第14話 「エルフと思惑」
「――――っ!」
士道は突如として放たれた得体の知れない攻撃を感じ取った直後、本能に従って『瞬間移動』を行使した。
一瞬で、魔法で姿を隠している敵の背後に転移する。
――刹那、士道が直前まで立っていた場所に轟音が炸裂した。
(何だ……アレは!?)
そもそも士道には、今の現象が本当に攻撃だったのかすら理解できていない。
回避できた理由は、本能の警鐘に従っただけに過ぎなかった。
冷や汗を垂らしながらも、士道は敵の背中に向けて居合斬りを放つ。
まだ敵は『瞬間移動』した士道に気づいていない。
ならば、その隙を突くまでだ。
夜闇に銀閃が迸る。
一撃で戦闘不能に追い込めるほどの速度と威力を込めた、渾身の一撃だった。
その太刀筋には微塵の躊躇もない。
何にせよ、敵に容赦をするほど士道は優しい人間ではないのだ。
だが、その攻撃は直前で気づかれる。
剣に手応えがなかった。紙一重で躱された。
隙をつくったことを悟った士道は、咄嗟に後方に跳躍して距離を取る。
(……強い)
初見殺しの最たるものである『瞬間移動』からの奇襲をあっさりと回避した。
洗練された魔力からは確かに実力者の風格が漂っていたが、これは下手を打てば負けるかもしれない。
(逃げるか、戦うか。――どうする?)
士道は一瞬だけ逡巡した。
直後に、全力で足を踏み込む。
我が身可愛さで敵を見逃すなど、己の矜持が許さない。
烈帛の気合いと共に、連撃を放った。
躱されたらしく、敵の肉体を捉えた感覚はない。
しかし、敵の姿を隠している偽装魔法を貫くことには成功した。
「――チッ」
謎の人物の姿が顕わになる。
虚空より、男がこの場に現出した。
それは、銀色の髪に褐色の肌。精悍な顔立ちで体格のいい青年だった。
ただ、それよりも端的に彼を示す特徴が存在感を放っている。
彼の耳は、鋭利に尖っていた。
「……エルフ?」
「……だったら何だ」
低く、重い声。
青年の動きに迷いはなかった。
魔力による身体強化を実行し、爆発的な速度で肉薄してくる。
対する士道は剣を持って迎撃した。
殴りかかってくる青年の拳を体を振って躱すと、返し刀に脇腹に蹴りを入れる。
だが。
見えない壁に衝突したような感覚と共に足が弾き返された。
ビリビリとした振動が痺れるように伝わってくる。
(固有スキルか、いや、障壁系の……無属性魔法? ――くそっ)
青年はその隙を逃さず、懐に踏み込んでくる。
咄嗟に警戒する士道だが、青年の拳が届くまでに充分な間があった。
まだ余裕を持って戦術を立てられる。
そう思っていた。
その瞬間。
ゴッ!! と、凄まじい勢いで後方へと吹き飛ばされた。
「がはっ!?」
回転しながら吹き飛んだ士道は爆音と共に建物に衝突する。
その壁に亀裂を入れて、ようやくすべての運動エネルギーを消化した。
激痛よりも混乱が先に現れる。
おそらくは、初手と同じ攻撃だろう。
だが、何をされたのかまったく理解できない。
身体に均等に響く攻撃だった。
立ち上がろうとした途端に激痛が脳内を支配し、赤黒い液体が喉を通り抜ける。
思わず士道が喀血している隙に、青年はすぐ横にまで接近していた。
『瞬間移動』で後方に転移して剣を振り下ろすが、同じ手は通用しないとばかりに見えない障壁に弾かれる。
士道は舌打ちすした。
まただ。
また、見えない障壁に弾かれた。
士道の加護を持ってすれば、障壁の位置程度なら容易に感知できるはずだというのに。
「……」
現に、偽装魔法を使って隠れていた青年を発見することはできた。
では、なぜ障壁を認識することはできないのか。
何かの術式で、魔力の位置を誤認させているのだろうか。
(ええい――面倒だな)
激痛を抑え込み、冷静に思考を回転させていた士道は考えを投棄した。
そうして、呟く。
「――魔力炉、起動」
『魔力炉の腕輪』が体内魔力を増幅させる。濃密な魔力が辺りに噴出し、青年は警戒するように身構えた。
士道はそれを無視して馬鹿げた魔力量で身体を強化すると、自らも制御できないほどの速度で青年に肉薄した。
