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ハズレ奇術師の英雄譚  作者: 雨宮和希
第一章 未来を紡ぐ者へ
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第24話 「魔王」

 人の頭が握り潰される瞬間を初めて見た、と士道は思った。

 脳漿が血飛沫と共に弾け飛ぶ。

 何が起きたのか、まるで理解することができなかった。

 場に残るのは、肌を紅く染めた不死魔王リーファと首から先を失ったセドリックの残骸。

 それが端的に結果を示していた。

 直接的な死を体現する光景が士道の恐怖を視覚的に煽る。


(畜生……。死んでたまるか……っ!!)


 士道は全身全霊を込めて立ち上がろうとする。だが、膝をついた状態に移行するのが精一杯だった。

 血を流し過ぎて朦朧(もうろう)とする意識の中で、何とかリーファを目で捉え続ける。


「何だ…………?」


 唐突に士道は自らの身体に違和感を覚え、直後にその正体を悟った。

 殺した悪魔の身体から魔素が光の粒となって吸収されたのだ。

 その魔素が体組織が造り変えてより強靭な肉体へと進化させる。悪魔の強大な魔素は士道のレベルを一気に10以上も上昇させた。

 そのおかげで後一発ぐらいなら『雷撃』を撃てる。

 士道はそのタイミングを見計らいながら、『鑑定』を使うかどうか迷った。

 悪魔には途中で弾かれた。魔神側の人間には対応策があるようだが、レベルぐらいまでは何とか確認できる。

 スキルを跳ね除けられるまでにラグがあるので悪魔相手でも多少のステータスは確認できる訳だ。

 敵の実力を把握する上でこれ以上の手はない。だが、リーファが『鑑定』に対して不快感を見せればその瞬間に殺される可能性もあった。


(いや…………このままじゃ、どのみち殺される)


 グランドとダリウスがリーファを挟む格好で戦闘態勢を取っているが、あれ程までに軽々とセドリックを殺されたのだ。頼りにはならない。

 リーファは感情の見えない瞳で、首から先のないセドリックの残骸を眺めていた。

 そして一言。

 

「……ふむ。やはり、人間というモノは存外脆いな」

「貴、様…………っ!!」


 ダリウスが怨念の籠もった瞳でリーファを睨みつける。

 普段は常に温厚な笑みを浮かべているダリウスの表情は苦渋と憎悪に歪んでいた。

 今にも襲いかからんばかりの殺気を放つダリウスをグランドが視線で押し留める。

 グランドは感情を殺す術をよく心得ているようだった。


「…………」


 士道は黙考の末『鑑定』を行使する。警戒するが、リーファは特に反応を見せなかった。



――――――――――――――


リーファ・ラルート:女:242歳

 レベル:188

 種族:悪魔

 天職:魔王

 スキル:【固有】不死

    :王威

    :高速演算

    :自動障壁


――――――――――――――



(不死…………か)


 士道の危機感が警鐘を鳴らした。

 漠然と感じていた実力差が、数値となって明晰に現れる。バーン・ストライクをゆうに越えるレベルだった。

 先ほどセドリックが言っていた「不死魔王リーファ」の意味をようやく理解する。

 『瞬間移動』さえ使えれば離脱は可能だが、生憎とそこまでの魔力は既にない。


「『女神の使徒』か……殺すか」


 魔王がどうでも良さそうに呟き、グランドが叫び声を上げる。


「士道、下がれっ!!」


 彼はリーファに向けて地面を蹴り、凄まじい速度で肉薄した。

 研ぎ澄まされた剣閃が正確にリーファの首筋を捉える。

 

「…………な」


 だが、刃が通らない。

 いつの間にか魔法による障壁が展開されていた。

 スキル『自動障壁』。

 そしてリーファはグランドが仕切り直す暇を与えない。

 乱雑に、ただ腕を振るう。

 それだけでグランドが回転しながら吹き飛んだ。だが、その間に構成されていたダリウスの魔法がリーファに牙を剥く。

 

「"煉獄"…………っ!」

「ほう。この私に火魔法で挑みかかるというのか」


 リーファが己を囲い込む炎に興味を示した。

 『高速演算』のスキルを持つダリウスの魔法はそれだけに留まらない。「"風嵐"」という呟きにより展開された強烈な風が"煉獄"の炎を増幅させた。

 緻密な術式を掛け合わせ、最適な効果を顕現する。

 第一級冒険者たる魔術師の真価だった。

 それを証明するように、灼熱の炎が渦を巻いて鎌首をもたげる。恐ろしいまでの熱を放出しながらリーファに襲いかかった。

 『自動障壁』がそれを防御する。

 轟!! と爆音が炸裂した。

 だが。

 届かない。

 

「…………些か、温いようだな」 


 ひどく冷たい声音だった。

 無傷のまま君臨する魔王は、ゆらりと指をダリウスに向ける。

 それだけで魔法が放たれた。あまりにも速い魔法陣の展開は目で追うことすらできない。

 直後の出来事だった。

 信じられない光景が巻き起こる。


 炎が炎を焼き尽くした。


「は…………?」


 士道は絶句する。まるで意味が分からなかった。

 ダリウスも目を剥いてその光景を見ている。

 魔王だけが悠然と佇んでいた。

 彼女は、少し気分を害したように言う。


「いちいち驚くな。鬱陶しいぞ」


 言葉と共に煉獄の火炎がダリウスを襲った。術式の精度を顕すように滑らかに肉薄する。

 士道の目から見ても練度が段違いだった。その術式には割り込める隙が何一つとして存在しない。

 ダリウスは驚愕しながらも必死で"魔法障壁"を練り上げる。

 だがその障壁はリーファの炎が触れた瞬間、熱したナイフでバターを切るかのように溶けていった。


「くそっ!?」


 ダリウスは悪態をつきながらより後方へと跳躍する。獣のように迫る炎から逃れようとしたのだ。

 だが、魔王はそれを許さない。

 目にも止まらぬ速度でダリウスの眼前まで肉薄した。

 あまりの危機感にダリウスの呼吸が冗談抜きに一瞬止まる。

 

