第9話 「世界とエルフ」
海上都市アクアーリアは、中央大陸とユーレンザラード大陸北部の間に位置する交易を主とする島だ。
ユーレンザラード大陸北部を統べるライン王国の領土とされているが、実際には独立しているようなものだった。
「これから向かうのは港町レルヒムだったか?」
「そーだぜ。ま、活気のあるいい街さ」
士道達冒険者を護衛として乗せた商船隊は、アクアーリアからレルヒムへと向かって帆を張っている。
その中の一隻でのんびりしていた士道は、一人の商人と仲良くなった。
ウェイスランド・ユスティーナ。
くすんだ金髪に、これといった特徴のない顔をした青年である。
それでも、この商隊ではそこそこ偉いらしいのだが。
「レルヒムまでどのくらいかかる?」
「ま、この風なら5日ってとこだな。地図見るか?」
「ああ。……っていうかいつも持ってるのかよ」
「当然。地図は世界だ。世界は俺。商人には必須よ」
意味のわからないことを上機嫌に言って、ウェイスランドは甲板上に地図を広げる。
「船内にいくんじゃないのかよ。普通こんなところで見るか?」
船員に迷惑がかからない位置にいるとはいえ、ウェイスランドは些事に頓着しない性格のようだった。
士道は呆れながらも、彼の広げた地図に目をやる。
入院中に一度見たことはあるが、地球の地図に慣れた士道には、やはり新鮮に感じられた。
――この世界は四つの大陸と広大な海域によって成り立っている。
地図上で中央に位置するのが、中央大陸だ。
『四強』に分類される二つの大国――ヴァリス帝国とレーノ共和国がその地を占領している。
中央大陸という名称からか、この大陸を中心として地図を見るのが習わしのようだ。
その東には、大きな大陸が縦に細長く広がっている。
それがユーレンザラード大陸だ。
大陸中で最大の面積を誇っていて、穀物の生産が盛んな豊かな土地である。
迷宮を除けば、魔物も弱い種が多いので安心に暮らせる場所だ。
その北部は『四強』のライン王国が占めている。とはいえ、最北端付近の大森林はエルフ族の領土となっていた。
その南には同じく『四強』のミラ王国が君臨していて、それより南方は小国が乱立している紛争地帯である。
北方のランセクト大陸は厳しい寒さが定住には厳しく、人族の数が少ない。
主に寒さを苦としない龍族や巨人族の領土となっていた。
西から南にかけてL字型になっている二番目に巨大な大陸が魔大陸である。
かつてサタン帝国と呼ばれる悪魔の国が猛威を振るった土地だが、百年前の戦争によって悪魔の数が少ない現在では、人が住まない不毛の地となっている。
もともと砂漠が多い上に、強靭な魔物ばかりなので、訪れる者が少ないのだ。
たまに魔大陸に足を踏み入れる者は、世界最難関の迷宮『奈落』を攻略しようとする猛者ばかりなようだ。
(……ふむ。ちゃんと覚えてるか)
世界地図を見た士道が一人頷いているとウェイスランドは軽い調子で、
「ここだぜ、ここ」
中央大陸とユーレンザラード大陸の間を指差した。おそらく現在地だろう。
「そんで、港町レルヒムってのはここだ。ライン王国の中でも大分北の方にある港だな」
「迷宮都市ローレンは?」
「ああ。お前の目的地だったか。んーとだな、そいつはここだよ。レルヒムより更に北だな。ライン王国の最北端に近い。エルフが棲む森林にも近いな」
「エルフねぇ。人族と多少の交流はあるんだったっけか」
「あんまり友好的な関係じゃないらしいけどな。でも王国的にはあんまり敵対したくなんだろ。エルフは魔法適性が高いとかで、魔術師ばっかだし」
ウェイスランドは肩を竦めて、
「つーか、それよこの辺り一回行ったことあるけどさ、寒いから気をつけろよ」
「うぇ、マジかよ。防寒具調達しなけりゃ駄目か」
「うちで買えうちで。ノーヴェ商会はお買い得だせマジ。今なら5000ゴールドで魔法耐性つきの外套がある」
「お前、俺から金取りたかっただけだろ…………?」
「バッキャロー! 商人なめんな! そんなもん当たり前じゃねえか!」
ドヤっと決め顔するウェイスランドをジト目で見ながら、
「……流石に商人が全員こいつと同じだとは思いたくないな」
「おいおい!? 軽いジョークじゃねえか落ち着けって!」
慌てるウェイスランドに嘆息するも、何やかんやで防寒具を買ってしまう士道である。
厚手で暖かそうな外套を選んで魔力袋に入れていると、魔道具による警報が鳴り響いた。
船員達が慌てたように避難を促す。
