」
「ただのボランティアなのですよ。あなたのことが心配でしたし」
「……優しいんだな」
濃厚そうなスープを口に含むと、舌の上にゆっくりと旨味が広がった。体に熱が沈み込むように、芯から温まってくる。
ミレーユはベッドの横の椅子にちょこんと腰掛けると、
「……ところで、どうしてエルフと戦ってたのですか?」
「正直なところ、俺にもよく分からん」
「?」
「魔法で姿を隠していた奴に声をかけたら、急に襲われただけさ。冷静に考えると本当によくわからんな」
「……エルフが、この街で……」
ミレーユが深刻そうな目をして遠くを見たので、士道は不思議そうに首を傾げる。
「どうかしたのか?」
「あ、いえ! なんでもないのですよ!」
ブンブンと顔を振るミレーユ。
その様子に士道は苦笑しながら、
「それで、アンタがミレーユ・マーシャルでいいんだよな?」
その言葉を放った瞬間。
ミレーユの雰囲気が一変した。鋭い視線が士道を射抜く。
薄ら寒い風が頬を撫でた。
士道は怪訝そうに眉を顰めながらも、超然とした態度でその視線を受け止める。
ミレーユは今までとはまるで雰囲気の異なる真剣な様子で士道に尋ねた。
「……"マーシャル"の名をどうして知っているのです?」
「そりゃ、伝説の超級ともなれば名前ぐらいは知ってるわな」
「いえ、そういう意味ではなく。そもそもの話――」
「――ああ、そういえば超級冒険者だってことを隠してるんだっけか。ダリウスさんが言ってたな」
「え!? い、今、ダリウスと言いましたか!? もしかしてダリウス・マクドネルのことなのです!?」
ダリウスの名を出した途端、ミレーユの放つ威圧が急に取り払われたので、士道は拍子抜けしたようにぽかんとした表情になる。
「あ、ああ……。そうだ。もともと俺がこの街に来たのは、アンタに教えを請うためだったからな。……いや、こんなちっちゃいとは思わなんだ」
「ちっちゃくないのです! ……って、そうなのですか。だから先生の本名を知ってたのですね。びっくりさせないでくださいよ、もう」
「ダリウスの書状がある。ほら」
士道はそう言って、紙の束を放り投げる。ミレーユはあわあわしながらそれを受け取った。
ざっと内容を確認したミレーユは、その紙にさらさらと地図のようなものを書き留めて士道に手渡した。
「ふむふむ。分かりましたー。魔法を習いたいわけなのですね」
「ああ。ん? 金ならあるから心配しないでくれ」
「うちはそこまでお金にこだわってはいませんのです。これでも元超級ですからねー。あ、今日は5時頃から始めるので、それまでにこの場所に来るのですよ!」
「了解した。魔法塾って何人ぐらいいるんだ?」
「42人です。小規模ですけど、それなりに本格的なことやってる自負はあるのですよ。一般にはあまり知られてないですけど」
「知られてないというか、どうせ知られないようにしてるんだろうが……」
「む、なぜ分かったのです?」
「自分が世界にたった三人の超級だってことを隠してるんだろ? だったら普通に考えれば……」
「流石です!」
ミレーユは目をキラキラさせる。
どの辺りが流石なのか士道にはまったく理解できないが、そういう感性の持ち主なんだろうと勝手に納得しておいた。
「あ、じゃあ先生は用事があるので。お大事にするのですよ!」
ミレーユはそう言って慌ただしく一階に降りていった。
あたふたするその姿は、どうにもダリウスやグランドを越える超級冒険者には見えない。
世界にたった三人の冒険者の頂点。
隠居している魔法の達人。
すべての冒険者から畏怖と尊敬の眼差しを受けている生ける伝説が、あの少女だというのは荒唐無稽すぎて普通の人間なら信じることはなかっただろう。
士道もその例に漏れず、もう少しで匙を投げるところだった。
そう。
――『鑑定』を、行使するまでは。
「化物、だな……」
――――――――――――
ミレーユ・マーシャル:女:26歳
レベル:137
種族:人族
天職:魔術師
スキル:魔術回路
:精霊の加護
:超速演算
――――――――――――――
伝説の一角。
れっきとしたレベルオーバー。
己とはかけ離れたその力に気づいたとき、士道は愕然とした。
ポーカーフェイスを保つのに苦労したものだ。
「どいつもこいつも……」
思わず、呟く。
士道は大きく嘆息した。
多少強くなった気がしたところで、この世界はまだまだ怪物だらけだという事実を再確認したからだ。
士道の意志が、更に確固たる信念を形成していく。
玄海のように、大切な誰かを目の前で死なせるなどということを二度と起こさない為に。
――もっと、強く。
「…………よし」
士道はベッドから身を起こして、魔導服に身を包み、迷宮へと向かった。
その瞳に映るのは焦燥――ではない。
士道は冷静な人間だ。己がどれだけやれるのかは客観的に分析できている。
無茶をしたところで強くなれるわけではないことを、士道は事実として淡々と受け止めていた。
故に、最小のリスクで最大のリターンを得ることを望む。
(……そういや、エルフが使ったあの謎の攻撃。魔法に詳しいだろうミレーユに聞いておけば良かったな)
エルフ族は魔法を得意としている種族だ。最も理由はそれだけではなく、感覚的にもあの男が使った攻撃は魔法ではないかと士道は考えていた。
「おお、丁度いい! 士道!」
誰かに呼ばれたので振り返ると、勇者の榊原迅と彼が従える騎士達がこちらに向けて歩いてきていた。
士道の進行方向には迷宮がある。
おそらく、彼らも同じ目的なのだろう。
「どうも。それで、丁度いいって何がだ?」
「うちのもんが一人風邪引いてな。丁度一人分の魔結晶が余ってるんだよ」
「……へえ」
「お前も迷宮に潜ろうとしていたんだろう? ――どうだ、一緒に行かんか。お前の実力ならワシらにもついてこれる。ヘルプにはぴったりの人材だ」
迅はそう言ってニカッと笑みを浮かべた。ついでにサムズアップ。
今日もアロハシャツを着て、頭はスタイリッシュだった。
絶好調の勇者である。
――ただ、サングラスの奥の瞳を覗く者は、誰もいない。




