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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第一章 未来を紡ぐ者へ

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第25話 「その戦いの行く末は」

 黒一色の夜空で、魔王を威嚇するように雄叫びを上げる白竜。

 その背で手綱を引くアルバート・レンフィールドは不敵な笑みを浮かべながら、リーファに向けて告げた。

 

「さて、せっかく封印から逃れたところ悪いんだけどさ」


 その間にも放たれ続ける数百ものリーファの魔法を、躱し、受け止め、吹き飛ばし、数々の行動によっていなしていく。

 一瞬の迷いもないその動きは一流であることの証明だった。


「――『不死』を殺すってのも、面白い趣向だと思わないか?」


 リーファはその言葉を受けて、気分を害したように目を細めた。


「……ふざけた男だ。天から引きずり下ろしてやろう」


 竜騎士と魔王。

 共に世界に名を轟かせる二人の怪物が衝突する。

 雲が裂けた。

      








 

 グランド・アイブリンガーは傷口を押さえるのも忘れ、呆然とした様子でその戦いを眺めていた。

 

「……王国最強…………」


 思わず、呟く。

 竜騎士アルバート・レンフィールド。

 ライン王国騎士団が誇る竜騎士隊の隊長にして、最強と名高い若き英傑。

 そうか、とグランドは納得する。

 ノーランド・サザルーフが用意していた切り札とは彼のことだったのだ。

 確かに竜騎士ならば、馬の数十倍の速度で現場に到着することができる。

 急に封印が解かれた場合などにはうってつけの存在だろう。

 

 そうは言っても、決して簡単に呼び出せるような存在ではない。

 そこまで考えて、グランドは根本的な事実に気づいた。

 

(いや……。考えてみれば、ノーランドの奴が保管していたのは魔王が封印されているレベルの魔道具だ。厄介事を嫌う奴がどういう因果であんな危ない魔道具を持っていたのかは知らんが、これも必然か)


 グランドは右腕を失くしているとはいえ、気力を振り絞ればまだ戦うことはできる。

 だが、剣を取る気は起きなかった。

 これ程まで隔絶した戦いに介入したところで、足手纏いにしかならないのだ。

 己の無力さを痛感しながら、ひとまず退避を優先させる。

 アルバートとリーファの二人は空中戦を行っている。地上に被害は届きにくい筈だが、常識を覆すように戦闘の余波は大地を震撼させていた。

 はっきり言ってそれだけで殺されかねない。

 急いでこの場から離れる必要があった。

 右腕を失った肩が思い出したように灼熱の痛みを発するが、グランドは意思の力でそれをねじ伏せる。

 

「シドーを回収しなければ…………」


 右腕を失ったせいで上手く歩けなかったが、何とか意識を失っている士道を左腕で抱え込む。

 思っていた以上にバランスを取るのが至難の業だった。

 右腕の重要性を失って初めて理解する。歩くことに全霊を込めながら、倒れ伏すダリウスに尋ねた。

 