その手には渾身の魔力を練り上げた『雷撃』が唸りを上げている。
そう。
障壁の隙を穿てないのであれば――真っ向から叩き潰すまでだった。
士道の咆哮と共に紫電の龍がその顎を開き、地獄の釜を覗かせる。
研ぎ澄まされた雷の牙が青年へと食らいつく。
その直前。
それまで、常にポーカーフェイスを保っていた青年は眉根を潜めた。
「――派手にやりすぎた、か」
その呟きと同時に、青年の障壁に『雷撃』が炸裂する。
雷光を瞬かせて障壁を突き破ったときには――もう、青年の姿は何処にもなかった。
「くそ……逃げ、たか」
士道はふらりとその場に倒れ込む。
見事にしてやられた。
悔しさが、脳内を埋め尽くす。
結局、青年の目的は何も掴めないまま、あっさりと逃げられた。
その上、こちらは切り札を幾つか使用して戦ったというのに重傷になり、対する青年は無傷だ。
――弱い。
士道は倒れたまま、手を空に掲げる。
「……」
燦然と煌めく星を掴むように、拳の形をつくりこむ。
そこへ、
「う、うわわ!? だ、大丈夫なのですか!?」
甲高い声が士道の耳に届いた。
痛む身体をどうにか起こして、その声の主へと振り向く。
士道の姿を見てオロオロしていたのは、12歳程度に見える少女だった。
水色の髪に蒼い瞳をした、可愛らしい子供だ。
もう夜も深まっているのに、なぜ出歩いているのか。
「と、とりあえず手当てをしなくちゃですよね!? ……でも先生、治癒術は専門外なのです」
「……こんな夜更けに、路地裏に出て来ない方がいい。人さらいに遭ったらどうするんだ。お母さんが心配するぞ」
「子供扱いするなです! 先生はもう26なのですよ!」
「は?」
「先生は先生なのです! そのポカンとした表情をやめてください!」
「冗談はいいから、早く家に帰れ。俺は少し回復したら勝手に治癒院に向かうから」
「……信じてないですね……」
むー、といった感じで頬を膨らませる少女は、どう見ても26歳には見えない。
それにしても、と彼女はざっと周りを見渡す。
一瞬、家屋の屋根に鋭い視線が飛んだが、それが士道の目に留まることはなかった。
「戦闘の形跡……。この魔力の質はエルフですか」
少女は深刻そうな顔で何かを考え込む。士道はきょとんとした表情で、
「分かるのか?」
「先生は、これでも魔術師の端くれなのです。魔力の残滓ぐらい分かりますよ」
「……ふぅん」
「まあ、とりあえずはあなたを治癒院に運ぶことにするのですよ」
「?」
「そりゃあ!!」
「え!? おま、ちょっと待て!?」
魔力を流して身体強化を行使した少女は、そのままの勢いで士道を持ち上げた。
「この怪我はちょっとまずいのです。揺れますけど、すぐそこなので我慢するのですよ!」
「いや、え?」
「あ、申し遅れました」
少女は、担がれていることに混乱している士道に向けて、ふと思い立った感じで告げた。
「――先生の名はミレーユといいます。そこの魔法塾で先生をやっているのですよ!」
「……アンタ、が?」
「はい! それじゃ、行くのです!」
驚く士道を担いで、えっさほいさと少女が治癒院に向けて走り始める。
……余談だが、少女にお姫様抱っこされて運ばれた士道は、精神的に大きな怪我を負ったという。
「……うーむ。割り込む機会を見失ったな」
とある家屋の屋根で、胡座をかいて酒を呑んでいた一人の男が呟いた。
星の光を反射する頭に、夜闇に溶け込むサングラス。
端的に勇者と称されている男は、顎に手をやりながら面倒くさそうに呟いた。
「……スイメルの奴、ワシに気づいたから逃げ出したんだろうが……いったい何を考えておる?」
「尾行させますか?」
「ああ、もういい。ワシがすでに追っている。アルドック、お前は領主の奴に報告しておけ」
「はい。……それにしても、勇者様の同郷ってもしかしてあんな化物ばかりなんです?」
「さて……アレはアレで特別製だと思うが。――ハズレ術師、か」
「?」
「いや、何でもない。ワシからの報告を待つことにしよう」
そう言って、勇者は愉快そうに笑みを浮かべた。
夜闇の下で、それぞれの思惑が蠢く。




