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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第一章 未来を紡ぐ者へ
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Epilogue 「覚悟の光」

 とても暖かい、夢を見ていた。

 士道は己の意識の中を、当てもなく彷徨(さまよ)い続ける。


 ――母親は優しい人だった。

 士道が少しでも勉強していると、「根を詰め過ぎないようにね」と心配した。

 部活で失敗する度に「辞めてもいいんだよ」と逃げ道を与えてくれた。

 叱ることができない彼女は、きっと教師には向いていない人間だったと思う。

 だからこそ士道は逃げなかった。

 勉強時間を引き伸ばし部活後も練習に取り組んだ。

 基本的に天才肌である士道が努力を継続した結果は如実に現れた。

 実力試験では学年上位の座を取り、部活では主将に選ばれた。

 士道が華々しい活躍をする度に、母は自分のことのように喜んでいたのが記憶に残っている。


 ――父親は厳しい人だった。

 幼い頃、悪さをする度に必ず拳骨が落ちた。そして良いことをする度、大きな手で頭を撫でてくれた。

 彼は一流企業の重役だったせいか常に多忙で、家に帰ってくることは少なかったが、家族との談話を大切にする、できた父親だった。

 かつて憧れた後ろ姿だった。

 

 ――妹は甘えん坊だった。

 生来麗しい容姿を持っていた妹は、その利点を活かす術を十分に心得ていた。

 彼女は努力家だったが、その姿を決して周りに見せようとはしなかった。

 「私はやらなくてもできるから」と、胸を張る妹を士道は誇らしく思っていたのを覚えている。


 そんな家族と、いつものリビングでいつものように団欒していた。

 その筈だった。


「…………あれ?」


 士道は、家族と自分の距離がだんだんと離れていることに気づいた。

 彼らのもとに戻ろうと足を動かすが、一向に距離は縮まらない。

 妙な苦しさに襲われて、心臓の鼓動がドクンと脈打つ。

 なぜか足が石のように重く、つんのめるように倒れ込んだ士道は、それでも何かを求めるように手を伸ばす。

 それは――まるで、水面に映る月を掴み取ろうとする愚者のようだった。


 ――届かない。


 やがて、家族の姿は掻き消えた。



 ♢



「ここは…………」

「シドーさん!? …………良かった」


 士道は目を覚ました。

 眼前には何処かで見たことのある天井がある。ぼんやりと考えていると、冒険者ギルドの救護室であることを思い出した。

 目尻に涙を浮かべたレーナが、心底安堵したような表情で士道に駆け寄る。

 ベッドから起き上がろうとしたが、その瞬間に激痛が身体中を駆け巡った。


「ま、まだ動いちゃダメですよ! 全身傷だらけなんですから!」


 レーナは尻尾を振り回してあわあわしながら忠告する。

 士道は改めて己の肉体を見返すと、ありとあらゆる場所に包帯が巻きつけられていた。

 特に右腕は重傷だったらしく、何やらギプスのような魔道具で雁字搦めにされている。

 まさに満身創痍といった光景に苦笑しながら、士道はレーナに尋ねた。


「戦いはどうなった?」

「えっと、竜騎士の方が魔王を撃退して、一応の終結はしました……もうあの戦いから3日経ってますよ」

「俺は3日も寝ていたのか」

「…………そうですよ。グランドさんとかも心配してましたからね」

「レーナは、もしかしてずっと付いててくれたのか?」 


 士道が尋ねると、レーナは少し頬を紅潮させる。ふさふさの猫耳がぴょこりと揺れていた。


「……は、はい。シドーさんは、わたしを助けてくれましたから。少しでも力になれればと思って」

「そっか。ありがとう」


 士道は自然にレーナの髪に手を伸ばした。妹を相手にするときのように優しく頭を撫でる。

 レーナは「にゃぁ」と呟き、気持ち良さそうに目を細めた。


「……懐かしいな。何となく」

「……そういえば、さっき随分うなされてましたけど、悪い夢でも見たんですか?」 

「いや……少し、昔のことを思い出してたのさ」


 唐突に呼び起こされた家族の記憶。

 士道はその夢に思いを馳せる。

 信頼している彼らなら、士道がいなくてもきっと幸せに暮らしていくだろう。

 