「……ダリウス。動けるか?」

「…………何、とか……」


 腹を貫かれた上、焼き焦がされたダリウスはひどく辛そうな表情で立ち上がった。

 患部が焦げているので血が流れていないが、本来ならば数分も経たずに死ぬような傷だ。

 それも当然のことだろう。

 とはいえ、左腕しかないグランドではダリウスを抱えて走ることはできない。

 自力で動いてもらうしかなかった。

 その間にも、


「ぬぅっ!?」


 断続的に地響きが巻き起こる。

 衝突する二人の膨大な魔力が、地震を引き起こしているのだ。

 グランドはバランスを失って転倒した。その上、激痛で視界が揺れる。

 動けないグランドはそこで、揺れる草木の(さえず)りを聴き取った。


「困ってるみたいだね」

「エレノア……? なぜ戻ってきたのだ?」


 そちらに目をやると、第二級冒険者エレノア・レッドフィールドがその姿を見せる。

 彼女だけではなく、続々と上級の冒険者達が駆け寄って来た。


「……三人とも、ひどい傷だ」


 エレノアは苦い表情で呟く。

 彼女は撤退した冒険者達の指揮を取っていたので、この場に残れなかった。

 戦えないことは当然だったが、それでもこの結果を悔いているらしい。

 冒険者達は担架に三人を乗せ、肩に担いで歩き出す。

 魔力による身体強化をかけているため、特に苦ではないようだった。


「少し揺れます。森を抜けた先に馬車があるので、そこまで我慢してください」

「ああ。済まんな、頼んだ」


 治癒術師の女がグランドの肩に"止血"と"治癒"をかけた。

 そのおかげで大分痛みが和らぐ。

 彼女は士道やダリウスにも同様の処置をした。いずれも簡易な魔法だが、本格的な治療は街に戻ってから行うのだろう。

 グランドは横目にエレノアを見やる。

 彼女は不気味なものを見るように空を仰いでいた。


「何、アンタ達の回収を伯爵に頼まれたのさ。……巻き込まれただけで死にかねないって胡散臭い話だったけど、アレは確かに納得できる」

「……うむ。さっさと退避しよう。俺たちが勝手に巻き添えで死ぬのはアルバートも望んでないだろうからな」

「分かってる。……ところで、セドリックはどうしたんだい?」


 グランドは静かに首を振った。

 エレノアは感情を圧し殺した表情で小さく「そうか」と呟く。

 せっかく竜騎士が登場して危機から逃れたというのに、場の雰囲気は著しく重かった。

 死者が絡む戦争では当然のことではある。何年か前は傭兵も兼ねていたグランドはそれを明確に理解していた。


「シドーの血は止まったのか?」

「ええ」

「そうか。そいつは一番、血を流している。安静にしておけ」

 

 眠りについている士道は安らかな寝顔をしていた。精悍かつ端正な顔立ちには、まだ少年のあどけなさが何処か残っている。


「……そいつは、死に物狂いで悪魔を倒した俺たちの英雄だ。まあ……玄海のため、だったんだろうが」

「…………悪魔に、魔王か。百年前の伝説みたいな存在が次々と現れる。これが本当に現実なのか疑っちまうよアタシは」


 森林を移動している間も断続的に地響きが成り響いていた。

 遙か上空を見上げれば、白竜と悪魔の翼が辛うじて見える。

 まるで、神話を見ているかのような光景だった。


「……アルバートが押されているな」


 グランドが呟く。

 一つずつ傷が増えていくアルバートに対して、いまだ無傷のリーファ。

 このまま竜騎士が倒された場合、結果は何も変わらない。

 危機感を抱くが、その思いを察したかのようにエレノアが返答した。


「その点なら、心配しなくてもいいらしい」

「どういうことだ?」

「伯爵の切り札ってのはあの竜騎士のことじゃなくて――――」


 エレノアの言葉を聴くまでもなかった。噂をすれば影である。

 グランドはそれを見て、安堵したように息を吐いた。

  


 ♢



「なるほど…………小賢しい男だ」


 不死魔王リーファは忌々しげに口を尖らせた。

 その言葉を受けたアルバートはニヤリとした笑みを浮かべながら、


「お、気づいたか。残念だな」

「……貴様一人では私を倒せないとは思っていたが……そういう魂胆があったとはな」


 魔王は吐き捨てるように言った。

 アルバートは白竜の上で大きく手を広げる。そんな彼の遙か後ろ。

 何体もの竜が羽ばたいているのが辛うじて窺えた。

 そう。

 ライン王国の騎士団。

 その竜騎士隊だった。

 