「………魔物が出たみたいだな」
「そりゃやべえ!? 後は頼んだぜ冒険者!」
ウェイスランドは超高速で船内に駆け込んでいった。
「あ、地図片付けといて」の一言も忘れずに言ったあたり、本当にイイ性格をしている野郎である。
「ありゃ大物になるな……」
面倒くさそうに言いながら、振り返って剣を抜いた。
船の前方では、ダグジラと呼ばれる鯨をそのまま巨大化させたような魔物が海から姿を現している。
第二級相当とされるダグジラを前に、士道は微塵も臆することなく足を踏み出した。
口元は不敵な笑みを刻み、濃密な殺気が噴出する。
「……よう。剣の錆ぐらいは落としてくれると助かる」
ダグジラは怯えたように退き下がるが、もう遅い。
蹂躙が始まる。
「――それで、本当に見つかったのか?」
その言葉を放ったのは、褐色の肌に精悍な顔立ちをした青年だった。
長めの銀髪を一つにまとめていて、尖った耳はエルフであることの証だ。
「はい。今まで見つからなかった理由は、ミレーユ・マーシャルが匿っていたようです」
青年に丁寧な言葉遣いで接するのは、同じくエルフ族の少年である。
「……超級冒険者のあの女か、つくづく忌々しい奴だ」
「どうしますか?」
青年は顎に手をやってしばらく黙考する。それだけで、周りを囲んでいた女エルフ達が色めき立った。
「……あの勇者には連絡したのか?」
「はい。少しばかり厳しい条件がつけられましたが」
「見せてみろ」
少年が渡した書類に目を通していると、何処からか足音が聴こえた。
青年達は大木の枝の上にいる。
エルフ族の住処である大森林の中でも、あまり人が少ない場所だった。
いったい誰がやって来たのか。
そう思って周囲を見回した青年は、その姿を確認して跪いた。
不思議そうにした周囲のエルフも状況を理解したのか、慌てて彼に倣う。
「……スイメル。相変わらず律儀な男だな、お前は」
そう言って姿を見せたのは、背中に純白の翼を生やした男だった。
スイメルと呼ばれた青年は言葉少なに返答する。
「いえ、天使長イリアス様。ご報告があります。ハーフエルフが見つかったようです」
「ほう。同胞を殺すことになるが……構わないな?」
「…………ハーフエルフは我々にとっても禁忌とされる存在です。何も問題ありません。すでに準備は整っております」
「それなら、頼むぞ。ああ、山脈にいる悪魔共は気にするな。こちらで適当に牽制しておく」
イリアスはそれだけを告げると、翼をはためかせて上空へ消えていった。
まさか、それだけの為にやって来たわけではないだろう。
長老とでも会談をしにきたのか。
そこまで考えてスイメルは嘆息した。
「……これだから天使共は。俺達を駒としか思ってない」
「しかし……」
「ああ、分かってる。今のところ従わざるをえない。心配せずとも下手なことはやらんさ。俺はエルフ族を背負っているんだからな」
「スイメル様……」
うっとりとした視線の女達に苦笑を返しながら、スイメルは立ち上がった。
「頭の硬い長老共は俺が適当に言いくるめておく。……そうだな、レミィ。勇者との交渉はお前に任せた」
レミィと呼ばれた妖艶な体型の女性はスイメルに選ばれたことに顔を赤くしながらも、不思議そうに尋ねた。
「どうして私なんです?」
「可愛いからさ。あのハゲ勇者は単純極まりない。困ったら誘惑しろ。それで何とかなる」
「見も蓋もないですね」
「そんなもんさ。今の俺たちには余裕なんてないんだ……」
スイメルは大木から飛び降りた。
「…………」
まだまだやることはたくさんある。
エルフ族の将来を担う者として、弱音を吐くことは許されない。
それでも、凍結させたはずの感情が蠢くのは抑えられなかった。
一人の少女の笑顔が、脳裏を過ぎる。
両親を失った義理の妹が、小首を傾げるその姿を。
『――どうしたの、お兄ちゃん?』
「ちく、しょう……」
皆の前では常に冷静な表情を保っていたスイメルは、耐えきれない様子で顔を苦渋に歪めた。
「リリス……っ!」
――呪われた運命への慟哭が響く。
これから更新時刻を夜10時に固定します。いつもお読み下さりありがとうございます。感想は返信が滞っておりますが、ちゃんと読んでいます。誤字脱字の指摘は、更新を優先させているため修正できていませんが、余裕ができたら行おうと思います。
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