「おお、シドー! 起きたらしいな!」


 大声を張りながら救護室に入ってきたのはグランドだった。

 彼に右腕はない。あの戦いで魔王に斬り飛ばされたのである。

 だが、隻腕となった彼はその影響を感じさせない快活な調子で、


「まったくシドーよ。一時はどうなることかと思ったぞ!」

「そんなにヤバかったのか?」

「血を流しすぎていたからな! 悪魔に続いて魔王ときたもんだから、すぐに治癒してやることもできなかった。済まんな」

「いや、謝ることじゃない。気絶してた俺を運んでくれたんだろ? むしろ感謝してるさ」

「ハッハッハ! 感謝するのはこちらの方だ。お前はあの悪魔を討伐した英雄だからな! ギルドからたんまりと報酬が出るぞ!」

「ギルド……と、いえば。情けないことに意識が混濁してたんだが、やっぱりセドリックは……」


 急に表情を失ったグランドは静かに首を振った。

 そうか、と士道は沈痛そうに顔を歪める。


「お前が気に病むことではない。十分にやってくれただろう。……まあ、実力試験のときに手を抜いていたことは許さんがな! ハッハッハ!」

「いや、あれは別に手を抜いてた訳じゃなくて……」

「あのスキル群を見せたくなかったのだろう? むう、分かってはいるが言ってみたかったのだ!」


 グランドは再び快活な笑みを見せる。

 彼は最もセドリックと仲が良かった男だ。人一倍悲しんでいるだろうに、そんな素振りはまったく見せない。

 強い人だな、と士道は思った。


「ところでダリウスはひどい傷を負ってたと思うんだが……無事なのか?」

「うむ! すぐに治癒術師総員で治療させたからな。完全な回復には何ヶ月かかるか分からんが、命の危機は脱している」

「なら良かった。…………さて、」

「あ、あの……」


 再度立ち上がろうとした士道を、レーナが止めに入る。


「大丈夫だ」


 強い口調でそんな彼女を押し留めた。

 怪我を負っていても、まだやるべきことがある。

 グランドは士道の目的を理解しているらしくレーナに目配せする。

 士道は真摯な瞳のまま告げた。


「……行きたい場所がある。案内してくれるか?」



 ♢



 漆黒の外套を羽織った士道は杖をつき、満身創痍の肉体を何とか動かしていた。

 情けないことだが、歩くだけで精一杯である。

 レーナが心配そうだが、止めるような真似はしない。

 士道の目的を知ったからだ。


「…………ここか」


 士道は哀しげに呟いた。

 彼の周囲には幾つもの十字架が屹立している。人影はなく、吹き荒ぶ風が寂しさを象徴しているようだった。

 アクアーリアの隅に位置する墓地。

 そんな場所を訪れた士道の眼前には、周囲と何ら変わりない十字架が突き立っている。


「…………まだ、新しいな」


 この地――ライン王国に宗教は伝わっていないが、墓は自然とこの形になっている。

 もしかすると地球と何かしらの関連があるのかもしれないが、今の士道にとってそんなことはどうでも良かった。

 墓には小さく文字が刻まれている。


 "ゲンカイ・コガ、ここに眠る" 


「…………」


 簡素な一文だった。

 その墓の前に士道は無表情で佇む。

 レーナは一歩下がった位置から、心配そうに彼を見ていた。


「……未来を紡ぐ者へ、か」


 やがて、士道はポツリと呟いた。

 玄海が死の直前に放った言葉を思い返しているのだ。

 

「……爺さん。あんたの技術を受け継ぐ者として、期待に応えられるかは分かりません」


 士道は墓前に語りかける。

 死者に言葉は届かないと理解していても、己の心に何かを示すように。

 

 孤島で共に過ごした彼の好々爺然とした笑みが脳裏を過ぎる。

 士道は哀しみを耐えるように、拳を握り締めた。

 本当の意味で、世界の厳しさを知ったような気がした。

 それでも、士道は生きていく。

 その目には確固たる決意の光が宿っていた。


「……でも俺は、爺さんみたいに憧れていました。誰かを助けられる人間になりたいって思ってました。……だから、そういう信念を持って生きたいと思っています」


 士道は苦笑して玄海の墓を後にした。

 後ろを振り返らずに、一歩を踏み締めて前へと進んでいく。

 そこで、前方から葉山集が歩いてきた。

 士道と同じく傷だらけの集は憮然とした顔をしている。

 手には上等な酒が握られていた。

 彼が誰の墓へ行くのか。

 そんなことは尋ねるまでもなかった。


「別れは済ませたのか」

「ああ」

「僕を恨んでくれて構わない」

「自惚れるなよ。爺さんが、自分の意志でやったことだ」


 二人はすれ違いざま、簡潔に言葉を交わす。  

 互いに振り返ることはなかった。


 ――異世界の太陽が煌々と輝く。

 まるで士道の行く末を導くかのような、暖かい光だった。




第一章――完


閑話を投稿した後、第二章に移ります。

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