「レベルの差ぐらいは、把握しているはずだろう?」


 リーファは適当に言いながらダリウスへと手を伸ばした。

 セドリックの頭を潰した小柄な指先が迫る。それは死神が振るう鎌のようだった。

 ダリウスが息を呑む。

 そこへ、


「やらせぬ!」 


 グランドの剣撃が炸裂した。

 彼は先ほどの一撃を受けて既にボロボロになっている。

 だというのに。

 今までとは桁違いの重さを誇る斬撃が『自動障壁』に亀裂を入れた。


「ふむ?」


 ちょこん、とリーファは不思議そうに小首を傾げる。直後に納得したように首肯した。

 

「なるほど……死に際まで追いやられると自動発動するタイプのスキルか。『火事場』か『鬼剣』あたりだな」

「……流石に物知りだな。何百年も生きてるだけはあるらしい」     


 グランドは会話に応じた。

 会話で時間を稼げるなら、それ以上のことはない。

 だが、少し選択を誤ったらしい。

 リーファはグランドの言葉に眉を顰め、口を尖らせた。


「私は13歳だ」

「………………………嘘をつくな」

「嘘ではない。私をババア扱いするな」


 泰然と腕を組み、怒ってますとばかりに頬を膨らませる。

 どうやら、年齢に触れてはいけないようだった。

 僅かな人間味を感じるからこそ、逆に恐ろしさが増す。

 士道はあれ程までに躊躇いなく人を殺す者を初めて見たのだ。

 

「ババア扱いしている訳ではない」


 グランドは『鬼剣』により身体能力が上昇した状態のまま、剣を構え直す。

 ダリウスはその後ろで次々と術式を構築していた。


「……むぅ。嘘をついているだろう。これは、罰が必要だな」


 リーファはグランドに指を向けた。

 だが、何も起きなかった。

 そういう風に見えた。

 ボトリ、とグランドの右腕が地面に落ちるまでは。


「が!? お、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁっっ!!?」


 絶叫が炸裂する。グランドは肩を押さえつけながら、荒い息を吐いた。

 魔力を流して、どうにか血を止めることに尽力する。

 突如として叫びを上げたグランドに意識を取られていたダリウスの腹部には、いつの間にか炎の槍が突き刺さっている。

 患部を、炎が焼き焦した。

 まるで地獄の片鱗を覗き見たかのような悲鳴が響き渡る。 

 僅か一瞬の出来事。

 二人が地面に崩れ落ちるのは、ほとんど同じタイミングだった。

 激痛に呻きながらも、両者共にまだ息がある。

 高いステータスのおかげだろう。


「…………化物め」


 きっと、殺さなかったことに大した意味はない。


 セドリックを殺したことにも、大した意味はないのだろう。

 ただし。

 士道に対してだけは、理由を持っているようだった。

 『女神の使徒』。

 女神が与えたこのスキルのせいである。役には立っているが、デメリットも含めて総合的に考えると、ない方がまだマシである。

 士道の思考が怒りと絶望に染められた。

 リーファが悠然と士道に歩み寄る。

 一歩。また一歩と、死の足音が明晰に響いた。


「さて」

「…………っ!!」

「殺すか」


 魔王の指先が士道に向けられる。

 グランドの絶叫が慟哭のように響いた。

 士道は最後の足掻きとばかりに『雷撃』を放つ。

 当然のように『自動障壁』に防がれた。それでも貫こうと魔力を込める。

 バリィッッ!! という凄まじい音と共に紫電の龍が咆哮を上げた。

 それは死に物狂いで魔王リーファに食らいつく。

 ビキビキと障壁に亀裂に入った。

 雷と士道の叫びが共鳴する。


「……これだから、侮れないな」


 直後。

 世界がぐるりと一回転した。

 否。回転しているのは士道の方だった。凄まじい勢いで地面を削り取り、ぼろ雑巾のように打ち捨てられる。

 士道は仰向けに倒れ込んだ。

 魔王が展開した夜空を見上げる。

 今度こそ、打つ手はなかった。


(畜生…………っ!)

「だが、終わりだ」


 リーファが士道に指先を向ける。

 不可思議な術式に、士道の命が刈り取られる。

 刹那。

 

「そこまでだ」


 低い声が戦場に響いた。そこまで大きな声ではない。

 それでも、聞く者の耳を確かに捉える不思議な声音だった。 

 その気配は遙か上方で悠然と士道達を睥睨している。

 雄々しき肉体を誇示するように、美しき白竜が翼をはためかせた。

 その背中では一人の青年が、白竜の手綱を引いている。


「竜騎士か……。百年前と変わらず、動きが速い連中だな」


 魔王が鬱陶しげに呟く。

 竜騎士の青年は士道と目があったことに気づくと、獰猛かつ不敵な笑みを浮かべた。


「――安心していい。もう、魔王の好きにはさせない」



――――――――――――――


アルバート・レンフィールド:男:29歳

 レベル:166

 種族:人族

 天職:竜騎士

 スキル:竜の契約

    :竜王の加護

    :会心


―――――――――――――――


 『鑑定』は頼もしい結果を提示した。彼の声を聴いて、安堵したように緊張の糸が切れる。


 士道の意識は闇に閉ざされた。





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