「……俺が全力で竜を駆ると誰もついてこれないからな。だが事態は一刻を争う。足止めのために俺だけ先行していたってだけの話さ」

「つまり、あれが本隊か。流石は人間だ。単体じゃ弱くても、蟻のように群れる」

「……確かに俺一人じゃテメェには勝てない。だが、竜騎士隊の全てを相手にして生き残れると思うなよ」

「…………」

「――なあ、魔王。どうしてライン王国がこの大陸で強国と呼ばれてるのか、その理由は知ってるか?」

「……フン、百年前から何も変わっていないのか」


 魔王は鬱陶しげに呟く。

 そう、古くから伝統あるライン王国が強国たり続ける理由はただひとつ。

 王国最強を誇る竜騎士隊の存在だった。

 百年前の戦争で皇龍と契約し、その加護を授けられたライン王国は、他の国と比べて遥かに効率良く竜を手懐けることができる。 

 これは、その結果だった。


「分かってるならいい。そして理解しろ。王国最強ってのがどういうものか、その身体に刻み付けてやる」


 アルバートは長槍を構える。

 その間にも天駆ける竜は凄まじい勢いでアルバート達に迫る。

 ぐんぐんと近づく竜騎士隊は、そう何分も経たないうちにこの場に到着するだろう。


 だが、アルバートにはひとつの懸念があった。


 それを表情に出さないように意識しながらリーファに向けて言葉を放つ。


「さあ、どうする不死魔王リーファ。ここにはテメェの配下は何処にもいない。いくら魔王と言っても、一人で竜騎士隊を相手にできるって自惚れてるんなら、その間違いを正してやるよ」

「……そうだな」


 煽るようなアルバートの言葉に、リーファは素直に首肯した。

 その直後。

 何の予備動作もなく、灼熱の地獄が顕現する。


「っ!?」


 アルバートと白竜を煉獄の炎が包み込んだ。雄叫びを上げながら竜に指示を出す。

 竜の顎から光のブレスが放たれた。首から先を振り回し、縦横無尽にブレスが炎を掻き消していく。

 アルバートが危機から逃れたとき、リーファの姿は既になかった。


「…………逃げた、か」


 アルバートは安堵の息を吐く。

 どっと疲れが押し寄せたかのように竜の背中にもたれかかった。

 白竜が主を心配するかのように嘶きを上げた。「ありがとうよ」と鱗を撫でながら、後方の竜騎士隊をぼんやりと眺める。

 距離が近づく程、その数が正確に見えてくる。やはり10人もいなかった。

 王国最強を誇る竜騎士隊――その全てが魔王を倒しにやって来るなど、とんだ嘘っぱちである。

 王都を守護している象徴たる騎士を、一部ならまだしもすべてを動かせる筈がない。

 よって、アルバートは敵わないと悟った瞬間に数を詐称してリーファを騙した。彼女が自発的に逃げるように仕向けたのだ。

 一世一代の賭けだった。

 もし魔王が竜騎士隊の数を誇張していることに気づいていれば、アルバート達は全滅していただろう。

 魔王とはそれ程の怪物だ。

 王国最強の竜騎士たるアルバートでも、後3分遅かったら殺されていたかもしれない。

 とはいえ。

 無論、ただで逃がした訳ではない。


「…………上手くいけば儲けもんってところだがな」


 アルバートの脳内には、今もリーファの位置が浮かんでいた。

 魔王の背中には発信機のような性質を持つ最新式の魔道具『ベル』がくっつけられているのだ。

 これを利用して、悪魔達が潜伏しているアジトを見つけ出す。

 あまりにも単純な計画だがそれなりの根拠もあった。

 リーファは『不死』であるが故に、己の身体にはあまり頓着しない傾向がある。

 精巧に魔力を隠された『ベル』に気づかない可能性は十分にあった。

 

「……厄介事は増えたとはいえ、そのうちこうなると分かっていた話だ。マーキングできただけマシだろう。なあ、ザルド」


 ザルドと呼ばれた白竜は主人を励ますように首肯する。

 高い知能を持つ竜種は、他の魔物とは異なり人語を介することができるのだ。


「……ありがとな」


 アルバートは気遣ってくれたザルドを優しく、慈しむように撫でる。

 夜に染まっていた空が徐々に元に戻り始めていた。

 おそらく魔王が逃げたせいだろう。

 夕暮れの太陽が、空に浮かぶアルバート達を穏やかに照らし出す。

 魔王リーファが行使した魔法"夜化"の効果範囲は、せいぜいこの島全体といったところだろう。

 それでも十分に凄まじいのだが、使ったことによる効果は特になかった。

 リーファは気分屋だという情報が多いので、多分意味はないのだろう。

 適当に考えながら、アルバートはザルドに指示を出す。

 街へ向かうように。

  

「…………取り敢えずは、一件落着ってところかな」


 白竜の背に乗った騎士は、民のもとへと帰還する。

 こうして、街の存亡を懸けた戦争は終結を迎えた。

 そして。


 ――それは、すべての始まりを意味していた。

 



今後の更新について活動報告を掲載しています。

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