第10話 「旅路」
港町レルヒム。
その整然とした街並みを眺めながら、士道はのんびりと歩いていた。
隣ではウェイスランドが上機嫌そうに買い食いしている。
依頼は済ませて報酬は受け取ったのだが、この男は何故かついてくるのだ。
ウェイスランドは軽い調子で言う。
「つーかさお前、もしかしてすぐにこの街を出発するわけ?」
「一日休んだら出ようと思ってる」
「えー……早くね?」
「……かもしれないけど、特にこの街には用事がないしな」
「ま、別にお前がいいならいいけどさ。あんま生き急ぐなよ。先はまだなげーんだぜ?」
「……お前の方がいろいろと先取りしすぎてる気もするが」
「お! 焼き鳥売ってるじゃねーか!」
よだれを垂らしたウェイスランドは冒険者もかくやという速度で駆けていく。
相変わらず騒がしい男だった。
「ほれ冒険者、食えよ」
二本の焼き鳥を買ったウェイスランドは片方を士道に差し出す。
士道は怪訝そうに眉を顰め、
「……どうした? お前がタダで人に奢るなんてあるわけないだろ? もしかして熱でもあるのか?」
「え、お前の中で俺どんなイメージなの? 焼き鳥ぐらい奢るわ!」
「いやいやいやいや。冷静になれ、お前はもっと悪どく狡猾でどうしようもない男だったはずだ」
「そこまで!? お前と会ってから一週間も経ってないのに!?」
愕然とするウェイスランドから焼き鳥を奪いながら、士道は今晩の宿を探そうとする。
彼は最終的に怒ることに決めたのか、
「はっ! そう言うならやっぱ焼き鳥なんかあげねーからな!」
「お、これ美味いな」
「いつの間に取りやがったテメエ」
食い下がるウェイスランドを適当にあしらいながら、見つけた宿屋の扉を開いて足を踏み入れる。
一階は酒場だったが、まだ夕方なので人が少ないようだった。
数少ない冒険者達の視線を受けながら、カウンターの婆さんに話しかける。
「婆さん、一泊頼んだ」
「あ、俺は一週間でお願い」
「あいよ」
「…………いや何でだよ」
「あん? 俺はしばらくこの街にいるんだよ。宿はいるだろ」
平然と言うウェイスランドに嘆息しながら、士道は周囲を見回した。
鋭利な眼差しを向ける何人かの冒険者と目が合うが、実力の差を感じ取ったのか、誰もが目を逸らした。
「……あんまり強そうじゃないな」
「そりゃーこの辺りの魔物は弱いからな。必然的に冒険者だってそんな強くない。ってかアクアーリアが異常なんだろ。あそこは竜種なんかも平然と出やがる。怖いったらありゃしねえ」
「ふうん。ユーレンザラード大陸の魔物は弱いって話だったっけか」
「迷宮だけは話が別だけどな。……っていうか、このくらいが普通だろ。お前の強さがおかしいだけだ」
「そうかね」
「そうだよ。なんでダグジラを一刀両断できるわけ? 普通じゃねえぞ」
適当に雑談しながら別々に部屋を取った士道達は、各々の部屋に入り、しばらく休憩を取った。
そして夜の帳が下りた頃。
仮眠を取っていた士道は、下からの喧騒で目を覚ました。
「……腹減ったな」
隣の部屋のウェイスランドは何処かに出掛けているようなので、一人で一階の酒場に下りる。
夕方とは異なり、多くの人で賑わっていた。がやがやとした喧騒が響き、冒険者達が己の功績を肴に酒を呑んでいる。
アクアーリアでもよく見る光景だった。少し懐かしい。
そう思いながら、空いている席に座った士道は適当に料理を注文する。
何となく頼んだパスタだったが、思いのほか美味だったので満足していた。
食後の紅茶を飲んでいると、向かいの席にウェイスランドが腰を下ろす。
彼は当たり前のように酒を数種類頼んだ。もはや士道は驚かない。
「どこ行ってたんだ?」
「仕事だよ仕事。物資の搬送やら何やらで忙しいのさ。……あ、そういや妙な噂を小耳に挟んだぜ」
「妙な噂?」
「大森林のエルフ族いるだろ? あれと迷宮都市がなんか揉めてるらしい」
ウェイスランドは酒をがぶ飲みしながら、注文した料理をかきこみ始めた。
「あそこ、勇者が滞在してるじゃん。勇者にエルフの使者がたびたび訪ねてくるらしいんだけど、どうも友好的な雰囲気じゃないんだってよ」
「ふうん。戦争でもやるのか? 勘弁してほしいんだが」
「いやぁ互いにメリットないし、それはないと思うけど。ま、どこもピリピリしてるしな。勇者が光臨したかと思えば、魔大陸じゃ新魔王が現れたし。まるで百年前の焼き直しだな」
適当にぼやくウェイスランドは、すでに食べ終えて一息ついていた。
異常に食べるのが早い男である。
紅茶を飲み終えた士道は、呆れながらも立ち上がった。
そろそろ風呂に入り、部屋に戻ろうと考えていたからである。
そんな彼に、ウェイスランドは言う。
「俺はもうちょっとここに居るわ。食ったばっかだし」
「ああ」
「明日も早朝から出掛けるから、これが最後かもしれねえな」
「……」
「ま、頑張れよ冒険者。ここまで一緒に来た理由は、強そうだったからコネつくっときたいってもあるが、それ以上に純粋に気に入ったのさ、お前のことが」
ウェイスランドはそう言って、くつくつと笑う。
対する士道は薄い笑みを返し、手をひらひらと振りながら別れを告げた。
「じゃあな商人。――また、いずれ」
翌日。
港町レルヒムから北へ続く街道を、高速で駆け抜ける影があった。
漆黒の魔導服をたなびかせ、端正な顔立ちに鋭い瞳を持つ少年――士道は魔力による身体強化を施し、魔物すら置き去りにするような速度で進んでいく。
(……まだまだ余力があるな)
これだけの強化を行えば、以前の士道ではすぐにバテていただろう。
だが、今は苦に感じていない。
この辺りの身体性能の向上は、レベルが高くなったおかけだ。
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シドー・カミヤ:男:17歳
レベル:62
種族:人族
天職:奇術師
スキル:翻訳
:鑑定
:精霊王の加護
:【固有】魔眼
:【固有】雷撃
:【固有】瞬間移動
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改めて見ると、かなりレベルが向上していた。あの戦いではかなりの数の魔物を屠ったが、何より上位悪魔を倒したことが大きいのだろう。
「…………あれか」
などと考えながら疾走していると、行く手には小さな村が見えた。
空を仰げば、そろそろ太陽が降りようとしている時刻である。
今日はあの村で泊まらせてもらおう。
このペースなら、明日の午前中には迷宮都市ローレンに辿り着くはずだ。
そう思い、士道は小さな村に足を踏み入れた。




